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優しい乞食
サンタは年に一度だけ主役になる。その日以外のサンタがどこで
何をしているか、ほとんど誰も気にかけようとしない。普通のサン
タはたぶん、単に父親であることだろう。いや、この言い方は適当
でないかも知れない。大抵の場合、父親がその日一日だけ、単にサ
ンタを演じるのだから。もちろん、サンタは父親だけとは限らな.
い。 .
たとえばこういう話もある。 .
もうずっと昔のことだ。その頃、くるみ学園にはサンタがいた。
毎年その日になると、大きな袋を抱えて、長い丘の道を彼は登って
くる。今か今かと待ち続けていた僕らは、窓から彼の姿を見つける
と、歓声をあげながら迎えに走る。そうすると彼はしわだらけの顔
をくちゃくちゃにして、一人一人に贈り物を手渡すのだ。 .
その日の彼は主役だった。親のない僕らにとっては、いわば一つ
の神だったかも知れない。その日以外の彼は、単に街角のむしろの
上の、年老いた乞食に過ぎなかったのだが。 .
もちろん、その頃の僕がそれを知っていた訳ではない。学園を離
れて数年後、曲がりなりにも暮らしを持ち始めた頃の出来事だっ.
た。奇しくも、街にジングル・ベルが流れ始めた12月、薄暗い街
角の路地で、僕は彼に再会したのだった。 .
よく彼に気付いたと思う。伸び放題の髪と髭、あちこち破れた汚
い服。でも確かに僕は彼の中に、懐かしいサンタの面影を見つけた
のだった。彼を引っ張るようにして、僕は近くの居酒屋に入って.
いった。 .
「はぁ、そうですか。あなたもあの学園に」 .
「ええ、毎年貴方からのプレゼントを待ち焦がれてましたよ」 .
彼は冷や酒のコップをいとおしむように両手で包んで飲んだ。
「まだ、続けてらっしゃるんですか」 .
「はぁ」 .
サンタの時の印象とは違い、彼は不思議なくらい無表情で、ポツ
リポツリと言葉を吐き出すように話した。口癖のように連発される
「はぁ」という言葉だけが、妙に間延びして聞こえた。 .
「失礼だとは思いますが、一つ聞いてもよろしいでしょうか」 .
「はぁ」 .
「どうして貴方はサンタになられたのですか」 .
長い長い沈黙のあと、彼は思いもかけぬ言葉を口にした。 .
「私は冷酷な王様になりたかったのです」 .
理解できなかった。何かを聞き間違えたのだと一瞬思った。 .
「”冷酷な王様”ですか」 .
「はぁ、そうです。よく物語に出て来るような」 .
「でも…」訳が解らなかった。「それじゃ貴方の行動と矛盾してい
る」 .
「いえ」強い否定だった。 .
「私は結局王様にはなれなかったんです。”冷酷な王様”になれな
かった私が、”冷酷な乞食”になっても何の意味もありません。だ
から私は、”優しい乞食”になるしかなかったんです」 .
僕の沈黙の中で彼は立ち上がった。 .
「どうも御馳走様でした」 .
ドアを開けて出ていく彼の後ろ姿を見ながら、それでも僕はまだ
何の言葉も見つけられずにいた。 .
この話には何の教訓もない。何と言うこともない一つの思い出話
として、受け取ってくれて構わない。今はもう、くるみ学園にはサ
ンタはいないのだし。 .
しかしこの時期になると、ときどき考える。もし王様になれたと
したら、彼は”冷酷な王様”になっただろうか、それとも”優しい
王様”になっただろうかと。 .