ホーム創作日記

10/5 眼球綺譚 綾辻行人 集英社文庫

 
 綾辻の初の短編集であり、怪奇小説集の文庫化である。ホラーと云えども
常に意外性には気を配る作者のことであるから、一応はミステリファンも手
にしやすい作品集ではあるだろう。個人的には、こういうホラー集や、囁き
シリーズもやめて、ゲームに関わるのもやめて、麻雀もやめて(名人位はお
めでたいけども)、、、ミステリに専念してくれないかなぁ(氏にとっては
「そんな殺生な」(笑)なんだろうけど)と強く思ってしまうのだが。最新
作の『どんどん橋落ちた』のあとがきを読んだ限りでは、どうも今世紀中に
は(つまりあと1年以上は)『暗黒館』出そうもないし、『奇面館』なんて
魅力的(?)な名前まで登場してるし。どうか早く読ませてください!!

 さて、恒例のベスト3は、順不同で以下の作品。目新しさは全くないんだ
けど、おぞましさが適度に被虐的快感を刺激する『特別料理』。読者への巧
妙な誘導とすかしが小憎らしい『呼子池の怪魚』。シリーズキャラクターの
用い方など技巧も生きる表題作。ホラー集なので、感想はこの辺で軽く流し
て、採点は何の変哲もない6点。                  

  

10/13 おしゃべり雀の殺人 D・L・ティーレット 国書刊行会

 
 国書のシリーズの中でも、異色作の部類になるだろうか。ちょっと通俗め
のスパイ・スリラーといった趣の作品である。「雀がしゃべった」という冒
頭や木にお辞儀する老人などの幻想的な謎から、帰国までの時間制限といっ
た要素でサスペンス味も付け加え、背景にはナチスの台頭が始まる時代色を
色濃く写し込み、謎と謀略と美女に翻弄される男を描きあげた物語、、、な
んて風に説明すると、意外に面白く見えたりするだろうか?      

 残念ながら、私にはあまり面白く感じられなかった。主な原因は「訳文が
読み辛い!」なんだと思う。最近では滅多に見られない巻き込まれ型スリラ
ーといった形式であるため、それを古くさく感じさせるか、意外な新鮮さを
感じさせるかは、訳文の持つ調子が大きなウェイトを占めることだろう。も
っと軽快にさくさく読める訳だったらなぁ、とないものねだりしたくなって
しまった。採点は6点。特に手を出さぬとも良い作品ではないかと思う。

 快適な訳文までは要求しませんから、この先もこのペースで、順調にお願
いします、国書刊行会様。お次はいよいよ、『悪魔を呼び起こせ』だぁ。

おまけ(世界探偵小説全集第3期ラインナップ)

26 九人と死で十人だ    カーター・ディクスン
27 サイロの死体      ロナルド・A・ノックス
28 ソルトマーシュの殺人  グラディス・ミッチェル
29 白鳥の歌        エドマンド・クリスピン
30 救いの死        ミルワード・ケネディ
31 ジャンピング・ジェニイ アントニイ・バークリー
32 自殺じゃない!     シリル・ヘアー   
33 弁護士、絶体絶命    C・W・グラフトン 
34 警察官よ、汝を守れ!  ヘンリー・ウエイド 
35 国会議事堂の死体    スタンリー・ハイランド

  

10/14 巷説百物語 京極夏彦 角川書店

 
「世に不可思議の種は尽きまじ。誰が植えたか、その種を。誰が育てる、そ
の芽を花を。誰が摘み取る、その妖(あやかし)の実を。御行の又市。山猫
廻しのおぎん。事触れの治平。考物の百介。人は彼等をこう呼んだ、”必殺
御行人(おんぎょうにん)”今宵も御行奉為(おんぎょうしたてまつる)」

 な〜んてオープニングを作ってみたくなるような、京極版”必殺仕事人”
(ほんとは”必殺”ではないんだけどさ)の登場である。       

『百鬼夜行−陰』と同様”妖怪”をモチーフにした作品だが、その前作での
妖怪は、人の心として象徴化された”怪”であった。今回も当然その根元と
なるものは人の心であるのだが、妖怪はもっと現象化されて現れてくる。時
には語り・騙りだけの世界として登場する場合もあるものの、かなり具体的
なイメージを帯びて現れてくるのが、二作品の大きな違いとなるだろう。

 以上の点でも、今回の方がよりミステリ的であるのだが、更に仕事人であ
る関係上、必ず企みが仕込まれてくるし、「御行奉為」という決め台詞で締
めくくられる、収束が必ず待ち受けている。そして、その収束の前後には、
「何故仕事をするのか?」という理由の解明も行われるのだ。     

 通常の形式のミステリではないにも関わらず、「WHY」と「HOW」と
いうミステリの重要ポイントを押さえてくれているのだ。純粋妖怪物(?)
かと構えていたが、意外にミステリファンをも(この”をも”って言葉が自
然と出てきてしまうあたりが、京極がミステリという枠では、到底語り切れ
ないことを象徴しているのだろう)、満足させてくれる作品であった。 

 どれも甲乙付け難く、またベスト選びは相応しくない感を受けるので、今
回は止めておこう。さて採点だが、誰に対しての”仕事”なのかが割と早い
時点からあたりが付くので、逆転の面白味は多少あるものの「WHO」のポ
イントとしては若干薄く、結構いい感じではあるが、やはり6点としよう。

  

10/15 自殺の殺人 エリザベス・フェラーズ 東京創元文庫

 
『猿来たりなば』に続いて、ミステリファンの好評を買った作品である。こ
ういう楽しい古典が読めるのは、本格に乏しい現代の翻訳ミステリ界に、あ
まり興味が抱けない人間にとっては、非常に有意義なことである。このブー
ムのやはり先駆者であろう、国書刊行会には感謝しても感謝しきれない。

 さて今回は、『猿』に比較すると、微妙に古さを感じさせる内容かもしれ
ない。特に「自殺なのか?他殺なのか?」という問題が提示された場合、動
機の可能性として昔から常に持ち出される問題が、ほぼ最後の方まで出て来
ないのは、ちょっと古さを感じてしまった。現代では、それこそ多様な契約
の形態があるので、常識的とすることが出来ないからである。     

 しかし、でもやはり、前夜自殺を図った男が翌朝他殺の状況で発見される
という人を喰った展開(つい例の大傑作『生ける屍の死』の謎を連想してし
まうよね)や、ブランドをも思わせる終盤のどんでん返しの連続など、見所
は大きい。ユーモア性などから、個人的には『猿』の方を好むが、どちらも
本格ファンを惹き付ける魅力たっぷりな作品だろう。採点はやはり7点だ。

  

10/22 どんどん橋落ちた 綾辻行人 講談社

 
”犯人当てクイズの名手”(創作する側の話である。解く側の実力は不明)
である綾辻が、本気で(だよね?)取り組んだ犯人当て作品集であるから、
面白くないはずがないのだ。極めて生々しい”本格”の要素だけを煮詰めに
煮詰めて、本格濃縮スープにした作品。「しつこい」だの「見栄えが悪い」
だの「もっと上品な味付けを」だの気になるお方は、まったりとしていてフ
ルーティーで繊細で玄妙で恍惚の味わいを持つ(のだろうよ)すまし汁を有
り難がっていればいいのだ。「人間が描けてない」など「袋小路に至る道」
など、そ〜〜んなことは、どうでもいいのだ、などと柄にもなく(笑)過激
なことを言いたくさせる、本格の本質を剥き出しにした、刺激的な作品集。

 本書の評価を見れば、その人のミステリに対するスタンスが窺い知れるか
もしれない。キャラはたっていないし、話としての魅力があるわけではない
(ある意味『伊園家』は凄いが)本書であるが、”本格”としてのミステリ
のエキスを愛する人ならば、そして特に読者を”欺く”ことの困難さを理解
している人ならば、低い評価を与えることなど出来得るはずもないだろう。
唯一出来るとするならば、「ぜ〜んぶ、わかっちゃったもんねぇ、へへへ〜
ん」な人だけであろうか。                     

 ここがポイントだと思う点は当たるものの、私が正解できたのは『奇想の
復活』での『どんどん橋』くらいだろうか。全然意外でないはずの『意外な
犯人』だって、簡単さ故に詰めを逃してしまったし。私も犯人当てなぞを書
いたりもするが、やはり(当然至極だが)綾辻には及ぶべくもない。  

 採点は8点。ミステリの稚気と愉悦が堪能しまくれる絶品であろう。 

 ところで、この作品集はハードカバーで買うべき作品である。勿論、それ
には皆が納得する理由がある。「あわてて読む必要なんかないよ、文庫落ち
してからで充分だよぉ」などと思わないこと。文庫化(最近は、中間段階と
してノベルス化という手段もよく取られるが)の際には、傑作の一つ『伊園
家の崩壊』が読めないかもしれないんだからぁ。理由は読めば自明(苦笑)
その代わりに文庫では、書き下ろし『能美家の崩壊』を収録だとか(大嘘)
(のび家って読んでね。ところで、伊園家の名前のもじり方、センス抜群)

  

10/26 奇術師のパズル 釣巻礼公 カッパノベルス

 
 思いっきり題名”だけ”に惹かれて買ったのだが、思いっきり後悔させら
れてしまった。ミステリとしては「くっだっらっなぁ〜い!」と言わせて欲
しい。「頭の体操」を長編ミステリにしちゃえってな発想。作者のミステリ
に対する姿勢に、大いに異議を感じてしまう。こういうパズルや、日常のち
ょっとした知恵(一風変わったキセルの方法等)は、ミステリプロパーでな
い素人がミステリの賞に応募するときに使いそうなネタ。まだ『6とん』
方が推理”コント”に仕上げただけ、良心的とさえ思ってしまった(たとえ
それが親父の宴会芸みたいに低俗であったとしても、、とついつい一言付け
加えてしまうのが、私の人間として至らぬ点なのだろう(反省しつつも笑)

 しかし、一応読み物としての体裁は整えてある。スクール・カウンセラー
という職業の女性を主人公に据えることで、適度に離れた視点から”学校”
という舞台を描くことが出来る、というのは新工夫かも知れない。しかも心
理の専門家(主人公には残念ながら、あまりそういう様子が感じられなかっ
たが)という、記述の幅を広げる要素を持っているわけだし。     

 ミステリとしても逆転を幾つか持ってきて、工夫をしようという意図はあ
るのかも知れないのだが、必然性をあまり感じることは出来なかった。本格
好きにアピールする題名ではあったのだが、名前倒れで本質はお手軽ミステ
リのように感じられた。下手に期待した私がいけないのだとは思うが、ギャ
ップがあまりにも大きすぎて、採点は5点。今年の私のワーストか。  

  

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