ホーム創作日記

 

3/2 叫びと祈り 梓埼優 東京創元社

 
 異形の論理。ホワイの衝撃。世界を創り上げるのではない。ここにあるの
は異世界ではない。既存の世界からいったいどんな魔術で、こんな異世界の
論理を引き抜いてくるのか。神さえ宿るような驚異の連作。      

 ……な〜んて、最後の短編読む前に用意しちゃったら、なんだかふわふわ
して終わっちゃったぞ。言い過ぎだったが、褒める練習ってことでいいか。

 さすがに「砂漠を走る船の道」を超える作品はなかったものの、まさかこ
の系統でたたみ込めるとは思ってなかったらからな。「凍えるルーシー」に
「叫び」を加えた三編が一冊の中に納められてるってだけで、素晴らしいと
感嘆に値する作品集と言い切って問題無い気がする。         

 それだけに余計にこの連作の締め方は残念。いい流れを断ち切った上に、
連作自体にとどめを刺すような内容なんだもの。まだまだアイデアが沸いて
きそうな人だから、せめてまだ次に繋がるようなオープンな作品であって欲
しかったよ。ここから続けたら蛇足だもんな。            

 最終作が本書中唯一のマイナス作品というのが、なんだかなぁ。ない方が
良かった。「白い巨人」もちょっとだけ脱力気味な感触を受けたけど、まだ
息抜き的な意味も感じられたから。裏の裏を行くような作品も書くのね、と
いう違う方向性のチラ見せという要素もあったのかもしれないし。   

 あの三作に相当する迫力のある作品が最終作としても書かれていたら、
に入れてしかるべき奇蹟の新人連作になっていただろうになぁ。   

 それでもこの三作だけでも充分以上の必読クラス。採点は8点だ!  

  

3/4 五声のリチェルカーレ 深水黎一郎 創元推理文庫

 
 手掛かりと真相のつながりは面白いが、全体としての世界のひっくり返し
ではなく、一部のみ誤魔化した感じで技術的にはさほど感心できなかった。
氏の作品は一定の評価はするが、過剰な評価を受けすぎな気もしてる。 

 基本的には手堅い良作ではあるものの、とにかく”地味”というのが、一
貫して変わらずの氏の印象。端正でまとまってはいるけれど、突出したもの
はない。いろいろスマートではあるのだけれど、かと言って拍手したくなる
ほどのものはない。                        

 すかっとした爽快感がイマイチないのも、地味さを感じさせる要因なんだ
ろうな。それは伏線の作動のさせ方が大きく響いてるんじゃないかと実は思
っている。真相自体は地味ながらも割と意外なものが用意されているにも関
わらず、「ああ、そうだったのか!」とはたと膝を打つ感覚が無い。  

 ある意味巧妙に隠されていると言えるのかもしれないけれど、ミステリに
おいてはそれは必ずしも長所ではない。何か引っかかっていたものが「ああ
なるほど、だからああだったのか」みたいに、瞬間的に理解できることがミ
ステリのカタルシスに大いに貢献しているのだから。         

 本書はいつもの本格スタイルではないけれど、これらの印象がやはり変わ
ることはなかった。細かい伏線は無数にちりばめられているのという上手さ
はあるけれど、瞬間的に「ああ、だから!」という爽快感には欠けている。

 この人の上手さに、このカタルシスが加われば、もっといい作品が生まれ
るんだろうけどなぁ。早く7点を付けさせて欲しい(氏に8点はあまり期待
していない)。本書も冒頭に書いたような弱さが目立つ。当然の
6点。 

  

3/9 完全犯罪研究部 汀こるもの 講談社ノベルス

 
 なんだ、こるもの、普通に面白いやん。              

 例のシリーズでこだわり続けてる”アンチ”ってほどの揶揄感やトンガリ
っぷりはないものの、”裏青春ミステリ”だとかの表街道じゃない名称は付
けたくなるな。でも、それが一番面白いことをわかってる奴が書いた、わか
ってる作品だってことは間違いないんだから、それでいいのだ。    

 まっすぐ生きてる(ことになってると思う)自分には、全編を覆うオタト
ーク(その代わり魚蘊蓄は一切無いぞ)や2ちゃん用語の絨毯爆撃には付い
ていけてない部分も多いが、その辺も含めて呑み込めるよな人間だったら、
こりゃ、ひょっとして、べらぼうに面白い作品かもしれんわなと。   

 まぁ、ミステリとしてはロジックもへったくれもないんだが、って、いや
いや、ひょっとしたらこれって”へったくれもない”んじゃなくて、”へっ
たくれしかない”って言った方が正しいんじゃないか。        

 でも、これって決して貶めてるわけじゃないぞ。だって、ここにあるのは
膨大な量の”へったくれ”なんだからな。全編へったくれで押し通した”へ
ったくれミステリ”、あるいは”へったくれ青春小説”。       

 2ちゃんを見てみろ。あれこそ”へったくれの超集合体”だからな。ある
いは、はんにゃを見てみろ。今や、へったくれは時代の最先端なんだぞ。こ
るもの、大丈夫、お前は今しっかりと時代を掴んでるぞ。       

 それにしてもこの表紙。講談社ラノベ化計画にしっかりと組み込まれてる
感触だが、ラノベのようでラノベでない、そのはみだしっぷりをこれからも
たっぷりと見せつけてやれっ!                   

  

3/12 初恋ソムリエ 初野晴 角川書店

 
 一回洗濯しただけですっかりミステリ色が抜け落ちてしまった、ゆるキャ
ラTシャツ。ニヤニヤできるデザイン自体は気にいってはいるんだけどさ。

 とにかくもはやミステリとして云々と語るような作品ではなくなってしま
った。その意味では色あせ甚だしい。既にそういう目で読んでる人間など、
ほとんど誰もいないんだろうけどさぁ。本格厨で悪いか(居直り)。  

 というわけで、ユニークキャラが賑わう青春小説へようこそ。    

 まぁ、緩いのは緩いんだけどさ。強烈さはないけど、ニヤニヤ出来るし、
じんわりと叙情も混じっているし。一見さんにも敷居の低い作品で、およろ
しいんじゃないのかしらん(既に他人事)。             

 キャラ目線で見れば、一番楽しかったのが「周波数は77.4MHz」だ
なぁ。一応、ミステリ目線も絡めて一作を選ぶとしたならば、アスモデウス
の視線」になっちゃうんだけどさ。                 

 表題作はお伽噺から上手く現実に落とし込めるところまで進み切れてない
と思うので、個人的には失敗作扱い。こういう話ならここまで落とさなきゃ
というミステリの暗黙のルールに従えていない。本格厨で悪いね。   

 総じて見れば、楽しくはあるけれど、評価は出来ず。採点は6点。  

 しっかし、またまたこんな表紙。業界的には「イニシエーション・ラブ」
の成功パターンがよっぽどうらやましかったらしい。いまだに。    

  

3/16 SOSの猿 伊坂幸太郎 中央公論新社

 
 飽きてきたのかしらん。独特の味に慣れすぎただけなのかしらん。それと
もほんとにつまらなくなってきてるのかしらん。何も感じなくなってきてる
自分がいるよ。読んでる途中の高揚感さえ、すっかり消え失せている。 

「ゴールデンスランバー」を書き上げて、燃え尽き症候群になったんじゃな
いんだろうかと思うくらいだ。                   

 その後読んだ「モダンタイムス」と本書は、いずれも連載作品ということ
で、これまでの伊坂と違う読み味になってるからという可能性もあるが、そ
れを除いても単純につまんないと思えちゃうのがホントのところだ。  

 ミステリでもないし、長く語る必要もあるまい。採点は5点にしちゃえ。

 ま、この否定的な書評とは何の関係もないけれど、唐突に”伊坂幸太郎”
で一句。「いい作家 いささか伊坂も 買うたろう」         

 とはいえつまらん作品が続いてるから、買う気は失せちゃってるけどね。

  

3/17 Q.E.D.35巻 加藤元浩 講談社

 
 結構盲点を突くよな逆説的なロジックに妙味のある「二人の容疑者」に、
キャラ・トリック・題名の意味と、三つの(ちょっとバカ味のある)面白さ
をミックスした「クリスマス・プレゼント」。いつも通りの安心印。  

「二人の容疑者」は直球型本格。二択なのでフーダニットの面白味はないん
だけど、それを追いつめるロジックが見物。ミステリファンであればあるほ
ど、こういうタイプの作品に弱いのではないかな。          

「クリスマス・プレゼント」は「何が起きているのか」というホワットダニ
ットに、「誰がやっているのか」というフーダニットもきちんと盛りこまれ
ているにも関わらず、それをあっさりと乗り越える魅力も持ってるのが肝。

 それが「どうやってやったのか」という作中劇のハウダニットに、そして
あまりにも意外なところから襲いかかるホワイダニット。       

 強烈なキャラ回しで魅せるストーリーにあいまって、これらの四つの謎を
組み合わせて、その上にバカ風味をたっぷりと振りかけた秀作だろう。 

 二作のバランスも非常に良く、シリーズ中でも結構上位に挙げられる巻か
もしれない。
6点にはするけど充分満足の出来映え。         

  

3/20 メモリー・ラボへようこそ 梶尾真治 平凡社

 
 時間物を得意とする作者による「おもいで」の移植をモチーフとした変奏
曲。意外性も盛りこまれた表題作は好短編だったが、それだけに何かありそ
に思えた「おもいでが融ける前に」が肩透かしで、全体的には微妙。  

 記憶を媒体にして、時間物に近い感動の味付けが可能なフォーマットなの
で、おそらくこの一作のみでなく続編が作られることになるのだろう。ただ
本来記憶や思い出というのは、美しいだけではなく辛いものも数多く含まれ
ているもの。それをあらかじめ排除してしまうこの設定は、物語作りという
点ではひょっとしたら諸刃の剣になりかねない気もするなぁ。     

 一作目が意表を突いてミステリ仕立てになっていたのも、これまた良否判
定分かれるところかもしれない。始まりがこうだと、先に書いたようについ
ついこの手の結構を期待してしまうものだから。           

 特に”記憶”などという本来あやふやなものをメインに扱っている以上、
読者としてはどんなことでも仕込めそうに思えてしまう。幾らでも深読みで
きちゃうもんだから、最初の設定からある程度距離感のある真相なり結末が
用意されていないと、なんだか物足りなさを感じてしまいそう。    

 フォーマットは結構かっちりとしたものだが、制限やハードルも多く、意
外に量産は難しいかもしれない。おざなりではなく、一作目のようなきちん
と仕込みを入れた作品を、じっくりと練り上げて欲しいものだ。    

 一作目だけだったら7点の出来映えだったが、総合的には6点どまり。

  

3/22 本格ミステリの王国 有栖川有栖 講談社

 
 著者のデビュー20周年記念出版。それにふさわしい内容で、選評やエッ
セイや評論や小説指南など、本格ミステリへのこだわりが良く見て取れる。
同じ本格偏愛派としては共感できる内容も多く、読んでいて非常に心地良い
評論・エッセイ集だったと思う。                  

 作家志望者に対しても、「ミステリが書きたいあなたへ」の章は参考にな
るのではないだろうか。帯の文句はいつも褒め褒め爺さん系で信用ならない
有栖だけど、ここでは結構辛口なのが逆に良い。           

 評論にしても”論のための論”になっていないので、わかりやすく、かつ
また頷けるものが多い。本格は論じるための材料ではなく、本格の中にいて
本格を愛するが故に滲み出ている心情であり論理であると感じられる。 

 笠井潔の大量死理論に真っ向から非難の声を上げているのも、非常に好感
を覚える。あれこそまさしく”論のための論”であり、「だから何?」とし
か思えない無用の長物にすぎない。                 

 勿論正面切って論議したら笠井潔に勝てるはずなどないので(弱気)、こ
んなネットの片隅で狼煙を上げるつもりなどさらさら無いが、せめてこうい
う非難の声には積極的に賛意を表しておきたい。           

 デビュー前に書いた犯人当て「蒼ざめた星」が、直筆原稿そのまま収録さ
れているのが目玉中の目玉だろう。今まで短編に仕立てていないのが不思議
なほど、まともな出来映えに思えるがなぁ。             

 直筆であるが故の面白味は、なるほどと思える推敲の跡。犯人当てとして
の完成度を高める努力がリアルに見てとれるなんて貴重だと思うぞ。  

 大胆な表題も決して誇張表現ではないよなあってことで、採点は7点

  

.3/25 警官の証言 ルーパート・ペニー 論創社

 
 リーダビリティの高さこそないものの、結構なド本格にしびれる。語り手
の変更を密室トリックに結びつける手管だけでなく、犯行手順説明だけで終
わらせず改めのロジック乱れ撃ちで、挑戦状を付けるにふさわしい内容。

 大抵の作品名に「警官(ポリスマン)」という単語が入ってるだけに、地
味な警察物という勝手なイメージを抱いていたのが、それは当たっていると
も外れているとも言えるような気がする。              

 全体的なイメージはやはり地味。小説としての読み味は完璧に地味。読み
物としてのミステリを期待する分には、地味な印象しか残らない気がする。

 しかしながら描き方こそ派手ではないものの、真相やその後に見せられる
ロジック展開は、結構とんがった作品のように思えるのだよなぁ。一見した
見かけとは違って、中身はムキムキ筋肉質だぞ。           

 派手さではなく、『強さがある』という表現にすれば、ピタリとはまるか
も。本格好きを圧倒して止まない”強さ”が本書にはある。書き手自身がき
っとそういうタイプの作家なんだと思う。              

 たとえば単純に密室トリックとして捉えた場合、本書は決して傑出したも
のではないと思う。ほんとの基本形だけに解体してしまえば、いかにも一般
的に素人がイメージしやすい”弱い”タイプの密室に過ぎない。    

 しかしながら、それを補うための様々なやり口。不自然に思わせないため
の工夫。ロジックに繋ぎ込む工夫。しまいには構成自体までこれに貢献する
ように作り込む。これらを叩き込んで叩き上げて、傑作にまで昇華させてい
るのだ。これを”強さ”と呼ばずに何と表現する?!         

 採点は悩まずの8点「ベヴァリー・クラブ」に続いて、本年度の投票枠
確定作品だな。もっとペニーを読ませて欲しいぞ。          

  

3/30 不思議の扉 時をかける恋 大森望編 角川文庫

 
 絶望した。フィニィのタイトル改悪に絶望した。なんであの世紀の名作を
学園ラブコメみたいな安っぽいタイトルに貶める必要があるんだよ! こん
な題名にするくらいなら、外して日本人作家のみにして欲しかったよ。 

 そのフィニィ「机の中のラブレター」(「愛の手紙」のままでいいやん。
なんで改悪するんだよ。大事なことなので二回言いました)にカジシン
を加えた既読の三編は、もう名作中の名作。            

 この二人に乙一を加えるのは違和感を感じる人もいるかもしれないが、そ
れは「切なさの達人」という彼の異名を知らない人なのだろう。ミステリや
ホラーを前面に打ち出してない短篇集を読んでみれば、彼のそういう側面に
も触れることが出来るだろう。                   

 未読作品から一作を選ぶとすれば、貴子潤一郎「眠り姫」になるだろう。
何かもう一つだけ足りない気はするんだけども。その他には太宰治「浦島さ
ん」は珍し感はあるけれど、編纂意図にあった作品とは言い難い。また恩田
「エアハート嬢の到着」を収録するのはちょっとずるい。完璧に連作中の
一編で、これだけでは評価不可能な作品だろう。           

 既読作品は定番過ぎる上に冒涜行為まであり、未読作品にもこれぞといっ
た作品があったわけではなく、よくぞ発掘した感も覚えられない。   

 対象設定年齢が低めとはいえ、アンソロジーとして成功してるとはとても
思えない。このテーマであれば最低でも7点は付けられるはずだという事前
の期待を空しく裏切る、
6点を付けざるを得ない残念な作品集。    

  

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