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98年讀書録(2月)

2/6 カー短編全集6・ヴァンパイアの塔
                 J・ディクスン・カー 創元推理文庫

 待ちに待ったカー短編全集の6巻である。ダグラス・G・グリーンの前書
きによれば、もっともっと夥しい数のラジオ・ドラマの台本を書いているよ
うなので、まだまだ(たとえ、また5巻から6巻までかかったような年月が
過ぎてしまうにしても)続巻は期待できるのだろうし、今月号のミステリ・
マガジン(ラジオドラマ版「青銅ランプの呪」が初公開!)のように、時々
は訳出される可能性もあるのだろう。これから、生涯にどれほどカーの未読
作品に触れることが出来るかわからないが、おそらくは尽きることはないの
だ。ファンとしては、嬉しいような、でもほんのちょっぴり寂しくもあるよ
うな、そんな心境を感じた。                    

 さて、内容であるが、やはりカーのストーリー・テリングは、ラジオ・ド
ラマにおいても最大限に発揮されている。限定された時間枠の中には、延々
と舞台装置の説明が続く(これをカーが嫌いだ、という理由の一つに挙げた
友人もいたのだ)ということもなく、もっと凝縮された面白味があるとも言
えるかも知れない。さすがに本格推理性は長編に比較して薄くなるのは仕方
ないとしても、”本格性”を失うわけではなく、サスペンスの要素が中心で
あるが、その中に意外性として充分に盛り込まれてくる。       

 「舞台設定と雰囲気とを巧みに用いて、読者に超自然なものを予想させ、
それによって読者を誤った方向へ導いて、最終的に合理的な解決につながる
手がかりから目をそらさせる」というグリーンの言葉が非常に的確に表現し
ているように、カー流の伏線の効果は、ラジオ・ドラマに向いているとも言
えるだろう。                           

 作品としては、「悪魔の使徒」や「ヴァンパイアの塔」(長編「死が二人
を分かつまで」より単純に綺麗にまとまっている)が、サスペンスやミスリ
ードが心地よい傑作だと思う。採点は、やはり大満足の8点だ。    

  

2/16 夏のレプリカ 森博嗣 講談社ノベルス,

 
 最近の森は非常にいい仕事をしている。ここのところ低迷気味の西澤保彦
とは対照的だ。「詩的私的ジャック」「封印再度」「幻惑の死と使途」、そ
して今回の作品と、いずれを森の代表作に選んでも納得できるほどの、佳作
揃いだ。それも、このハイペースで持続しているのだから、驚く限り。処女
作にして既に、今後の予定がずらっと書き連ねられていて、その通りに続々
と秀作が生み続けられていくなんて、ほんとに驚異的な作家だ。それも本業
を持ちつつなのだから、一体どんな生活を送っているんだろう?    

 さて、今回の作品だが、この手のトリックというのは、森としては初めて
ではないだろうか。さすがにパズラーの名手だけあって、充分にうまさを堪
能できる出来栄えである。また、森独特の人物造型が、煙幕の役割を果たし
ているとも、考えられるのではないだろうか。しかし、それも諸刃の剣では
ある。動機に関して、突然通俗に落ちる違和感を強く感じてしまった。「ち
ょっと印象が違うんじゃないのぉ?」って感じである。でも、その印象の不
連続性を除けば、作品としての狙いはうまく成功している。前作の「幻惑の
死と使途」同様、意外な落とし場があったものだと、吃驚してしまった。

 ところで最後のシーンだが、これはせめてもの救いというわけだろうか?
しかし、その前に納得のいく説明が行われ、精神的外傷等をも暗示させ、そ
のことで単なる通俗から脱却させる意味合いを持っていたのかも、と深読み
していただけに、ちょっと疑問。これならば改めて考え直すべき部分が、い
くつかあるんじゃないだろうか。                  

 そういう疑問が残ったとしても、今回も見事なパズラーの骨格で、満足。
萌絵が真相を悟るシーンの描き方も気に入った。十分に、採点は7点。昨年
度は私のベスト10に3作も入ってきた森だが、本年度も早くもベスト10
入りが確保されたようだ。                     

  

2/23 神曲法廷 山田正紀 講談社ノベルス
 

 別にシリーズというわけではないのだが、「妖鳥」「螺旋」に続く山田大
作本格である。「阿弥陀」「仮面」はまた、別の趣がありそうなので、別に
しておく。単に厚さだけの違いにとどまらず。            

 多少はこじつけになるかも知れないが、3作を通じてのテーマと言えるの
は、「悪魔対神」あるいは「善対悪」の構図にあるのではないか。そして、
それは常に背反するものではない、という結論が用意されているようにも思
う。神を『絶対的な善』として描かず、ひどく意地の悪い視点から描写され
ているようだ。殺人という、凝縮された悪(と一般には思われるもの)を素
材とする為に、ミステリという枠を利用して、こういう観念を描いたものだ
と言えるかもしれないと感じた。                  

 さて本作だが、とにかく読後感が最悪。「終」の章の前で、一見全てが解
決したような書き方なのだが、「あれっ、これって解決してないんじゃ」と
思った。確かに思ったんだが、まさかこんなラストを持ってくるとは、、、
予想外の結末が待っていたのだが、それはミステリ的驚愕とは思えないし、
何より気分が悪くなった。こんな感じは安孫子武丸の「殺戮にいたる病」以
来ではないだろうか。あの作品の場合、その気持ち悪さよりも遥かに、ミス
テリ的衝撃に打ちのめされたので、許せたのだが。          

 ところで「神の声を聞く名探偵」ということだが、超自然的要素のままで
終わってしまった。私はずっと別の解釈(摩耶的解釈になるかもしれない)
を予想していたので、ちょっと拍子抜けしてしまった。そこで、私が予想し
ていた合理的解釈を、ミステリ仕立てで書いてみることにしよう。ついつい
余計なものまでバシバシ詰め込んで、メフィスト賞みたいな(注:けなし言
葉)とんでもメタミステリになってしまったんで、その筋の方も必見(笑)
ネタバレはないので、未読の方も安心してどうぞ。          

では、「最後のミステリ」へ...

 読後感の最悪さに併せて、ミステリとしての構図も、やはり若干の無理を
感じた。それぞれのトリックも、謎としては派手っぽいのに、綺麗な解決が
予想できず、あまり興味がわかなかった。実際、解決もすっきり爽やかなも
のではなかったし。最初に書いたテーマの描き方としては、面白味はあるの
だが、私の採点では3作の中では最下位の6点。           

 

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