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日本ミステリ・ベスト30
怒涛の全作品解説
(第26位〜第30位)


[ 未読の方は、日本ミステリベスト30のランキングからどうぞ ]

 
 さあ、では、怒涛の全作品解説も、これでいよいよ最後!気ぃ入
れて、やってみよう!とりあえず参考のために、ベスト21〜30
位の表を再掲。                      

第21位:姑獲鳥の夏        京極夏彦 
第22位:迷路館の殺人       綾辻行人 
第23位:空飛ぶ馬         北村薫  
第24位:卒業           東野圭吾 
第25位:誰もがポオを愛していた  平石貴樹 
第26位:バイバイエンジェル    笠井潔  
第27位:孤島パズル        有栖川有栖
第28位:殺しの双曲線       西村京太郎
第29位:パンドラケース      高橋克彦 
第30位:探偵映画         我孫子武丸

 
 まず第26位に入ってきたのは、いつのまにかミステリ界の重鎮
になってしまった感もある笠井潔、なんだが気難しい御意見番みた
いなイメージを、最近私は抱いてる。島田某と笠井某が、妙にひと
りよがりな仕切りばばあ的に動いていて、その隣では好々爺の鮎川
某がのんびりと子供達と戯れている、なんて見方はおそらくひねく
れていると思うので、どうか気にしないでやってください。  

 そんなこんなはともかく、ここでの話題はやはり作品。最初に断
わっておくが、実は私が読んだのは、「バイバイエンジェル」「サ
マー・アポカリプス」「薔薇の女」「三匹の猿」の4作品のみ。せ
めて「哲学者の密室」ぐらいは読んでおくべきだろうが、厚さにめ
げて断念したまま。従って、実質駆シリーズ初期3作のみでの評価
となる。                         

 シリーズを通じての感想は、とにかく”読み辛い”に尽きる。思
想的対決の様相が、読み巧者で、難解的言辞をものともしない人に
は楽しく読めるのだろうが、私にはお手上げ。事件解決の後に、ど
うしてこんなに苦労して思想的対決を読まされなくちゃいけないの
か、とうんざりしてしまう私には笠井潔の読者になる資格は、きっ
とないのだろう。それでもそれだけの苦労に報いるくらい、ミステ
リ部分は十分に楽しめる。盛り込みの過剰さから云えば、「サマー
アポカリプス」の方が上だろうし、一般的にはこちらが代表作と呼
ばれる場合が多いが、私は「首斬り」に関して、斬新な解決を示し
た、この「バイバイエンジェル」に打ちのめされた。従って、ここ
ではこの作品を笠井潔の一作に選んでおくことにしよう。   

 
 続いて、私のページでは槍玉に挙げられることの多い有栖川有栖
第27位に入ってきた。全部を否定しているわけではなく、初期
の3作「月光ゲーム」「孤島パズル」「双頭の悪魔」は、名作だと
思っている。但し、特に短編集における姿勢には、共感を覚えない
のである。彼の敬愛するクイーン御大が悪習を作ってしまったのだ
が、それを免罪符のように安直なダイイング・メッセージ物を多発
する、若い作家のやり方に個人的な嫌悪感を抱いているのだ。勿論
中には評価すべき作品も有るのだが、それを上回る屑作品の山にう
んざりしているのは、少数派なのだろうか?その辺のところを皮肉
として描いたのが、「無栖川無栖の冒険」である。      

 そういうクイーンの悪いところ(断言)も受け継いでしまった有
栖川有栖であるが、さすがに良い部分もきちんと継承しようとして
いる。「クイーンばりのロジック」という謳い文句は時々見受けら
れるが、複数の作品でその姿勢を通そうとする作家は極めて稀であ
る。さすがに才足りず、全作品を通じてというわけにはいかないの
だが、そこまで望むのは酷というもの。前記の3作で、作家生命と
して充分なものを残しているのだから、後は安らかな余生を過ごし
て欲しいものである(、、、と、またファンの反感を買うような台
詞を、、、)                       

 上記3作の中でも、私は「孤島パズル」を最上位に推す。個人的
な好みが、その最たる理由になるのだが、小サークルのどろどろと
した人間関係という読中及び読後感の悪さが、「月光ゲーム」の方
では色濃く出過ぎているからである。どちらもささいなものが手掛
りとなって、ロジック推理が行われるのだが、「月光ゲーム」は盛
り込み過ぎた故に、焦点がぼやけた印象を受けた。その点でも、
「孤島パズル」の方が、絞り込まれたロジックで、スマートさを感
じた。ロジックの明確さでは、「双頭の悪魔」は、この2作にひけ
を取っている。しかし、その代わりに、この作品では、ある種のト
リックにおいて、斬新な着想が盛り込まれている。私は少なくとも
これまでに、このアイデアに触れたことはなかった。単純だが極め
て効果的な着想であり、もし前例がなければ、これだけでも傑作と
して歴史に残り得る作品である。これに関しては、是非研究家の意
見を聞きたいところである。                

 さて、上記3作品発表後の有須川有栖の作品にぱっとしたものが
ないのは、おそらくファンも否定できないのではないか。きついこ
とを書いている私だが、完全に彼が枯れてしまったと考えているわ
けではない。是非上記の作品に匹敵する、あるいは凌駕する作品を
新たに産み出して、有須川有栖の復活を高らかに謳って欲しいと思
っているのだ。                      

 
 続く第28位は、今や大衆作家の代表格になってしまった西村京
太郎である。トラベルミステリ前、トラベルミステリ後で評価の分
かれる作者であるので、「後」のみで批判するのは、片手落ちにな
るだろう。結構ミステリファンの間でも、西村京太郎の初期作品を
評価する人間は多いようだ。消失もの(「消えたタンカー」等)、
諜報もの(「D機関情報」)、パロディ(名探偵シリーズ)、誘拐
もの(「一千万人誘拐計画」等)など、結構バラエティに富んだ佳
作が多いのだが、中でもミステリファンが忘れられない作品が、こ
こで選んだ「殺しの双曲線」である。            

 これこそ、西村京太郎の本来の本格スピリットが明瞭に現れた、
本格の稚気をたっぷりと詰め込んだ名作である。何しろ最初のペー
ジが奮っている。「この作品には、双子トリックが使われている」
と宣言してしまうのだから。                

 本格ミステリと遊び心とは本来切れない仲ながら、こういった挑
戦は心地良いではないか。それでもきっと騙してみせるよ、という
作者の笑い顔が浮かび、こっちも笑顔で受けて立ちたくなってしま
う。喧嘩や戦争のような対立しあう相手ではなく、同じ仲間(共通
の基盤を持つ)としての相手との智的対決、それがゲームやパズル
と同じ構造を持つ本格ミステリの愉しみであるが、それが味わえる
作品と言えるだろう。                   

 
 そして第29位が高橋克彦である。もはやミステリ作家としてよ
りは、伝奇小説の書き手としての評価が定着しているようだ。私自
身も「総門谷」「竜の棺」の2作は特に興奮して読んだものだ。エ
ンタテインメントとしては、この2作が群を抜いて勝れているよう
に思う。しかしこれらも、続編以降は残念ながらイマイチの感は拭
えない。特に「総門谷」に至っては、一作目の伝奇色がすっかり消
え失せ、同じ作者の手によるものなのかと疑うほどの、ちゃちで下
品な作りになっていて幻滅。歴史上の人物を出せば、伝奇物になっ
てくれるってもんじゃないでしょう。            

 それはさておき、日本ミステリベスト30というからには、出来
るだけ狭義のミステリを選択したいもの(「ドグラ・マグラ」のよ
うな別格は別として)。ミステリ作家としての高橋克彦を語るなら
ば、決して落とせないのは、勿論あえて断わるまでもなく、浮世絵
物だろう。処女作の乱歩賞「写楽殺人事件」から至る浮世絵3部作
「北斎殺人事件」「広重殺人事件」の中から、ミステリとしての代
表作を選びたいところだが、いずれも中途半端な出来栄えだと感じ
られる。実在の人物の謎を中心に置いた場合、それだけでミステリ
として成立させるのは非常に困難であり、別の事件と組み合わせる
ことになるのだが、これらをうまくバランス良く両立させるのは難
しい。「写楽殺人事件」も「猿丸幻視行」同様、この枷を抜け出す
ことは出来なかったようだ。                

 また、高橋克彦は”贋作”というモチーフをよく使うのだが、こ
れは更に困難を伴う。何故なら、それが存在しない、ということを
読者は現実の体験として知っているからである。贋作物の場合、そ
れが”贋作”なのか、”本物”なのか、という謎がサスペンスを作
り出すものと思うのだが、最初からそれが”贋作”だと”知って”
いては、その醍醐味を味わうことなど出来ない。それを避けるため
には、架空の人物、架空の作品を産み出すのが常套句なのだが、せ
っかく浮世絵の知識を生かし、実在の人物をモチーフにして名を売
った高橋克彦としては、その道も選択できず、結構辛い立場なので
はなかったろうか。                    

 従って浮世絵物から1作を選び取ることが出来ず、私が選んだ高
橋克彦の一冊は、この「パンドラケース」である。雪の温泉宿に集
まった同級生達が17年ぶりに開いたタイムカプセル。そこから始
まる連続殺人。一体誰が何を入れてたのか?もどかしいこの謎が、
新聞記事と仲間の性格分析をもとに、解き明かされていくという展
開が、パズル性を持ったミステリとして楽しめる。東野圭吾の「卒
業」同様、私はこういうミステリにまいってしまうのだ。   

 
 さて、私が選ぶ日本ミステリベスト30の最後、第30位にすべ
りこんだのが我孫子武丸である。こんなページまで読んでくれてい
る方ならば、まず間違いなく彼のホームページ「我孫子飯店」を訪
れたことがあるのではないか。               

 さて、我孫子武丸のベストと云えば、本来挙げざるを得ないのは
当然のごとく「殺戮にいたる病」である。これはおそらく今後も揺
らぎようがないであろう。「8の殺人」「0の殺人」、人形シリー
ズと、軽味のユーモアミステリで勝負してきた作者から、突然変異
のように産まれてきた衝撃作である。サイコホラーであるのだが、
それを理由で読んでいないという、本格ミステリファンがいるのな
ら、是非読んで欲しい。読むべし!と断言しても構わない、間違い
なく必読ミステリの1作である。ミステリの衝撃がここにある!

 ミステリとして最高なのだが、しかし、あまりにも後味が悪い。
これが今回「殺戮」ではなく、「探偵映画」を選択した唯一の理由
である。                         

 元々我孫子武丸は仕掛けのうまい新本格作家だと思う。綾辻が余
裕で先頭を走り、スタートダッシュで有栖川がその後を追い、少し
遅れて歌野、法月、我孫子が集団状態というのが、新本格初期の私
のイメージなのだが、その集団の中で最も期待をかけていたのが、
我孫子であった。歌野は問題外(失礼!)として、法月のミステリ
は結構手堅いタイプなので、大化けはしないかもしれない。我孫子
は大成功とは言い難いが、仕掛けてくるタイプの作品だったからで
ある。その後人形シリーズでどんどんミステリ色が薄まって来て残
念に思っていたところで、出てきたのが久しぶりの仕掛けもの「探
偵映画」であったわけである。存分にその仕掛けが楽しめた。読み
終えて作者の企みに喝采したものだ。            

 ところで、我孫子にはもう一つの代表作がある。スーパーファミ
コンソフト「かまいたちの夜」がそれである。取りあえずピンクの
しおり(条件:全部のエンディングを見る)までは頑張った私。こ
れも勿論お薦めの1作だ。                 

 
 よおし、ようやく日本ミステリベスト30怒濤の全作品解説も終
了である。ここまで苦労して読んでくださった方、本当にありがと
うございました。最後に、惜しくも選に漏れた作品を紹介しておく
ことにしよう。                      

加納朋子 「魔法飛行」       
宮部みゆき「龍は眠る」       
中西智明 「消失」         
陳舜臣  「炎に絵を」       
都築道夫 「なめくじ長屋捕物さわぎ」

 このベスト30に入ってくる新たな作品、新たな才能がきっとこ
れからも産まれてくるだろう。次にこの順位を脅かすのは一体どん
な作品、作家なのか?愉しみの尽きることのない、素晴らしきミス
テリ達に乾杯!!!                    
 

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