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ファンタジー(童話)
創作ファンタジー集「昼の流れ星」より
第六話 使徒
どこにだっていると思う。何故かいつも雨に最初に気付く人が。
たとえばこういう光景をたまに見かけることがある。 .
「あっ、雨」一人が腕を曲げて掌を上に向ける。 .
「えっ、ほんと?」 .
周りのみんなが同じ格好になって空を見上げる。しばらくすると
やっぱり雨が降り始めるのだ。 .
誰が言い出したのかはわからない。雨の最初の一粒に当たった人
は、必ず幸せになると言う。 .
「もちろん、雨の日だって星は降るとも」 .
いつもの窓辺から”昼の流れ星”は答える。 .
「そんな日はまして、わしに願いを唱えるものなど誰もおらん…」
ふと言葉が途切れた。 .
「いや確か一度だけあったな」 .
「雨の日にいったい誰があなたに気付いたんですか」 .
ちょっと微笑んで”昼の流れ星”は答えた。 .
「もちろん雨だよ」 .
わしは流れておった。こりゃ時を間違えたと思ったよ。雨じゃ仕
方がない。また宇宙に戻ろうと向きを変えたときだった。誰かが話
しかけてきたのさ。 .
「流れ星さん。流れ星さん」 .
そこにあの雨粒がおった。他の雨が地面に向かって落ちていく.
中、それだけが空中に止まったままだったんだ。 .
(「どうやってそんなことが?」 .
「もちろん、その雨粒が”幸せ”の使徒だったからさ」 .
「”幸せ”の使徒ですって」 .
「おや、話してなかったかね」 .
「ええ、聞いていません」 .
「”幸せ”の使徒は自分以外のものに、幸せを運ぶことができ.
るんだよ」 .
「じゃ、あなたも」 .
「うーむ。そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」.
僕はその意味を教えて欲しかったのだが機会を失した。 .
「とにかく”幸せ”の使徒はいろんな場所にいろんな形でいる。
いや、どこにでもいるのかもしれん」 .
静かに微笑んで”昼の流れ星”は続けた。 .
「ある意味じゃ、誰もが何もかもが”幸せ”の使徒なのかもし.
れんからな。他の何物か に”幸せ”を運ぶことができるとい.
う可能性を思えばな」) .
「どうしてそんなところに止まっておるのかね」とわしは訊いたよ。
「ほんとは僕が一番最初に落ちなくてはいけなかったんですけど、ど
うしても行きたいところがあって、そこへ運んでくれる風を待ってい
たんです。でも、いつまで待っても風が吹いてこないんです。どうか
貴方の力で僕をそこまで運んでもらえませんか」 .
「それはいったいどこかね」 .
「あそこです。あのすみれの花に」 .
そこはある家の戸口の屋根のひさしの下だった。雨の降り込まない
乾いた地面の上に、ポツンと一輪だけすみれが咲いておった。可哀そ
うに陽も当たりにくく、水気も少ないそんな場所で、短い命のままも
うしおれかけておった。 .
「空にいる間ずっと見ていたんです。雲になってからもずっと。もち
ろん彼女の命はもう長くないでしょう。でもたった一粒の雨でも、僕
が行ってやればまたもう一度、ほんのわずかでも美しく咲くことがで
きるはずなんです」 .
真剣な響きのある言葉だったよ。 .
「わかった。やってみよう」わしは答えた。 .
ちょうどその家の前で、一人の女の子が傘をさして、窓に映る影を
見ていた。やがてその影が動いて窓の前から消えた。 .
「じゃ、行ってきます」 .
一人の青年がドアを開いたのと、あわてた少女がつまずいて倒れた
のと、ほとんど同時だった。 .
難しいタイミングだったよ。少女が倒れた瞬間手がすみれに触れ.
て、そこを伝わって一粒の雨が流れたんだ。 .
「君、大丈夫?」 .
青年が少女を抱え起こす。少女は真っ赤に頬を染めて、ただうつむ
いておった。 .
「その後わしはもう一度だけ、そこに立ち寄ったことがある。あの家
の戸口のそばの、陽当たりの良い場所に花壇ができていて、そこにす
みれがたくさん咲いておった」 .
「その少女と青年はどうなったんですか」 .
「それはわからんな」 .
でも”昼の流れ星”は帰り際にこう言った。 .
「そういえばその家の庭で、男の子が一人遊んでおった。どことなく
あの青年にも少女にも似ておったような気がしたなぁ。なにしろあの
雨粒は」 .
「”幸せ”の使徒ですからね」 .
”昼の流れ星”は笑った。 .