ホーム創作日記

 

01/11 ジェ ノサイド 高野和明 角川書店

 
 昨年度一番の話題作。一般には徹夜本なんだろうが、読了まで随分と長く
かかってしまったなぁ(会社六往復分なので六時間)。        

 感情移入して作品世界に没入するというよりは、一歩引いてハリウッド映
画みたいに鑑賞するという読み方だったせいだろう。いい意味でも悪い意味
でも、自分にとってはそういう作品だった。             

「6時間後に君は死ぬ」の感想にも書いたことだが、エンタメとしての二つ
の軸、情報系・情感系のいずれにも属さないのが、この作者の大きな特徴な
のではないか(この二冊読んだだけでの印象ではあるが)。      

”日本的というよりはハリウッド的な脳天気さ”と書いたのは、本作にもピ
タリと当てはまるのではないかと思う。               

 日本の描き方、米国的政治の描き方、歴史観、人間の本質の描き方、いず
れもそこには批判的な意志など一切込められていないのではないだろうか。
エンタメとしての素材に過ぎないように私には感じられた。      

 本書は”でっかい嘘”なのだ。いい意味で。            

 だから、本書を読んで何も考える必要など無い。単に、でっかい作品読ん
だな、と満足すれば良い。楽しんだという感覚が残っていれば良い。きっと
そんな作品なんだと思う。                     

 非常に良く出来た”嘘”であることは間違いないので、採点は7点とする
が、個人的には作品の中に没入できなかった不満足感は残ってしまった。

  

01/13 嫉 妬事件 乾くるみ 文春文庫

 
 非日常のうんこの謎を巡る日常の謎。京大ミステリ研の伝説のうんこ事件
を元にした推理合戦を楽しめるが、真相だけは感心せんなぁ。別の意味でも
下ネタな伏線を含めて、好事家やバカミスキーをそそるとは思うが。  

 我孫子さん、「真相はこれだってことでいいです」は、さすがにない やろ
ぉと思いますけど~。                       

 一方、同時収録の犯人当て(作中で披露されるはずだった犯人当てだとい
う設定も凝っている)は、あざとい作品好きな人にはお勧め。同人誌感覚を
残したような、小気味良いずるさ。                 

 この一編だけでも読む価値のある作品だと思う。これはお薦め。うんこ事
件だけなら躊躇したが、この作品があることで、採点は7点としたい。

 しかし、さすがに「うんこ事件」というタイトルでは出版出来んわなぁ。
ほんとはそうしたかったんだけどね、と作者の気持ちを勝手に大便してみる
(あっ、いかん、変換ミスだ)                   

 いやあ、もう、しかし、このうんこ事件にこの表紙はないやろ。イニ・ラ
入りのにわか読者が、「嫉妬」の文字見て恋愛絡みだと思って衝動買いし
て、あまりのことに糞便まき散らしそうになる気持ち想像できるぞ。  

 この人、「Jの神話」の人なんだってばっ(もはや遙か遠い昔 か……)。
まぁ、文春さんも「イニ・ラブ」「リピート」の後に、その「Jの神話」文
庫化して、その次がこれだっつうんだから、確信犯ってことだよね?! 

  

01/16 虚構推理 鋼人七瀬  城平京 講談社ノベルス

 ミステリの在り様に自覚的な作者なのか、本書でも新たな方法論を生み出
そうとしているようだ(前例は皆無とは言えないだろうが)。強引に解釈す
れば、アンチミステリの系譜に繋がると評してもいいのかもしれない。 

 真相を推理するのではなく、虚構の真相を創り出す。しかし、その行為自
体が、推理と同じ重みを持っている。ユニークなことを考えたものだ。 

 たとえば真の真相の他に、ダミーの真相(表向きとしての解決はコチラと
いう場合が多い)が提示されるというのはよくある。         

「真相を創り出す」という意味では共通だが、でも、そこにはやはり「真相
を推理する」という前手順が絶対に欠かせない。           

 それがやはりミステリとしての文法だろう。            

 ところが本書は、この重要なプロセス「真相を推理する」というものを、
一切行わない。ここが挑戦的。でも、これは巧みにやりおおせられないと、
「これってミステリじゃないやん」ということになりかねない。    

「真相を創る」ということは、「一つの解釈を産み出す」ということとほぼ
同義。これはロジカルではない推理、「こう考えてはどうだろう?」っての
と、解釈を産み出すという点では共通性が高い。           

 ということはここまでは割と可能。でも、そこに本来はあり得ないはずの
(何せ前提が無いのだから)ロジカル性を盛り込めるのか、アクロバティッ
クさを読者に感じさせられるのか、その手管が大事になるのだ。    

 本書はそれに成功している。「推理過程」をすっぱりと排除していながら
も、本ミスで 位になっているのも、読者がそれを認めた証拠だろう。 

 キャラクタ造型を含む全体像としては、完璧にラノベの範疇で、すぐにで
も漫画化されそうな内容だが、やってることは上に書いたように、ミステリ
として意味あることだと私は思う。採点は7点としよう。       

  

01/20 キングを探せ  法月綸太郎 講談社

 
 法月お得意のパズル・ミステリを、ついに長編化させた意欲的な秀作。

 パズル自体が良く出来ているので、実は推理の論理性はさほど高くなくて
も、納得度は高く問題無しだろう。おそらく意識しているものと思われる、
”叙述に見せない叙述”も巧みだ。非常にテクニカルな逸品。     

 これまでチャレンジしてきた短編のパズル・ミステリ(「盗まれた手紙」
「しらみつぶしの時計」あたり)は、本当に論理パズルをそのまま小説化さ
せたような作品だったが、本作はもっと表情が豊かだ。        

 単に与えられた問題を解くというのではなく、トランプ・ゲームのように
手の応酬がある。まるで自分も第三のプレイヤーとして参加して、ゲーム巧
者二人の妙手の応酬を目の前で見てるようだ。            

 探偵が介入することで、ゲームがより複雑で巧緻になっていくあたりも、
作者が以前からこだわり続けているクイーン後期問題の変奏曲を見ているよ
うな気持にもなる。                        

 評論家としても一家言を持つ作者らしい、ミステリの型としての面白味も
兼ね備えた作品として評価したい。                 

 これで作者らしい論理性がもっと研ぎ澄まされていれば、もっともっと高
く評価出来る作品なんだけどな。                  

 それでもパズル型のミステリを強く好む自分としては、年間ベスト級の傑
作であると断言しても良い。迷わずに採点は8点としよう。      

  

01/25 彼女が追ってくる  石持浅海 祥伝社ノン・ノベル

 
 推理マシーン碓氷優佳シリーズの第三作。倒叙ミステリにてロジックを展
開する新機軸ではあるのだが、やはり二作目に続いて本作もそこが弱い。

 真相自体はおそらくほとんどの読者の想像力を凌駕するものではあるのだ
が、そこに至るまではアクロバティックさが感じられないのだよな。  

 最後にばたばたばたと「おおっ」と思わせてくれるだけで、そこまでに何
か光るものがあるかというと、特に無かったとしか思えない。引き延ばしに
思えてしまうし、実際作中の展開としても引き延ばしているわけだしな。

 対決の構図が犯人対探偵というのではないことも、緊張感が持続しない要
因になってるように思う。結果、これも引き延ばし感に繋がってる。せめて
犯人側にも納得の行く”引き延ばす動機”があればまだしもなぁ。   

 となると、こりゃもう探偵による犯人指摘シーンにカタルシスを求めるし
かないわけなのだけど、これがもうあっけなさすぎて、かなり拍子抜け。

 決め手自体もコロンボや古畑であれば「いつから気付いてたんですか?」
という質問に対する回答レベル。証明の必要性を持たない探偵役という設定
ではあるけど、やはりゲームとしては”詰み”であって欲しい。    

 まぁ、その先こそが本書の本当の読みどころなんだけどね。とはいえ、な
んだかひどく勿体ない作品のように思えてしまったよ。        

 採点は6点。倒叙物でロジックをやろうなんての は、この辺がいいとこな
のかもな。一作目が奇跡的に成功しただけの話なのかもしれない。   

  

01/26 ぶたぶたさん  矢崎存美 光文社文庫

 
 にっこりでほっこりで神出鬼没なぶたぶたワールドはいつも通り健在。癒
し以上に、笑える作品の方が持ち味なのかなぁ。そっちが心地良い。  

 たとえばやはりベストは「噂の人」かな。普通の授業参観の緊張感とは全
く別種の、独特の奇妙な緊張感がなんともおかしい。         

 続いては「角の写真館」。読者にとっては最初から謎の解答は見えている
のに、主人公だけが謎に囚われる様がおかしい。こういうパターンは多いん
だけど、それがミステリ仕立てになってるのがいいんだよね。     

 ベスト3の一角にだけ、癒やし系を入れてみるとしよう。「死ぬにはきっ
と、うってつけの日」ということで。                

 全体的には、職業も一作毎に変わっていて、バラエティ感もあって良かっ
たんだけど、ちょっとだけ違和感を感じてしまった。         

 なんだろと思って自己分析してみたら、主人公以外の人にとってはぶたぶ
たがいるのが当たり前、ってのではない世界が描かれてるせいなんだな。こ
んな異世界の存在が前提となっている世界、これがぶたぶたというファンタ
ジーの基本型のはず。                       

 みんな不思議に思ってたら、それじゃ普通やん。リアルに寄ってしまう。
世界の軸がぶれてる感じを受けて、違和感になってたんだな。     

 これだけ書いてれば、いろんなパターンが必要になるのはわかるけど、基
本型としてはぶれない作品群であって欲しいな。           

  


01/27 葬 式組曲 天祢涼 原書房
 

 現実とは地続きながらも、一風変わった世界設定を舞台に演じられる連作
ミステリ。そこはかとないバカミス風味は感じながらも、意外にまとまった
小品たちかと思っていたら、ラストの目眩くトンデモ展開にのけぞった!

 一見地味な葬式ミステリなどと、決して油断してはなるまいぞ。   

 ただ、何段階ものトンデモどんでんを繰り返せるだけあって、必然性だと
か妥当性だとかは二の次になってるような気はしないでもない。    

 まぁ、でも、しゃあないか。なるほどそうかと膝を打つ感覚こそないもの
の、こう来たか、そう来たか、それならいっそでやっぱり来たかと、M-1
の決勝並みの畳み込み具合は、かな~りのインパクト。        

 バカミス好きなら、顔がにやけるくらいには、楽しめる作品ではないかと
思う。装丁も帯も内容紹介も、全部ひっくるめて地味め~な雰囲気なので、
手を出しにくい感触があるかと思うが、最後はまるで祭りだぞ。    

 これで伏線が見事に決まっていて、納得度が高ければもっと高く評価した
いところだけど、解釈はいくらでも可能な心理的伏線くらいしか感じられな
かったので、採点としては惜しくも6点とする。           

 初めて読んだ作者だが、なかなか奇妙な本格を産み出す書き手なのかも。

  

01/31 検 死審問 パーシヴァル・ワイルド 創元推理 文庫
 

 それこそ中学の時から題名だけは知っていた作品。遠い昔からやり残して
いた宿題をやっと果たしたような満足感。              

 これが単なる達成感だけなんじゃなくって、こんな面白い作品だったんだ
とわかって、さらに満足感二倍。言い得て妙の風変わりな本格。    

 ユーモア・ミステリとして一級品。非常にセンス良く作られた逸品であろ
う。さすがに乱歩のように、これをオールタイムベストに入れようとは思わ
ないものの、たしかに氏が好きな作品として思い浮かべるのは納得出来る。
奇妙な味を好んだ、乱歩の趣味に非常にマッチするものなぁ。     

 今更ながらの古典名作なので、私があれこれ語る必要もあるまい。必読と
までは言えないが、古典を読み漁るとしたら、その中の一冊に加えておいて
も、決して損はしない作品。採点は8点としよう。          

  

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