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無栖川無栖の冒険
Message of dying "Dying Message"
最終話 兎を背負った男の冒険
私の親友、内山秋夫(33)が殺されたのは、奴が上京して、私
ととある田舎料理屋で飲み交わした翌日のことだった。二日酔いで
立ち上がるのさえ辛い私が現場であるホテルに呼ばれたのは、おそ
らくそれが最大の理由ではない。彼の死体は、片手に「ふるさと」
(我々が飲んだ料理屋)のパンフレットを持ち、そればかりではな
い、なんと背中にピーター・ラビットのぬいぐるみを背負っていた
のだ。 .
「容疑者は3人に絞れているんだよ、無栖くん。不動産ブローカー
の鹿山大作、鹿の山と書く”かやま”だな。内山の購入した家の件
でトラブルになってたらしい。あとは、ガイシャに大金を借りてい
た山田太郎、こいつは元力士のクリーニング屋でな、シコ名は”加
納山”だったらしい。最後の一人はカラオケスナック経営の殿馬俊
作。こいつもガイシャにかなりの借金があったらしい。山田と殿馬
はガイシャと同じ高校の出身で互いに顔見知りだが、鹿山のことは
知らないらしい」 .
「さて」警部は嬉しそうに手もみをする。 .
「わしは鹿山か山田が怪しいと思うんだが」と、いつもながら、勝
手に決め付ける。よく、これで警部にまでなれたもんだ。強度の二
日酔いと親友の死のショックでただでさえ痛む頭が、ますます痛む
じゃないか。 .
「警部の言いたいことはわかりますよ。童謡の『ふるさと』だと言
いたいんでしょう。歌詞は『♪うさぎ追いしかの山』でしたよね。
『追いし』が、追いかける、ではなくて、背負うの『負いし』にな
ってますけどね。”かのやま”で、鹿山もしくは加納山って言いた
いわけですね。ところで、このぬいぐるみの出所は?」 .
「娘へのお土産のようだな。どちらかと言えば、奥さんの方がキャ
ラクター物好きなんだそうだが」 .
その時、私の脳裏に薄ぼんやりと、昨日の光景の一部が蘇ってき
た。一つのちょっとした勘違い。しかし、それが決定的な決め手に
なるはずだ。 .
「犯人はわかりましたよ、警部。実は、昨日「ふるさと」で食べた
のはうさぎ料理だったんです。そのとき、秋夫が言ってたのを思い
出しました。「『ふるさと』の歌にあるように、やっぱうさぎはお
いしいよな」って。なかなか面白い勘違いなんで、ほんとのこと教
えないで、いつか仲間うちで集まったときに、ネタにしてやろうと
思っていたんです。だから、秋夫にとっては、『うさぎ追いし』は
追いかける『うさぎ追いし』ではなく、勿論背中に背負う『うさぎ
負いし』でもなく、『うさぎおいしい』だったわけです。その彼が
メッセージを残すとしたら、背中に乗せるでしょうか。いいえ、お
そらく彼なら、ぬいぐるみを口にくわえていたことでしょう。従っ
て、これは犯人の偽装工作です。とすれば犯人は殿馬で、山田を犯
人に仕立て上げるつもりだったのでしょう」 .
”落とす”ことにかけては、ひけを取ることのない三月警部、あ
っさりと殿馬の自供を引き出してくれた。 .
「ところがだ、無栖くん。奴はそんな工作などしとらんと言うんだ
よ。たしかに逃げるように部屋を出たときに、手が何かに当たった
ような気がする、とは言ってるんだが。おそらく、それがあのぬい
ぐるみだったんだろう。まぁ、釈然とはせんが、解決は解決だ。今
夜は『ふるさと』でうさぎ料理つまみながら一杯やろう、なぁ、有
鷺」 .
「私はなんとなく共食いみたいで、気が進まないですね。それでは
私が車でお二人を乗せていきますよ。『ふるさと』への道順はパン
フレットに出てましたから、覚えてますよ」 .
その瞬間、私の頭の中が猛烈に高速度で回転した。 .
「それですよ!有鷺さん」と私は叫んだ。 .
「たしか秋夫の指は「『ふるさと』への道のり」と書いた道順案内
のところにありましたよね。それだったんですよ、秋夫のメッセー
ジは。『ふるさと』への道のり、それはつまりカントリー・ロード
を指すんです。最初に歌った歌手はオリビア・ニュートン・ジョン
ではなく、ジョン・デンバー、、、デンバーを漢字に当てはめて、
殿馬(でんば)、つまり殿馬を指していたわけです」 .
「なるほど、うーむ」と三月警部は唸る。 .
「かなり苦しい気もするが、きっと無栖くんが呼ばれることを予想
していたんだろうな。君ならきっとこのメッセージの意味が読み取
れると、きっと信頼していたんだろう」 .
「そうですね。寄り道してしまいましたが、そういう気持ちで秋夫
が私にメッセージを託したのだとしたら、なんとか答えることが出
来て嬉しいですね」 .
その夜、ぐでんぐでんに酔っ払って帰宅した私を待ち受けていた
のは、死者からの手紙だった。おそらく私と飲んだその夜に、手紙
を書いて投函していたものなのだろう。 .
「前略。おまえのことだから、酒の場で話したことは何も覚えてい
ないんだろう。だから、やっぱり手紙を書いておくことにする。今
日話したように俺はひょっとしたら殺されるかもしれんし、その時
はきっと犯人は殿馬って奴だ。「殺人の話なら俺はプロなんだぞ、
忘れるもんか、『♪わ〜すれ〜が〜たき〜ふ〜る〜さ〜と〜』」な
んて歌ってたが、どうだ、覚えていたか?それじゃ、俺が殺されな
かったら、来月も上京する予定だから、また飲もうな。それじゃ」
そう、秋夫は単に「『ふるさと』での話を思い出せ」と私に言い
たかっただけなのだ。死者なんて、そうそうそんな手の込んだメッ
セージを残すもんじゃない。都合よく途中で力尽きたり、筆跡が汚
いのか別のもんに勘違いされたり、そういう読み飽きたくだらない
ミステリとは違う、これが現実なのだ。 .
私の手がけた過去の事件(たとえば、女性タレントや洋画家の事
件)が、コミカルに、かつミステリとして成立したのは、ひょっと
したら私が存在していたせいかもしれない。”名探偵”という存在
が、虚構を現実に誘い込む触媒として作用しているのだとしたなら
ば、、、な〜んてことは考えるわけがない、馬鹿馬鹿しい、それこ
そ、もっとありそうもない、くだらない悩みだ。そんな糞ったれな
(失礼!)考えなんか、法月綸太郎にでも任せておけばよい。 .
まぁ、しかし、”名探偵”であるが故に、こんな嘘臭い事件に関
わらざるを得ないとしたら、そんな肩書など捨ててしまったほうが
ましだ。だから、これを名探偵作家、無栖川無栖の最後の事件とし
よう。もう、愚にもつかないお気楽極楽なダイイング・メッセージ
なんかとは、きっぱりとおさらばだ。安直なネタに魂を売り渡すこ
とのない、まっとうなミステリ創作家として、皆様の前に登場する
ことにしよう。それでは今まさに死なんとするダイイング・メッセ
ージへ、アデュー!願わくば、全てのミステリからも、この文字が
消え去らんことを! .