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静止したエデン
(後編)
「待ってたよ。昨日、貴様らが初めてやって来たときからな」 .
部屋の明かりに、バーテンの姿がはっきりと浮かび上がる。 .
「コンピューターが教えてくれたのか?」 .
「コンピューターの教えてくれた情報は、一年くらい前から、クラ
ブに毎日のように来ている人物だった。客とは限らん。バーテンだ
ってあり得るわけだ。いたちに確認してみたが、お前がバーテンと
して現れたのも、一年前だった」 .
「それで?」 .
「俺はお前を消去しなければならない」 .
「貴様にはできんさ、ロボット野郎」 .
俺は一瞬返事が出来なかった。奴にはわかったのか? .
「ロボットは人間を撃つことなどできん」 .
「しかし」 .
俺は銃口を向けた。 .
「ロボットはロボットを撃つことは出来る」 .
奴の退避は0.3秒遅かった。バーテンの右腕がもげおちる。人
工皮膚の下から、金属の配線がのぞいている。 .
「そこまでわかったのか、何故だ?」 .
「あの暗闇の中で、お前は真っ直ぐにジョーの方へ歩いていき、腕
を押さえた。人間がそんなに速く暗闇に順応することは出来ない。
あれがなければ、俺はお前に気付かなかったかもしれない」 .
「俺のミスか」 .
「そうだ」 .
しばらく沈黙が続いた。 .
「しかし俺にはわからん。何故だ?何故お前は人を殺すことが出来
た?何故殺した?」 .
「貴様にはわからんか?俺が何者か?」 .
「先刻お前は俺がロボットであることを見抜いた。そこから仮説を
立てることが出来る。たぶん正しいのだろう。3Pが人間とロボッ
トの二人組で行動することを知っているのは、3Pしかいない」.
「昔の話だ。3Pのごく初期さ。上の方のお偉方が、人間が人間を
殺すのを嫌ったのさ。そして、三原則を無視したロボットが作られ
た。この俺のような殺し屋がな」 .
「そんなことがあったとは」 .
「そうとも。ある日そんなロボットの相棒が死んだ。防ぎようのな
い事故だったのだが、責任はロボットに押しつけられた。そのロボ
ットはお払い箱さ。しかし、人間は自分たちでロボットに感情回路
を加えたことを忘れていた。脱走したロボットを他の3Pにやらせ
る。それがKマンの第一号だった。その第一号を破壊したのが、こ
の俺さ。そして今、その俺がKマンの第四号になっている」 .
「しかし何故だ?」 .
「気付かないのか?貴様の周りの世界を見てみろ。クラブの常連ど
もを見たか?過去に浸りきった無気力者どもだ。ごくごく一部の人
間が世界を握っている。それ以外はみんな豚だ。餌を与えられて、
のうのうと太って、ぶうぶう鳴いているだけさ。何もやろうとせ.
ず、単に惰性で生きている。今の世界は何も前進していないのさ。
犯罪も起きない。静止したエデンにはなり得るかもしれん。しかし
それに何の意味がある?どうして人間どもは、単なるロボットとし
ての生き方を受け入れるのか?俺はロボットだ。しかし俺の方が、
より人間的だ」 .
しばらく言葉が途切れた。ジジッと電気系統がショートし、焼き
切れる音がする。 .
「俺の殺しのデータをもらったか?」 .
「いや」 .
「だろうな。見たらきっと驚くぜ。特級市民の名がずらりと並んで
いるからな」 .
「しかし、そんな話は聞いていない」 .
「当然だな。発表したらパニックが起こる。今いるのは何も出来ん
コピーさ」 .
「何故だ、何故なんだ?まだ俺にはわからん」 .
「簡単さ。一度地球を止めるんだ。どっちにしてもいつか止まって
しまう。しかし今なら再び動き出すことが出来る」 .
「そんな」 .
「貴様ならわかるはずだ。よく考えろ」 .
奴の声には、時々金属音が混じるようになっていた。 .
「俺はもうすぐ終わりだ。しかし、し残したことがある」 .
「何だ?」 .
「3Pの破壊だ。つまりはHOLIDAYIIのな」 .
「馬鹿な」 .
「大きな賭けさ。わかるだろう」 .
俺はうなづいた。 .
「ロブ」 .
「何だ」 .
「安直なネーミングだな」 .
「ジョーがつけたのさ」 .
「俺も同じ名前だった…」 .
カチッとボタン一つ押したような最期だった。ロボットは涙を流
さない。 .
そのときウォッチに信号が入った。 .
「ロブか」 .
「…」 .
「今調べているうちにおかしなことが分かった。エースに片目にち
び。奴等についてはデータが集まったのだが、一人データゼロの奴
がいる。誰だかわかるか?」 .
「バーテンだな」 .
「おいおい、どうしてわかったんだ?」 .
「今消去した。指令終了だ」 .
「何だって、おい、どういうことだ?」 .
「済まない。しばらく一人にしておいてくれ」 .
一方的にウォッチを切る。 .
それから数時間、俺は当てもなく夜の町をさまよっていた。何を
していたか覚えていない。記憶ファイルを探ってみても、多分何も
出てこないだろう。 .
選択は二つ。やるか、やらないか。どちらが正しいか俺には分か
らなかった。わかるわけがない。 .
静止したエデン。俺は初めて世界を考えた。奴の言ったことは…
果たしてそうだろうか。それは正しいことだろうか。静止したエデ
ン、静止した… .
俺は立ち止まって目を閉じた。視覚回路、聴覚回路を閉じ、空間
を停止させた。このまま何も考える必要も無く、夜に溶け込むこと
が出来たら… .
再び目を開いたとき、月の位置は僅かに西へと移動していた。.
今、回答は出た。俺はKマンになる。歴史が俺の行動にどんな判決
を下そうと、それは遠い話だ。 .
ウェイに飛び乗り、一路<彼女>のもとへ向かう。まず、絆を断
ち切る。あとはそれからだ。入り口の扉を開けて… .
「ジョー!」 .
「ロブ、何だ、その銃は?」 .
「そこをどいてくれ」 .
「何をするつもりだ」 .
「どくんだ、ジョー」 .
「説明しろ」 .
「頼む、やらなくちゃいけないんだ」 .
「説明しろ!」 .
ジョーが初めて俺に対して怒りを見せている。俺はうつむいて銃
口を下げた。 .
「話してくれ、ロブ。何が起こったのか。何故お前がこんなことを
しようとしているのか」 .
俺の話にジョーは驚きを隠すことは出来なかった。俺が全てを話
し終えたとき、ジョーは大きな溜め息をついた。 .
「で、これがお前の選んだ結論なんだな」 .
「そうだ」 .
「じゃあ、俺もつきあうさ」 .
「ジョー」 .
「言うなよ。考えるのはお前の役割だ。これまでだってそうだった
し、これからだってそうだ。だろ?だったら、方法は?」 .
「HOLIDAYIIは中央処理機の一部を破壊すれば、再開不能に
なる」 .
「場所は?」 .
「<彼女>と俺の回路を繋げば、わかるはずだ」 .
俺は自分の身体と<彼女>の配線を接続した。情報が流れ込んで
くる。必要な情報の検索に、しばらく時間がかかる。最機密の障壁
を突破するのは、意外に楽だった。ほぼキーは解かれているも同然
だったのだ。おそらく、これまでのKマンたちの仕事なのだろう。
「わかった」 .
「警備は?」 .
「比較的手薄だ」 .
「じゃあ、さっそく決行だな」 .
「その前に、恋人とのお別れをさせてくれよ」 .
<彼女>の主導線を破壊する。一瞬、ランプが明るく瞬いたよう
な気がした。そして夜の中に消えた。 .
俺は一人言のように言った。 .
「どうして<彼女>は、はっきりとバーテンを名指ししなかったの
か?そうすれば俺達の仕事はあっけなく終わったものを。それに何
故<彼女>は俺達を選んだ?」 .
「ロブ、お前まさか…」 .
「わからない、そうも考えられるということだ」 .
ジョーは沈黙した。 .
扉を開いて、<彼女>に最後の一瞥を与える。 .
「グッバイ」 .
外に出ると、夜空にはやけに星が多かった。星空の日か。ロマン
ティックだな。 .
「さあて、これで俺も失業か」 .
ジョーが俺の方を向いて笑いかける。 .
そして俺達は楽園追放の道を歩き始めた。 .
(完)