ホーム創作日記

97年讀書録(3月)

 3/11 スラム・ダンク・マーダー その他 
              平石貴樹 創元クライム・クラブ

 
 実に10年以上振りの平石貴樹である。今年のカムバック賞はも
う決定だと言えよう。「笑ってジグソー殺してパズル」「だれもが
ポオを愛していた」(私の日本ミステリベスト30第25位)の2
作だけではあるが、クイーン流のロジック重視の智の愉しみに満ち
た作品を産んでくれた作家だけに、こうして随分な時を隔てたにし
ても、三作目が出版されるのは喜ばしいことである。多分商業的に
はそれほどの期待は出来ないであろうに。          

 前2作も創元推理文庫に登場するということなので、本格を純粋
に追求した良質のミステリが、若い読者にも手に入りやすくなるの
は実に喜ばしい。いいぞ、東京創元社。           

 さて、では今回の作品である。三作の短編を連作形式でつないで
ある。それぞれに読者への挑戦状めいたものが付いていて、細かい
伏線やロジック推理を楽しむことが出来る。         

 個人的なベストは「木更津のむかしは知らず」だろうか。二つの
状況の連携で、非常に面白い事件が構成されている。その二つの状
況の切り替わりのきっかけに関しても、知識として知っていなくて
も納得できる。                      

 但し、今回は特に連作形式にする必要はなかったように思う。エ
ピローグ部分に関しての推理には、論理性がないですね。他の部分
とのギャップが大きすぎて、ちょっとシラけてしまいました。 

 でも、とにかく平石貴樹が読めたのは嬉しいので、ほんのちょっ
とだけおまけして、採点は7点。              

  

3/13 叔父様は死の迷惑 坂田靖子 ハヤカワ文庫JA
 

 ハヤカワの漫画文庫から。ほんわか不思議な、独特の味わいを持
つ漫画家、坂田靖子の連作ミステリ。でも、ちょっとミステリと言
うには、ミステリ色は薄すぎ。後半3作は全然ミステリではない

し、前半4作にしても、推理というのはなくて、足でたまたま真相
にぶち当たるといった感じ。ミステリを期待すると言うよりは、主
人公メリィアンとデビッド叔父とのやりとりを楽しむのが、正しい
読み方なのでしょうね。                  

 それなのに「死の迷惑」だなんて、などと言わないで下さい。ち
ゃんと(?)立派な理由(^^;;があるのです。文庫版用のあとがきに
書かれています。おそらくもともとのコミックス版にはなかったの
でしょうね。ネタばれになるから、ここには書かないでおきましょ
う。これはなかなか面白いし、内容と直接関わりがあるわけではな
いので、このあとがき1ページは少なくとも読む価値ありです。

 坂田靖子の雰囲気だけでも好きなので、採点は6点。    

  

3/18 赤い密室 鮎川哲也 出版芸術社
3/23 
青い密室 鮎川哲也 出版芸術社

 
 この採点は迷わずに済むので、最初に。もちろん10点満点!

 日本国内の短編のベストを選ぶ際には、この中のどれかを是非と
も挙げたいところ。個人的には、やはり密室短編としては、日本最
高の出来、海外にカーの「妖魔の森の家」があるように、日本には
鮎哲の「赤い密室」があるんだと誇れる標題作を、国内短編オール
タイムベスト3のうちに入れることでしょう。(ベスト1は乱歩の
「心理試験」が不動の地位を占めているので、2位か3位というこ
とになるが、、、)                    

 他にも「薔薇荘殺人事件」の悪魔的な二つの企みと来たら、、、
犯人当て短編としては、高木彬光の「妖婦の宿」と双璧をなす国内
の最高傑作と言えるのではないでしょうか。         

 中町信や折原一が、泣いて悔しがるような見事なオープニング、
クリスティでもこれには気がつかめえって代物だぁ。     

 そして、最終行の作者からの注釈、’78年発売の集英社文庫
「ヴィーナスの心臓」で衝撃を受けて以来、今でもTVで地井武男
を見る度(笑)思い出してしまうくらいのインパクトを持ってい
る。この短編集は、特に「薔薇荘」の前に「達也が嗤う」が収録さ
れていたため、そのインパクトは更に増幅されていたわけだが。し
かもこの本は問題編、解決編を分けた形式になっていたから、同世
代のミステリファンの間では、今でも語り草になるような名短編集
であった。今回の著書リストで初めて、これが’60年に講談社ロ
マンブックスの「薔薇荘殺人事件」という短編集を改題、文庫化し
たものだと知って驚いた。そんなに以前から、こんな凄い作品集が
存在していたとは。私達の世代から、随分離れた以前に、やはりこ
の本に衝撃を受けた世代が存在していた訳ですね。それがつまり北
村薫やそれ以上の世代に当たるんでしょうね。        

 とにかく、この2冊の星影龍三全集を読むだけで、鮎川哲也の凄
さは容易に理解できるだろう。「アリバイ物の作家なんでしょ?」
なんて食わず嫌いしている若い読者が、ひょっとしているかもしれ
ないが、もしそうなら是非とも読んで欲しい作品集である。極めて
正当な本格でありながら、新本格の荒々しいアイデアをも内包し
た、凄い作品を何作も産み出している作家なのですから。   

 本格ミステリ読みの間でベスト10選出をするなら、まず落とさ
れることはないであろう「リラ荘事件」その幻の原型である「呪縛
再現」、前記の「赤い密室」「薔薇荘」の他にも、「道化師の檻」
などは素晴らしいアイデアを持った名作。本格の色香をここまで感
じさせてくれる短編集には、一生の内にそう何度も出逢うチャンス
はないはず。ベタ褒めの満点作品!!!           

  

3/22 ブラック・ユーモア傑作選 阿刀田高編 光文社
 

 座間市立図書館の「勝手に持っていっていいです」のコーナーに
おいてあったもので、新刊ではない。昭和56年初版の本である。

 収録作品は、座頭H(飯沢匡)・五郎八航空(筒井康隆)・狐憑
(中島敦)・ナポレオンと田虫(横光利一)・吉備津の釜(日影丈
吉)・桜の森の満開の下(坂口安吾)・おさる日記(和田誠)・影
なき男(遠藤周作)・不可抗力(結城昌治)・夢中犯(半村良)・
骨餓身峠死人葛(野坂昭如)・階段(夏樹静子)・干魚と漏電(阿
刀田高)・赤西蠣太(志賀直哉)・夢十夜のうち”第十夜”(夏目
漱石)・煙草と悪魔(芥川龍之介)、の全16作品。     

 結構面白いところを選んである。選択としては納得のいけるもの
だと思う。中でもベストは、「吉備津の釜」「桜の森の満開の下」
「おさる日記」の三作。                  

 ミステリ的興趣としては、「吉備津の釜」がピカ一。途中の川の
魔物陸の魔物の話も面白いが、それが現実に重なっていく構図、そ
して最後の一行の幕切れが実に鮮やか。非常に印象に残る好短編。

 ブラックユーモアの、特にユーモアの部分で優れているのが「お
さる日記」、これまた最後の一行で、見事に幕を引いている。 

 「桜の森の満開の下」は、今更私ごときが何も言うことはない、
紛う方なしの日本文学の傑作。あまりの美しさに圧倒されて、語る
べきを持たず。野田秀樹の「夢の遊眠社」時代の最高傑作「桜の森
の満開の下」は、過去に私が見た演劇/読んだシナリオの中では、
最高の物だと思うが、それでもやはりこの美を具現化できるまでに
は到ることが出来なかったようだ。             

 全体としての採点は7点。もし個々で付けるならば、「桜の…」
は当然の10点満点(ついでに遊眠社の同名演劇も10点)。「吉
備津」「おさる」が8点。「五郎八航空」「狐憑」「煙草と悪魔」
が7点といったところである。               

 

幻影の書庫へ戻る... 

  

  

inserted by FC2 system