ホーム創作日記

5/6 ダブルキャスト 高畑京一郎 メディアワークス

 
 前作「タイムリープ」は、基本的にファンタジーな時間物の着想を骨格に
して、そこに論理性の面白味を付加して、軽快なエンタテインメントに仕上
げた秀作であった。私の採点では数少ない8点が付いている。意識時間と現
実時間との乖離を矛盾なく整理して、論理パズル的に組み上げて行くところ
は、ミステリではないにしても、ミステリの愉しみと等価値な面白さを持っ
ていたものだ。ミステリファンの支持をも広く受けた所以であろう。  

 今回は、直接的によりミステリ的な作品に仕上がってはいるものの、前作
の面白味を期待してしまうと、少々肩すかしな印象を抱いてしまうかも。特
に(悲しいことに)すれっからしなミステリ読者にとっては、よりそういう
傾向が強いかもしれない。                     

 本作も前作同様、いかにも少年マンガチック。前作は少年サンデー系と書
いたが、今回は少年マガジン系?(根拠なし)。不良なんだけど筋の通った
かっこいい奴が、大人の悪事に巻き込まれ、やたらめったら強くてでかいラ
イバルの率いる暴走族グループと闘争しながら、最後はいっちゃん悪い大人
をとっちめちまうってな、めちゃストレートな骨格である。まぁ、読者層を
意識した確信犯であるわけだろうけど。               

 勿論こんな話をこれまたストレートに描いたのでは、いまどきの中学生だ
って喜んではくれないし、大人の鑑賞に耐えるものではない。そこで、本書
のストレートではない設定が登場するわけである。そして、なおかつ、この
設定でなくては成り立たないネタが出てくるところが、本書の最大のミソ。
ここに乗せられたかどうかで、本書の価値は変わってくるのだろう。  

 個人的には、「気持ちはわかるのだが」の、残念ながら6点止まり。「か
っこいい」側の主人公にあまり好感が抱けなかったのと、そのことも関係す
るのだが、もうちょい叙情性が欲しいようにも思う。この辺は好みが分かれ
るところで、このくらいが爽やかなのかもしれないけれど。      

  

5/10 編集室の床に落ちた顔        
          
 キャメロン・マケイブ 国書刊行会

 「あらゆる探偵小説を葬り去る探偵小説」という、いかにも扇情的なあお
り文句で、とんでもなく凄い作品なのか、とんでもなくくだらない(もしく
は理解不能な)作品なのか、おそらくその両極端な評価に分かれそうな、こ
れはもう読んでみなくちゃ仕方ないでしょう、という本である。    

 残念ながら、本編読了後の感想は、これは後者だな、ってところだった。
本書はミステリと云うより、ミステリという存在自体を肴にした評論書なの
かもしれない。あるいは極端には、哲学書、思想書とさえ分類可能な作品で
もあるかもしれない。メタミステリ好きには、こたえられない作品かもしれ
ないが、普通の本格ファンには、不要な書のように思えた。      

 一応、ミステリという形式は踏襲されてはいるのだ。事件が起こり、何度
か事件の再構成が行われ、意外な(?)犯人が逮捕され、裁判劇が繰り広げ
られ、挙げ句に意外な結末を迎える。ここまでは(かなり歪んだ描き方がさ
れていて、ミステリという土台に立てるには、ちょっと危うい気もするが)
一応ミステリの作法で書かれてはいるようだ。            

 この後、長い長いエピローグにおいて、評論の形式でそれまでを語り、更
に最後には、再び奇妙な形式で事件の再構成が行われる。ここが特にメタで
前衛的な、ミステリを巡る文学的冒険になっている。但し、過分に概念的で
説得力は薄く感じられた。「どんな探偵小説においても無限の終わり方が可
能である」と云っても、そこはミステリとして処理されるわけでなく、単な
る強弁、詭弁の類に過ぎない。ありがたがる程の作品とは思えなかった。逆
に「探偵小説を読むような奴らは、慣れ親しんだ体制からはずれるのを嫌が
るろくでもない連中の中でも、馬鹿にされるのを特に嫌がるもの」なのだ。

 と、ここまでは本編読了直後の印象なのだが、実は小林氏の解説を読んで
かなり印象が変わったことを告白しておこう。「本書について」で、本書の
本質の一つを綺麗にまとめられているし、何より「解決の一つ」が特に素晴
らしい。ラストの唐突な「結婚してくれるかもしれない」に当惑していた私
にとっては、まさに目から鱗、こう考えた方が確かにすっきり出来る。メタ
で詭弁な多層解決を隠れ蓑に、こんな真の解決が用意されていたのであろう
か。あるいは先の多層解決の全てが、ミステリ的な処理をもって、解決可能
な構成に、、、なんてことは、さすがにないな。本編としては6点だったの
だが、小林氏の名解説と会わせ技一本で、7点としよう。       

  

5/16 クリムゾンの迷宮 貴志祐介 角川ホラー文庫

 
 「火吹山の魔法使い」以来、しばらくゲームブックにはまっていた頃を思
い出させてくれた。本書はこのゲームブックのホラー世界を、あくまでリア
リティーの世界に構築してみせた雄篇である。多少の眉唾な要素はあるもの
の、SFや意味づけのないホラーに流されることなく、しっかりと現実に引
き留めることで、サスペンスや恐怖感を拡散させることなく、作品世界の緊
迫感を保つことに成功しているように思う。読者を引き込み、読ませること
に関しては、抜群のエンタテインメントであろう。          

 上記したように、ゲーム中の世界については、充分に満足させてくれた。
だが、しかし、である。ラストに関しては、大いに不満が残っている。確か
に小説としてここで終わることは、まとまり感からいって妥当なものだと思
う。ここで更に書き込みを行うことは、下手するとだらだらした印象になっ
たり、別の話になってしまって焦点がぼけてしまうおそれすらあるだろう。
だから決して否定はしないし、充分に理解も出来る。         

 それはわかっている。でも、でも、それでも、なのだ。こんなカタルシス
のない終わり方では、フラストレーションを強く強く感じてしまうのだ。小
説に対して何を望んでいるかの違いなんだろうか。ミステリの志向とは、違
うものであると感じられた。ミステリでは、やはり謎が解けるときの爽快感
に、格別の味があると思う。そこに悲しみの要素や、どろどろとした要素や
その他多くの衣が着せられていようと、芯には謎解きの快感が、強い魅力を
発しているものなのだ。ある意味ではそれは、謎に打ち勝つ”勝利感”の快
感なのかもしれないと思う。どんな付加要素が付け加えられていようとも、
中心の謎を解き崩す、知的勝利感のカタルシスではないのか。     

 ゲームには勝利した。ゲームの意味合いや、ある人物に対しての謎の解明
も出来た。でもやはり、結局は負けたままなのだ。最初から負け試合じゃな
いか。勝利者は、そう、ゲーム盤の外にいる奴らなのだ。せめて、そいつら
に一矢報いるラストが欲しい。「ある手掛かりを手に入れた。これで、追い
つめることが出来るはずだ」というような、可能性を示唆したラストでもい
い。「当局に出頭してきたあるカメラマンの訴えから、組織が摘発され」と
いうような新聞記事でもいい。根本にミステリ志向のある人ならば、どこか
にこういう伏線なり、お片付けモードなりを入れたくなるのではないだろう
か。それが効果的かどうかはともかくとしても。しかし、とにかく、勝利感
をちっとも味わえないラストは辛いと思う。             

 カタルシスのあるラストであれば、大いに推薦したい作品なのだが、そこ
がやはり惜しまれる。しかし、それでも読書中は興奮した時を過ごせること
は間違いなく、それだけでも7点の価値のある作品であろう。     

  

5/22 Q.E.D3巻 加藤元浩 講談社

 
 うーむ、相変わらずの中途半端な出来とでも云おうか、お薦めする価値あ
る程の作品ではないが、「もう買うのやめた」って程の作品でもない。楽し
みではないけれど。ずるずると買ってしまうってのが定着しそうだ。  

 今回は、主人公燈馬がMITを退学するきっかけを描いた事件「ブレイク
・スルー」と、天文台を舞台にした悲しい事件「褪せた星座」の2作品。

 「ブレイク・スルー」は、またまたの番外編で、残念ながらミステリ的に
は質の低い事件だった。中心の謎も、ネックレスの謎も、ミステリとして論
じるレベルには達していない。中でも、木の問題に至っては、完全に数学の
問題で、答を出すのにコンマ1秒もかかるはずのないものを、数学の天才に
提出させるのは噴飯物。いくら漫画でも、これはあんまりか。クレイトン・
ロースンが「帽子から飛び出した死」の中で提出した、数学的な解き方をし
ようとすると引っかかる問題(これは秀逸!)の趣向を真似したいのだろう
が、パズル本を何冊か目を通せば、もっと適当なものが見つかったはず。

 「褪せた星座」は、話、トリックとも、シリーズの中では最も良い出来で
はないかと思う。パズルの解き方で見せてくれた読者へのミスリードは結構
心憎い演出だし、動機の設定も良く練られていて、意外にもちょっと(だけ
だけどさ)感動させられてしまったぞ。アリバイトリックも、ミステリとし
て充分満足できるレベルだと思う。このレベルの作品が今後も続くのなら、
買い続ける分には良しといったところか。採点はやはり6点だけれども。

  

5/25 血食 物集高音 講談社ノベルス

 
 珍しくメフィスト賞でない新人作家の登場。きわもの系でなく、まっとう
に売り出したいということなのだろうか(笑)            

 帯で絶賛されている文体だが、こういう場合は往々にして、とっても辛く
なることが多いのだが(苦笑)、今回も例に漏れなかった。玄人好みのしそ
うな(好きな人には、こたえられない文章なのかもしれないが)、しかもと
ても”黒い”文章(赤川次郎の両極にある、文字密度、漢字密度の指数の高
い文章)で、ミステリさえ楽しめればという私には、あまり歓迎は出来なか
った。独特の味はあると思うので、相性はあるだろうなとは思う。   

 で、更に絶賛されている博識も、その主な拠り所になる物は、姓や紋の知
識。しかし、こういう蘊蓄を持ち出されてもなぁ。時代は昭和一桁に設定さ
れているにしても、こんなに姓、家紋、出身地の関係が、推理で結びつけら
れるほどに密接に関係しているものなのだろうか?そういうものを選んでる
んだから、こうなってるだけなのか?まあ、その真偽はともかくとしても、
だからこう絞られるんですよ、って説明されたら、「ははあっ」って平伏し
て押し頂くしかしょうがないもんなぁ。「大蔵経」がどうしたこうとか、あ
まりにも自分と接点のない蘊蓄が満載。過去からよくモチーフの一部に取り
込まれてきた経緯のある物理関係や、妖怪関係をミステリのネタに取り入れ
るのは、そんなに違和感がなかったのだが、今回はかなり違う。しかも推理
の一部に取り込まれている(いたよなぁ?)ときては、ちょっと首を捻って
しまった。                            

 ミステリの構造としても、読者に対してフェアな情報を与えた本格ミステ
リになっているとは思えず、そういう志向を持っている人とも感じられなか
った。話を組み上げることは長けているのかもしれないが、個人的には2作
目以降には、あまり関心がない。堂々とした組み上げ方は評価して、6点

  

5/28 法月綸太郎の新冒険 法月綸太郎 講談社ノベルス

 
 作者の自信に満ちあふれた(?)後書きも納得のいく内容で、本当に久し
ぶりに法月綸太郎を見直させてくれた。私は、法月は新本格派の中でも、最
も本格に忠実な御三家(残る二人は、二階堂、芦辺)だと考えている。「本
格」というものを、過剰にデフォルメされた程に、徹底的に描こうとしたの
が、彼の代表的長編「誰彼」だと思っている。気負いすぎて、若干の行き過
ぎはあったものの、その精神は非常に心地よく評価できたものである。 

 その後、作品自体は仕掛けも効いて、密度の高い作品群を産み出すものの
重点が「名探偵の苦悩」といったような独自のテーマに偏ってきて、作品の
持つ不必要に暗く重い空気が、本格の爽快感を阻害していたように感じてい
た。しかし、今回の作品集は、悩める名探偵は登場せず、まさしく「これぞ
本格」という、本格の爽快感に満ちあふれた、完成度の高い作品ばかりであ
る。真っ向から本格に取り組んでいて、本格を愛好する人ならば、きっと満
足できる好短編集であろう。                    

 5編ともどれもが良い出来なのだが、あえてベストを選ぶならば、個人的
には「背信の交点」であろうか。状況設定の美しさに加えて、意外性高い真
相もさることながら、「推理」の限界性をも感じさせる、ラストで明かされ
る心情には、実に胸を打たれた。第2位は、犯罪の構成に対して、恐るべき
意外性を用意した「身投げ女のブルース」になるだろうか。恒例のベスト3
とするならば、理に走った展開ながらも、特に一点、WHY?に関して非常
にユニークな解答を用意した「リターン・ザ・ギフト」にしておこう。構図
の逆転の面白味には舌を巻かれる「現場から生中継」も棄てがたいのだが。

 採点は高いレベルの7点といったところになるかもしれないが、最近8点
を付けられる国内作品は少ないし、滅多に醍醐味を感じることのない、久々
の本格の堪能度にちょっとおまけを付けて、8点としよう。      

 

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