ホーム創作日記

3/6 鮎川哲也読本 芦辺拓有栖川有栖二階堂黎人編 原書房

 
 鮎川哲也は、私が勝手に決めつけた本格ミステリの三巨頭の一人であり、
その中でも頂点に立つ存在である。ちなみに残る二人は、横溝正史高木彬
となる。これは個人的な好き嫌いで選んだ訳でなく、これまで私が読み込
んできた日本ミステリにおいて、圧倒的な量と質、本格に対する情熱とを鑑
みて、あくまで客観的に判断した結果である。            

 中でもその頂点として、「本格ミステリの雄」に鮎川哲也を選んだのは、
実作はもちろんとして、それ以外でも本格に対する貢献が大きいと考えるか
らである。各種のアンソロジーでの古き名作の発掘、自身の名前を付けたミ
ステリ賞は最も本格性を重視した賞であり、まだあまり有望な才を産み出し
たとは言えないが、「本格推理」シリーズに見られる若手の起用、本格への
情熱が、いまだ冷めやらずというのは驚嘆に値するところだ。     

 そんな鮎川哲也を語るに当たって、下手をすれば、「トラベルミステリー
の鮎川哲也」、良くて「アリバイトリックの鮎川哲也」という捉え方がされ
かねないところであるが、さすがに自身も本格への情熱は人に負けるもので
ない、この三人が編集に携わっているおかげで、あくまで一貫して「本格の
鮎川」という視点で語られているのが、非常に共感を覚えるところだ。 

 本書の圧巻は、芦辺拓による「400のトリックを持つ男」だろう。鮎川
ミステリのトリックを、ご存じ「類別トリック集成」に基づいて分類したも
ので、わずか数ページの小論ながら、そこに費やされた努力はとんでもなく
気合いの入ったもの。確かに楽しい努力ではあろうが、それにしても脱帽。
パスティーシュも他の二人に比べ、群を抜いて面白く、さすがに言い出しっ
ぺの面目躍如と云ったところだろうか。               

 相変わらずわけのわからないエッセイを寄せてくる鮎川哲也を見ると、件
の「白樺荘事件」も絶望的な気になってしま今日この頃だが、上記の芦辺氏
の小論、パロディ、小森、鷹城による全長編レビュー、山前さんによる作品
目録などは価値あるもので、採点は文句無しの7点。         

 最後に私自身の鮎川ベスト3を挙げておくことにしよう。長編としては、
「リラ荘事件」「人それを情死と呼ぶ」「準急ながら」。短編は、「赤い密
室」「五つの時計」「薔薇荘殺人事件」である。なお、日本ミステリ・ベス
ト30
及び怒濤の全作品解説その2も是非併せてお読みください。   

  

3/15 テロリストのパラソル 藤原伊織 講談社文庫

 
 あまりにも今更ながらであるが、乱歩賞史上でも評論家や一般の評価を含
め、ここまで高い評価を受けた作品はないのじゃないかと思えるほど、支持
の高い本書を読んでみた、、、といった具合に、私の文は長ったらしい上に
わかり辛いのだが、各界の絶賛を浴びていた本書の文章は、極めて短文の連
続、これでもかという具合に開いた文章で、個人的には最初は逆に取っつき
にくかったりした(と、ここでやっと一文終わり)。         

 また、ハードボイルドを普段読みつけないので、このジャンル独特の「み
んな気の利いたことを言わなくっちゃだわ症候群」(私が勝手に命名)に、
最初はむずがゆい思いを抱いていたのだが、一旦慣れてしまってからは、す
っかり引き込まれることが出来た。                 

 乱歩賞としては珍しく(稀有と言ってもいいほどなのに)けなす声が聞こ
えなかったように、確かに完成度は非常に高い。導入部から人を惹き付け、
更に話の展開、ラストの意外性から、真相の独白シーン、締め方、題名の意
味づけまで、実に心憎く、見事に演出されている。個々の登場人物の造型も
うまさに満ちあふれている。                    

 情報の提示の仕方が不十分に感じたり、ちょっとうまく転がりすぎかも、
などと思ってしまうのは、本格偏重派のひがみかもしれないので、主張はせ
ずにおこう(弱気)。また、やはり、あの時代の空気を吸っていた、時代の
重みを肌で感じたことのある世代にこそ、もっと感銘を与えるものだろうと
思う。人が動いて時代が生まれるのでなく、時代自体が大きく人を動かして
いた、特別の世代のように私には感じられるのだ。知らないはずのに郷愁み
たいな感じや、一種の憧れや痛みにも似た気恥ずかしさすら感じられるのは
何故なのだろう?                         

 但し、このジャンルを愛好する人ならば、世代を越えてお薦めできる作品
であろう。本格偏愛の私だが、やはり7点を進呈することにしよう。  

  

3/19 盗聴 真保裕一 講談社文庫

 
 読みたい新刊が途切れたところで、今月は本棚のお蔵出し月間である。ま
たまた、というか、たまたまなのであるが、前回に引き続き乱歩賞作家、し
かもこれまた乱歩賞でも評判の高かった『連鎖』の作者の登場である。定評
の高い取材力で、あまり知られてはいないけれど、かといって全然興味が湧
かないわけでもない、そんな微妙な分野の職業を描くことを得意とする作者
であるが、『ホワイトアウト』では、男気のある冒険小説も書けることを証
明して見せて評判を呼んだのも、記憶に新しいところだ。       

 さて、これはそんな作者の第一短編集。表題作は彼向きの作品であろう。
ただ若干若書きな印象が否めない。”盗聴ハンター”なる時代性を確かに描
いているものの、骨格はなんだか古めかしい日活アクション映画。   

 他の作品群は、ちょっと”技有り”系を狙ったものとなる。文章は巧く、
読ませる力はあるのだが、後味苦い作品ばかりで、読後感としてはあまり快
適なものではなかった。中でも一番気に入ったのは、私の好きな綱渡りタイ
プの佳品「私に合わない職業」だが、これも何故だか古さを感じるのだな。

 やはりしっかりとした取材を通じて、情報量をたっぷり溜め込んだ現代性
を描いた長編こそが、彼の最大の持ち味なのだろう。題材選びのセンスと、
文章力で、高いレベルの作品を出せる力を持っている作家なのだから。 

 そんな長編作家だけに、短編集としては、やはり6点といったところか。

  

3/30 新青年傑作選・爬虫館事件 角川ホラー文庫

 
 嬉しいぞ、な新青年傑作選なのだが、角川”ホラー”文庫というのが気に
なるところである。たしかに怪異譚や怪談の要素も多いから、怪奇幻想小説
として括られることには違和感はそうないのだが、”ホラー”という横文字
な表現をされると、「ぬぬぬ???」と妙に落ち着かない気分になってしま
うのだ。これは私の頭の中の配線が、「ホラー=>ホラー映画=>スプラッ
ター」な接続をかちゃかちゃとやっていそうなせいかもしれない(偏見)。

 解説にあるように、新青年のアンソロジーは3度に渡って編まれているが
いずれも今では入手困難だろうと思う。「新青年」や「宝石」の傑作選で、
古き良きミステリの良さをしみじみと味わった私としては、こういう優れた
アンソロジーが入手できないとは、まことに悲しきことに思える。とはいえ
本書はやはり怪奇幻想色が強い為、新青年や宝石の時代の作家の入門書とし
ては、残念ながらふさわしいとはいえないだろう。特に本格志向の高い私と
しては、あまり強くお薦めは出来ないのが残念なところだ。      

 そんな中で恒例のベスト選びを行うならば、ベストはダントツブッチギリ
で大阪圭吉の「灯台鬼」となる。怪奇性と論理性が本当に融合した、作者の
代表作の一つ。怪異譚が論理的に紐解かれ、意外な悪夢の正体が、悲しみす
らたたえて登場するラストは、恍惚とも言えるミステリの興趣。現代風にユ
ーモア感も盛り込んで、なおかつこのレベルの作品が一つでも書けたら、津
島誠司も大成するのだが。「平成の大阪圭吉」になり得るかもしれない唯一
の人物だと私は思う。彼自身は意識してないのかもしれないが。    

 さて残り2作を選ぶなら、やはり奇想トリックの海野十三「爬虫館事件」
は外せないところだ。もう1作は、話自体はイマイチだが、前置き、後置き
で、因縁話を論理的に帰結させる構造の面白みに、作者のテクニックが生き
る大下宇陀児「蛞蝓綺譚」を選んでみよう。             

 嬉しい新青年傑作選だが、大阪、海野以外は本格色はなく、採点は6点

 

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