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犀川・萌絵シリーズ・全長編ネタバレ書評

森博嗣の犀川・萌絵シリーズ、長編全10作
のネタバレを前提とした解説です。    

出来れば、全作読破後にお読みください!!!

 
 まず、第1位は「幻惑の死と使途」。やはり、本作はトリックが優れてい
る。パズラーにおいては、それが純粋にパズラーであればあるほど(つまり
叙述等の作者からの仕掛けを用いずに)、フーダニットの意外性を読者に提
供することは、困難になっていくものである。本作は、パズラーの名手であ
る氏が、この困難に挑戦し、見事に成功を収めた名作である。飛び切りの、
際立った不可能犯罪を用意し、そのハウダニットを解き明かすことで、意外
なフーダニットを導き出す。完成度の高い奇術的手法のトリックと「意外な
犯人」、ミステリとして評価する場合、やはり本作が氏のベストだと思う。

 
 さて、第2位は「詩的私的ジャック」。中途では、密室の構成法が心理的
な方向性でなく、物理的な方向性で解明されていくので、少々しらけていた
ところであったが、そういったものが実は伏線として成立する構造だったと
は。『「密室」であること自体が、密室の必然性である』という離れ業を実
現させた、密室ファン必読の名作。賛否両論分かれる動機に関しても、私は
非常に美しく、題名通り、詩的でロマンティックであるとさえ思う。氏の美
意識が空回りせずに、ミステリの骨格に彩りを与えた美しい作品である。

 
 3位から6位は、評価が接近している。まずは、「夏のレプリカ」。本作
以降、氏は叙述上の仕掛けを多用し始める。ここまで純粋パズラーであった
が故に、この転身には虚をつかれた。従って本作もまた、氏の作品には珍し
く、「意外な犯人」を実現させた作品となった。一見サスペンスっぽい導入
・展開だが、最後にはやはりパズラーとして締めくくる構図は見事。萌絵が
真相を悟るシーンの描き方も、実にうまい。難点は、動機が突然通俗に落ち
るところか。人物造形の印象の不連続性が、すっきりしない感覚を残す。

 
 4位が「今はもうない」。この叙述の仕掛けには、すっかりと騙されてし
まった。実に微笑ましい稚気。展開される事件は一つ(死者は二人だが)だ
けだというのに、ここまで読ませるのは、好き嫌いは別として、キャラクタ
ーが立っているせいであろう。また、本作の純粋パズラー部分だが、提示さ
れる条件も限定されていて、作者に挑戦するには最適な作品。それだけに、
解決のスマートさは、氏の作品の中でも一級品だ。すっかり忘れていたPP
の解決(ピーターパン)も、洒落たユーモアで、読後感の良い作品である。

 
 5位に浮上したのが「封印再度」。残念ながら、事件自体は若干弱い。密
室、証言、事故とそれなりに凝った物が揃ってはいるのだが、構造自体が単
純なせいか、印象に残らなかった。しかし、本作でとにかく優れているのは
「壷と匣の謎」である。これは単独で取り上げても、パズルとしての大傑作
だと思う。残念ながら、ミステリとしての主要素ではないので、この順位と
したが、氏の生み出した謎と解決の最高作品であろう。本作で、萌絵の「嫌
な女」度はアップしたが、「ポーズだったのか?」と言いたくなるような、
犀川が自己を振り返るシーンは、なかった方がいいのではないだろうか?

 
 6位となったのが、評判の高いデビュー作「すべてがFになる」。たしか
に森ミステリの要素が、過剰なまでに盛り込まれた、鮮烈な作品。しかし、
個人的に不満なのは、題名の意味と、トリックの成立性。コンピューター関
連のソフトウェア、ハードウェアの技術者ばかり集まっていて、Fの意味を
あそこまで引っ張るのはあまりにも無理があり過ぎ。もどかし過ぎる。メイ
ントリックも作中では「緻密だ」という評価をされているが、いろいろと装
飾を剥がしていけば、結局のところ人を驚かせておいて、その間に部屋を抜
け出るという単純なトリックに収束されると思う。しかし、それでは誰かが
何かの拍子にちょっとでも目線を動かしたら、それだけで全ての計画が頓挫
してしまうような危ういトリックだとしか思えなかった。私の理解が間違っ
ているのかもしれないが、こういった印象のせいで、私の採点は低目。 

 
 7位が「有限と微少のパン」。基本的に「いたずら」であったものに、別
の意志が加わることで、奇妙な不可能犯罪が成立していく、という古典的な
骨格だが、それを新しい器に盛りつける面白味。現代性と古典性のマッチン
グの妙。バーチャルリアリティーの殺人光景もユニークで、更に未来性をも
付加した作品となった。しかし、事件の解決を、説明不要とばかりに切り捨
ててしまうのは筋違い。本質直感推理には、伏線の補強が必要。しかし、本
作の最大の惜しまれる点は、ネタバレに書いたように、森の意志ではなく現
代の技術が、真賀田四季を真の意味での「パーフェクト・アウトサイダー」
に出来なかった、という点に尽きるのかも。             

 
 8位になってしまったのが「冷たい密室と博士たち」。8位とは云っても
決して悪い作品ではない。ただ、1作1作が特徴的な面白味を持つ本シリー
ズにおいては、本作は可もなく不可もない、非常に地味な印象が否めない。
パズラーとして良く出来てはいるのだが、犯罪の再構成がないとピンと来な
いし、それすらも手順追いになってしまって、パンチに欠ける。犯人像も弱
いし、平均点は充分取れるが、そこを抜け出る要素が薄かった。だが「F」
の後を受けて、森の本質がけれん味ではなく、純粋パズラーであることを証
明するには恰好の作品であった。執筆順では、本来の処女作である本作でな
く、「F」を選んだ編集部の判断は、非常に正しい感覚だったと言えよう。

 
 さて、9位以降は、私としては若干不満足感の残る作品となる。まずは、
第9位「数奇にして模型」。2番目の事件の光景があまりにも美し過ぎるの
だ。これは明白に観客を前提としたショーであり、とすれば主催者がいて、
観客を招待する必要がある。これをミステリとして成立させるためには、主
催者が見えない形で、観客を誘導する手段を考えねばならないはず。本作で
は無粋な程誘導が露骨。主催者自らが観客を引き連れていってどうする?こ
の一点のみでも本作は破綻している。しかも、犯人がどうして同性の彼に執
着したかの説明もされずじまい。歪んだ論理性こそが狂気なのだから、説明
が必要。ショーと動機、二つの美意識が空回りしてしまった凡作だと思う。

 
 そして私の評価が最も低いのが、問題作「笑わない数学者」。作者自身は
ベストだと考えている節があるが、読者の評価は極端に分かれ得る作品であ
ろう。しかし、ミステリにおいて、何らかの試みをやろうとするには、まず
ミステリの骨格として優れていることを、前提として欲しい。本作は、その
点で失敗作。あまりにも簡単過ぎるトリック。しかもその単純なハウダニッ
トを解くことが、同時にフーダニットの解答になってしまう。「幻惑」の様
に、際だったハウダニットでこそ、効果のある手法なのに、本作では、完全
に負の連鎖になってしまった。この骨格の弱さは致命的だと思う。   

 
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