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日本ミステリ・ベスト30
怒涛の全作品解説
(第1位〜第5位)
さあ、では、怒涛の全作品解説行ってみよう!とは云っても新刊
に追われるのが精一杯の現状では、読み直すこともままならず、内
容の紹介と云うよりは、大昔読んだときの私の印象(面白かったと
いう印象批評しかないものは、内容をあまり覚えていない作品かも
しれない、、)や何故この本を選んだかの言い訳めいた話ばかりに
なるかもしれないけれど、、、 .
何しろ一人一作品という選択基準にしたため、その作家の代表作
品と言うよりは、個人的に好きな作品を優先しているからである。
でも、わずか30作品に絞ったわけだから、それぞれ思い入れのあ
る、間違いなく優れた要素を多分に含んだ作品ばかりになっている
つもり。これら愛すべきミステリ達への熱い想い。出来れば楽しん
でいって下さいね! .
さて、ではベスト10から。もう一度順位を見てみると、こう。
第1位: 虚無への供物 塔晶夫 .
第2位: 本陣殺人事件 横溝正史 .
第3位: 斜め屋敷の犯罪 島田荘司 .
第4位: 人形はなぜ殺される 高木彬光 .
第5位: ドグラ・マグラ 夢野久作 .
第6位: 心理試験 江戸川乱歩.
第7位: 戻り河心中 連城三紀彦.
第8位: 準急ながら 鮎川哲也 .
第9位: 妖女の眠り 泡坂妻夫 .
第10位:弁護側の証人 小泉喜美子.
1位に関しては、もう私の不動の1位。日本ミステリの最高峰。
これ以外に入る余地なし。ご存じ中井英夫が別名で発表した「虚無
への供物」。どうあってもこれしかない!!! .
全編に溢れるミステリ的興趣の豊富さは空前絶後。「黒死館」の
難解さがどうしても読者を突き放しているような気がして、好きに
なれないのに対して、このわかりやすさ。全編を覆うペダントリー
の中で、異世界の探偵遊戯を楽しみながら、壮大なアンチミステリ
たる結末に辿り着く。 .
「SRの会」の全国大会の合宿所において、「虚無」はアンチミ
ステリであるかの議論をしたことがある。その時のみんなの意見が
一致していたのは、基本的には「虚無」は本格ミステリであるとい
うことであった。問題は最後の趣向をどう受け取るか、という部分
である。「反」ミステリではなく、「超」ミステリではないのか、
いや、ミステリの存在性を脅かすという意味で、充分「アンチ」と
言えるのではないか、などなど。ミステリの本質に関わってくるよ
うな深い議論が展開された。詳しい内容は覚えていないのが残念だ
が、それだけミステリファンの心を惹きつけるテーマ性、ミステリ
自体からのメッセージを持った作品だということだろう。 .
好き嫌いはどうあれ、「黒死館」「ドグラ・マグラ」「虚無」は
日本ミステリ史上における特別な作品。「黒死館」は超現実の幾何
世界、「ドグラ・マグラ」は没現実の迷宮、そして「虚無」は道化
の反現実と表現しておこう。ミステリファンならば、一度は現実を
離れて、それぞれの扉を通って欲しいところ。 .
さて、では第2位。日本ミステリを語るに乱歩に次いで欠かすべ
からざる人物、横溝正史の登場である。一般的には代表作としては
「獄門島」が挙げられることが多いだろう。動機が今一つ納得し辛
いところがあるとは云え、例のミステリ史上最も有名な科白を始.
め、俳句の見立てから、釣り鐘などの個々のトリック、犯人の仕掛
けなど、確かに完成度は最も高い作品であろう。たとえば、ちょっ
と古くて恐縮だが、12年前文春でやった「日本ミステリー・ベス
ト100」でも1位になったのは、この「獄門島」である。参考の
ために、その時のベスト10を挙げておこう。 .
[ 週刊文春版日本ミステリー・ベスト100 ].
第1位: 獄門島 横溝正史 .
第2位: 虚無への供物 中井英夫 .
第3位: 点と線 松本清張 .
第4位: 不連続殺人事件 坂口安吾 .
第5位: 黒死館殺人事件 小栗虫太郎.
第6位: ドグラ・マグラ 夢野久作 .
第7位: 本陣殺人事件 横溝正史 .
第8位: 黒いトランク 鮎川哲也 .
第9位: 戻り河心中 連城三紀彦.
第10位:刺青殺人事件 高木彬光 .
私のベスト10では、7位に入っている「本陣殺人事件」の方を
選んでいる。「獄門島」を読む前に、犯人についての仕掛けを何か
の本で読まされてしまっていたこともあるのだが、そういう要素よ
りも「本陣」自身の大変大きな特徴によるものである。 .
それは(異論のある人もあるかも知れないが、それ以上に多くの
人が納得してくれるであろう)、「本陣」が日本の密室物の最高傑
作であるという事実だ(と、言い切ってしまおう)。トリックの成
立性が美しい(非常に良く出来ている、使い方がうまい、必然性が
きれいだ、などなど)作品には時々遭遇することは出来るが、密室
トリック自体が、もう「美学」と言っていい程に美しく昇華された
例は唯一無二。日本家屋と日本独特の小道具が、様式美と機能美の
絶妙のバランスに配置された、極めて美しいミステリ絵画。日本人
作家によって、一つの分野の極限を示されたと言っても言い過ぎで
はないと思っている。 .
続いては、第3位。新本格の父とでも言おうか、今はちょっと勘
違い気味の伝道師と云った趣もあるが、大技ミステリファンは決し
て忘れることの出来ない島田荘司である。 .
これまた一般的には「占星術殺人事件」を代表作と挙げる人が多
いだろうが、私は「斜め屋敷の犯罪」に一票を入れる。「占星術」
への大きな不満は、解決直前に示されたわかりやす過ぎるヒントに
ある。極めて綺麗な真相のメタファであるが故に、やりたい気持ち
はわかるのだが、綺麗であるが故に残念ながら、気付いてしまう人
はそこで解決の驚愕、感動が激減してしまうのである。もちろん気
付いた時点でも、充分に驚愕を味わうことは出来るのだが、作者自
身からの(つまりは名探偵からの)解決の提示によるものとは、か
なりその振幅に違いが出てしまうだろう。 .
よって、よりマニア的というイメージのある「斜め屋敷」の方を
高く評価する。マニア的というのは、比較的軽度のミステリ中毒者
よりも、中度、重度の中毒者に対する「ここまでやるのか」という
ぶったまげ度の方が大きいのではないかと考えるからである。「斜
め屋敷の犯罪」の「の」という表現も非常に好きである。 .
さて、ではここでランキング好きの私が選ぶ島田作品ベスト5。
第1位: 斜め屋敷の犯罪 .
第2位: 占星術殺人事件 .
第3位: 北の夕鶴2/3の殺人 .
第4位: 奇想天を動かす .
第5位: 嘘でもいいから殺人事件.
島田荘司はやっぱり御手洗物だね、なんて言っていると、「北の
夕鶴」を見逃してしまうことになりかねない。島田大技作品として
は、上記の初期2作品とこの「北の夕鶴」を合わせた3作にとどめ
を刺す。 .
それもそのはず、もともと御手洗物第3作目として構想されてい
たトリックを、ここに使ってしまったからである(と、私は思って
いる)。当初から「暗闇坂の人喰いの木」という題名が予告されて
いながら、随分出ることはなかったので、ひょっとしたら「北の夕
鶴」ではなかったのかと、大学のミステリサークルのメンバで話し
ていたのだが、結局随分待たされて出た「暗闇坂」は、予想通り焼
き直しに過ぎなかった。既に短編「疾走する死者」にも再利用して
いたから、三度目のリサイクルになる。大技トリックの資源再利用
とでも言うのか、地球に優しい島田荘司である(笑)。 .
しかし、自分自身のトリックならまだしも、高木彬光の例のもの
すらも、再利用してしまうのは、どうだろうか?「本格ミステリー
宣言」で提示した、「新たな謎が創出できるのなら、トリックの焼
き直しも可能」という意味らしい自説を、実作でも示したつもりか
も知れないが、あまり「新たな謎」にもなっていないだけに、ほと
んど説得力はない。 .
例のごとく、話が脱線したが、夕鶴その他のメイントリックの話
に戻ろう。再利用される度に、角が取れて丸くなっていくのだが、
衝撃度はどんどん薄くなっていく。「北の夕鶴」は物理的に不可能
だったのが、以降の2作では直されているし、いくらなんでもとい
う、とんでもない偶然があったりはしたが、トリックの使用方法は
ダントツに夕鶴に分がある。このトリックをガツンと味わうには、
「北の夕鶴」に限る。「占星術」「斜め屋敷」を読んで、以後どう
しようかとお悩みの人で、トリック小説が嫌いでないならば、迷わ
ずここに向かって欲しい。少なくとも「暗闇坂」を登る前に、是非
お立ち寄りください。 .
もう一つ脱線を許して貰えば、夕鶴の物理的不可能性、「数字
錠」の誰だって一発でわかるだろう、簡単な算数程度の欺瞞で、読
者を騙せると思っていたらしいところなど考えると、かなり理数系
に弱い人なのじゃないだろうか?(ちょいと失礼か?) .
「奇想天を動かす」は久々の島田作品のヒット。「謎の創出」に
こだわった自説を、これは見事に実作でも提示できた稀有な例。そ
れだけに謎に比較して解決が全然弱々だし、社会派な部分とのギャ
ップが気になったりもするが、島田死亡説も出かねなかった状況下
で、ほんとに久々に健在振り(完全復調とは全然言えないにしろ)
を示してくれた、という点でかなり甘いランクにはなっているかも
しれない。 .
「嘘でもいいから殺人事件」はユーモアミステリと、大技ではな
いけれどバカバカトリック(当然誉め言葉)との融合。真面目顔し
て大技バカバカトリックをやってしまうと、「水晶のピラミッド」
みたいに浮いてしまうんだけど、これは舞台に合致してて、よい.
ぞ、よいぞ。一転して「嘘でもいいから誘拐事件」の方は、良さの
ほとんど現れていない作品なので、お間違いなきよう。 .
というわけで、ようやくベスト3が終了。ではでは、休む間もな
く、第4位「人形はなぜ殺される」。 .
日本ミステリを1冊だけ翻訳して、他国の本格ミステリファンに
上梓するのなら、私はこの作品を選びたい。スマートな仕上がりの
中に、探偵小説の鬼たる企みを併せ持つ傑作!子供向けの推理クイ
ズの本で、このアリバイ部分に関してのトリックは大昔に読まされ
ていたのだが、それでも十分以上に、いや極めて面白い作品であっ
た。 .
探偵小説としては、他にも「刺青殺人事件」「能面殺人事件」が
特に評判の高い作品である(個人的順位は、トリック自体よりもそ
の探偵小説的企みの使い方として、「人形」、「能面」、「刺青」
の順である)。上記した文春でも10位に「刺青」が入っているの
を始め、「人形」が32位、またジャンルは変わるが「白昼の死
角」が28位、「成吉思汗の秘密」が46位に入っている。 .
やたらと女性に評判の良い、探偵界の貴公子(?)神津恭介人気
もさることながら、推理作家としても卓越した人物だったと言えよ
う。生涯に産み出した作品の量と質、両方を兼ね備えた探偵作家と
しては、横溝正史、高木彬光、鮎川哲也が三巨頭であると私は思っ
ている。江戸川乱歩はむしろ評論家であり、作家としては、少年物
及び短編作家としての印象が強すぎるし、松本清張は功よりも罪が
大きく、探偵作家としての大家の一人として数えるつもりもないか
ら、はずさせてもらっている。 .
それでは続いて第5位「ドグラマグラ」、「虚無への供物」の項
で触れたように、日本ミステリ界の大いなる遺産の一作である。.
米倉斉加年の表紙画がどぎつく、当時中学生だった私には「平凡
パンチ」や(いや、それじゃなまぬるい)、「バチェラー」(「プ
レイボーイ」などより色気に重点を置いた雑誌)や「別冊スクリー
ン」「漫画エロトピア」などを買うのと同じくらいの、勇気を振り
絞って買ったものだった。女性ミステリファンは困ってしまうのじ
ゃないだろうか。 .
帯の文句に到っても、奇書だの、これを読んで発狂した人がいる
などの挑発的な文章が並んでいる。もちろん大袈裟に書かれている
ものはわかっているものの、それにしても素晴らしく興味を引かせ
てくれる。過去の全作品を対象に帯大賞を決定するならば、私は文
句無くこの作品に一票を投じるだろう。 .
帯ほどでないのは当然ではあるが(本を読んだくらいで発狂され
ていたら、ミステリ読みの側なんか寄りつけなくなってしまうじゃ
ないか、ただでさえ寄りつきにくい人種なのに、、、って中嘘)、
奇書という評価は揺るぎようがないだろう。 .
「虚無への供物」の項で「没現実の迷宮」と表現したように、メ
ビウスの輪の構造を持った、悪夢のラビリンス。誰が正常で、誰が
狂人なのか、どれが現実で、どれが悪夢なのか、夢の中で見る夢の
ように、確かな足許のない、混沌の重層世界。 .
そんな没現実界を更にサイケに、前衛芸術的に、あるいは浮世絵
的に彩る様々な傍流たち。ユニークな脳髄論や、延々と続くアホ曼
陀羅教(正式名称失念)のチャカポコチャカポコに、脳疲労確実。
今回のベスト30の中では、最も本格ミステリとは離れた作品で
はあるが、謎に浸りきる感覚は文句無く最高!狂人の心理世界とい
う、ミステリ史上最高の迷宮の旅人となって、謎に翻弄されてみま
せんか?狂気に囚われても、私は責任は負えませんが、、、 .
ではでは、このまま勢いで第6位〜第10位へどうぞ!