ホーム創作日記

 

4/2 ミステリの女王の冒険 エラリー・クイーン原案 論叢社

 
 TV版エラリー・クイーンの傑作エピソードが4編。これに加えて、未制
作シナリオである表題作は、ある意味三大巨匠(カー・クリスティ・クイー
ン)の推理合戦とも受け取れる贅沢さ。               

 町田暁雄氏によるシリーズガイド・詳細な全エピソードガイドは、これだ
けでも充分なガイドブックだし、充実の一作であることは間違いない。 

 とはいえ、過去二年間のクイーン自身の手によるラジオ・ドラマ集の方が
面白さが大きく感じられたのはどういうわけなのだろう?       

 おそらくはちょっと複雑すぎるのかなぁ。ラジオドラマの方は比較的シン
プルで一点に気付けばスラスラっと解けたりする。割とポイントが明確なだ
けに、読者(視聴者)が謎解きに挑戦しがいがあるのだよな。     

 しかし、このTVドラマはかな〜り難易度が高い。気軽に挑戦して、おい
それと当たるようなものではない(犯人くらいは言い当てられるかもしれな
いけれど)。頭使おうと思わなくなるくらいの難易度だと見て楽しむしかな
いわけで、参加する&挑戦する楽しみがなくなってしまう。それがきっとラ
ジオドラマに比較して、面白味が薄く感じられた理由なんだろうな。  

 実際CSで一度だけ録画できたことがあって、それがたまたま本書にも収
録されている「奇妙なお茶会の冒険」だったんだけど、原作も当然読んでい
たにも関わらず、「これはわかるわけない」って思えたもの。ミステリ・サ
ークルで本気の犯人当ての題材には使えるかもしれないけどねぇ。   

 さて、そんな本書の中からベストを選ぶと、自分としては悩まず「黄金の
こま犬の冒険」だな。「証拠の不在が証拠」みたいなクイーン流の逆説的ロ
ジック展開が、二つのアイテムについて行われているのがミソ。それが更に
ホワイダニット・フーダニットに直結するのもお見事。ロジック中心故か、
犯人の意外性はさほどないクイーンだけど(このTVドラマもそれに乗っか
ってる)、本書中それに一番成功しているのも本作だろう。      

 作品集としては先のラジオドラマ集二作にはひけをとるが、ガイドブック
としての付加価値も高いので、採点は勿論迷うことなく
8点。     

  

4/7 リスの窒息 石持浅海 朝日新聞出版

 
 相変わらずの独特の倫理観。特異な(そしてまた得意な)閉鎖空間に持ち
込むために、この倫理観を駆使しているが、さすがにこれはないわぁ。犯人
の倫理は歪でも構わないと思うが、一般の倫理が歪むのはどうもな。  

 展開は巧みで、ロジカルな面白さ豊富なんだけど、とにかく前提に付いて
いけないという、いつもといえばいつもの石持浅海節。        

 まぁ一種の設定だと思って、そこは目をつぶってそこからの展開を楽しも
うよ、とも思わなくはないのだが、軽く流すことなんてとても出来ないくら
いネチっこく書き込まれているのだもの。そこも論議の焦点の一つとして落
とさないでよね、と作者自ら主張してるようなもんだからなぁ。    

 しかし、カルトやある種の小集団ならばまだしも(と許容するのも問題は
あると思うが)、一般の組織にまで石持倫理を展開されちゃうと、単に気持
ち悪さではすまない本質的な欠点にしかならないと思うのだがなぁ。  

 倒叙型の誘拐物でありながら、ロジカルな展開で面白味を形成するという
のはさすがに巧いとは思うが、長々とこの倫理で引っ張られるだけに、結局
乗り切れないまま終わってしまった。                

 逆に犯人側の倫理は、このくらいのイっちゃってる感が話として面白いの
で、全然気にならないどころか、むしろ爽快でさえあったのに。最後の最後
まで筋の通った狂いっぷりが立派でしたわん。            

 これで結末の付け方までロジカルだったらまだ良かったんだけど、そこは
それほどの強さはなく。結局は平凡な
6点止まりってとこか。     

  

4/8 不思議の扉 時間がいっぱい 大森望編 角川文庫

 
 未読作品ばかりだったので個人的には多少のお得感はあったものの、前作
に比較すると定番の傑作ってものは入ってなかったな。まぁそれでも適当な
尺で、初心者にも読みやすい作品ばかりなので、その意味では納得か。 

 ただ本作を時間物への入門作品とするには、やはり質的に弱すぎるのでは
ないか。前作は定番物としては文句ない作品が入っていたので、その意味で
は初心者に対する入門書として一応は機能していたと思うが、それでも定番
以外の選び方には大いに疑問が感じられた。             

 結局のところ二冊のいずれもが、時間物のアンソロジーとしての価値はさ
ほど高くはないと思う。映画原作やらハルヒやら、とっつきやすさに工夫し
ている面は見られるけど、見かけだけ取り繕ったような印象だ。う〜ん、も
うちょっとどうにかして欲しかったような気がするぞ。採点は
6点。  

 さて恒例のベスト3だが、ベストは悩まず星新一「時の渦」。ゼロ日時か
ら時間ループ物への展開自体が面白いのに、そこにこんなオチまで持ち出し
てくるのだから驚き。ショート・ショートの神様はホントに神様だな。 

 第二位はフィツジェラルド「ベンジャミン・バトン」かな。「時の娘」所
収の「むかしをいまに」など着想には前例はあるが、これだけリアルな雰囲
気をまとって読めるのは凄い。                   

 第三位は悩むな。仁木悦子、牧野は時間物じゃないだろ。ハルヒはスケー
ルでかっ!な面白さはあるがオチがつまらん。大槻ケンジは下俗すぎ。筒井
康隆はブラック感はいいが時間物としては平凡。該当作無しってことで。

  

4/12 天網TOKAGE2 今野敏 朝日新聞出版

 
 さっぱり乗れなかったのは、本書が自分にとって領域外の警察小説だった
せいだけではあるまい。3台のバスジャック同時多発事件を追うバイク部隊
と来れば、緊迫感バリバリのスリリングなエンタメかと思いきや、「見てる
だけ〜」のおあずけ状態で、しゃきっと目の覚める爽快感が味わえない。

 でもこれが”トカゲ”の役割なんだと何度も何度もしつこいくらいに強調
されてるとなると、じゃあ、そもそも”トカゲ”というモチーフがあんまし
成功してるとは言えないんじゃないのという気がしてくる。      

 これまで誰も目を付けなかったとこだからだけじゃあ、ちょっと弱いんじ
ゃないの。まぁ本書は二作目だから、このユニークさをしっかりとエンタメ
で肉付けされた一作目を受けて、少し緩んでるだけかもしれないけど。 

 ネットを前提とする劇場型犯罪は「たしかにあり得る」という内容ではあ
るが、それ以上の何かユニークな着想は感じられなかった。      

 新人・旧人のブンヤ二人をベースとした新旧対決という、新聞対ネットの
代理戦争という側面は、融和路線がなおも進みそうで興味は感じられるが、
今回は顔見せ興行で次作以降への持ち越しという雰囲気だからな。   

 ただ個人の携帯での検索情報が、どんな精鋭部隊よりも先頭を走っちゃう
あたり、あんまりお詳しくはなさそうなので、”旧”は別にしても”新”を
上手く描けるのかしらと、老婆心ながらに思ってはしまうけどね。   

 成長小説的な要素にしたって、本人の自覚の無い結果オーライだっただけ
で、それを成長したとか、リーダーとして目覚めたなんて表現には出来ない
ものなぁ。色々と物足りなくて、やはり自分には無用の本だったな。
5点

  

4/15 ボクハ・ココニ・イマス 梶尾真治 光文社

 
 設定は魅力的なんだけど、若干持て余しちゃったような印象を受けてしま
ったのが残念な部分。                       

 最後のエピソードが、ここに向かって物語が進んできたという感触を受け
ず、取りあえず物語を締めるための付け足しに見えちゃったのだ。   

 透明人間という昔からのテーマを、こういう制限のかかった形で描けてし
まう、という着想は非常に良かったと思う。ある意味便利すぎる能力ではあ
るものね。ちょっと考えただけでも、あんなことやこんなことが出来てしま
うんだもの。読者一人一人が色んな想像力を飛躍できる状態のままでは、何
書いても何かしらの物足りなさを与えてしまいそう。         

 それを”刑罰”にしてしまうという逆転の発想。必然的に大きな制限を与
えることになるから、そこからプラス方向への思考実験を広げる余地が出来
ている。何でも出来る中から主人公に選び取らせるのは、所詮狭くなる方向
でしかない。いわばマイナス方向。基本的にはそれが自然な透明人間テーマ
で、こういう展開を可能にしたという意味で、この着想は評価出来る。 

 ただ、それが上手く行き過ぎちゃったのか、結局本書の大半はこの思考実
験に費やされてしまった。まぁ、それはそれでもいいんだけど、物語を成立
させる縦筋はその中にきっちりと折り込んでいって欲しかったな。   

 やはり基本的には短編型作家なんだと思う。最後に一つ短編が盛りこまれ
たな、という印象だった。正直構成には難ありだと思うので、採点は
6点

  

4/19 運命のボタン リチャード・マシスン ハヤカワ文庫NV

 
 映像が目に浮かんでくる、いかにも「ミステリーゾーン」原作な作品ばか
り。そのせいか、いつもの自分の好みとは真逆に、ちゃんとオチのある作品
より、全体の雰囲気で魅了する作品の方が面白く感じられたなぁ。   

 たとえばオチのある作品といえば、表題作や「針」「死の部屋のなかで」
あたりが相当するだろうか。ただ強烈な意外性というわけではないし、すっ
きり爽快感が味わえる作風というわけではないからなぁ。       

 ただし、ベストに選ぶ一作だけはオチも雰囲気もその両方を兼ね備えた名
作だと思う。それが「帰還」。時間物であり、本書でも一番ビジュアル的。
なんで映像化されなかったのか無茶苦茶不思議だよなぁ。       

 第二位が「四角い墓場」。最初の着想と雰囲気がもう抜群。     

 第三位が「二万フィートの悪夢」。映画「トワイライト・ゾーン」の中で
もこの話が白眉だったと思う。これはたしかに映像で見たくなる作品だね。

 ただ全体的には冒頭に書いたように、良くも悪くも(両方の意味合いで)
「ミステリーゾーン」原作な作品ばかりなので、採点は
7点どまりかな。

  

4/21 こぼれおちる刻の汀 西澤保彦 講談社

 
 久しぶりの大型SF新本格、しかも三つのそれぞれタイプの違う時間物?
な〜んて期待させてくれたんだけど、これはちょっと(でなく)ダメダメ。

 ハードSFの出来損ないにホワイダニットの非本格ミステリを、飯粒で取
りあえずくっつけてみただけの代物。お蔵入りのままが正解だったんじゃ?
「SFとミステリの融合にこだわり新境地を拓いてきた著者の最終到達点に
して最高峰、ここに誕生」なんて謳い文句は大いに偽りあり。     

 理由あってこぼれておちてる作品を、安直でうっす〜いつながりで無理矢
理くっつけようが、結局作り手の自己満足でしかないゲテモノにしかならな
い。上手くつながったぜ、へへへ、と考えてるとしたら、大きな勘違い。

 ホワイダニットの作品だけを普通に短篇集の中で読めたら、そこそこ読め
る作品にはなってたんじゃないかとは思うんだけどな。        

 とにかく期待感に大きく反比例する作品だっただけに、採点は5点。 

  

4/25 魔法使いの弟子たち 井上夢人 講談社

 
 久しぶりに井上夢人を存分に堪能できたので満足満足。新作としては実に
9年ぶりになるんだそうな。しかし、そんな空白期間を微塵も感じさせない
くらい、井上夢人のリーダビリティーの高さは健在。ミステリではないこと
が残念ではあるものの、これだけ”読ませるエンタテインメント”になって
るんだから、充分だろう。                     

 おそらくそこまでの評価は衆目一致するレベルのものだろうと思う。評価
が分かれるとしたら、この結末の処理の仕方にあるだろう。      

 普段なら自分も不満を覚えそうなものだが、いやいや、ちょっと待て。本
書の面白さの一つは、とことんまで話が広がっていくところにあるのだと思
う。しかし、それだと発散していくだけのホラ話になってしまう。   

 それを避けるため、発散だけでなく収束させる閉じ方としては、ほぼ唯一
のものだろうと納得できてしまった。なので、私の評価では”有り”。 

 とにかくこの長さを全く苦痛に思わせず、とことんエンタテインメントに
徹しきった作品。採点は
7点としたい。               

  

4/28 蝦蟇倉市事件2 東京創元社
秋月涼介北山猛邦・越谷オサム・桜坂洋・村崎友・米澤穂信

 
 縛りの緩さが何の効果ももたらしていない、企画的には成功してるとは言
えない競作集。年間平均15件もの不可能犯罪が発生するという設定であり
ながら、不可能犯罪ではないか(不可解は不可能とは違うからな)、あって
もその点ではあまりにもしょぼすぎる作品ばかりで、どうにも萎え〜。 

 あんまり良い作品はないのだが、一応ベストを選ぶとすれば北山猛邦「さ
くら炎上」にしてみよう。単なるホワイダニットだけどね。でも、せっかく
不可能犯罪というフリがあるにも関わらず、得意の物理トリック系ではなく
てこんな作品を書いてしまう姿勢は大いに疑問。           

 第二位は村崎友「密室の本」。多少しょぼくはあるけれど、一応不可能犯
罪物に挑戦している。更にひっくり返し、というオチもあるし。だけど、そ
の処理が他の作品と被っている。たかだかこんな一冊の競作集の中でね。こ
の辺も企画的な失敗を感じさせる要因の一つ。            

 第三位に入れたいような作品は無かったので、これで打ち止め。   

 とにかく何度も繰り返すが、企画があまりにもしょーもなさすぎ。しかも
編集方針も何にも無くって、作家丸投げだったんだろうな。作家ももうちょ
っと答えようよ、とは思うけどさ。採点は相当に低めの
6点。     

  

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