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97年讀書録(11月)
11/1 探偵くらぶ(上) 日本推理作家協会編
カッパ・ノベルス
こういうアンソロジーこそ、待ち望んでいたものに、かなり近い
ようだ。どこかのアンソロジーに選ばれているものを並び替えただ
けのような、作家の代表作のみを集めたものが多い中、これは代表
作ではないが、各作家の上位に入り得る作品を集めた、極めて良質
の、手間暇のかかったアンソロジーである。代表作だけは幾らでも
読む機会はあるのに、それ以外の作品だとなかなか入手が困難で、
国書刊行会などで古い作家の短編集が編まれたりはしているが、そ
れも限られた作家のみ、という日本ミステリ界の現状を考えると、
入手困難作ばかりを集めてくれたこういうアンソロジーの存在は、
非常に貴重な歓迎すべきものである。日本推理作家協会編と名目上
はなっているが、おそらく中心となって編集してくれたのであろう
山前さんに感謝感謝である。 .
一応、上巻は「奇想編」、中巻は「本格編」(下巻は何だろう?
「変格編」?)と分かれてはいるが、あまりそれほどの違いはない
ようである。従って、「奇想編」と銘打ってあるには、それほど奇
想の利いた作品はないし、名作!と感動するようなレベルの作品は
残念ながらないかもしれないが、そこまで望むのは贅沢過ぎるとい
うもの。あえて、いくらでも読める作品を外しているのだから。し
かし、(探偵小説を愛する人ならば、当然「買い!」のアンソロジ
ーなので、こういうフォローは不必要だと思うが)、中巻の方がも
っともっと面白いので、上巻だけで決して止めたりしないように!
上巻での個人的なベストは、大河内常平「暫日の命」。この中で
最も表題である「奇想編」にふさわしい作品であろう。トリック自
体は簡単なのだが、こういう捻ったラストには全く驚かされた。ユ
ーモアが利いてる香住春吾「米を盗む」も楽しい。残念だったのは
狩久。大好きな作家だけに、入手容易な雑誌「幻影城」に再録され
ている「すとりっぷと・まい・しん」ではなく、別の未読作品を選
んで欲しかった。採点は7点。但し、改めて断るまでもなく、また
私がくどくどという必要もなく、探偵小説のファンは必読の書。.
11/3 朝刊暮死 結城恭介 祥伝社
自画自賛な作品に滅多に満足作はないのだが、これは意外な掘り
出し物であった。ふらふらと買ってしまって、おそらく後悔するん
だろうなぁと思いつつ、それならそれで正当な書評(つまりは、酷
評?)をしてやればいいのだし、とちょっとだけ構えていたら、い
い意味での期待の裏切り。こういう体験をしたのは、「トリック狂
殺人事件(吉村達也)」以来だから、本当に久しぶり。いかにも鼻
に付く自画自賛ぶりなので、まともな読者は敬遠していると思うが
(偏見?)、B級映画を好むといったタイプの人には、結構イケる
作品だと思う。ひょっとすると、かなりイケるかも。 .
作り方は非常に安っぽい。リアリズムなどは、はなっから念頭に
はないし、ご都合主義的に現れる疑似犯人や、各種の安直な設定、
無理矢理なハッピーエンドなどは、いい加減な作品多発の赤川次郎
的世界だと、最初から覚悟しておく必要はある。 .
しかし、それでも活字の世界がそのまま現実になっていく展開、
それを実現させるトリック(それも一通りではない)は、全然悪く
ない出来。勿論現代風のポケベルのトリック(出てきた途端に「や
れやれ」と思うような奴なので、特別ネタバレではないと解釈させ
て貰うが)なんかはどうでもいいのだが、多重に成立させるトリッ
ク、犯人指摘の根拠となる微妙な言葉のトリック、その中で”犯人
を作る”探偵というコンセプトを成立させるところなんかは、非常
に認められる出来。今年のベスト10からは是非とも落としたくな
い作品。採点は7点。万人に薦められる作品ではないが、趣味な人
は見逃したくない作品だと言えよう。 .
11/6 探偵くらぶ(中) 日本推理作家協会編
カッパ・ノベルス
上巻の書評でも書いたが、「犯罪の場」以外はアンソロジーでも
見かけない作品ばかり。それでいて、吃驚するほどに質の高い、粒
ぞろいの作品集。中巻は、特にユニークな傑作のオンパレード。古
き良き探偵小説の香気に触れることの出来る、絶好の1冊。こんな
セレクトの本が読めるなんて、幸せだぁ! .
傑作ぞろいの中でも、特に幸せな気分にさせてくれた作品につい
て、少しだけ感想を書いてみようと思う。 .
まずは岩田賛「絢子の幻覚」、大好きな「使われざるトリック」
もの。現象が描かれず、解明のみなのが残念。枚数があれば、現象
から記述し、本格として傑作となり得たであろう作品。惜しい!.
海野十三「千早館の迷路」、館の中の魔境冒険物!プロペラのト
リックなどは、作者らしい見事な科学的罠。稚気も楽しい。 .
大好きな探偵作家二人、楠田匡介「破小屋」、宮原龍雄「凧師」
はどちらも未読だった作品で、しかも期待以上に面白い。前者はい
かにもこの作者らしい、大胆すぎる人を喰いまくったトリック。冗
談と本気との一線が画せない、作者ならではの馬鹿馬鹿すご技だ。
後者もトリッキーな本格を得意とする作者だが、これは意外にトリ
ックよりはストーリーの面白さが光った佳作。動機も面白い。 .
角田喜久雄「霊魂の足」は、興味を引き起こす題名/冒頭から、
中途の解決とトリック、逆転から二重構造を持った事件の解明へと
到る、見事な本格の構造を生かし切った今回ピカイチの探偵小説。
とにかく「幻の名作群」と呼ぶにも相応しい選択は、かなりの読
み手をも満足させるはず。採点は文句無し推薦保証、堂々の8点。
11/13 異常心理小説・ベスト100
和田はつこ&異常心理研究会 三一新書
「サイコミステリー・ベスト100」の続編である。良くあるタ
イプのガイドブック本なのだが、前作もそうであったように、妙に
素人っぽさが前面に押し出されているのが特徴だ。一概に悪いと云
ってるわけではない。しかつめらしく難解な用語を駆使して、良く
見りゃ極端な独りよがりの論拠に満ちた評論なんかよりは、よっぽ
どいいのは事実だ。しかし何故か、妙に座りの悪さを感じる。 .
どうも客観性と主観性のバランスが悪いように感じる。「はじめ
に」や、巻末の「異常心理小説Q&A」など、全体的な雰囲気では
出来るだけ客観的にしたい、という意志は見当たられるのに、論拠
の肉付けが薄く、言いっ放しが気になる。「初のサイコミステリー
作家と言えるのはドストエフスキーである」と言われても、「そう
かあ?」と思うぞ。あとは個人名(慶大生宮内章行くん)なんてぇ
のが堂々と出てくるところも嫌な味。実質的なライターなのかも知
れないが、、、表面上は隠して、感謝の言葉でいいじゃないか。大
人なんだからさ(笑) .
犯人のタイプで分類されている、というのも本格志向の私として
は、違和感を感じてしまう。サイコミステリーを読む場合には、特
に関係ないのかも知れないが、本格じゃ出来ない技だな。 .
最後にもう一つ、素人(というのは、和田はつ子さんに失礼?)
のガイドブック本なんだから、もっと熱さが欲しい。結局「読みた
い!」と思わせてくれた本はほとんどなかった。どうしようもない
思い入れや熱い熱い盛り上げに巻き込んでこそ、素人の良さ(あま
りにも筋違いでなければ)が活きるのではないか。採点は6点。.
11/17 本格推理11 鮎川哲也編 光文社
今回から(今回は?)「本格とはこういうものだ」という、しつ
こいまでの宣言文、解説文の類がなくなってしまった。11巻を数
えて、ようやくそれなりの定着を示したということだろうか。実際
に「本格推理」を読まずして、応募だけはしてくる投稿マニアに関
しては、どれだけ口をすっぱくして「本格推理」に書いてもしょう
がないわけだし、合格レベルの底辺の向上は、満足してもいい程度
に上がってきたということかも知れない。 .
前巻の書評では、こじんまりとまとまった小粒な作品が多いと書
いたが、今回は意外に粒が荒い。読み易さの点では、前回に劣る気
はするが、比較的ユニークな作品が揃っていた。素人公募はやっぱ
りこういう方が面白い。 .
さて、やはり恒例のベスト3選びだが、粒が荒いだけあって、選
びやすい。しかしきっと読む人によって、変わってしまう順位だろ
う。個人的には、1位「さわがしい凶器」、2位「魔術師の夜」、
3位「黄金の指」、次点「暗い箱の中で」で決まり。 .
「さわがしい凶器」は今回ミステリとしての完成度が最も高く感
じられた。このトリックは盲点をついて、意外に新味あり。物理ト
リックだが、効果が心理的。題名、犯人指摘も納得で、ベスト作。
「魔術師の夜」は、津島誠司風の幻想的謎が魅力の奇想小説。とん
でもない凝り凝りぶりは、本格推理シリーズを通しても最高度。行
き過ぎの部分はあるが、必読度は最高だ。「黄金の指」はトリック
の必然性、動機にさすがに無理があるが、仕掛けは面白い。サスペ
ンス仕立てから、本格に達する「暗い箱の中で」も、後味の悪さが
なければ、いい出来だろう。この他では、「完全無穴の密室」「キ
ャンプでの出来事」「イエス/NO」が私の合格作。 .
「はしがき」に大がかりのトリックが多いとされているように、
本格推理シリーズとしては、充実の1冊のように思う。7点にかな
り近づいてきたが、まだぎりぎり6点どまり。しかし、最初の頃は
仕方なく義務感で読んでいたが、今は意外に楽しみにしていたりす
る。下らないと敬遠していた人があれば、そろそろ如何だろうか?
11/25 薪小屋の秘密 アントニイ・ギルバート 国書刊行会
サスペンスと倒述物と本格とが混ざり合ったような作品である。
非常にテクニックを感じさせる内容。前半はオーソドックスとも言
えるサスペンスの展開で、静止した流れが続いていく中、そのゆっ
たりとした流れに浸っていると、後半部の意外な展開に驚かされて
しまう。 .
その展開の返し方はなかなかに巧妙。読者としてはたしかに、わ
かっているはずなのに、不安な気持ちにさえされてしまう。これな
ら、前半部でのはっきりとした記述を避けて、どちらとも取れる内
容であった方が、より面白味が増したかも知れないと思う。 .
本格として捉えた場合は、最後の決め手が弱いように思う。たし
かに○ー○の件は納得させられるのだが、その他の状況証拠はあま
りにも弱すぎるだろう。本格と言っても、倒述物に限りなく近いの
だから、これだけの作品の締めくくりとしては、もっとすっきりと
した決め手が欲しかった。結局殴打事件で有罪になっただけの(だ
と記憶しているが)三浦和義事件(ミステリじゃない島荘は読みた
くないなぁ)のように、すっきりしないしこりが残った。いまいち
ミステリとしてのカタルシスを味わえなかったので、採点は6点。