ホーム創作日記

日本ミステリ・ベスト30
怒涛の全作品解説
(第21位〜第25位)


[ 未読の方は、日本ミステリベスト30のランキングからどうぞ ]

 
 さあ、では、怒涛の全作品解説も、残りは10作数えるのみ!
とりあえず参考のために、ベスト21〜30位の表を再掲。  

第21位:姑獲鳥の夏        京極夏彦 
第22位:迷路館の殺人       綾辻行人 
第23位:空飛ぶ馬         北村薫  
第24位:卒業           東野圭吾 
第25位:誰もがポオを愛していた  平石貴樹 
第26位:バイバイエンジェル    笠井潔  
第27位:孤島パズル        有栖川有栖
第28位:殺しの双曲線       西村京太郎
第29位:パンドラケース      高橋克彦 
第30位:探偵映画         我孫子武丸

  
 さて、第21位は、新たなミステリの地平を切り開き、あらゆる
ジャンルの読者をも刮目させた、驚異の新人、京極夏彦の登場であ
る。新本格として売り出した背表紙から、段々と文字が減り、つい
には「小説」に到ったように、既に彼は「ミステリ」というジャン
ルでの評価では、語り切れない存在になってしまっているだろう。

 しかし、ここではあくまで、ミステリとしての観点から京極を評
価していく。そのため、おそらく一般的な評価では、京極の代表作
であろう「魍魎の匣」ではなく、「姑獲鳥の夏」を選んでいる。

 ここで、現在(97/9月)までの京極堂シリーズの私の順位を
記しておくことにしよう。「嗤う伊右衛門」に関しては、ミステリ
ではないだけに、同列には論じがたい。           

1位:姑獲鳥の夏
2位:魍魎の匣 
3位:狂骨の夢 
4位:鉄鼠の檻 
5位:絡新婦の理

 意図したわけではないのだが、発表順である。私の評価は、新し
い作品が出る度に、落ちて行っていることになる。これからその理
由について述べてみることにしよう。            

 前述したように、確かに京極作品の代表作としては、「魍魎」で
異論はない。特に好きな部分もある。しかし、ミステリとして評価
した場合には、やはり「姑獲鳥」である。ミステリの成立性を脅か
す、あの恐るべきアンチミステリたる企み、また、それを成立させ
るための明確な意図を持った人物配置とそれによる類希なる伏線、
それらを私は特に評価しているからである。         

 もう少し詳しく話すために、ネタバレフィールドへ入っていくこ
とにする。「姑獲鳥」「魍魎」を未読の方は、ここは飛ばして下さ
い。                           
  
 「姑獲鳥」の伏線、「魍魎」の妖しさについて...
 
 私は文章や時代の描き方や彩るペダントリーなどは、あまり評価
の対象にはしない人なので、偏った見方かも知れない。私が最も評
価の対象とする部分はミステリとしての成立性であると思う。 

 だから、3、4作目は膨らまし方はどうあれ、幹の部分は普通の
ミステリでしかなかった、という点で1、2作目と比較して大きく
評価が落ちている。2作の評価はほとんど違いはないのだが、ミス
テリとしての単純性から、鉄鼠を第4位とした。       

 「絡新婦」では、中盤の時点で、京極堂により、犯罪の構造は説
明されてしまう。この構造自体は非常に興味深く、さすがと唸らさ
れるのだが、そこから終結に至るまで、読者はその犯罪が成就する
様を見届ける傍観者にされてしまう。            

 しかも、(こういう点で京極を評価してはいけないとは思うのだ
が)、真犯人の描き方が定型化されているものを、更に悪趣味にデ
フォルメ化しているようで、容易に想像が付き過ぎてしまう。 

 中途で解決を提示してしまったにも関わらず、それでも読者を引
っ張っていく力量は凄いものはあるのだけれど、やはり疲れてしま
った。ここが最大の問題点だと感じて、第5位である。    

 それと「絡新婦」では、色を添えるというより、華麗に彩るべき
ペダントリーの部分が、小粒でわかりやす過ぎて、インパクトがあ
まり感じられなかった。田島陽子先生(たけしの「TVタックル」
に出演している女権論者、というより実質は男性差別(笑)論者)
と論争する機会があるなら、事前に読んでおくべきテクストの一つ
には加えていいかも知れないけれど、、、(笑)       

 しかし、とは言えこの5作全て、これほどの話を苦もなく産み出
せるなんて、限度のない才がうらやましい限り。出版界全般を通じ
て、最も期待され、また最も期待に答えている作家だと云っても、
過言ではないだろう。彼に、辿り着く果てはあるのだろうか? 

 
 出版界全般では京極であっても、新本格に限った世界では、やは
り期待が集まるのは、第22位の綾辻行人になるのではないだろう
か。そもそも新本格とは、「十角館の殺人」に端を発しているんだ
と思うし、道を切り開いただけでなく、実力を充分に兼ね備えた書
き手である。しかも、他の新本格の追従者達が、次々と王道(と、
あえて呼ばせていただく)を離れていく中で、「館」シリーズとい
う形で一貫して初志を貫いている姿勢も、大いに評価できる。 

 それでは、恒例のベスト5。綾辻全作品からの選択である。 

1位:迷路館の殺人 
2位:十角館の殺人 
3位:殺人方程式  
4位:殺人鬼    
5位:時計館の殺人 

 1位の「迷路館」は、ミステリ的趣向がふんだんに盛り込まれた
綾辻の最高傑作にふさわしい作品だと思う。本の中にまるまる本を
閉じ込めようという趣向も楽しいではないか。作中作という、昔か
らある手法を、こういう大胆なアレンジにしてみせる、これこそ単
純な過去への回帰ではなく、新本格という新たなムーブメントを象
徴しているとも言えるではないだろうか。一発ネタに終わらず、こ
れでもかと幾多にも盛り込まれたサブアイデアも、うまく絡み合っ
て、見事な作品を構築してくれた。             

 2位の「十角館」は、すでに歴史的記念碑ともなってしまった、
今後も常に語られ続けていくであろう名作。綾辻の代表作と言った
ら、この作品で異論はそうそう出ないだろう。これまた古典的状況
の中で、大胆にして、新たなアイデアを盛り込んだ、紛う方なき傑
作。生みの親クリスティーも、この作品なら満足感心してくれるだ
ろう。途中でタネに気付いても、充分に面白みが理解できる作品。
驚愕の提示の仕方も憎いほどにうまい。           

 3位の「殺人方程式」は、トリック小説嫌いな人には、徹底的に
顰蹙を買っている作品。私はこういうのには、目がない方なので、
文句無く綾辻でも最上位に入る作品である。         

 4位は、一見単純なスプラッターに見えるが、底にはおそるべき
企みが隠されている。驚愕度から採点すれば、「十角館」か、この
「殺人鬼」かになるのではないだろうか。正当性の観点からは、若
干不満がないことはないが、これだけの衝撃に免じてしまおう。し
かし、続編の「殺人鬼2」は最悪!!おぞましさだけの醜悪品。ミ
ステリ的趣向は一切無く、断トツで綾辻のワースト作。これに比べ
たら「人形館」の方が遥かに許せる(と言うほど、ひどい作品)。

 5位は、再び館シリーズ。大学生主体のミステリメーリングリス
トで館シリーズ人気投票が行われた際には、「十角館」「迷路館」
を押さえて、1位に選ばれていた。             

 まだまだ、綾辻のアイデアの種は尽きてないものと信じている。
ホラーものも囁きシリーズももういらないから、館シリーズ、ある
いはノンシリーズものでもいい、ミステリファンを唸らせる作品を
もっと生み出して欲しいのだ。               

 
 ミステリのファン層以外の読者をも引き込む、最近の第一人者と
言えば、やはり第23位の北村薫と、今回は惜しくもベスト30に
漏れたが宮部みゆき、そして上記の京極と、この三人になるのでは
ないだろうか。                      

 京極は孤高の人であるから別扱いとして、北村薫、宮部みゆき、
これに加えてこの二人以上に私の好きな加納朋子、この三人には、
結構同じような雰囲気がある。               

 まず、淀みのない文章の流れ、三人とも抜群に文章がうまい。人
の描き方、視線が優しい。悪を描かない、描いてもそこには哀しみ
をたたえているから、理解できる余地を必ず残している。切なさの
表現力、薄暗い夕暮れ時の窓に灯った明かりのような、小さな喜び
を小説の中に表現するうまさ。               

 彼らの持つペンの温度って、他の作者達より、きっと温かいんだ
ろうと思えるような気がする。読んでて、ほっと出来る。読み終わ
って、ふっと息をついて、本を閉じて、そのまましばらく余韻に浸
ることが出来る、それが彼らの作品である。時間が立った後でも、
いつか思い出してあったかい気分になれる。         

 論理で心理を切り裂くようなミステリを読んでいる中で、時々彼
らの作品に触れることは、喜びと安心感が感じられる。その代表格
が北村薫の私シリーズである。作品集としての全体の完成度は、実
は2作目の「夜の蝉」の方を買っているのだが、短編一つを取った
場合、この表題作である「空飛ぶ馬」に1票を投じる。そういう意
味あいで、ここではこの最初の短編集を選択した。      

 
 そして第24位に入ってきたのが、東野圭吾である。乱歩賞を受
賞した「放課後」が学園青春ミステリとして売り出されたせいもあ
ってか、イメージとしては、常に「軽み」が付いて回るような作家
だったように感じる。勿論それは”読みやすさ”といったようない
い意味もあるのだが、悪い意味では、ミステリとしては「あえて読
むまでもない」、あるいは「若者の読み物」という捉え方をされて
いたような気がするのは、偏った見方だろうか?       

 私自身は、初期の時点から好んで読んでいたのだが、一般的に批
評される印象が、何故かそんな風に感じられたのだ。「放課後」
や、ここで彼のベストに選んだ2作目の「卒業」や、「学生街の殺
人」を誉める人達の口調が、若干恥じらいを含んでいたような、ど
うもそういうイメージが付きまとっているのである。     

 そのイメージが和らいで来たのは、「魔球」からだと思える。こ
の作品で彼のストーリーテリングが、一般的にも高く評価され始め
る。岡嶋二人の「チョコレートゲーム」もそうだが、比較的ミステ
リ度は高くない作品から、注目を受け始めるのは、やはり新本格や
鮎川哲也の言うところの本格推理では、一般の鑑賞には耐えにくい
ということなのだろうか。まぁ、そういう作品は一般の評価なんて
何の勲章にもならないとも言えるのだが。          

 この頃から、彼の活動の幅が広がり始める。新本格を意識したと
思われる「十字屋敷のピエロ」や「仮面山荘殺人事件」や「ある閉
ざされた雪の山荘で」などは、評価は分かれるところだが、私自身
はこういう作風も好きである。もともと初期の「白馬山荘殺人事
件」などでも明確なように、彼の本格志向は高い。昨年度の怪傑作
「名探偵の掟」に綿々とミステリへの愛が語られているように、本
格への愛着は人一倍強い方だと思う。            

 こういう新本格的なものを生み出す一方で、彼の持ち味が生きた
作品も次々と生まれている。中でも「鳥人計画」は、ミステリ読み
以外の人にも充分通じるストーリー性をもって、彼の代表作の一つ
であるだろう。よりリリカルな味わいが深まると、「パラレルワー
ルドラブストーリー」のような作品に結実し、サスペンス的な方向
や、「天空の蜂」などのような冒険小説風の他にも、ユーモア系で
も随分と頑張っている。                  

 但し、これという代表作がないため、多才であるにも関わらず、
器用貧乏的な状況に甘んじているのは可哀想だ。ここで私の選んだ
「卒業」はトリックのゲーム性が楽しい作品だが、この1作でベス
トを争うには若干弱い感じは否めない。ハードカバーも多いので、
「売れる」作家ではあるのだろうが、目の醒める1作が欲しいとこ
ろ。                           

 
 第25位に入ったのは、今回のベスト30の中では、最も知名度
の低い作者となるだろう。平石貴樹は、本格を忠実にやろうとする
姿勢が、大変評価できる作家である。クイーンばりのロジックと云
えば、有栖川有栖の初期作品が一番に思い出されるが、それ以外と
なると、なかなか思い浮かべにくいものである。しかしここに、そ
の貴重な存在がいるのだ。                 

 処女作「笑ってジグソー殺してパズル」は、志向は良かったのだ
が、残念ながら出来としては確かにそれほど評価すべきものではな
かったかもしれない。しかし、2作目のこの「誰もがポオを愛して
いた」
で、完全に花開いたと言えよう。「アッシャー家の崩壊」の
論文を含めて、ミステリファンを唸らせる内容だと信じる。全作通
じて、ちょっと独特のユーモア感覚を持った人ではあるが、そこは
茶目っ気ということで、気楽に読んでいただきたい。最後には、き
っちりした純粋推理が楽しめますから。           

 3作目の「虹のカマクーラ」は実は未読(失礼)。そして、この
97年、実に10年以上の時を隔てて、第4作「スラム・ダンク・
マーダーその他」という連作集を発表してくれた。      

「スラム・ダンク・マーダーその他」の書評はこちらへ...

 また、これと呼応して「笑って」「誰もが」の文庫化もしてくれ
たので、純粋本格が好きな人には、是非「誰もが」をお薦めする。
寡作な人であるが、復活を期に何作か新作を発表してくれないだろ
うかと心待ちにしているのだが。              

 
いよいよ次はラスト、ここまで来たら行くっきゃない!

第26位〜第30位へレッツゴー!!!
 

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