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日本ミステリ・ベスト30
怒涛の全作品解説
(第16位〜第20位)


[ 未読の方は、日本ミステリベスト30のランキングからどうぞ ]

 
 さあ、では、怒涛の全作品解説、続き行ってみよう!とりあえず
参考のために、ベスト11〜20位の表を再掲。       

第11位:危険な童話        土屋隆夫 
第12位:妖異金瓶梅        山田風太郎
第13位:そして扉が閉ざされた   岡嶋二人 
第14位:大誘拐          天藤真  
第15位:翼ある闇         麻耶雄嵩 
第16位:暗い傾斜         笹沢左保 
第17位:匣の中の失楽       竹本健治 
第18位:不連続殺人事件      坂口安吾 
第19位:黒死館殺人事件      小栗虫太郎
第20位:花の棺          山村美沙 

 
 さて、第16位に入ってきたのは、笹沢左保。「えっ、あの官能
作家?」なんて、勘違いしている人もいたりして。推理物とは言い
ながら、勝目梓などと同じ印象を持っている人も、きっと中にはい
るのだろう。「木枯らし紋次郎の人だよね?」の方が、まだましな
反応ではあるだろうが。                  

 ちっちっちっ、まぁ現在はともかく、比較的初期の笹沢左保って
新本格的な作品を次々と発表していたりするのだ。処女作である
「招かれざる客」は、非常に正統的な本格ミステリだった。古くか
らのミステリファンには、今でも非常に評価の高い作品である。

 そして「人喰い」「霧に溶ける」など、これらの作品は、現在の
新本格と同じ基盤の上に出来上がっている作品。奇想トリックが盛
り込まれた、隠れた名作群。但し、技巧に走りすぎて、作品世界が
現実から浮きすぎてしまったような感じは否めない。「招かれざる
客」が、その点きっちりと現実を踏まえた、丹念な書き込みがされ
ていて、社会派的な要素をふくんだ小説としての完成度が高かった
だけに、これらの小説の深みのなさが、作品としての評価を落とし
ていたかも知れない。そういう時代だったわけだし。私自身は、そ
ういう部分へのこだわりが全くないので、むしろ「招かれざる客」
よりも、「人喰い」「霧に溶ける」への評価は高い。新本格が受け
入れられた現代、再評価されても良い作品達だと感じている。 

 笹沢左保にはまた、これらの着想を叙情的な世界で展開させた作
品群もある。ここで選んだ「暗い傾斜」や「空白の起点」がその代
表格となるだろう。                    

 不可能犯罪には、いろんな「ハウ」がある。比較的簡単に実現で
きるのが、物理的な手段であろう。しかし、それよりうまく決まっ
た時の鮮やかさがより鮮明なのは、心理的な手段であろう。もちろ
ん個々の状況に依るので、こんなに大きく括って論じることが出来
ないのは重々承知だが、一般的な傾向はこうではないかと思う。ま
た、心理的な「ハウ」と云っても、錯覚を利用する、盲点を突く、
など、不可能犯罪を構成する手段は数々あるが、「心理そのもので
人を『殺す』」という作例は、そんなに多くはないのではないだろ
うか。そして、きっとそれらのトリックは悲しいものにならざるを
得ないのだろう。「暗い傾斜」や「空白の起点」のように、、、

 
 さて、人によっては、「不連続」「ドグラ」「虚無」と並び称す
ることもある、第17位「匣の中の失楽」の登場である。   

 この作品でデビューを飾るとは、しかも「幻影城」の連載として
の登場とは、竹本健治、おそらく日本ミステリ史上の最優秀新人賞
と言っても過言ではないだろう。同じ幻影城出身とは云え、連城三
紀彦、泡坂妻夫は短編ということもあるし、島田荘司は「占星術」
という衝撃的な作品の割には、それほど話題にならなかった。新本
格の幕開けとも言える「十角館の殺人」だって、扱いはそれほどで
はなかった。いきなりハードカバーで派手な推薦文を受けて登場し
た麻耶雄嵩だって、やはり「匣」の扱いにはかなうまい。極端な若
さで、凄い作品を引っ提げて登場した点では、かなり近いのだが。

 もちろん確かにそれだけの扱いに相応しい作品である。もしもこ
れが完成作だったら、「不連続」「ドグラ」「虚無」と同列に論じ
ることも可能だったはずである。              

 そう、私はこの作品は壮大な未完成作品であると考えている。そ
して残念なことに、竹本健治は作品を完結させることには、全く執
着はないようだ。これは後に、世界を広げるだけ広げておいて、収
束させる努力を完全放棄した「ウロボロスの偽書」を発表したこと
からも十分にうかがいし得る。               

 実際、「匣」について語った竹本のインタビューでも、彼はこの
作品を全く未完成だとは考えていないこと、というよりそもそもあ
あいう構成を取ること自体、構想にはなかったことだというのだか
ら、驚いてしまう。きっと、恐るべき「才能」から産まれた作品だ
ということなのだろう。                  

 では、一体「匣」が作品として完結するためには、どうあるべき
であったか、そして何故そうならなかったか、をパラレルワールド
の観点(嘘度75%)から論じた書評を書いたことがあるので、興
味のある方は、是非以下へお立ち寄り下さい。但し、「虚無への供
物」及び「匣」のネタバレなので、上記2作品を既読の方のみ。

「匣の中の失楽」評へ...

 
 続いては、第18位「不連続殺人事件」。「虚無」と同様、探偵小
説好きの文学者が産み出した、本職の探偵作家の作品を軽々と凌駕し
た傑作。先記の文春ベストでも、第2位に「虚無」、そして第4位に
「不連続」が入っている。中井英夫(塔晶夫)、坂口安吾、共に素晴
らしき探偵作家である。                   

 一風変わった登場人物達が、一風変わった状況の中で、繰り広げる
殺人劇。異常な状況の中に、異常な行動が巧妙に隠される。「木の葉
は森の中に隠せ」の作劇法としての応用。           

 心理的な「何故?」を軸に行われる解明は、非常に満足大納得の出
来。これを隠すためにこういう状況を作り出したのか、という書き手
側からの視点からも評価が高いと思われる。特に玄人好みの作品であ
ろう。                           

 もちろん本を読むに限るのだが、この作品の場合ATGで映画化さ
れている「不連続殺人事件」を見ても、充分雰囲気が楽しめる。科白
なども驚くほど原作に忠実なので、映画を先に見ても比較的原作の面
白さを損なわない出来である。読書の愉しみを味わいたい人は是非原
作で、取りあえずミステリを楽しみたいという人は、レンタルビデオ
(割とマイナーな日本映画も置いてある所に限るだろうが)で借りて
も楽しめることと思う。こういうお薦めは邪道かな?      

 
 そして、これまで何度も話題にしてきた第19位「黒死館殺人事
件」の登場である。三大探偵小説とも称される「黒死館」「ドグラ」
「虚無」の嚆矢を飾る傑作(昭和9年)。探偵小説の要素をことごと
く詰め込み、荘厳重厚なペダントリーで全体を覆い尽くした、異常な
熱気すら感じさせる、孤高の輝きを放つ傑作。         

 しかししかし、致命的なほどに理解困難。文春ベストでは第5位に
入っているこの作品が19位になっているのは、ひとえにこの作品に
関する理解度によるものではないかとも思われる。中途でのトリック
の解明にしても、何度読んでも何がどうなのか、全然理解不能だった
りもする。少なくとも一度で全てを理解するのは、常人には不可能。

 一度しか読んでない私にとっては、この順位くらいが妥当ではない
だろうか。もう一度読んだら、もっと順位は上がるだろう。きっと上
がるだろうけど、読み直す気力は起きない。何せ読み辛いことこのう
えなし。少なくとも1ヶ月の余裕がないと、読み尽くせないだろう。
下手すれば軽く数カ月の日々が過ぎていく。新刊に追われている現在
の身では、到底読み直す時間が取れるとは思えない。      

 無人島に持っていく1冊と言えば、どうしても最高の探偵小説であ
る「虚無」になってしまうが、無人島に持っていく3冊となれば、こ
れに「匣」と「黒死館」が加わってくる。前者は存在すべき6章を書
くことで、完成作とする愉しみがあるため。後者は、とても手を加え
る余裕はないが、そのままを理解するだけで、一生を費やすことが出
来そうだから。一冊で一生楽しめる探偵小説ときたら、「黒死館」こ
れに尽きるのではないか。                  

 
 ベスト20の最後を飾るのは、97年度訃報に接した山村美沙であ
る。西村京太郎、内田康夫、赤川次郎らと共に、大衆小説(差別用語
的使用)の第一人者である彼女だから、おそらく若いミステリファン
には敬遠されがちだろう。しかし、これらの通俗小説作家たちは、み
な揃って当初は、素晴らしいミステリを産み出していたりするのであ
る。特に、西村、山村の両氏の質の高さは一見に値する。大衆迎合作
家などと蔑んで、全作品をひとくくりに批判することは、絶対に出来
ないのだ。                         

 特にこの第20位「花の棺」は、ミステリファン必読の1冊と言っ
ても過言ではないだろう。日本に於ける密室小説の最高峰。さすがに
様式美と機能美が絶妙のバランスに配置され、「美学」にまで高めら
れた「本陣殺人事件」にはかなうべくもないが、機能的な和密室とし
ての解法はお見事。日本的密室の舞台と解法として、この作品を越え
る物はいまだに出ていない。                 

 またまたランキングで攻めてみるが、私の考える日本の密室小説ベ
スト5は、以下のようになる。作品全体ではなく、密室部分のみを取
り出しての評価なので、お間違いなきよう。1位、2位はこれまで示
した理由で。3位は短編密室小説の最高傑作、星影物を集めた短編集
「赤い密室」で読めます。4位は中途での解決と言うことで減点。し
かし、恐るべき奇想で仰天必至。5位は密室はあくまでも結果という
ことでこの順位。しかし、これまた恐ろしき奇想で感動必至。  

第1位:本陣殺人事件   横溝正史
第2位:花の棺      山村美沙
第3位:赤い密室(短編) 鮎川哲也
第4位:翼ある闇     麻耶雄嵩
第5位:斜め屋敷の犯罪  島田荘司

 
さて、以上でベスト20まで終了!

ラストも近いぞ、このまま第21位〜第25位へ突っ走れ!
 

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