ホーム創作日記

 

小説
 SF  

静止したエデン


(これと後編最後のイラストは、九州大学SF研究部正部誌 
「パラレルワールド」掲載時のもの)          

(中編)

 翌日の昼前、ジョーから電話がかかってきた。珍しく早起きらし
い。                           

「どうだい、ロブ。<彼女>とはちゃんとお話しできたかい?」

 うぶな学生をからかうような口調だ。           

「手も握ったし、キスもしたさ」              

 俺も言い返してやる。                  

「しかし、その頭、どうにかならんか?」          

 画面の中のジョーの頭はいつもながらのぼさぼさだった。いたる
ところ髪の毛が立って、非常に見苦しい。こんな姿ばかり見ている
と、なぜジョーがあんなにもてるのか理解に苦しむ。ただあるい
は、ジョーがどんな女とも一度しか寝ないというのは、このジョー
の寝起きの頭を見て、女の方が嫌気がさすのかもしれないと思うこ
とはある。                        

「俺の頭なんてどうでもいいから、早く話せよ」       
「わかったよ。今度は<彼女>も多少の情報をくれたぜ。Kマンは
アッパーマンズクラブの常連らしい。それも一年くらい前からだ。
この一年間ほとんど毎日のようにクラブに出入りしている奴の中に
Kマンはいるそうだ。常連の奴等から古巣を除けば、数はぐんと限
定されるはずだな」                    
「そいつぁラッキーだ。さっそく今日また繰り込むか」    
「ああ、そうしよう」                   
「じゃ着替えてすぐ行くから、待ってろよ」         

 一度振り返りかけて、ジョーがまた顔を戻して言った。   

「今日は暴れられそうだな」                
「そうならんことを祈ってるよ」              
「じゃあな」                       

 ジョーの姿が画面から消えた。              

 それから40分もすると、ジョーがやってきた。しかし、いくら
なんでも今からでは早過ぎる。               

「久しぶりにチェスでもやるか」              

 ジョーの声に反応して<彼女>のディスプレイにチェスボードが
現れる。遊びの目的で<彼女>を使うのは禁止されているのだが、
今更ジョーに規則を説明してもムダなのだ。         

「私とやりますか?」                   

 <彼女>の柔らかい声が響く。ジョー好みの声に調整されている
のだ。                          

「いや、お前には勝てないさ。ロブ、やろうぜ」       

 結局三戦してジョーの三敗に終わった。          

「ちょっとは手加減してくれても良さそうなものだ」     

 ジョーはふくれている。もちろん随分と手加減はしているのだ
が、それを言っても逆効果なので、黙っておくことにする。  

「さて、この恨みはポーカーで晴らすか」          

 再び昨日と同じルートをたどって、クラブに向かう。今日は気候
調整上雨の日に当たっていて、ルートのドームの向こうの景色は水
滴で光っていた。                     

 人工木立が濡れているのを見るのも、気持ちの良いものだが、そ
のときは俺の心は全く別のところにあった。どうしても引っかかる
ものがある。そんな俺の気分を感じとったのか、ジョーが俺の顔を
見ながら言った。                     

「どうかしたのか、ロブ。やけにふさいでるぜ」       
「いや、ちょっと考え事してたんだ」            
「<彼女>のことか?」                  
「そうだ、<彼女>の態度が今までと違う。あんな情報の与え方な
んて考えられない」                    
「お前の考えすぎさ。<彼女>だってとまどっているんだよ。相手
はKマンなんだぜ。そこいらのチンピラはもちろん、大物のクライ
マーとだって違っているんだぜ」              
「ジョーの言うとおりだ、気にしすぎだな」         
「そうさ、さぁ降りるぜ」                 

 すこし気分が軽くなった。マットの上に飛び乗ると扉が開く。足
踏みも悪くない。                     

「へーい、ジョー」                    

 早くも声がかかる。昨日のポーカーのカモだろうか。端の方にテ
ーブルを取る。黒を着込んだバーテンがバーテンが注文を取りに来
る。また無表情だ。                    

 ジョーが昨日と同じ注文をしていると、でっぷりと太った男がこ
っちの方に歩いてきた。目標は俺達らしい。というより、間違いな
くジョーだろう。背も高く、威圧感がある。ちゃんとハットまでし
たカウボーイスタイルだ。映像ライブラリーまで、二次元映像のウ
ェスタンを見に通ったというくちだろう。          

「あんたがジョーかい?」                 

 声の質も低く、頭の上から降ってくる声に押し潰されそうだ。

「あんたは?」                      
「”エース”だ」                     

 いきなりジョーが笑い出した。エースの顔つきがさっと変わる。

「何がおかしいんだ?」                  
「いやいや、すまん。オールドジャパンの”映画”に”エースのジ
ョー”って奴がいたのを思い出してな。あんたよりはちっこいが、
頬だけは対抗できるかもしれん。ま、そんなことはどうでもいい
か。あんたのことは聞いているよ。」            

 俺の方もいたちからさんざん聞かされていた。クラブの常連。ポ
ーカーの名人。あだ名の由来もそこだ。そういえば、エースが現れ
たのも1年前くらいだったらしい。             

 俺はジョーの方に向かって、人差し指を立てて見せた。ジョーは
うなづく。どうやらジョーもエースが第一のKマン候補だってこと
を知っているらしい。                   

「それで、ポーカーで仲間の敵討ちってわけかい?古風だねぇ」

 俺に向かって片目をつぶってみせながら、ジョーが席を立つ。俺
も席を立って、一人で飲んでいるいたちの所へ行った。    

「ああ、あんたかい。また来たのか」            
「気に入ったんでね」                   
「みんな、そうさ。外の世界は息苦しいからな」       

 バーテンが酒の入ったグラスを持ってきた。        

「こっちにも同じ奴を」                  

 何も言わずにまたバーテンが戻っていく。         

「ありがとよ」                      

 酒が来るのを待って、いたちと話し始めた。自然に常連の方へ話
を持っていく。いたちはこのクラブは長いから確かだ。いたちの話
で、1年くらい前に常連に加わったのは、わずか3人であることが
わかった。さっきのエースを始めとして、”片目”と”ちび”と呼
ばれる男だ。                       

「片目ってどいつだ?」                  
「あそこにいる暗い野郎さ」                

 黒づくめの服装でカウンターに座っている男を、いたちが指さ
す。なるほど左目にアイパッチを付けている。そのせいもあってか
やたらと人相が悪く、冷酷な印象を抱かせる。        

「どうして片目になったんだろう?」            
「知るもんか。奴は誰とも話さないんだよ。奴の本名を知っている
奴すらいねぇんだ」                    
「なるほどねぇ」                     

 俺は酒場を見回した。エースとジョーが他の二人とポーカーをや
っているテーブルに、客のほとんどが集まっている。その後ろから
背の低い男が、何とか背伸びをしながら、ゲームを覗き込もうとし
ている。                         

「あいつが、ちびみたいだな」               
「ああ、奴のびっこに気づいたか?」            
「いや、どうしたんだ?」                 
「パイ・タクの事故さ」                  
「まさか」                        

 いたちは肩をすくめてみせた。どうやらほんとのことらしい。

「よっぽど不運な奴なんだな」               

 3Pのおかげで犯罪の数は激減したが、交通事故はまだ少なくな
い。しかし、中でも最も安全だと言われるパイプ・タクシーで事故
に遭うとは、よくよく運のない奴なのだろう。        

 俺はトイレに立った。自動処理機の前に立つと、すぐにジョーが
やってきた。                       

「わかったか?」                     
「ああ、容疑者は3人だ。エースに片目にちび。三人のうち誰かが
きっとKマンだな。三人ともわかるか?」          
「わかるさ。三人か。まとめてやれるな。今度こそやるぜ?」 
「仕方ないだろうな。ゲームはどうなんだ?」        
「エース以外は相手じゃない。今までのところエースとは五分五分
だが、そろそろやばくなってきた。ちょうどチャンスさ」   
「派手にやり過ぎるなよ。また3Pの払いが増えるぜ」    
「頭を悩ますのは<彼女>に任せとくさ」          

 俺は先に戻り、ポーカーの席の後ろに付いた。しばらくしてジョ
ーも戻り、ポーカーが再開した。見ていると、たちまちジョーの前
に積んであったチップが減り始めた。それに反比例して、エースの
前にチップが積まれていく。どこで覚えたのか、得意にしているい
かさまを逆に使い始めたのだ。エースに高い手が連発し始めた。そ
ろそろだな。                       

「どんなサマやってるんだ、このいかさま野郎!」      

 ジョーが真向かいのエースの席をにらみつけながら、言い放っ
た。                           

「何だと、もう一度言ってみろ」              

 カードをテーブルに叩きつけて、エースが立ち上がる。   

「何度でも言ってやるさ、いかさま野郎」          

 ジョーも立ち上がる。ジョーは背も高く体格もいいのだが、エー
スと対しては、縦横とも完全に負けている。         

「この野郎」                       

 エースの右の拳がジョーに向かって飛んでくる。しかしさすがに
一瞬早く、ジョーの体が後ろに飛び退く。ちょうど真後ろに居たち
びとぶつかり、二人とももんどりうって倒れる。       

「この野郎、邪魔しやがって」               

 ジョーがちびの胸ぐらをつかみ、一発お見舞いする。ジョーの
奴、ここまで狙っていたな。ちびがKマンでなかったら、奴の不運
はほとんど宿命的だ。                   

「どうした、かかってこないのか?」            

 ちびを挑発する。その後ろから再びエースが襲ってくる。始終首
を振っているのは、癖なのか、それとも電気ショックに耐えている
かだ。                          

 間一髪エースの拳を交わしたジョーは、カウンターの方へ走って
いく。追いかけるエースが、渾身の力を込めて、再び殴りかかる。
命中。ただし相手が違う。ジョーに避けられた拳が、騒ぎを無視し
て飲んでいた片目の肩に命中したのだ。           

 グラスを床に投げ捨てて、片目が振り返る。        

「すまねえ、あの野郎が悪いんだ」             
「どうしたどうした、片目野郎、でぶと仲違いか?」     

 片目に面と向かってそう呼んだのは、ジョーが初めてだったらし
い。酒場中に一瞬緊張が走ったのが、俺にもわかった。日頃は冷静
な片目が、顔を真っ赤にして立ち上がった。他の人間は、身動きも
できずに、見つめているだけだ。いよいよ大詰めだろう。   

「こんなちゃらちゃらした喧嘩が、やってられっかよ」    

 ジョーがポケットからナイフを二本取り出し、一本を投げ捨て
る。ジョーの手元に残ったナイフから、刃先が飛び出す。   

「さあ、でぶでもちびでも片目でも、誰でもいいぜ。勇気のある奴
はそれを拾ってかかってきな」               

 ナイフで人に向かうのに、クライム・ウェーブの出ない奴は居な
い。3Pで特別に保護されている刑事か、もしくはKマンを除いて
はだ。もしも三人のうちの誰かが、電気ショックにやられることな
しに、ナイフを拾い上げたら… 片目が身をかがめようとする気配
を見せた。                        

 そのとき、突然電気が消えた。誰かがスイッチを消したらしい。
一瞬アッパーマンズクラブの中が真っ暗になる。外からの灯も入っ
てこない。あちことでテーブルにぶつかる音がする。     

「誰か電気をつけろ」                   

 誰かが叫び、しばらくして電気がつく。まぶしさにみんな目を押
さえる。バーテンがジョーの腕を持って立っていた。     

「出ていって貰えますね」                 

 丁寧だが、厳しい口調だ。ナイフの刃先を戻し、ジョーが近付い
てきた。ちょっと肩をすくめて耳元でつぶやいた。      

「失敗したな」                      
「仕方ないさ、出よう」                  

 テーブルの上にコインを置いて、外に出る。外の風は涼しく、俺
達の気分を静めた。                    

「さあて、これからどうするかな。もうクラブへは行けないぜ」
「ジョー、頼みがある」                  
「何だ、突然」                      
「三人について調べて欲しいんだ。職業や戸籍や、わかる限り何で
もだ」                          
「言われなくともやるつもりだったさ。しかし、お前はどうするん
だ」                           
「すまんが、俺はちょっと行くところがある。何かわかったらウォ
ッチで連絡をくれ」                    
「よし、わかった」                    

 しかし、ジョーの顔は何か怪訝そうだ。一度別れかけて、ジョー
が振り向いて言った。                   

「なにかあったら、俺を呼べよ」              
「ああ、忘れはしないさ」                 
「じゃあな」                       

 ジョーがルートに足を乗せた。だんだん去っていく、その後ろ姿
を見ながら、俺は考えていた。あれをどう説明する?何度繰り返し
ても答えは同じだ。クラブが閉まるまで、あと三時間あまり。俺は
近くの公園まで足を運んだ。確かか?多分。あと一つ確かめさえす
れば。でも、あり得るか?わからない。可能性は?最も高い。それ
以上のことは言えない。俺は何度も自問自答を繰り返した。失敗は
絶対に許されない。                    

 何度も時計に目をやる。ジョーからの連絡は来ない。気付かない
のも無理はない。根拠は弱すぎる。俺だからこそ何かを感じとった
のだろう。                        

 時は刻まれていく。たとえ人間の思惑がどうあろうと。感情は良
いものだろうか?余計なものとは思うまい。         

 時計は二時を三十分回っていた。電話ボックスに入り、いたちの
番号を入力する。映像回路は切ったまま。いたちの眠そうな声が聞
こえる。確かめることは一つ。わずか一つの質問…      

「ああ、そうさ、それがどうかしたのか?」         
「いや、いいんだ」                    

 間違いなかった。                    

「それで奴の寝倉を知りたいんだが」            

 情報通を自認する奴のことだから、ひょっとしたら知ってるかと
思ったが、案の定だった。出来れば、<彼女>で調べたくはなかっ
たのだ。                         

「カンザス西−四の121ポイントだ。ホワイト・アパルトの二〇
三号。これでいいか?寝かせてくれよ」           
「済まなかった。いい夢見なよ」              

 ルートに飛び乗って、121ポイントに向かう。そう遠くない。
ジョーに連絡を取る気はなかった。一対一で話したいことがある。
俺の中で事件は大団円に向かっていた。           

 ホワイト・アパルトはその名の通り、白色をしていた。但し、塗
ってから20年以上はたったと見られる白だ。人によっては、灰色
とも黒とも言うだろう。俺は自動階段に乗り、二〇三号室の前に立
った。                          

「ロブだ」                        

 名前を告げると、ドアが開いた。椅子が回転して奴の姿が現れ
る。                           

 

(後編へ)

 tsukida@jcom.home.ne.jp
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