ホーム創作日記

97年讀書録(12月)

12/1 未明の悪夢 谺健二 東京創元社

 
 本年度の鮎川哲也賞である。神戸大震災を舞台にして、サイコホ
ラーで、綾辻曰く「島荘ばり」なミステリを描いたものだ。現実の
事件そのものを、ミステリの重要な要素として取り込むとは、結構
大胆な試みである。下手をすれば、センセーショナルな目的として
捉えられて、読者の眉をひそめさせる要因となってしまうだろう。

 とにかく最初は(というか全編続くのだが)翻訳物のような読み
辛さを感じた。下手な文章ではないのだが、地の文が多く、登場人
物の把握がし辛かった。人物造形も一人一人膨らまそうとしている
のが、かえって仇になったのか、ポイントの定まらない散漫な印象
を受けた。主人公二人の人物設計も、同じようにあやふやで、しっ
くりと馴染むことの無いまま、エンディングを迎えてしまった。

 また、基本的にはサイコホラーじみた話であるのも、効果的であ
るのかどうか疑問。精神に大きなダメージを与える状況において、
その狂気性ではなく、それとは全く無関係の狂気として描かれてい
るからだ。トリックや目眩ましに大震災が組み込まれてはいるもの
の、犯人の内面には影響してこなかったように思う。外部状況がた
またま大震災と重なっただけだと小説としての弱さを感じる。 

 それに狂気とトリックの取り合わせがちょっと馴染めなかった。
島荘的なネタは、研ぎ澄まされた理性にこそふさわしいものだと私
は思う。突き抜けた狂気は、時にそれに等しい凄味を見せることが
あるのだろうが、それを描写するには、作者の力量不足。   

 勿論、震災の描き方や、平和な状況にいては決して気付くことの
ない「当たり前のもの」が存在しなくなる衝撃、そんな世界の中で
の心情の動きなどは、さすがに結構な迫力をもっているのだが。

 賞としての採点基準は確かにクリアしている作品ではあるが、や
はり総合的には、採点は6点止まり。            

  

12/7 黄色い吸血鬼 戸川昌子 出版芸術社

 
 なかなか面白い作家を取り上げて、作品集としてまとめている、
「ロマンの宝庫 ふしぎ文学館」の1冊である。私個人は「百光年
ハネムーン(梶尾真治)」「トロッコ(かんべむさし)」などを読
んできたが、作者の顔ぶれ、内容のセレクト、ともに悪くないレベ
ルだろう。ベスト版のCDばかり買ってしまう私のような人間にと
っては、結構お得なシリーズではないだろうか。       

 さて、今回はもうTVで見かけることも滅多にない、怖いハデ顔
のシャンソン歌手、戸川昌子の登場である。と云っても、ミステリ
人種的には、あの「大いなる幻影」の作者といった方が通りがいい
だろう。奇妙な味わいを持つこの作品は、ミステリとして推薦でき
るものが(小説としてはそこそこあるかもしれないが)数少ない乱
歩賞の中では、「焦茶色のパステル」「枯草の根」などと並んで、
私は上位に置く作品である。但し、純粋なミステリと云うよりは、
変格的な奇妙な味わいが主体の作品であった。        

 この作品集では、ミステリ色はもっと薄く、ちょっとエロティッ
クなファンタジー・ホラー的な味わいである。但し、全てが非現実
な彩りを持って描かれているのに、常に現実に収束している構造は
なかなか興味深い。エラリーに絶賛されたとも云う表題作など、特
にそれが成功した例である。                

 採点対象からは外しておくが、取りあえずの採点としては6点

  

12/17 亜智一郎の恐慌 泡坂妻夫 双葉社

 
 あの「亜愛一郎」の復活や?!と期待させて肩すかし。人情物の
泡坂さんは、もうあの世界へ舞い戻ることは出来ないのだろうか?

 どちらかと言わずとも期待外れの部類。亜愛一郎の良さは、あま
り感じ取ることは出来なかった。ぼんやりとしたユーモア感といっ
た部分は昔の面影が残っているとしても、雰囲気だけではミステリ
は成立しない。                      

 亜愛一郎の面白味は、奇妙なロジックとそれを引き出す巧妙な伏
線に尽きると思う。これに風変わりのトリックが組み合わさって、
奇跡的なほどに面白い、短編集としては日本の歴代ベストに選ばれ
ても納得できる出来栄えであった。             

 伏線とロジック、これが超一流であったため、なんでもないよう
な謎から、とんでもないものが浮かび上がってくる、こういう構造
が極めて絶大な効果を産み出していたものだ。        

 今回の作品も大枠は、その構造を取ろうとしている。しかし、亜
愛一郎の方は、前半の(時に冒頭にあったりもする)伏線が、とて
もさりげなく見落としそうなもので、それが後半での奇妙なロジッ
クに見事に取り込まれていく様に、常に驚嘆したものだが、あから
さまに出されている伏線(というより主線といってもいいようなも
のも多い)が、なんてこともないロジックで解明されても、何もエ
キサイト出来る要素がないのである。奇妙なロジックみたいなもの
があっても、あまり意味を成さなかったりするし(薩摩の尼僧)。

 懐かしの人物の祖先が出てきて、そういう楽しみもある、という
ことなのだが(「このミス」での作者の言葉によると)、もう亜愛
一郎の他のキャラクターなんか覚えていないなぁ。      

 腐っても(失礼)泡坂さんなので、べらぼうに出来が悪いわけで
は決してないのだが、亜シリーズの復活編として期待して手に取る
と、失望はおそらく必至。採点は残念ながらの6点。     

  

12/27 探偵くらぶ(下) 日本推理作家協会編
             カッパノベルス

 今回は「浪漫編」と銘打たれている。もちろん、「ロマン」では
なく「ろうまん」と読む。さすがに奇想編、本格編と比較しては、
最もミステリ色が薄いのは致し方あるまい。中心のテーマとなるの
は「心理の謎」に尽きると言えようか。特に、ひらがなの「ろうま
ん」にふさわしく、一風変わった恋愛心理が、謎の骨格にあるとい
う作品が多いのが、明らかな特徴となるだろう。       

 では、印象に残った作品をいくつか。大坪砂男「赤痣の女」は大
坪砂男全集(ああ〜、欲しいっ!)にも入っていないらしい作品。
リドル・ストーリー的な皮肉っぽい結末が印象的。なかなかユニー
クな謎の設定から、意外に本格的な結末を迎える永瀬三吾「時計二
重奏」も面白い。心理の展開が面白い本間田麻誉「猿神の贄」、今
回のテーマが最も色濃く現れた作品だと言えるかもしれない。 

 今回のベストは、日影丈吉「枯野」。「ミノタウロスはサテュロ
スでした」、そんな言葉から謎をくみ取っていく様は、現代の流行
プロファイリングすら想起させてくれる。現代の少女心理ではあり
有べくもない、”ろうまん”な謎解きがなかなかに刺激的。  

 こういう作品集には敬意を表して、採点はやはり7点。3巻の中
では、ダントツに中巻「本格編」がお薦め。         

  

12/28 言霊使いの罠(ゲゲゲの鬼太郎スペシャル)

 
 フジテレビの日曜朝9時に放送されているゲゲゲの鬼太郎のスペ
シャル番組である。なんと京極夏彦が脚本、言霊使い一刻堂のキャ
ラクターデザイン及び、驚くことには声優まで務めるという、京極
ファンならずとも必見の番組であった。           

 では、見逃した人のためにあらすじを少し。500年前の先祖が
交わした約束のために、言霊使い一刻堂はぬらりひょん(レギュラ
ーの敵妖怪)に仕方なく協力する羽目になる。式神を使い、五旁星
の結界に鬼太郎達を追いつめる一刻堂。言霊によって祓われていく
仲間の妖怪達。自分が何者か、思い出すことができず、本質を喝破
されて、砂山、布切れ等に姿を変えていくのだ。最後に残った鬼太
郎さえも言霊によって祓われてしまうのか?しかし、、、   

 いやあ、実に面白かった、大満足大満足。子供達には難しい内容
だったとは思うが、見事に京極の世界に鬼太郎のキャラクターを、
完璧に取り込んでしまってくれた。「世の中には不思議なことなど
何もないのだよ」という例の台詞が、鬼太郎の世界で巧妙な言霊の
罠として、鬼太郎達を追い詰めていくサスペンス。一級品の脚本!

 才人京極の才能は、脚本のみでは終わらない。いやあ、声優とし
ても、お見事。全然違和感なく演じてました。京極自身による上述
の台詞は音声データに変えて、保存しておく価値大(笑)   

 キャラクターデザインはちょっと浮いてたかも。コミックCUE
4号でのとり・みきと京極夏彦の合作「美容院坂の罪つくりの馬」
(必読!!!メタミステリか、メタメタミステリか、姑獲鳥の自家
パロディ的要素をも持ちながらさらに超越し、文学メディア、画像
メディア個々の限界性に挑戦し、そのメディアミックスのぎりぎり
の地平に頂点としての解決を示した意欲作、、(嘘度270%))
での「さつき」のキャラデザを、男性に置き換えたものを想像して
いただければ、それなりに近いだろう。           

 まぁ、それは愛嬌として、採点は8点。実に満足のいく30分だ
った。期待を裏切らない出来映えで、天は二物を与えまくるものと
は云え(与えず、というのは我ら凡人の願望、負け惜しみにすぎな
い)、声優まで見事に演じこなすマルチな才能に脱帽!    

 

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