ホーム創作日記

98年讀書録(3月)

3/4 空のオベリスト C・デイリー・キング 国書刊行会

 なかなか評価の難しい作品。趣向物である。しかし、なんだかなぁ。事件
の『解決』自体が全然面白みがなさ過ぎ。引っ張った割に、ひどく肩すかし
なイメージが拭えない。行動表なんか作ってるから、意外な錯誤が見つかっ
て、様相がすっかり変わるのかと思えば、すんなり終わってしまうし。動機
の見え見えな引っ張り具合も、ちょっとあんまりだと思う。中途半端な早さ
(遅さ?)で気付くから、レッド・へリングかと思いきやそのまんまだし。
もちろん、主体は『解決』後の趣向にあるわけだろうけど。      

 最後に手がかりリストがあるらしいから、論理的手がかりのある本格推理
を期待していた。少なくともカー流の伏線のばらまきが、そこそこに溢れて
いるのだろうと。しかし、それに関しても肩すかし。論理的伏線ではなく、
作者の仕掛けた心理的伏線といったものが主体。「ほら、ここにこういう暗
示的な記述入れておいたから、深読みしたらこのどんでんも、なんとなく想
像出来ちゃうでしょ」ってな程度に思えてしまった。         

 連発する皮肉な趣向はなかなか面白くはあるんだけど、それを引き立てる
には、やっぱり事件の『解決』がミステリ的にすっきりと、終結させてくれ
ないとなぁ。なかなか珍しいタイプの作品なので、一読の価値は充分にある
が、採点としては平凡な6点。                   
  

3/9 御手洗さんと石岡君が行く 島田荘司他 原書房

 同人誌系のコミックアンソロジーに、パロディされる本人の書き下ろし短
編までも同時収録される、なかなか画期的な(笑)ソフト・カバーである。
しかもその書き下ろし短編とは、「ついに明かされる御手洗潔の近況、石岡
和己との出会い」(帯巻きより)というものだから、なかなか贅沢な(おい
おい本気か?→自分)造りの同人誌系商業誌と言えよう。       

 買うつもりはなかったのだが、ぱらぱらとめくってみたときに、「斜め*
****」に不覚にも声を出して笑ってしまったので、ついついレジに運ん
でしまった。買ってみて驚いたのだが、なんと私の買ったのは二刷。13日
に一刷が出て、25日には二刷が出ているのだ。なんともはや、売れている
らしい。千円以下という値段も成功しているのだろう。確かに一般人がつい
手に取ってしまいそうな表紙ではあるので、島田荘司という名前だけ知って
いる、という程度の人でも、ついつい買っちゃったりしてるのではないだろ
うか。恐るべし、日本の商魂といったところか。           

 ま、それはともかく、内容的には実は結構ディープなファン向けのように
思った。小説の中の科白を持ってきて、パロディ化させている(らしい)も
のが多いのだが、ノンフィクションなどは除き、島荘ミステリはことごとく
読んでいる、それなりにファンである私であっても、さすがに覚えていない
ぜ、といったものが続出というか、溢れに溢れている。業界(笑)では有名
らしいと想像できるエピソード(コーヒーの話など)も、いくつかあるよう
だ。これらをほんとに楽しめるのは、結構入れ込んだファン達なのだろう。
少なくとも「異邦の騎士」くらいはソラでストーリーが思い出せるくらいじ
ゃないと、ほとんど笑ったり、「うんうん」とうなづいたり出来るレベルに
は達せないだろう。                        

 それにしても島田荘司、いつもしかめっ面のくせして(想像)、サービス
精神旺盛である。収録短編も、やおい系を意識した内容とも受け取れる。し
かし全編を通じて、やおい色はおそれたほど濃くなくて助かった。まんと・
けぬーま氏(筆名は今いち)の「世界律と糸」などは、もう少し一般読者に
理解しやすく書いてくれたら、そこそこの秀作になりそうな感じもある。編
者今井ゆきる氏の4コマも結構楽しめた。ただし、当然の如くキャラ萌え出
来るわけもなく、ディープな島荘ファンでもない私には、採点は6点。 

  

3/13 甦る「幻影城」II 角川書店

 乱歩の名評論集に名を借りた、雑誌「幻影城」からの幻の名作集である。
「幻影城」は比較的新しいと言えなくもない発行だったため、それなりの感
慨を持っている人も多いことだろう。私自身は残念ながら、リアルタイムに
これに触れることはなかった。しかし、主に大学時代の頻繁な古本屋詣での
際には、まさに宝石のような「別冊宝石」を漁るとともに、いつもチェック
を入れていた雑誌であった。                    

 「宝石」「新青年」や「ロック」「ぷろふいる」等、個々を追い求めるに
は困難かつ高価なものを、「幻影城」での再録でやっと読めたものも多かっ
た。探偵小説を愛するファンにとっては、この雑誌の意義は非常に高いもの
であったと、自信を持って断言出来る。               

 奇妙な味の諸作に混じって、本格の骨格にこだわった諸作、そして中には
とんでもない着想を持った、本当の意味での愛すべきバカミステリ達も満ち
ていた、そんな非常に幸福な時代が、「幻影城」という雑誌の上に再構築さ
れ、また新しく息吹いていたのだ。国内の短編集としては最高のものである
「戻り川心中」に亜愛一郎シリーズが、いずれも「幻影城」を母胎として産
まれた、その新しい息吹の代表である。               

 さて、内容に関しては、このネタで麻耶雄嵩に書いて欲しい本田緒生「謎
の殺人」や、仔細な部分が楽しめる光石介太郎「三番館の蒼蠅」が気に入っ
た。既読作品を加えるなら、やはり宮原龍雄「マクベス殺人事件」だろう。
どうして山沢晴雄がないのか、狩久は私的要素の強いファン向けの本作でな
く、異色密室の傑作「虎よ虎よ爛爛と−一〇一番目の密室」にして欲しかっ
たなどの不満点はあるが、やはり採点としては7点献上になるだろう。 

  

3/17 記憶の果て 浦賀和宏 講談社ノベルス

「自棄になったか、講談社」と、笑いとあきれと溜め息の同時多発テロを喰
らった気分にさせてくれた、メフィスト賞三作同時刊行である。書店でヘナ
ヘナな気分を味わった人も多いことだろう。中には、ワクワクや、ニコニコ
な気分になれる幸せな(?)人も、いないことはないんだろうが。   

 さて、三作のうちで、ミステリMLで一番評判の良かった本作を読むこと
にした。「Jの神話」は、サプライズはあるが、ミステリのそれとは違うと
いった話があったし、「歪んだ創世記」に至っては、メタミステリを言い訳
に事態を収拾させない、という評価を見かけた為、被害を被らずにすんだ。
特に後者はそういうものを書かせたら日本一の竹本健司に、推薦文を書かせ
ているという裏付け証拠があるだけに、きっと読んでいたら腹立たしい気分
を抱いたんじゃないかと想像している。               

 さて、そこで本作だが、予想以上には良かった。人物設定や全体の構造な
どは、結構ありがちで類型的な印象がある。文体も含めて、旨さはないが、
決して下手ではない、といったところか。京極の帯は、単なるジャンルミッ
クスな作品であると言ってるだけだから、そういう新しさを期待しない方が
いい。しかし話としては、かなり魅き込まれた部分はあったから、19歳と
いう年齢に対するおまけをしなくても、立派にやっていると言えるだろう。
読む前にはさほどインパクトのない題名も、なかなか旨い味があって良い。

 先程類型的な構造と書いたが、それでも落とし所はなかなか巧みだった。
予想できる展開から、更に一歩踏み出した解決は予想できなかった。なるほ
どここまで行くのか、ここの落としを生かす為の話の転がし方だったのか、
と意外に新鮮な驚きを感じた。だから15章で終わって欲しかった。その方
が青春小説としての要素で全う出来て良かったように思う。      

 人格の設定に違和感を感じるのに、それほどの意味もなく、最近のお定ま
りのコースに入ってしまった、ラストのラストは蛇足。それまでの小説の方
向性と違っているのではないか。類型的な部分や、このラストには不満はあ
るが、採点は7点。但し、作者の魅力(文章やミステリ心など)よりは、話
の魅力で成立している作品だから、2作目にはあまり期待していない。 

  

3/26 鯉沼家の悲劇(本格推理マガジン) 鮎川哲也編 光文社

 
 まず、表題作の中編だが、乱歩や二階堂の感想と同じようなものにな
ってしまうが、横溝正史の作品世界を前取りしたとも言えそうな、旧家
の設定に、凄くワクワクさせられた。本格ミステリ的には腰砕けに終わ
っても、こういった作品世界を堪能できただけでも、充分満足出来た。
最近においては、こういった設定は一種のコード化され、斬新なトリッ
クや仕掛けが要求されるように、個人的には感じている。単にこういう
世界が馴染みのない旧弊なものになってしまったというだけでなく、逆
にこういう設定がトリック小説としてミステリとしての幅を狭めてしま
うきらいがあるのではないか。要求される敷居の高さと併せて、こうい
う作品を読む機会が減ってきた、一つの要因ではないだろうか。  

 さて、続いてはとても珍しい競作「病院横町の首縊りの家」だが、ダ
ントツで岡田鯱彦の方が出来がいい。犯人がミエミエという欠点はある
にしろ(ミステリとして致命的な場合も多いが、そうでないこともまま
ある。今回はその後者の例だ)、横溝正史のネタふりに対しては、こう
持っていくのが正解と思わせる、設定をうまく生かし切った連作の好例
である。過分な剰余を与えずに、ちゃんと与えられた命題に対して、す
っきりと逆転劇を演出している。一方岡村雄輔は、ごちゃごちゃ盛り込
んでしまって、しかも自分の盛り込んだ部分で、決着を付けている。化
け得る人物を導入するのも、スマートさに欠ける。文章も同様にすっき
り感に欠け、わかり辛い。私の採点では、大差で岡田鯱彦の圧勝。 

 さて、最後は私の好きな狩久の短編2編である。狩久の中でもミステ
リ色の強い作品が選択されている。個人的には「見えない足跡」は、今
回初読だったように思う。狩流の変なユーモアも色濃く出ず、際立った
着想もないが、なかなか楽しめた。解説で名の上がった「山女魚」「恋
囚」を是非とも読んでみたい。全体的には、「病院横町」の珍しさが、
特にポイントを稼いで、やはり7点献上すべきであろう。     

  

3/30 ループ 鈴木光司 角川書店
 

 本当は買うつもりはなかったのだが、サイン本が並んでいたため、根がミ
ーハーな私
は、ついふらふらと買ってしまったのだった。前回の「リング」
から「らせん」への繋ぎも非常に巧いものだったが、今回の「らせん」から
「ループ」への繋ぎにはしびれた。文字通り世界が変わる驚きに、完全に捉
えられた。これだけで7点確保の出来である。1作毎に、予想し得ない方向
へ話を展開させる手腕は、見事の一言に尽きる。前作に引き続いて、遺伝子
ミステリ系の話かと思わせておいて、、、いやいや、この先は是非、読んで
確かめていただきたい。                      

 一つだけ。本作の鍵を握るのは、敵か味方か、ターミネーター野郎、タカ
ヤマである。どの時点で、どんな登場を果たすか、注目してみてください。

 さて、これで3部作は完結である。勿論鈴木光司の辣腕をもってすれば、
この先新たな、しかも驚愕の展開を見せることも、十分可能であろう。しか
し、きっとこれで終わるはずだ。前2作が”破滅”を予感させるエンディン
グだったのに対し、今回は”癒し”の物語である。商業主義の波にもまれる
ことなく、初志貫徹できっちりと終わって欲しいと思う。       

 さて、では全3作について採点してみよう。「リング」はモダンホラーの
傑作であった。謎解きの物語としても抜群に出来がいいし、ラストに示され
るビジョンは、恐怖そのものに、非常に現代的なアレンジを盛り込むことに
成功した。「らせん」は前作のラストを引き継ぎつつ、意想外の展開から、
新たな方向への飛躍を見せてくれた。ただ、結末に示されたビジョンは、恐
怖よりは滑稽さをも感じさせられてしまい、人物設定にも疑問を感じた。そ
して、前2作を内包する、最終作の登場。不満点はただ一点。最後の救いに
至る手段に対しての「何故」の欠如である。必然でなく、偶然そうなったの
だ、では物語としては弱い。「リング」9点、「らせん」7点、「ループ」
8点(不満点を考慮して7点にするか、悩んだ結果だ)としよう。   

 

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