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ファンタジー(童話)
創作ファンタジー集「昼の流れ星」より
第一話 巡礼
(イラストは、九州大学SF研究部副部誌「ネオルナティック」
掲載時のもの。甲斐響子先輩による画。当時の私のペンネームが
セーラームーンなのがご愛敬。まさか十数年後に、同じ名前のセ
ーラー服美少女戦士が誕生するなんて、誰が予想できたろう?)
「そうさな。昔こんなことがあったのさ」と”昼の流れ星”は話し
始めた。 .
「もう何千年も前のことだが −いや、何万年、何十万年も前のこ
とかもしれん。この年になると時間なんて無意味なものでな− と
にかくずっとずっと昔のこと、”青空”が恋をしたことがあったん
だよ」 .
「青空が恋を!」 .
僕は思わず声を上げた。 .
「そうさ。あの頃はまだ”青空”も若かったし、”風”は本当に可
愛い娘だった」 .
そう言いながら”昼の流れ星”は、懐かしそうに今の”青空”を
見上げた。 .
「”風”だったんですか。”青空”が恋をしたのは」 .
”昼の流れ星”はうなづいた。 .
「片思いだった。”青空”はただの一度も、”風”に声をかけるこ
とができなかったんだよ」 .
「恥ずかしかったんですか。それとも勇気がなかったんですか」.
「いいや。そんなんじゃないんだ。”青空”は何度も話しかけよう
としたさ。可哀想なほど何度も。でも駄目だったんだ。考えてもご
らん。”青空”が声をかけたときには、”風”はもう遠くへ吹き過
ぎてしまっているというわけさ。どうしようもないことだった。で
も”青空”は本気だったんだな。ちょうどその頃さ。わしが通りか
かったのは」 .
ここで一つ”昼の流れ星”は小さな溜め息をついた。 .
「”青空”が若かったように、わしも若かった。”夜の流れ星”と
違って、わしに願い事を唱えるものは誰もおらん。そんなあせりも
あった。だから深く考えもせず、”青空”の願い事を二つ返事で承
知してしまったんだ。わしにとっては、それが初仕事だった」 .
二つ目の溜め息をついて、もう一度”昼の流れ星”は”青空”を
見上げた。星のきらめきのほかに確かに光るものがあった。そのま
まの姿でしばらく時が流れた。 .
「どんな願い事だったんですか」 .
僕の問いに”昼の流れ星”はハッとしたように僕の方に向きかえ
た。 .
「『時を止めて』という願い事だったよ。今度”風”が吹き過ぎる
前に。そうすればきっと”青空”は”風”に話しかけることができ
る。『たった一度でいい。”風”と話がしたい』そんな唯一の”青
空”の願いを叶えることができる。”青空”もわしもそう信じて疑
わなかった。だからこそわしは時を止めた」 .
言葉が止まった。僕らの周りの空間が静止した。星色に光るもの
が一粒、床に星型の水たまりを作った。 .
「何が… 何が起こったんですか」 .
破るのは許されないような沈黙ではあったが、僕はどうしても涙
の理由を知りたかった。 .
「”風”が死んじまったんだよ」 .
”昼の流れ星”はポツリとそう言った。僕の頭の中で何かがグルグ
ルと回っていた。 .
「何故。何故そんなことが。いったいどうして」 .
「いいかい。”風”はいつでも動き続けているんだよ。というよ.
り、ずっと動いているからこそ”風”と言えるんだ。止めてはいけ
なかったんだよ。わし達はそれに気づかなかった」 .
”昼の流れ星”はもう僕を見ていなかった。言い聞かせるような口
調がだんだん激しくなっていった。 .
「止めてはいけなかったんだ。止まってしまったらそれはもう .
”風”じゃない。止まってしまった時が、”風”の死ぬ時だったん
だ。止めてはいけないものを、わしは止めてしまったんだ」 .
叩きつけるように最後の言葉を吐き出すと、”昼の流れ星”は突
然後ろ向きになった。しばらく嗚咽の音が続いた。きらめくものが
幾筋も、窓の外に小さな流れ星を作った。 .
やがて”昼の流れ星”は向き直った。光るものが微かに残っては
いたが、もう泣いてはいなかった。たぶんこれまで何度もそうした
ように、今度もまた… .
「後にも先にも”青空”が泣いたのを見たのは、その時きりだっ.
た。長かったよ。40の昼と40の夜の間、”青空”は泣き続けた
んだ。それは雨とは違う。あの時流れたものこそ、唯一の”青空”
の涙なんだ。どうして”海”が青いか知ってるかい。そして何故塩
辛いのかを」 .
机の上の旧約聖書がひとりでに開いた。 .
「あの時のことが、ちょっとだけこの本にでている。多少自分勝手
に歪められてはいるがね。確か”ノア”とか言ったっけなあ」 .
”ああ”と僕はうなづいた。”そうだったのか” .
「あれから何人もの”風”が生まれ、そして死んでいった。でも見
てごらん。”青空”はあんなにも静かに微笑んでいる。もう遠い昔
の話さ」 .
”昼の流れ星”はふうっと息をついた。 .
「さて、わしはもう行かねばならん。また旅さ。その前に君の願い
事を一つだけ叶えてあげよう」 .
「それじゃ”風”を”青空”と同じ色に染めあげてください」 .
”昼の流れ星”はニッコリと微笑んだ。 .
「それから最後に一つだけ質問に答えてほしいんです。貴方の旅は
巡礼の旅なんですか」 .
一瞬”昼の流れ星”は驚いたように目を見開いた。そしてフッと
笑うとこう言った。 .
「君は”青空”と同じことを聞くんだな。わしはな。自分のことを
宇宙の”風”だと思っているんだよ。それだけの話さ」 .
一筋の昼の流れ星が空に向かって流れたのを、誰も見た人はいな
かったと思う。 .
しばらくの間、僕はじっとそこに立っていた。やがて”昼の流れ
星”がいなくなった窓から、爽やかな風が吹き込んできた。それは
僕にはいつもと同じ透明な風に見えた。 .
でも僕は知っている。”青空”から見ると”風”は空色をしてい
るんだと。だって今日の”青空”はすごく輝いているんだもの。.