ホーム創作日記

98年讀書録(11月)

11/3 月曜日の水玉模様 加納朋子 集英社

 
 北村薫しかり、宮部みゆきしかり、文章のうまい人は、こういう”軽み”
の作品も実にうまい。軽いステップで、すいすい流れていく文章に、ちょっ
と無理はあるのだが微笑ましいストーリーが、実にマッチする感がする。

 まあ、それぞれの短編の最後の方に、ちょっとぴりっと入ってくる、OL
の目から見た社会風刺的な部分が、「歌丸師匠の政治ネタ」(注)みたいで
わずかばかりに鼻につく感がないわけではないといえばないようなあるよう
な気がしないでもないのだが(って、くどすぎて何がなんだか、、(笑))

 注:「笑点」のメンバーの中で、ずば抜けてそのセンスが大好きな桂歌
  丸師匠なのだが、やたらと政治ネタがお好き。ぴりりと効いた皮肉も
  見事で、やっぱりうまいんだけどさあ、「そんなに何でも持ってかな
  くてもぉ」と言いたくなるのは、私一人ではないのだろうと思うよ。

 気分転換に楽しい連作でも、という向きには、ぴったりの作品集。気楽に
肩の力を抜いて、加納朋子の文章に、心よく身をゆだねていれば、すいすい
読み上げてしまう、ちょっとほのぼの系の連作集だろう。       

 その代わりというのはなんだが、ミステリとしての出来はあまり期待しな
いように。「現実にそんなことするわけないよなぁ」な荒唐無稽な要素が過
ぎたり、「それじゃ全く絞りこめてないだろうに」な推理の”飛び”があっ
たりはするが、こういうユーモラスな連作に、めくじらたてる程のレベルで
はないだろう。                          

 いつもとカラーの違う、ウェット度の薄い加納朋子を楽しめるのだが、良
くも悪くも”軽い”作品で、「ここぞ」っていうポイントには欠ける。さす
がの彼女でも、7点を付けるには、ちょっと弱いか。採点は6点。   

  

11/7 夜の歌 藤田和日郎 小学館

 
 「ダ・ヴィンチ」11月号の特集「マンガVSミステリ 時間を忘れて面
白いのはどっちだ!?」で紹介されていた漫画である。幾つか興味を持てた
作品があったが、中でも「乱歩を彷彿させる」と評されていた、この作品を
読んでみた。これが期待以上の作品で、このページで取り上げる価値が充分
以上にあると思われたので、ここに紹介する。95年初版だが、少年サンデ
ーコミックスだし、9月には4刷りも出ているので、入手も容易だと思う。

 ミステリとしての作品は巻末の「夜に散歩しないかね」だけであるが、巻
頭の「からくりの君」も結構いい出来だと思う。人形を使うアイデアと忍び
の謎、また最後の戦いの展開は、ずば抜けた独創性はないものの、ミステリ
のツボを抑えたなかなかのものだと思う。              

 絵柄はやはり、ちょっとホラー系か。作品毎に違うので、まだ独自のカラ
ーに欠けるが、おどろおどろしさと柔らかさがないまぜ。ちょっと「うしお
ととら」風?少女漫画を愛する私としては、好きになれないタイプの絵柄。
(後日談:失礼しました。この人、「うしお」の作者そのものだったんです
ね。把握してませんでした。ぺこり。少年漫画には疎いのが、一目瞭然)

 さて本題の「夜に散歩しないかね」であるが、大正浪漫な時代を舞台とし
て(大した意味はないのに、こういう時代選択をするところが、作者のミス
テリ心なのだろう)、大仕掛けなトリックに意を用いた、古きミステリの味
わいを持った好品。中でも特に、夢の意味が解明されるシーンは、かなり刺
激的で、ぞくぞくとさせられた。ミステリの暗い愉悦に満ちているように思
う。このシーンだけでも、結構な傑作と感じられた。         

 残酷な描写もあるので、万人にはお薦めしないが、風変わりなトリックを
愛好する物好きな者達(当然私もそうだ)、暗黒な領域に一歩踏み込んだ古
きミステリでも好きな人は一読の価値有りかと思う。         

 意外な掘り出し物でもあったので、短編一つではあるが、採点は7点

   

11/12 謎のギャラリー 北村薫 集英社

 
 ミステリガイドブック風であるが、紹介されているのは短編のみで、狭義
のミステリは少ない。それどころかほとんど一般には知られていないような
作品ばかりである。各種のアンソロジーに採られている作品も結構あるのだ
が、そのアンソロジー自体があまり知られていない(と思う)ときている。

 普通のガイドブックなら、周知の作品が並んでいて、その中に知らなかっ
たが凄く面白そうな作品や、読み逃していた作品だが自分の好みにマッチし
ていそうな作品を見つけだして、本屋や図書館を漁ってみるというのが、通
常だと思うが、この本の場合はちょいと違う。なにせ上記したように、知ら
ない作品のオンパレードで、頭が夢々(おっと、この本にはふさわしくない
な。「宴の始末」に出た表現で、「くらくら」と読ませるそうだ)してしま
うのだ。現在入手可能な作品は、その短編が収められている作品集の情報が
書かれてはいるのだが、短編一つのために探して読むのも気合いが必要、と
いうのを見越してか、なんとこの本は2点セットなのだ。入手困難な作品を
中心としてだが、紹介された作品の一部を集めた「特別室」が同時刊行。見
事にこのアイデアが当たったのか、近頃特別室の第2巻が発行されたようで
ある。なるほど読者の不満を先取りサポートした妙手かもしれない。  

 形式としては、江戸川乱歩の傑作評論「カー問答」をやりたかったのだと
云うことは明々白々だろう。ミステリを伝道する者としては、誰もが(とは
言えぬまでも、間違いなく大勢の後続の者達が)心惹かれ、どうしてもやっ
てみたくなる、お馴染みの形式と言えるだろう。論文調の書き言葉でなく、
話し言葉とすることで、より読みやすさを得ることが出来る。また二人の掛
け合いとすることで、適度なテンポを作り出すことが容易で、押しつけがま
しさも緩和される、便利な形式と言えるだろう。           

 ある程度評価の定まった作品でなく、北村薫一人の感性に完全に寄りかか
っている為、必携ガイドブックと受け取るより、”語りたい語り部”北村薫
の話に耳を傾けよう、ぐらいの気持ちで読んだ方がいいかも。採点は6点

  

11/17 謎のギャラリー特別室 北村薫編 集英社

 
 というわけで、続いてその「特別室」である。前述したように、ある程度
評価の定まった作品でなく、北村薫個人の感性でセレクトされているため、
正直なところ何がいいのかよくわからないような作品も含まれている。そこ
はまた「謎のギャラリー」に戻って、どの部分が評価されているのか、再読
するのも一興かもしれないが。                   

 さて、こういうアンソロジーなら、やはりいつものベスト選びといこう。

第1位:「遊びの時間は終らない」    都井邦彦
第2位:「エリナーの肖像」 マージャリー・アラン
第3位:「猫の話」           梅崎春生
次点 :「ねずみ狩り」   ヘンリィ・カットナー

 ベストはダントツで「遊び…」。あくまで銀行強盗の演習なのだが、本物
以上に緊迫していってしまう状況が、淡々と、かつちょっと不条理がかった
雰囲気のあるユーモア感で描かれていく。俗っぽい感じがあって、文章表現
力に極めて秀でているわけではないのだが、題材がうまく成功して、飛びき
り面白い秀作になっている。                    

 「エリナー…」は死者が残したヒントを解読して、隠された犯罪を暴き出
す趣向が、ミステリファンの心をうまくくすぐってくれる。既にいないヒロ
インを好きになってしまいそうな、なかなかの佳品。         

 「猫の話」は、ペーソスとユーモアの微妙な融合が、読後いつまでも後を
引く名短編。なるほどこれは、機会ある毎に思い出してしまいそうだ。なん
となく一生覚えている作品というのがあるが、これなどはそんな感じだ。

 「ねずみ狩り」は、ホラーの基本形。現代ではここまで単純化されたホラ
ーは受け入れられないだろうが、原点の魅力がある。手を加えひたすら加工
された作品より、かえってこういう作品の方が、私は心惹かれるかも。 

 犯罪話はあるのだが、ミステリ本来の魅力に富む作品は少ない。企画は面
白いが、やはりアンソロジーとしての統一感にも欠けるか。採点は6点

 

11/23 アデスタを吹く冷たい風 トマス・フラナガン
                     ハヤカワポケットミステリ
 
 ミステリマガジン読者が選ぶ発刊45周年記念復刊フェアでの、復刊希望
アンケート第1位になった作品であるが、寡聞ながら今まで私のアンテナに
全く引っかかったことはなかった。私が買うっきゃないと思わされたのは、
「第1位」の文字ではなく、これがあの「北イタリア物語」の作者だと知っ
たからであった。                         

 本短編集の巻末に「玉を懐いて罪あり」の題名で入っている作品こそ、ポ
ケミス屈指の名アンソロジー「密室殺人傑作選」の中でも最高の一品「北イ
タリア物語」なのである。極めて大胆にして巧妙な逆転の構図。歴史的な背
景を生かすため、文章的な難解さは持っているものの、その企みは極めて明
快で効果的。数ある密室短編の中でも、私の最も愛するものの一つ。  

 本短編集は上記の1編に加えて、表題作を含むテナント少佐もの4編、そ
の他の犯罪小説2編をまとめたものである。勿論ベストは揺らぎようがない
のだが、テナント少佐ものも「いかにして密輸を行っているのか?」といっ
た謎に、伏線や大胆な構図を用意した、なかなかの名品揃い。全編を通じて
「北イタリア物語」の精神を確かに持った、非常に心憎い逆転の構図を用意
した見事な完成度。オールタイムの短編集ベストを選出する際には、考慮さ
れてしかるべき作品集だと思う。採点はなんと9点だ!        

 ところで、内容的にも発表順番的にも「獅子のたてがみ」「良心の問題」
は、逆の方がいいと思うのだが、何故あえてこういう順番なのだろうか?

  

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