ホーム創作日記

97年讀書録(6月)

6/3 これが密室だ! ロバート・エイディー/森英俊編
                        新樹社
 
 世界探偵小説全集第2期を思わせるような、知られざる作家のオ
ンパレード。そのせいもあってか、本編よりも解説の方がわくわく
させてくれたりする。特にロバート・エイディー氏の不可能犯罪に
関する知識の豊富さには圧倒させられる。          

 本編に関しては、状況に工夫を凝らした作品が多いことに、興味
を抱いた。単純にどこかの家の一室が密室状況になっている、とい
う作品は皆無に近い。短編という自由の利く形式であることも主要
な原因だろうが、こういった発想の豊かさから不可能犯罪の歴史が
作り上げられたことを、改めて感じさせられた。       

 新本格の数々の諸作が狭量な舞台装置・状況設定の中で、新たな
驚きを創出しようとする方向も否定するつもりはないし、自分自身
も作品の着想はどうしてもその方向に引きずられてしまうのだが、
「本格推理」に応募してくる若者の大部分がそこから抜け出すこと
のない現状を考えると、もっと自由な土台に立つことが重要なので
はないかとの思いを抱いた。                

 たとえば、最近では顕著な活躍を示している京極夏彦、西澤保彦
の二人が共に、処女作「姑獲鳥の夏」「解体諸因」において、新本
格の立つ土壌をパロディ化し(本人達はそのつもりはないのだろう
が)、そこから独自の世界へ飛び立っていたように、、、というの
は、うがちすぎた見方だろうか。              

 脱線しすぎたようなので、本編の話に戻ろう。密室の解法(「密
室の開放」と言い換えても良いかな)としては、それほど画期的な
面白さはなく、文句無く名作というのはないかもしれないが、前記
したように状況設定や着想に際だったものが多く、それぞれに特徴
的な面白さを味わうことが出来る。             

 正統的な密室として見事な解決を示してくれるのは、ご存じエド
ワード・D・ホックの「16号独房の問題」と、不可能犯罪短編作
家としてはホックに並ぶと解説されているジョセフ・カミングスの
「悪魔のひじ」の2作が最高だろう。            

 しかし、それらと同じくらいか、ひょっとしてそれ以上に面白い
のが、思わず笑っちゃう解決にすっかりやられてしまった「裸の壁
(フランシス・マーテル)」、二人の男の見えざる対決が最後に視
覚的に決着を迎える「罠(サミュエル・W・テイラー)」、大胆極
まる解決が衝撃的な「死は八時半に訪れる(クリストファー・セン
ト・ジョン・スプリッグ)」、「レイダース〜失われたアーク〜」
を不可能犯罪に昇華させたような異色作「危険なタリスマン(C・
デイリー・キング)」、パロディが実に楽しい「ガラスの部屋(モ
ートン・ウィルソン)」などのユニークな作品群である。   

 これら諸作に加えて未訳のカーのラジオドラマ「ささやく影」ま
で収録されているのだから、採点は8点にせざるをえないだろう。
全体的には「これが密室だ!」と謳うには若干弱いところと、値段
の高さが難点なので、7点に近い8点といったところだろうか。

  

6/5 鬼火島殺人事件 天樹征丸/さとうふみや 講談社

 
 金田一少年のノベルス第4弾である。これまでの3作は未読なの
だが、まあ特に読まなくてもよかったような気がした。前作の「電
脳山荘殺人事件」は結構評判が良かったようだが、どうだったのだ
ろうか?                         

 とにかく今回は(といっても今回しか知らないわけだが)メイン
トリックが弱い。「鍵穴の奥の惨劇」という前振りがあったら、少
なからず(というより恐らく大抵)の人は、あれが出たところで、
ある程度の想像は付いてしまうんじゃないだろうか。まあ、でもそ
れでも、それからは意外な展開を示すので、誰もが全部わかってし
まうというような出来ではないが、まあ少なくとも評価できるほど
の仕上がりじゃないことは間違いないとこだろう。      

 ところで、この作者文章その他下手だなぁ。中身勝負で文章には
こだわらないことを旨とする私にとってもちょっと辛いところがあ
った。金田一君の性格設定もなんか漫画版と違うようだし。  

 正月映画として実写版の映画化が行われ、その前にその原作とな
るノベルスが第五弾として出るそうだから、きっとそれくらいはも
っとマシな出来なのだろう。実写版は当然剛くんとともさかなんだ
ろうなあ。なにげにともさかファンである私としては(笑)、原作
を読まずにビデオ待ちという態勢で臨むことにしよう。さすがに映
画館に見に行くまでのことはしないのは間違いないし。    

 時間をつぶす必要があって、そばに小さな本屋しか無くて、選び
ようがなくて仕方なく買った本で、特に期待していたわけじゃない
から、採点は無難な6点。しいて読む必要はない本でしょう。 

  

6/12 ジョン・ブラウンの死体 E・C・R・ロラック
                       国書刊行会
 
 「これが密室だ!」の編者でもある森英俊の解説によると、作者
は71冊ものミステリを書いており、しかも「トリックやプロット
を重視した謎解き」の分野での、クリスティと並ぶ最良の女性作家
だということらしい。現代の日本ならいざ知らず(苦笑)、本格ミ
ステリをそれだけの数出版し、読者に受け入れられていたというだ
けでも、良質な作家であることは予想が付く。        

 作品解題を読む限りでも、特に魅力的な冒頭の謎の提示に長けて
いるようである。この作品でもそれは発揮されている。冬の夜、人
気のない崖地で大きな袋を運ぶ謎の男を目撃した浮浪者ジョン・ブ
ラウンは、翌朝120マイルも離れた街道で瀕死の状態で発見され
る。一方、その崖地に住む売れっ子探偵作家には、無名の作家の作
品を盗作したとの疑惑が。探偵小説の導入としては、非常に読者を
引きつける設定である。                  

 そこからの展開もなかなかにうまい。プロット作りに全体のムー
ドも良く、英国本格の味わい充分、通して読みたくさせてくれる作
家である。                        

 怪作「赤い右手」の大胆巧妙なギミックに触れた後ということも
あってか、解決自体は見事にしてやられたというものではないが、
全体に話は楽しませてもらって、満足しているので、採点は7点

 ところで、原題の歌だが、                
♪John Brown's Body lies a-moulding in the grave
(3回繰り返し)    ♪His soul is marching on!

 これは日本では、                    
♪ごんべさんの赤ちゃんが風邪引いた(3回繰り返し)
♪そこ〜であわてて湿布した。           
で知られているメロディだそうである。           

 カーの「ロンドン橋が落ちた」は日本でも♪ロンドン橋落ちた〜
と歌うから良かったけど、さすがにこれは邦題を歌に合わせるわけ
にはいかないよなぁ。「ごんべさんの赤ちゃん」じゃね(笑) 

  

6/16 メルカトルと美袋のための殺人 麻耶雄嵩
                   講談社ノベルス 

 「翼ある闇」にて衝撃のデビューを飾り、続く「夏と冬の奏鳴
曲」では、ミステリの存在感をも狂わせる問題作を提起してきた著
者の第一短編集。「痾」「あいにくの雨で」とトーンダウンしてき
たところで、彼の実在を改めて示す作品集の登場は嬉しい限り。

 さて、第一短編集はその作家の持ち味が良くも悪くも最大限に色
濃く現れるものだが、やはりこれも、新本格随一の奇想の驍将(な
のだ、彼は!)麻耶雄嵩の第一短編集らしく、一筋縄では行かない
ねじれた奇想に満ちている。                

 「ミステリーの愉しみ」全五巻の最後に配された「奇想の復活」
それまでの四巻の過去の偉大な遺産に比較するには、さすがに重荷
が大きすぎたミステリの旗手の中でも、充分比肩し得る数少なかっ
た作品の一つ、「遠くで瑠璃鳥の哭く声が聞こえる」     

 改めて加筆の上で読み直しても、「姑獲鳥の夏」との同時代性を
も感じさせる着想の妙は、「奇想の復活」を謳うに充分至極。恋愛
すらパズルで解き明かす、メル流の「憑き物落とし」での締め方も
見事な極上の奇想ミステリ。                

 ねじれたアイデアを犯人当てにぶち込むと、「ノスタルジア」が
誕生してしまう。「卑怯」の手段も使い方次第。強引な手法とはい
え、「犯人当て」という分野での常識を覆す、彼の大胆さが存分に
発揮された新時代を画す、注目の一作。           

 もう一作を選ぶなら、乱歩の言う「奇妙な味」の趣を持った異色
作「小人閑居為不善」。ホームズや私立探偵、安楽椅子探偵のパロ
ディと見るのは、ちょっと偏った見方かも知れないが、皮肉な味わ
いが、ユニークなミステリに仕上がっている。        

 お気に入りの三作を選んでみたが、これら以外の諸作が劣ってい
るかというと、全然そうではない。たとえば、凡百の作家(たとえ
ば短編作家としての有栖川有栖のような、、、なんてことばかり書
いてると、有栖ファンから怒られそうだな)なら、非常にいい出来
だと褒めるべき作品であろう「シベリア急行西へ」ですら、普通の
作品と思えるくらい、全体的に完成度が高過ぎるのだ。    

 「化粧をした男の冒険」も謎の面白さ、推理の妥当性、全体像を
危うくする最後の皮肉など、面白さに満ちている。残る「水難」、
「彷徨える美袋」も同等の面白さを持っているため、どの作品をと
っても、手抜きや駄作や、水準作すらないと言ってもいいだろう。

 どれもがこれほどの完成度を持っていて、なおかつ奇想に満ちた
短編集など、これから先もそうそう出会うことはできないに違いな
い。短編集のオールタイムベストを選ぶ際にも、考慮されてよい作
品集だと思う。そういうわけで、採点は極上の9点。     

  

6/23 死体をどうぞ ドロシー・セイヤーズ 創元推理文庫

 
 実はセイヤーズの長編は、これが初読。情けないミステリ読みで
実に申し訳ないです。「ナインテイラーズ」が出るまでは(今年中
にあと一作出て、順番的にはその次だから、おそらく来年には確実
?!)、読まないかもと思っていたが、ちょうど出張に持っていく
のに適当な文庫本がなかったため、うちにあった(妻はファンなの
で、創元で出る端買っている)この本を選んで読んでみた。  

 なんて、個人的事情はどうでもいいことだが、読んでみると重厚
な厚みの割には、非常に軽妙な読み物で驚いた。ピーター卿、ハリ
エット、比類なき下僕バンターのそれぞれのやり取りが非常に楽し
く読ませてくれる。「毒」を読んでいないためか、ハリエットがそ
んなにいい女とは思えなかったりはするが、非常にストレートな
(なんて言っていいのか?)やり取りなので、森作品なんかと違っ
て清々しくて、読んでいて全然疲れないし。それに、バンターは非
常にいい味出してるなぁ。この一作だけでも、彼のファンになりそ
うだ。                          

 セイヤーズの作品はミステリ的はそれほどではない、という先入
観を持っていたのだが、少なくとも今回の作品に関しては、それは
充分に満足できた。                    

 作例は非常に少ないのだが、私が非常に好きなミステリのシチュ
エーションとして、「使われざるトリック」というものがある。お
膳立てまではしたのだが、なんらかの都合で途中で中止されたトリ
ック、現実に事件は起こっていないのだが、そのトリックの痕跡だ
けが残っているというものである。プロバビリティーの犯罪ではな
く、これが効果的に使われると、その作品に惚れ込む重要なポイン
トになる。使われなかったということで、トリックを一つ捨ててし
まうことになるので、勿体ない使い方かも知れないが、連続殺人に
ばらして使うよりも、使い方によっては非常にうまく見せることが
出来るので、そういう作例が増えることを祈っている。    

 ちょっと脱線気味ではあったが、この作品は上記の「使われざる
トリック」と非常に良く似た味わいを持っている。この作品の場合
は、それが「現実のトリック」につながっていくのだが、そこのポ
イントとなる状況(条件)は、非常に単純ではあるのだが、伏線も
張られていて納得だし、単純であるが故に効果的。      

 ミステリとしても読み物としても、意外に(と言ったら失礼か)
楽しめたので、採点は7点。充分満足させていただきました。 

 

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