ホーム/創作/日記
11/05 3000年の密室 柄刀一 原書房
「本格推理」出身者である。『本格推理9』の感想で、その巻の出色の出来
として推薦した「白銀荘のグリフィン」の作者。やはり、高い評価をした人
がこのように飛躍を遂げてくれると、ミステリ読みとしては嬉しいものであ
る。その時の感想で、トリック自体よりも、それを包んだ全体の状況や構成
に力を用いている点を評価したのだが、まさにこの長編は、そのポイントを
存分に膨らませきった秀作と言えるのではないだろうか。 .
特に前半部分、縄文ミイラに関する考古学的考察の数々は、一読の価値は
あるだろう。実際に発見されたアイスマンに関するノンフィクション『50
00年前の男』を、楽しく読んだ記憶のある方ならば、まず同じような感慨
を味わうことが出来るのではないだろうか。フィクションであることが残念
なほど、念入りに議論が尽くされ、様々な観点からの考察、手法が試みられ
ている。そしてそれらを結び合わせる必然的過程において、一つのストーリ
ーが浮かび上がってくるのだ。縄文人であった男の”生き様”とすら言って
いいかもしれない物語が。現代知識を駆使した論理的な推論の帰結が、遙か
昔のロマンを掘り起こす。なかなかにドラマチックではないか。 .
やはり歴史物(?)の常として、現在の殺人に関する部分が物足りないの
だが、それを補って余りある縄文ミイラの面白味であろう。まさしく「30
00年”の”密室」であるところも、ポイント高しである(強調している部
分に注目して欲しい)。意外げな着眼点と、本職(考古学)でないのに、こ
こまで描ききった努力なども加味して、採点は7点。 .
11/11 御手洗潔のメロディ 島田荘司 講談社
やはり80年代をミステリと共に生きてきた本格者である限りは、島田荘
司は切っても切り離せない存在であることだろう。81年に『占星術殺人事
件』でデビューし、『斜め屋敷の犯罪』『北の夕鶴2/3の殺人』などの鮮
烈なる傑作を次々と送り出し、89年の『本格ミステリー宣言』上梓と、そ
の主旨を具現化した『奇想、天を動かす』によって、過去を集大成すると同
時に、新たなステージに踏み出した島田荘司。 .
『奇想』における、本格性と社会性のせめぎあいもしくは乖離、魅力的すぎ
る謎とその解決とのギャップ。幻想的な謎、その幻想性が論理によって壊滅
する瞬間、読者に快感と同時にある幻滅感をも感じさせはしなかったか。島
田荘司が声高く本格ミステリー論を展開し、その本質を見事なまでに凝縮し
た作品が、それでもやはり(いやおそらく、それだからこそやはり)確実に
読者に対して、ある「隙間」を露呈させたのではないだろうか。 .
島田荘司は自身の主張する「本格ミステリー」に対し、たしかに新たな1
歩を踏み出したのかもしれない。しかし、それはまた他方では、一つの時代
の終結をも意味していたのではないだろうか。謎と解決とストーリー性が渾
然と一体となって、ただ一つの方向に向かってばく進していた、”孤高”の
島田荘司の時代が。奇しくも上記『宣言』が単行本として発行されたのが、
89年の12月。80年代と共に、自身の手助けを持って切り開いた新本格
の書き手に、氏の本質的本格エッセンスは、譲り渡されたのかもしれない。
前置きが長くなり過ぎてしまった(陳謝)。本作はやおいを含むキャラ萌
え族に対する非ミステリ・サービス編(とほほ…)2作を含むが、残り2作
は久しぶりにホームズ・ワトソン形式を堪能できる好編かもしれない(昨年
度の作品で申し訳ない)パロディ寸前のレベルまで、この形式を遊び倒した
『IgE』、中途の論理性も楽しめ、視覚的効果によって、比較的うまく幻
想的謎と解決とのバランスを保つことに成功した『ボストン幽霊絵画事件』
90年代の島田荘司の特徴は、やはり”大作”であるのだが、氏の本格セ
ンスは”書き込む”ことで補強されていく類のものではないように私は感じ
ている。特に”謎”の比重が大きいが故に、長くなればなるほど、「肩すか
し感」は強くなるのではないか。上記で私が指摘した「隙間」は、こういう
ところにも表れていると思うのだ。そういう”謎”に、やはり読者を煙に巻
くタイプの探偵である御手洗を組み合わせた場合、短編もしくは中編の方が
向いた形式なのかも知れない。90年代以降、7点以上を付けられる作品に
は出会えないが、そういう意味では本作は、かなり高レベルの6点だろう。
11/18 沙羅は和子の名を呼ぶ 加納朋子 集英社
やはり、加納朋子なのだ。 .
私のスタンスは、初めにミステリありき、である。出来るだけ一貫してそ
の姿勢を貫いているつもりである。「ミステリとして」そういう枕詞で、そ
ういう視点から論じ、自分なりの評価を行っている。しかし、やはりそれら
を超越して、酔わせてくれる作家がいて、作品があることも事実である。超
越ではないな。付加要素であるのだろうから。たとえ境界線上的な作品であ
っても、やはりそこまで入れ込みさせてくれる作品・作家には、どこかしら
本格的エッセンスが漂っているのである。 .
私にとって、そういう作家の第一に位置するのが、この加納朋子なのだ。
ミステリは、謎のベールを剥ぎ取って、真実を剥き出しにする。大抵の場
合それは、凍えきった澱のようなものである。なのに、まるで謎という芯を
包み込んでいくことで、暖かい何かに膨らましていくような、そんなイメー
ジすら抱いてしまう解決へのアプローチもある。切り裂く”論理”ではなく
繋ぎ合わす”言葉”。 .
それは奇蹟すら信じさせてくれるじゃないか。たとえば一つの物語が、幾
つもの夢の実を結ぶ。結んだ夢がいつしか巡り会って、その夢と夢が結び合
って、小さな奇蹟を起こす。そんな奇蹟ならあってもいい。そんな奇蹟なら
信じてもいい。ふとした瞬間に、その結び目が見えたのなら、それはやはり
ファンタジーであると同時に、まぎれもなくミステリなのだ。 .
この初めての短編集(連作ではなく、独立した作品である)において、彼
女は夢と現実、あるいは夢と夢、時には現実と現実との架け橋を描きながら
ファンタジーとミステリを軽やかに引き寄せる。淡いクレパスのような文体
と、ほのかな温もりを帯びた内容で。採点は、高レベルの7点だろう。 .
そして最後に、もう一度こう言おう、「やはり、加納朋子なのだ」 .
11/20 Q.E.D4巻 加藤元浩 講談社
一応1巻、2巻、3巻と紹介してきたミステリ漫画。どれも中途半端な出
来なので、紹介して良いものかどうか悩みどころではある。今回にいたって
は、収録2作とも番外編である。国家ぐるみのコンゲームに、国家規模の人
工生命事件。やはり漫画や周辺ミステリにありがちな路線を、適度に一般向
けに描いた作品。というわけで、少なくとも今回は、純粋ミステリファンは
特に手を出す必要はないだろう。そういう意味で、採点は5点。 .
これも、”エンタテインメント=ミステリ”という風潮の及ぼす弊害の一
つなのだろうか。勿論、それは本格偏愛者である私だけが”弊害”と感じる
だけであって、一般の感覚とはずれているのかもしれない。しかし、「この
ミス」が、ほとんど「非ミス」「周辺ミス」「ミスっぽい」「ミス?」な作
品ばかりで占められている現状を、心地良く感じる人ばかりではあるまい。
国内ミステリは成熟してきているのだ、と捉える人たちも多い。多様性を
身に付け、リーダビリティも向上し、様々な鑑賞に耐えうる分野に成長して
きたのだと。勿論、私もその流れを一概に否定するものではない。しかし、
そういう流れだからこそ、その中から逆に”核”となるものにこだわる一群
が、自然と生まれてくるのではないかと思う。拡散していく中でこそ、より
意味合いを持って輝く収束性。読み手としてやはり私は、その一群にあるの
だし、そういう書き手を歓迎し、また待ち望んでいる。 .
11/22 百器徒然袋−雨 京極夏彦 講談社ノベルス
いわゆる”名探偵”の仕事は、よくジグソーパズルに例えられる。”手が
かり”というピースを集めて、それらを”論理”で正確に並び合わせること
で、”真相”という絵柄を組み立てる。そういう仕事なのだと。 .
ここに一人の【探偵】がいる。彼はそんなしちめんどくさいことなどしな
い。単にジグソーパズルの箱を見るだけだ。そこには完成図が描かれている
ではないか。一目見ればことは済む。”ピース”なんてどうでもいいのだ。
彼にはそういう特権が与えられている。なぜなら、彼は【神】なのだから。
時には、【お腹ぺこぺこのぺこちゃん】だったりもするけれど…(笑) .
さて、本作はその【探偵】(通常のくくりが出来る相手ではないため、普
段使わない括弧を使わせて貰っている(笑))の活躍(?)を描いた、京極
堂シリーズ番外編である。「常識」あるいは「良識」の世界においては、ど
うにもこうにも八方塞がりの状況を、【探偵】榎木津礼二郎が粉砕しまくっ
てくれる。これを、嫌な顔しながらも、実は愉しんでいるとしか思えない京
極堂の搦め手がサポートして、いつの間にやら結局最後は、満足納得な状況
に万事収まっているという次第である。 .
『巷説百物語』と似た構造かも知れなが、ユーモア度では断然勝っているも
のの、仕掛け自体のミステリ性は薄い。やはり、やたらと立ちまくったキャ
ラクター小説として楽しむべき作品か。採点は6点。 .
11/28 Pの密室 島田荘司 講談社
同人誌文化に染まりきった島田荘司の中編集。若者に寛大というか、自ら
のカラーも変えるくらい柔軟というか、とにかくまあ、ある世代のパワーを
身に浴びることを楽しみとしている御仁なのだろう。しかし、なんのかんの
言っても、島田氏自身やその作品から感じられる強烈なパワーも、この辺を
エネルギー源の一つにしているのかも知れない。 .
さて、そういう若き同人たちの飢えに答えんが為に、御手洗年表作成を一
気に進めんとする試みが(確信度31%(笑))、御手洗潔の幼稚園時代、
小学校時代の事件を描いたこの中編集である。 .
社会派の匂いがぷんぷんと色濃く漂っているのが、個人的には鼻につく嫌
いはあるものの、島田バカ本格(いつものことであるが、”バカ”は最上級
の褒め言葉である)の片鱗は確実に窺うことが出来る。特に表題作。 .
カップと玉で行う、お馴染みのテーブルマジック。マジックショーならそ
の手際だけでも楽しめるかも知れない。しかし、ミステリはそれだけではい
けない。ステッキのマジックを見ているつもりだったら、最後に実はカップ
と玉だったことがわかる。そういうようなひねくり回し方こそが、ミステリ
の醍醐味なのではないだろうか(そういう基本的な態度をおろそかにした例
が『奇術師のパズル』だと思う。また、私はあまりアリバイ崩し物を好まな
いのだが、それもこのせいだと思う。アレンジは個々に違うものの、あらか
じめ「カップと玉」を行うと宣言されているように思えてしまうのだ) .
表題作では、充実のバカ度指数を持った根本のネタを、多少無理からの部
分はあるものの、横から裏からとあえて外して描いていく。今回がどれほど
成功しているかは別としても、こういう努力と、それによって生み出される
効果は、ミステリの大いなる楽しみを約束してくれるはず。採点は6点。.
11/29 本格推理15 鮎川哲也編 光文社文庫
前巻の感想で、「今回から年1巻になったようだ」と書いてしまったが、
間違いだったようだ(後続巻についての情報が全く書かれていなかったのだ
もの)さて期待の奇数巻ではあるものの、今回は奇想系の作品はほとんど掲
載されていなくて拍子抜け。面白い点はあるものの、総合的に評価できる作
品は乏しかった。 .
その中でベストは、迷わず『オニオン・クラブ綺譚5 鍵のお告げ』この
人はそのうち創元から短編集が出版されるのだろう。鯉川先生というキャラ
は感心しないが、ミステリとしては比較的ツボを押さえた作品が書ける人。
他にはこれぞという作品はないのだが、無理矢理選ぶと、『お寒い死体』と
『利口な地雷』の2作。前者の電話で示される唐突な逆転シーン、後者の地
雷の意味合いが逆転する指摘が面白味を感じられた。 .
『風水荘事件』 『隣の部屋の殺人』 など、ミステリとしてのアイデアに光
る点は見受けられる作品も数作あったものの、平凡な処理で総合力は弱い。
『情炎』『丑の刻参り殺人事件』も面白い状況は作っているが、ミステリと
しての解決の面白味は演出できていなかった。採点は、底辺を彷徨う6点。
さて、次回は原稿枚数が倍増して、二階堂黎人編集に変わった『新・本格
推理』枚数が増えたことが、どう影響するだろうか。私も今度こそは挑戦し
てみたいものである(と、言うばかりじゃなくってさ) .