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97年讀書録(9月)
9/3 チベットから来た男 クライド・B・クレイスン
国書刊行会
実は今回の世界探偵小説全集第2期で最も期待していた作品の一
つである。カーの「死が二人をわかつまで」を除けば、この作品と
「悪魔を呼び起こせ」、不可能犯罪ファンの私としては、この2作
の密室ミステリが最も読んでみたいと思った作品である。 .
しかし、残念ながら期待は余り報われなかった。確かに、道具立
ては非常に変わっている。中でもチベットに関する記述は非常に面
白く、特に秘境物と言ってもいいような部分は楽しめた。このペダ
ントリーがこの作品の一番面白いところになるだろう。 .
ところが、肝心の密室の部分が、それほど感心すべき出来とは思
えなかった。密教秘儀との絡み合わせなど、凝っている部分もある
のだが、伏線等も「ああ、この手だな」というものを連想させる物
になってしまっている。それほど密室に関する考察も行われないの
も、その思いを補強させて、最後に「驚き」を感じるには程遠かっ
たようだ。 .
探偵役の魅力もちょっと中途半端だったように思う。解決部分と
それ以外の部分に、なにかちぐはぐなものを感じた。もっとコント
ラストがあるか、逆に違和感が全くないか、どちらかであって欲し
かった。翻訳だからという要素もあるのかも知れないが。 .
解決に関しても、290Pに10項目の「解明すべき疑問」がま
とめられてあるので、犯罪の再構成という形式もあっていいが、そ
れに加えて、これについての考察もあると、もっとわかりやすくて
良かったのだが。 .
東洋趣味な全体の雰囲気は非常にいいのだが、やはり肝心の密室
の趣向が見えやすいのは、大きな欠点。従って、採点は6点。 .
9/5 悪意 東野圭吾 双葉社
昨年度の話題の1作である。「どちらかが彼女を殺した」「名探
偵の掟」と話題作を連発した東野圭吾だが、もう一つこの作品も注
目を浴びていた。昨年度のベスト選出でも、大きく目を引く両作品
と比較し、地味な印象のある本書だが、こちらを挙げる人も少なか
らずいたように思う。 .
地味とはいえ、実に充実期であった昨年度の東野圭吾、単純な構
成を取ってはいない。ミステリだから、やはり一つの殺人事件が起
こるのだが、それは百頁もいかないうちに、あっという間に解決し
てしまうのだ。 .
それからはコロシの謎ではなく、別の要素の謎が物語を引っ張っ
ていくことになる。特に、いろんな形での「何故?」という心理の
謎が。 .
そして再び解き明かされる殺人。そこには、非常に心理的に巧み
なトリックも仕掛けられている。心理的に多重に仕掛けられた罠
は、非常に技巧的。長編として成立させるのは、かなり難しい作品
だったと思う。これは「どちらかが」や「名探偵」の比ではなかっ
たろう。 .
巧みなので底が割れやすい作品とは思えないが、個人的にはかな
り早い段階で趣向が読めたので、採点は6点。しかし、作品として
の出来は結構いいと思う。技巧とストーリーテリングが噛み合って
いて、人によっては3作の中でこれをベストと推す人もいるのも、
非常に納得の作品である。 .
9/11 六枚のとんかつ 蘇部健一 講談社ノベルス
もう、とほほ、である、、、、、はぁ〜〜(溜息) .
いくらなんでもこれは、出版レベルの作品じゃないでしょう?!
百歩譲って、一発だけっつうことで読者だまくらかして、売ってや
ろうくらいならいいとして(いいのか?)、ただでさえ清涼院で評
判落としている(はずだと思う)メフィスト賞なんて謳っていいの
か、講談社?どう考えても、大化けしそうにはないし、そもそも推
理「小説」がこの先書けるとも思えないのだが。 .
宣伝文句に文句付けても、始まらないとは思いつつも、、、 .
でも、、、ユーモアミステリって、「お笑い」じゃないっ! .
バカミステリって、単なる「バカ」じゃない! .
空手バカ一代のバカであったり、「未来少年コナン」のモンスリー
の「馬鹿ねぇ、もう」であったりするのが(ほんとか?)、バカミ
ステリなのだ。 .
突き抜けたものがあってこその「バカ」。あるいはちょっと照れ
臭げに「おバカだなぁ」ってのもいい。 .
バカミステリのバカはそんなバカであって、バカがバカげたことを
するそんなバカとはバカ違いなので、こんなバカなだけのバカな作
品を出版して、世のバカがばかに勘違いして、バカなバカ作品ばか
りがばかばか溢れかえって、「ばかにバカが増えたなぁ」ってばか
ばかしくなってくるような、そんなはかばかしくない日が来るのも
すぐそばかも、、、なんて、ばかばかしくてやっとれんわ、もう!
比較的まともなバカ(変な表現)に近いのは、「本格推理」にも
掲載された「しおかぜ」くらいなものだろうか。 .
バカでない、まとも系だと、標題作と「丸の内線70秒の壁」あ
たりがぎりぎり許容範囲といったところか。しかし、それにしたっ
て、一番出来がいいと思われた標題作でさえあとがきを読むと、ク
イズ番組のパクリだとは、、、しらけてしまって、もう何をかいわ
んや。「バカ」正直さは買うけれど、こんなにパクリを告白して、
逆に言い訳のつもりなのか?採点は4点。きっと妥当な線だろう。
9/17 仔羊たちの聖夜 西澤保彦 角川書店
SF新本格と共に、もう一つの名物シリーズであるタック・ボア
ン・タカチの酔いどれ探偵ごっこ(勝手に命名)シリーズである。
酔いどれとは云っても、今回はほとんどそういうシーンはないのだ
が。このシリーズは、コメディタッチを意識しながらも、テーマは
いつも重かったりするが、今回は特にそういう要素が強い。肉親の
テーマの描き方はずっしりと来てしまうし、相変わらず狭い身内で
後味の悪い事件が起こる。 .
キャラクターは悪くないと思うのだが、このシリーズが今一好き
になれない理由はこのあたりにあるのかもしれない。「ロビンズ一
家(覚えていますか?)」じゃないんだから、そう次々と身内で事
件が起きるのもなぁ。とぉ〜っても狭いライツヴィルとでも理解す
ればいいのだろうか。 .
しかし、西澤保彦の登場人物って男女の描き分けが結構極端な気
がするなぁ。男性キャラの極端なまでに純情で弱虫なこと、それに
比べて、女性キャラの図太くて狡いこと。見苦しいほどに弱い男と
醜いまでに狡い女。女性不信なんじゃないだろうかと思うくらい辛
辣な部分が見受けられる。 .
ミステリ的観点からは、3つの事件にそれぞれの解決が付けられ
ていくのは、なかなか「やってるな」という気はするのだが、最後
の解決は(何番目の事件かはあえて隠すが)、唐突で説得力があま
り感じられなかった。そもそも西澤保彦のキチガイの描き方は、い
つもながら現実味に欠けて、真に迫るものがない。SF新本格のよ
うなホラ話の世界で、乾燥した書き方で描くのならともかく、こち
らのウェットな作品世界に持ってくるのなら、それなりの描き込み
をやっておいて欲しいと思う。 .
ところでこの作品は、第1回鮎川哲也賞の最終候補作だった「聯
殺」が原型になっているそうなので、そういう意味では、西澤保彦
ファンは必読の1冊であろう。タカチが探偵役というのも、このシ
リーズのキャラが好きな方は見逃せない作品だろう。でも、説得力
の弱さ、後味の悪さから、採点は残念ながら6点。 .
9/17 ガラスの麒麟 加納朋子 講談社
今や北村薫、宮部みゆきを越えたと思っている加納朋子の新作で
ある。終盤までは、確かに加納朋子の透明、もしくは淡い色合いの
クレパスのような文章に惹かれて、読み進むことが出来た。今回は
連作としての連携が強く、それだけに逆に個々の作品での謎の提示
やその解決は弱い感じを受けたが、少女の脆い孤独の顔、自分でも
説明の付かないもどかしい心を軸に、彼女の世界が展開されて、そ
う悪くはなかった。 .
だが、しかし、ラストの解決に関しては、納得することが出来な
い。「最初から知っていた」はいくらなんでもないだろう。せめて
「自分」であればまだしも、他の誰かが標的になったとしたら、そ
れこそまさに「殺した」に等しい行為である。それは、言葉の呪い
よりも、もちろん間違った道を選んだ後悔よりも、はるかに重い、
紛うことなき”罪”である。 .
麻衣子の心理も理解し難いが、物語的要請としての理解には問題
ない。だが、こちらの心理は他の部分と完全にアンバランスで、理
解できない上に、物語的必然性をも感じられなかった。最後に至っ
て初めて、真相に気付いたという構成で良かったはずである。それ
までの苦悩が描かれているのならともかく、それまでは探偵役とい
う役割を与えられているのだから、読者への裏切り行為にならない
だろうか。この作品の構想は、この一点をもってして、破綻してい
ると断じてしまおう。 .
直子の似顔絵はあるべきでなかったのではないだろうか。直子が
夢で思いだした麻衣子の電話、これが充分に鍵となるのだから、こ
れを最後のきっかけにしても良かっただろうに。以上をもって、残
念ながら加納朋子としては、唯一の失敗作だと思う。彼女の作品に
こういう点を付けたくはないのだが、悲しくも、採点は6点。 .
9/25 地底獣国の殺人 芦辺拓 講談社ノベルズ
とんでも本と、秘境冒険SFと、戦争スパイものと、本格ミステ
リがごったに混ぜこぜにされたような作品であった。それぞれとし
ては、若干中途半端な印象も受けたが、アイデアとしては非常に面
白い。破天荒な企てにしては、うまくまとめたと言えるだろう。.
まずは、とんでも本の世界から始まる。とんでも学説が好きな向
きには、鷲尾哲太郎(木村鷹太郎)の学説は結構楽しめることと思
う。「ヨーロッパ古代の史実や人物は、日本の近世におけるそれを
モデルにしている」というところまで行くと、行き過ぎだが、「邪
馬台国はエジプトにあり」あたりはイッちゃってる具合が強烈に楽
しめた。 .
しかし、聖書/ノアの箱船/アララト山と、古事記/高天原との
関連に対する記述が中途半端過ぎて、地底獣国(ロストワールド)
の秘境冒険SFの描き方の嘘っぽさ度が、高くなってしまった。高
天原と絡ませるなら、とんでも学説でもっと補強して、そうでなけ
ればいっそはずしても良かったように思う。 .
内部に邪魔をする者がいるという、戦争スパイ的な状況ではある
が、あまりなじみの薄い民族紛争や、幾つもの組織が入り交じって
くると、これまた嘘っぽさ度が増して、パロディをやられているよ
うな感じを受けて、最も白けた部分であった。 .
最後の本格ミステリの部分だが、きっかけになるもの(物ではな
いし、者でもない?)は面白いし、私の読みも中途までは当たった
ものの、最後のひっくり返しには気付かなかった。本格度は強くは
ないが、この2点だけでもなかなかいいだろう。採点は7点。 .