ホーム創作日記

98年讀書録(9月)

9/1 金田一少年の事件簿(短編集3)
               天樹征丸さとうふみや 講談社

 
「鏡迷宮の殺人」 … 謎の作り方自体は結構好みではある。わかり安いが
比較的ましな作品。こんな間抜けなところは、さすがにないと思うが(笑)

「金田一フミ誘拐事件」 … 手がかりが「なぞなぞ」ってのはちょっとい
ただけんなぁ。しかも超ムズ。ミステリの範疇を越えすぎちゃってるぞ。

「明智少年の華麗なる事件簿」 … ミステリとしては、メイントリックの
解明が早過ぎて、その後はあまりにも筋通りの展開だが、話としては良い。

「金田一少年の悪夢」 … またまた下らんダイイング・メッセージ。カレ
ーを作るのに、人参はともかく、なんでピーマンかが最大の謎だ(嘘) 

「金田一少年の怪奇事件簿」 … くくくく、品はなさ過ぎるが、面白い。
一発ギャグとして許してしまおう。「こいつの身の上話を…?」(笑) 

プレゼントクイズ … こんなことをするくらいなら、犯人の名前を書け!
なんてことを毎回書くのも大人げないんだけどさあ、割り切れんのよね。

 、、、と、いつもの如くの出来映えで、いつもの如くの6点。小中高時代
に「いけない」と思いつつも、藤原宰太郎のトリック本にはまったりしてし
まったように、今の時代のミステリ予備軍達は、「金田一」や「コナン」に
はまってるのだろうか。後でミステリを読み始めて「しまった、あれ、読む
んじゃなかった」と思ってしまうのも同様なんだろうなぁ。特に悲しいのが
やはりいつも槍玉に挙げられる「占星術」。日本ミステリ史上に残る、あの
作品の感激が失われるのは、やはり可哀想な気がするよなぁ。     

  

9/4 怪奇探偵小説集2 鮎川哲也編 ハルキ文庫

 
 戦前の作品に良く見受けられる、怪奇小説と言うより「幻想譚」「奇譚」
の類に入れたほうがいいような作品集である。この漢字変換に苦労させられ
る(苦笑)「譚」の文字がしっくりとくる作品達、というのが私のイメージ
になる。古き日本ミステリを愛する人々にとってはもうお馴染みの、鉄道も
の、本格ものと並ぶ、鮎川アンソロジーの十八番テーマの一つと言えよう。

 それだけに何度も何度も繰り返し読む作品はあるのだが、「解決」が重要
な本格ものではなく、「下げ」が重要な作品というわけでもないので(勿論
それがあるものも多いが、狙いがそこだけにあるものは、意外に少ない)、
繰り返しの鑑賞に耐えうる作品が多い。妖しげな世界に、いつの間にか引き
ずりこまれてしまうのだ。                     

 ただ、この頃の作品は、ホラーや非科学的な要素に完全にイッちゃってる
ものは思ったより少ないようにも思う。単純に「嘘」や「妄想」かもしれな
いが、現実として解釈しようとすれば、解釈可能な作品が多いように感じて
しまう。同時にまた逆に、現実としてあり得る科学的なものを出されても、
幻想譚的な色合いで、作中の現実が薄くかげる印象も持っている。   

 それはあるいは現代の作品が、そんな「妖し」や「不可思議」や「諧謔」
では成立困難で、もっと具体性を帯びた、情報を詰め込んだ作品(昨今のバ
イオホラーに代表されるような)が求められるせいなのかもしれない。過度
の情報に塗り固められていないだけに、解釈の余地があるとも言えるのだろ
うから。どちらが良いというのは、当然一概には決められないのだけど。

 さて、いつもの如くにベスト3を選出するならば、「怪談」の雰囲気から
犯罪話へ展開し、更に最後は「怪談」へ収束する、恐怖の構成が心憎い「底
無沼」角田喜久雄。二転三転した挙げ句意表外な結末に辿り着き、とりわけ
最後の段落において物語の様相をすっかりと変転させる手段が、ユーモラス
で心憎い「決闘」城戸シュレイダー。ユーモアと幻想譚の融合を作中作的に
構成し、現実か幻想か狐につままれるような感覚が心憎い「眠り男羅次郎」
弘田喬太郎。以上3作を、”心憎い”(笑)ベスト3としておこう。  

 本格ではない作品集で、怪奇というにはちょっと弱いので、採点は6点

  

9/18 ミス・オイスター・ブラウンの犯罪  
          ピーター・ラブゼイ ハヤカワ・ミステリ文庫

 80年代の現代本格ミステリの代表的作品である「偽のデュー警部」で有
名な(と今更断る必要はないだろうが)ラブゼイの第2短編集である。現代
の作家の中では、古典的な本格にこだわる貴重な作家の一人。彼の古典的本
格を愛する想いは、シルヴァー・ダガー章を受賞し、昨年度の翻訳ミステリ
界をにぎわした「猟犬クラブ」を読めば、一目瞭然だろう。      

 さて、そんな本格長編をものするラブゼイだが、その一方短編の名手でも
ある。そして、こちらの方は、本格と言うより、洒落たクライム・ストーリ
ーを得意とするようだ。本家EQMMの読者投票で(書評家の評よりも信頼
性がおけるではないか)、何度も上位を獲得していることでも、保証付きの
旨さと言えるだろう。                       

 たとえ本格作品ではなくとも、たとえば読者をちょっとずれた方向に誘導
しておいて、すっと落とす手段は、本格の精神豊かで、しかも長編よりも巧
みな感じも受ける。また、仕掛けが想像できるような作品であっても、そこ
へのプロットの組み上げ方が巧みである。たとえば、前者の例として表題作
や「絞殺魔の影」、後者の例として「ビックリ箱」「床屋」など、アイデア
自体よりも、アイデアから作品への結実の仕方が、実に「うまい!」と思わ
されてしまう。また、ユーモア感覚にも優れ、全く嫌みを感じさせずに、に
やっと思わせるセンスの良さは憎いほどだ。             

 いつもなら恒例のベスト選びをするところだが、粒ぞろいのこの作品集に
は、全くもって不要と言えるだろう。最後に洒落たクリスマス・ストーリー
で締めてくれて、第1短編集「煙草屋の密室」同様、心地よい読書を愉しむ
ことが出来た。採点は文句無しの7点。第3短編集も98年に発行されてい
るらしいので、これが翻訳されるのも待つ楽しみもできたようだ。   

  

9/24 実況中死 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 まったく、西澤保彦って奴はぁ、、、               
(ミステリ者としての親しみを込めた”奴”なので、許してね)    

 西澤保彦は「設定」に長けた作家だと思う。プロットの組み上げ方と言っ
ていいかもしれないが、あえて「設定」としたのは、プロットを組み上げる
作業の比較的前半部分を指したかったからだ。逆にもっと早い段階のものだ
と思う「アイデア」と呼ぶのは、彼に対して失礼だろう。アイデアも勿論優
れているのだが、それの組み上げ方、というより転がし方(と言った方が西
澤保彦の場合しっくり来るようだ)が、かなりユニークなのだと思う。 

 今回も骨格となる二つの「設定」、”ボディ”に関する意外性の設定、事
件そのものの意外性の設定、これを組み上げた技は並大抵のものではない。
本来の西澤節ここにあり、という感がある。ここで最初の一行に戻るわけで
ある。「まったく、西澤保彦って奴はぁ、、、」           

 さて、でも、先程あえて前半部分と断ったのは、それらの極めて良く出来
た「設定」が、ピタリとはまるところにはまったという感じが、残念ながら
あまりしないからである。どうしても無理がある。ほころびに思えたり、ぐ
らぐらとした危うい感じを受けたり。「うわあっ」と思わされるんだが、す
ぐその後に「でも、、」と言いたくさせられてしまうのだ。補強作業という
か詰めの作業で、この辺をきっちりと構築して欲しいと、結構いつも思って
しまうのだ。こういう点でもまた、最初の一行に戻ってしまうわけである。

 しかし、これは望み過ぎなのだろうなぁ。本書中でも記されているように
読者は全てを疑ってみるものである。路傍の石は大袈裟にしても(笑)。お
そらくこの辺の記述は西澤保彦からの挑戦状であったのだろう。そして、た
しかに私はすっかりと騙されてしまった。ミステリ慣れした狡猾な読者の目
から逃れる離れ業を期待し、なおかつすっきりと隙なく収まることを期待す
るのは、現状では相反するに近いほどの、無謀といってもいいくらい、虫の
良すぎる大それた望みなのだろうなぁ。それでもやはり時々はそういう作品
に巡り会うことが出来ることも事実なので、ミステリは止められないし、そ
れを貪欲に望んでしまうのも、ミステリ読みの性なのだろうと思う。  

 題名の皮肉な意味合いを考えて、ある事件の真相だけは読み通りだったが
他は完全に騙された。久々に西澤保彦に7点進呈と行こう。とはいえ、「で
も、、」と言いたくはなるよなぁ。複雑な意味合いを込めて、最後にやっぱ
り、最初の一行に戻ろう。「まったく、西澤保彦って奴はぁ、、、」  

  

9/27 三月は深き紅の淵を 恩田陸 講談社

 
 これは、一冊の書を巡る物語である。               

 そして、読書好き、本を愛する者達に捧げられた供物でもある。一冊の本
の中で、一冊の本の内と外が、緩やかに呼応し、また離れていく。ちょっと
不思議で、優しくて残酷で、何故だか郷愁をそそられる物語。きっとそれは
「本に触れる喜び」、中でもきっとあまり知られていない”自分だけの本”
を見つけ出す喜びを、思い起こさせてくれるせいではないだろうか?  

 、、、といった感じの惹句で、この書評を書き始めようと思ったのは、実
は中途の段階であった。3章までの雰囲気で最後まで続いていたならば、昨
年度のミステリ界のベスト選出のダークホース的な存在であり、なんとSR
では、採点リスト外だったにも関わらず1位を獲得してしまった本書に、私
も1票を投じたくなっていただろう(しかし、SRではリスト外だったこと
が、かえって有利に働いたのだろう。平均点で採点されるSRでは、リスト
に入っていれば読んだ人全員が点を付けるのに対し、リスト外作品をわざわ
ざ上げる人は、本当に好きな人ばかりだろうから、結果的に平均点が上がる
傾向にあるようだ。私は本書は充分にミステリであると感じた。リストに挙
げられてしかるべき作品で、同じ条件での採点結果を見たかったものだ)

 さて、話が脱線したが、4章には残念ながらちょっと興醒めさせられた。
私は本の内部は、一つの世界なのだと思う。本を読む行為は、その世界の中
に足を踏み入れ、その世界の中を旅することに近い(一方でまた、それらを
離れて見ている自分というのもあるのは事実だが)。         

 3章までは、その旅が心地よかった。1冊の書を巡って、作中作という形
式ではないのに、その内部の本の内と外とが、付かず離れず呼応していく、
そのたゆたう感覚が、ゆらゆらと気持ち良かったのだ。しかし、4章では、
いきなり一番外側にあるはずの「三月は深き紅の淵を」(つまり講談社版と
いうことだ)から、更に外に突き抜けてしまった。本の内部の世界を探索し
ていたら、いきなり本の外側に引っぱり出されてしまったというわけだ。本
の性格によっては、こういうメタ的な多層構造がはまることもあるのだが、
本書にはどうもそぐわない印象を受けた。のみならず、私の気に入ってた感
覚も「狙いなんだよぉ」と(勿論そういう言い方ではないが)説明されてし
まうと、大いに興を削がれてしまう。あくまで、本の世界の中で遊ばせて欲
しかった。これが減点対象であるが、やはり本を愛する者としては、愛した
くさせてくれる”雰囲気”を持った作品だと思う。採点は7点。    

 

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