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日本ミステリ・ベスト30
怒涛の全作品解説
(第6位〜第10位)
さあ、では、怒涛の全作品解説、続き行ってみよう!とりあえず
参考のために、ベスト10の表を再掲。 .
第1位: 虚無への供物 塔晶夫 .
第2位: 本陣殺人事件 横溝正史 .
第3位: 斜め屋敷の犯罪 島田荘司 .
第4位: 人形はなぜ殺される 高木彬光 .
第5位: ドグラ・マグラ 夢野久作 .
第6位: 心理試験 江戸川乱歩.
第7位: 戻り河心中 連城三紀彦.
第8位: 準急ながら 鮎川哲也 .
第9位: 妖女の眠り 泡坂妻夫 .
第10位:弁護側の証人 小泉喜美子.
では前に引き続いて、第6位から。もう言わずもがなの江戸川乱
歩。こういうランキングでは、長編を挙げたいところではあるが、
最高傑作といわれる「孤島の鬼」ですら、初期の短編傑作群の前で
はかすんでしまう。高木彬光の項でも書いたが、やはり作家として
の乱歩は、基本的に短編作家だと思う。 .
デビュー作の「二銭銅貨」は基本的に本格の骨格を持った作品だ
った。明智初登場の「D坂の怪事件」や「赤い部屋」などもその流
れを汲む作品だろう。 .
しかし、乱歩を最も特徴づけるのは、「夜の夢こそまこと」とい
う言葉にふさわしい、奇妙な味わいを持った、変格ミステリ作品群
だろう。「人間椅子」「屋根裏の散歩者」「押絵と旅する男」「鏡
地獄」などは、いつまでも忘れられない印象を残してくれる。 .
他にも傑作の名に恥じないのは、いずれも中編であるが、おそら
く後者の流れであろう「パノラマ島綺譚」、前者と後者の流れが一
致して、しかも自分自身をも作中に取り込んだ、代表作としてもふ
さわしい「陰獣」である。 .
しかし、それらの傑作群を差し置いて、私が乱歩の代表作として
選んだのが、「心理試験」である。海外の短編ベスト選出では、欠
かすことの出来ない「盗まれた手紙」(ポオ)、「見えない人」.
(チェスタトン)、いずれも人間心理の盲点を描いた傑作である。
これらに充分匹敵し得る作品として、日本が誇ることの出来る傑作
短編が、この「心理試験」だと思う。 .
鮎川哲也「赤い密室」「薔薇荘殺人事件」高木彬光「妖婦の宿」
「我が一高時代の犯罪」横溝正史「黒猫亭事件」「蔵の中」など、
日本ミステリを築いてきた偉人たちの傑作があるが、やはりそれら
をも押さえて、日本短編ミステリのベストとしたい。 .
以上がミステリ作家としての乱歩だが、子供の頃からミステリを
読み続けてきた人間としては、やはりジュブナイル作家としての乱
歩、評論家としての乱歩にもちょっと触れておきたい。 .
ジュブナイルとは、もちろんポプラ社の「少年探偵団」シリーズ
を指す。「少年探偵団」「ルパン」「ホームズ」のいずれかを契機
に、ミステリの道に入り込んでしまったしまった人も、きっと多い
ことだと思う。私もその一人である。 .
毒のグラスで決闘を行う二人の男のオープニング。ヒロインを襲
う魔の手、そのわくわくする展開、そして、まさかまさかの意外な
犯人、小学生の私をうちのめした作品、それが「地獄の仮面」であ
った。それから、上記挙げた3つのシリーズを読み漁り、その挙げ
句の果てに、ここでこんな文章を書いている羽目になってしまって
いるのだ。しかも、そのページの名前が「幻影の書庫」なのであ.
る。もちろん、これは言うまでもなく、乱歩の傑作評論「幻影城」
「続・幻影城」にちなんでいる。アクセスカウンターの文句も、当
然「幻影の城主」である乱歩を意識したものである。 .
評論家、というより海外作品紹介者としての乱歩には、現在では
あまりいい評価がされていない場合も見受けられるが、「幻影城」
「続・幻影城」は寝食を忘れるほど、べらぼうに面白い評論集であ
ることは間違いない。きっとミステリへの愛を共感できるはず。.
さて、では、第7位の連城三紀彦「戻り川心中」。短編集として
の完成度は、ミステリ史上例を見ない美しさ。詩情性と意外性を、
これだけマッチングできる作家は、他に存在しない。 .
先に挙げた文春ベスト100でも、第9位に、しかも、そのうち
学生によるベスト10では、第2位に選ばれている(時期的な話は
あるのだろうが)。 .
デビュー短編集として、これほどの完成度の作品を出してくれた
作者だが、それで終わることなく、次々と傑作短編を排出してくれ
た。基本的に「反転」という手法で、意外性を産み出しているよう
に思うのだが、それを意識して読んでいても、なおかつ真相の時点
ではあっと驚かされてしまう。しかもそういうタイプの作品は、概
ね技巧のみが強調されたものになりがちで、そこが浮いてしまうと
いうことになったりするものだが、そういうことなく作品世界の中
に綺麗に埋め込まれているのが見事。 .
長編としては、チェスタトンのある作品を、スケールも大きく描
き変えた「敗北への凱旋」、不可思議の世界に迷い込んでいく感覚
を味わえる、そんな謎の提示が非常に見事に仕上がっていて、なお
かつその解決が、連城としては非常にトリッキーな作品「暗色コメ
ディ」、この2作を選択したい。ちょっと初期に偏りすぎか。 .
もう滅多に「ミステリ」という肩書きの作品は出してくれない作
者だが、ミステリ以外の短編集も、恋愛小説を毛嫌いしなければ、
やはり楽しめる。根底にはミステリの精神が流れているのだ。たと
えば直木賞を取った作品だからと、かえって毛嫌いされていたりも
する「恋文」という短編集があるが、この中に収録されている「紅
き唇」は、連城作品の中でも私が最も好きな作品の一つ。 .
人間の心情って、やっぱり曰く不可解なものじゃないですか?た
とえば自分の心一つ取ってしても、やっぱり自分でも理解できない
部分って出てくる。西澤保彦の「複製症候群」のように、自分のク
ローンが出来たとして、同じ状況に立たされても、おそらく自分と
クローンの反応が全く別々、ある時には正反対の行為を取ってしま
うだろうことは、予想が付くどころか、間違いないと断言してしま
っていいだろう。 .
そんな心情の不可解さは、それだけでミステリとしての可能性を
含んでいる。強弁すれば、たとえば夏目漱石の作品なんかも十分に
ミステリである。ただ、やはりそれが本当にミステリとして成立し
ていくには、心情は現象化されていくものだと思う。この現象化へ
の持っていき方が、連城の場合抜群にうまいのではないかと思う。
そして、そのバランスがどのあたりに立っているかが、微妙な位置
なのではないだろうか。その傾き具合がどうなっているかで、ミス
テリ的な作品になったり、純文学的になってしまうのではないだろ
うか。それは作者自身の意図と云うよりは、それを受け取る我々側
がどう判断するかだけの話なのだろう。しかし、たまには連城自身
の意図で、思いっきりこちら側に傾けて、ミステリを書いてくれな
いだろうか?私は今でもそれを心待ちにしている。 .
続いて、第8位は現在では「本格推理の主(ぬし)」と言っても
いいような鮎川哲也大先生。京都で開かれた「SRの会」全国大会
で恒例の1分間ゲームの優勝賞品で頂いたサイン本は私の宝物。.
本格にかける情熱は、年老いてなお盛ん(自分の著作はおそらく
別として)。光文社の「本格推理」で、下読みで数は減らされてい
るのだろうにしても、かなりの素人のつたない短編を喜んで読んで
いるみたいだし。 .
それはともかく、おそらく鮎川哲也から1作選ぶのは当然として
も、どうして「準急ながら」なの?という声はきっとあるだろう。
確かに本格ミステリファンが1冊を選ぶなら、やはり「リラ荘事
件」を選びたいところだろう。本格のコードをたっぷりと詰め込む
だけ詰め込んだ、贅沢な作品。「本格推理」シリーズで、鮎川先生
自身が理想としている究極形は、まさしく自作のこれに当たるので
はないだろうか。本格ミステリとはどういうものか、という問いが
あれば、「じゃあ、とにかくこれを読んでみて」と渡せるような作
品。一切他に媚びを売ることのない、「本格」のみを具現化した、
島田/新本格以前の随一の傑作。 .
ただ、一般には鮎川哲也は、アリバイもの・鉄道ものというイメ
ージがあるだろう。実際にそれだけの数も出ているわけだし。鮎川
自身を評価するには、特異な作品とも言えるかも知れない「リラ.
荘」ではなく、出来るだけそういった作品の中から選びたかった。
その意味で、もう一つの傑作でもある「人それを情死と呼ぶ」を選
ぶことも出来なかった。 .
そういう中から選ぶとすれば、「黒いトランク」を選ぶのが順当
な線なのだろう。文春でも第8位に入っているし、一般的な評価で
は、「リラ荘」でなく、こちらの方が代表作と考えられている。.
しかし、個人的な事情だが、私にはトラウマがある。海外ミステ
リの大傑作という評価に期待して、クロフツの「樽」を読んで、そ
のあまりのつまらなさにげんなりしてしまったという経験である。
これがあるため、「黒いトランク」を読んでも、「樽」がちらつい
て、どうしてものめり込むことが出来なかった。従って、私の中で
は、すっきりと綺麗にまとまっている「準急ながら」の方が、評価
が上なのである。というわけで、今回はこの作品を選んでみた。従
って、純粋にこの作品が私の第8位というよりも、鮎川哲也を全体
的に捕らえての順位と考えていただきたい。 .
ところで、禁句だと言うことは重々承知なのですが、「白樺荘事
件」が出ることを心の隅で、いまだに念じ続けている私です。(そ
のために「『白の恐怖』貸して下さい!」という言葉を、SRの例
会で耐えるのの辛かったこと) .
どうか「主の絶筆」になりませぬように(おいおい、最初の伏線
の「ぬし」と読みが変わっとるがな!) .
第9位は泡坂妻夫「妖女の眠り」。鮎川先生に続いて、これまた
異論の多そうな選択になってしまった。異論の上がらない選択をし
ようとすれば、「亜愛一郎の狼狽」になるだろうか。泡坂妻夫を代
表する手法とも言える「奇妙な論理」で全編を貫いた、他に類を見
ない傑作短編集。 .
しかし、一人一作を基本としている以上、本質的に短編作家と言
うわけではない人(とは言っても、長編作家というより、オールマ
イティー作家ということになるかも知れないが)から、短編集を選
びたくはないもの。 .
長編と云えば、本格好きな人にはたまらないのが、「11枚のト
ランプ」であろう。奇術師たる作者の本領発揮。11個のトランプ
手品がそれぞれ短編になっている。その一つ一つの面白いこと。こ
れだけでたっぷりと楽しめること間違いなし。それでいて、なおか
つ全体を貫くミステリ的仕掛け。 .
奇術とミステリ、こんなに根元の部分が似通っているのに、意外
にそれらを融合した作品は少ない。カーに奇術「スフィンクス」を
応用した作品があったり、「火刑法廷」のトリックが奇術の改めの
技術と似ていたり、泡坂と同じく自身も奇術界に携わっているクレ
イトン・ロースンの諸作が、やはり奇術を取り込んだものであった
り、と幾つかは思い出せるが、妙に少ない印象がある。ミステリは
最後には解かれることが前提であるが、奇術は謎の提出のままで終
わるのが前提であるためかも知れない。礼儀として、使用するため
には、タネがよく知られたマジックか、自身が考案したものを使う
しかなく、それは結構困難なためであろうか。従って、オリジナル
なネタを11個も取り入れて、なおかつそれらを包括して、1本の
ミステリとして仕上げる才覚は並大抵のものではない。これだけの
ユニークな特徴を備えていて、なおかつ見事な出来映え。本格ファ
ンとしては、必ず押さえておきたい一作だろう。 .
他に本格ファンが押さえておきたい作品は、言うまでもなく「乱
れからくり」である。実に泡坂的に、がちがちの本格的道具立てが
組み上げられている。巧妙だがストレートな伏線で、実にスマート
に仕上がっている「11枚」に対し、こちらはねじれたユーモアに
満ちた傑作。 .
ねじれたユーモアと言えば、比較的新しい作品で「しあわせの書
〜迷探偵ヨギ・ガンジーの心霊術〜」も、このところ評価が高い作
品である。ユニークさにおいてはピカ一だろう。かつてない特異な
ミステリ。 .
泡坂には、またもう一つの作風がある。「湖底のまつり」を嚆矢
とする、独特に構築された不思議な世界である。前に挙げた3作は
全て絵空事の世界を、外から眺める感覚で読み進むものだが、こち
らの作風では、思わずその世界に引き込まれ、主人公と共に謎にた
ゆたう感覚を味わうことが出来る。私が今回選んだ「妖女の眠り」
も、おそらくそんな作品の一つである。多分に個人的な印象になる
かも知れないが、ヒロインに惚れたりしたような記憶もある。世界
に引きずり込まれる感覚と、その世界がひっくり返る謎の解明のカ
タルシス、いずれをも兼ね備えた傑作として、おずおずとではある
が、私の選んだ泡坂この1冊である。 .
さてさて、ベスト10の最後を占めるのが、超絶の技巧で度肝を
抜いた、第10位、小泉喜美子「弁護側の証人」! .
カルト的傑作と言えるだろう。何も語らずに、ただ「読んで下さ
い」としか言えないタイプの作品。これだけでも先入観を与えてし
まうので申し訳ないのだが。 .
ミステリの企みとしては、このベスト30の中でも、最も秀でた
ものの一つ。新本格の中でもバカミステリを愛する人ならば、一度
は試してみて欲しい作品。新本格を軽く凌駕する奇想の名作。 .