ホーム創作日記

10/03 ザ・ベストミステリーズ2011
                日本推理作家協会編 講談社

 
 結局昨年は(も?)本格が振るわなかったということかな。本格の周縁領
域に位置しそうな作品ばかり。一時期はホワットダニットが来てると感じた
こともあったけど、本書など読むと現代はホワイダニットの時代なんだな、
きっと。但し、ロジックのホワイではなく、動機のホワイなんだけどね。

 自分なりに分類すれば、ホワイが「アポロンのナイフ」「義憤」「芹葉大
学の夢と殺人」「本部から来た男」「満願」の五作品と最も多く、なおかつ
いずれも動機のホワイ。個人的な評価では質的にもここが一番充実。  

「人間の尊厳と八〇〇メートル」「原始人ランナウェイ」「殷帝之宝剣」が
ホワットダニット。それぞれ非常にユニークな作品なので、このコーナーが
一番良かったという読者も多いのでは。協会賞受賞作もあるし。    

 通常の本格のイメージとしてはメインとなりそうな、ハウダニット・フー
ダニットが「天の狗」「橘の寺」「死ぬのは誰か」の三作品で、このコーナ
ーが一番ぱっとしなかった。                    

 意図的にどれからも外したのが「棺桶」。ホワットだろうと思わせる奇妙
な設定に心惹かれるのに、それが何の意味ももたらさない平凡な解決がある
だけって、これ駄作でしょ。作者に突きつけたいホワイダニット。   

 ベストは米澤穂信「満願」かな。動機もここまで突き抜けちゃえば、すん
ごい本格性に感じられるもの。第二位には珍しく有栖川有栖「アポロンのナ
イフ」を選択。シンプルな着想ながら、社会批判性もあって良きかなと。第
三位には、あまり好きな方向性ではないけれど一応ころころと転がしてくれ
た、塔山郁「本部から来た男」を選択してみよう。          

 今年は「ベスト本格ミステリ」もこちらもあまりパッとしたものではない
ので、痛み分けか、もしくはこちらの惜勝ってとこかな。採点は
6点。 

  

10/08 空を飛ぶための三つの動機 汀こるもの 講談社ノベルス

 
 こるものはまた新しいステージへと足を踏み出したのか?      

 

 デビュー作に続いてのクローズド・サークル物(但し、タイプの違う)。
作中作パートに「パラダイス・クローズド2」と銘打たれているのは、これ
が第二シーズンの幕開けだと、作者自ら高らかに宣言してるのだろう。 

 さて、これまで”アンチ・ミステリ”というキーワードで読み解いてきた
(つもりの)私だが、本作にはまだ少しとまどっている。       

 ある意味、操りテーマの極北とも解釈することは可能かもしれないが、ア
ンチ性という意味合いとは違うのだ。「ミステリ、くそったれ!」な、ミス
テリを無効化するやり口であることは間違いないのだが。       

 

 もう既に眼中にはないのかもしれない(いや、ひょっとしたら最初っから
なかったかもだが)。というよりもついに彼女は支配者になったのかも。

 メタレベル的に一歩踏み出すことによって。            
 

 二ステージ目へのデビュー作は括弧でくくられるが如く、作中作という檻
に入れられて、解決という餌だけが与えられる。           

 

 ミステリは、こるものに屈し切ってしまったのか?!        
 

 ミステリの終焉を視るための幾つかの方法があるかもしれないが、本書を
読むこともそのうちの一つなのかもしれないよ。           

 これが果たして真実かどうかはわからない。まだ私自身完全に消化し切れ
てはいないのだ。だがそれでも、こう言っても間違いでないことはわかる。
 

 これはべらぼうに面白く、かつまた、べらぼうに美しい作品なのだ! 

  

10/11 灰王家の怪人 門前典之 南雲堂

 
 産み出す作品が全て怪作という、バカミスファンとしては決して目が離せ
ない門前典之。そのトンデモトリックは今回も健在ではあるのだけど、さす
がにこれはわかりやすすぎだったな。大ネタ二つとも。        

 好意的に解釈すれば、二つを別々にわかりやすくプレゼンすることで、そ
こで読者の思考を停止させ、その先の驚き(二つのネタが収束して、その消
失点が主人公自身であること)に到達させないためのテクニックなのだぁと
受け止められなくはないけど、さすがにそれはうがちすぎか。     

 門前典之に是非書いて欲しいのは、瀕死の被害者自身が密室を構成してか
ら死ぬパターンだな。このパターンだけで四連発の大盤振る舞いとかね。

 この人の被害者なら、部屋中の壁や窓のあらゆる隙間に、障子紙で綺麗に
目張りしてから死ぬくらいはお茶の子さいさいだろうからな。切り取った自
分の手足をつっかい棒にしてから死ぬなんて、猟奇的なパターンすらお手の
もんだろう。うわぁ、やっぱすんごい密室がおがめそうじゃない?   

 ところで第一弾が「龍の寺の晒し首」で、第二弾が本書って、「本格ミス
テリー・ワールド・スペシャル」って銘打たれたこの叢書って、どんだけス
ペシャルやねん。バカミスキーには要注目のシリーズになりそうだぞ。 

 どうせなら「本格ミステリー・ワールド・ウルトラ」とか、「本格ミステ
リー・ワールド・アルティメット」とか、エスカレートしても可(笑) 

 相変わらずのとんでも度を見せてくれはしたものの、あまりものわかりや
すさで効果をすっかり失ってしまった本作なので、採点は
6点。    

  

10/14 縛り首の塔の館 加賀美雅之 講談社ノベルス

 
 堂々とした旧本格。作者はそういうのが書きたくて書いているわけだし、
そういうのが読みたい読者が手にする書。綺麗に閉じている世界だ。  

 詰め込みの過剰な大長編では、どうしてもそのどこかに気付きのポイント
があってしまう。そうなると長大なものを読み通すのが苦痛になることも。
短編集や中編集が、実は加賀美雅之に一番合った形式なのかもしれないな。

 ただ少しでも読者を増やしたいのであれば、矜持を捨てて翻訳調から脱却
すべきなのではないだろうか。翻訳物の読みにくさをそのまま引きずっては
新たな読者の獲得など難しいだろうと思うのだが。          

 海外読みはめっきり減っているし、そういう読者がこういう作風を好むと
も思えない。集合の重なる円の中は、ほとんど無人に近いのではないか。こ
ういう旧本格を好きなごく少数の人達だけが、「我慢して」読んでいるとい
うのが、、ひょっとして実状なのでは?               

 カーのパスティーシュから入ってきたわけだし、ずっと書き続けている愛
着も当然だと思うが、執着してるのは作者だけかも? 翻訳調といえばこの
人ってなっても、それが売りになるものとはとても思えないのだよな。 

 元々トリックメーカーとしては実力の持ち主だし、不可思議な謎を構築す
るのはべらぼうに上手い。バカミス的味付けだって、存分に可能な人だ。過
剰なほどの盛り込みは、いつもの日常茶飯事と言ってもいいほど。   

 小島正樹の立ち位置にいて不思議ではないはず(まぁ、まだ彼だって、ご
く一部が評価するだけで、メジャーとは決して言えないんだけど)。  

 並行した別シリーズで構わないので、純和風物を立ち上げてみられたらど
うだろう。脱翻訳調。出来ればバカミス味付けで(これは個人的趣味)。

 ……と、先の話ばかりではなんなので、本書の話に戻ろう。     

 ベストは「白魔の囁き」で。古い事件の扱いはヒドイと思うが、バカミス
的トリックが興味深い。第二位は表題作。よくぞここまでの謎を構築できた
よなぁ。現象の着想と具現化の手腕が巧み。第三位は本書で唯一フーダニッ
トが読めなかった作品として「吸血鬼の塔」を。           

 しかしハウダニットだけの力では図抜けた評価は難しい。採点は6点

  

10/19 黄金夢幻城殺人事件 芦辺拓 原書房

 
 ミステリ戯曲を中心に、未収録短編やショートショートなど、バラエティ
感溢れる作品群を、芦辺拓らしい凝った構成で繋いでみせた作品集。  

 しかし、その凝りっぷりも、小説の外という自分の管理の効かないところ
では存分に発揮できなかったのは、もどかしかったのではないだろうか。

 複数の解決を用意して、見る度に違う結末なんて凝ろうとしたのに、役者
が覚えきれないという理由でボツになったなんてエピソードは、可笑しいの
か悲しいのか判断に悩むところだよ。映画なら有りなのに、生じゃね。 

 そのもどかしさが、現実を更に虚構の中に取り返した「「黄金夢幻城殺人
事件」殺人事件」に繋がってるんじゃないだろうかなんて考えちゃう。

 この戯曲だけでは弱さを感じるんだけど、この最終作があることで、カッ
プリングとして本書の白眉にふさわしいものとして仕上がった。    

 短編三作は、それぞれいかにもシリーズ化を目指した作品だったが、設定
としての魅力を発揮するところまではいかなかったようだ。このうち一作を
選ぶとすれば、処理には若干苦しさが感じられたが、評論的着想から産まれ
たようなアイデアがらしいと思わせる「ドアの向こうに殺人が」だな。 

 ショートショートもやはり”理”から形成された作品だなぁと感じさせて
くれる。“感性”で作られるような作品では全くない。ただ読者も感性では
なく理で受け止めることになるため、いかんせん少々肩が凝る。    

 全体的に意欲的な作品集だけど、採点は6点。           

  

10/21 味なしクッキー 岸田るり子 原書房

 
 全編に渡っての潔いくらいの読後感の悪さが、逆に却って魅力ともなって
いる短篇集。女性作家特有の尾を引く厭らしさが上手い。       

 湊かなえのような怖気ゾクゾクってほどの強烈な厭さではないのは、個人
的には歓迎方向かも。ジンワリと厭気ってのでちょうどいいよ。    

 そんでもってこれだけの読後感の悪さながら、何故か不快感は覚えないん
だよなぁ。これまた比較に持ち出して悪いが、湊かなえはそこんとこもたっ
ぷり。厭だけど不快じゃない、これはこの人の味として、武器なのかも。

 しかし、あまりミステリに向いた作風ではないと思うのだが、妙にミステ
リがお好きな雰囲気が滲んでるんだよなぁ。掲載誌やアンソロジーのテーマ
がそうだからなのかと思ってはみたが、小説すばる掲載の短編もそうなんだ
から、こりゃあやっぱりお好きなのだろう。             

 ところで、こうしてまとまって作品を読んでみると、彼女って意外にちょ
っとしたミスリードが巧みだったりするんじゃなかろうかと思えてきた。

 たとえば「決して忘れられない夜」はもっと鬼畜な厭結末をずっと想像し
ちゃってたし、「父親はだれ?」の真犯人を誤解させるテクニックに、更に
それが問題だと思わせておいて実は違うところから解答を引き出してくるの
も、やはりミスリードの手法。ここら辺顕著に感じられたんだよなぁ。 

 ってことは、彼女はミステリ作家に向いてるってこと?       

 意外な評価ポイントに気付かせられはしたけれど、採点は6点。   

  

10/27 五色沼黄緑館藍紫館多重殺人 倉阪鬼一郎 講談社ノベルス

 
 いやはや、なんとも。                      

 手の内としては既知の勝手知ったるものばかりながら、そうそう簡単に見
破れるものではない(見破れた方が嬉しいというわけでもないが)。話とし
ては無茶苦茶でひどいもんだが、作者の労苦に半苦笑いと拍手を贈ろう。

 しっかしホント中短編ならまだしも、多少短めとはいえ長編でよくやった
なぁ。解決編を急いだのもよく理由がわかる(半分以上が解決編という作品
を書きたかったという理由付けもされてはいるが、きっとこれもね)。 

 本ミスの投票でも趣向を入れたコメント出すくらい、そういうのが好きな
自分でさえ、ここまでの気力を振り絞られるのが不思議に思えるくらい。よ
くやるわ、よくやるわ、ホントよくやるわ。大事なことだから二回言いまし
た、よりも余計に言ってみました。                 

 ただ、でも、やっぱり言わざるを得ないだろうな。上記は当然とっても評
価するんだけど、でも残念ながら、作品としてはくそつまらない、と。 

 メタに逃げただけで、完結感も一切感じられなかったしなぁ。    

 メタ化させる前にミステリとしては一応決着させたでしょと、作者は言う
のかもしれないが、取りあえず形だけそれぞれ並べてみました、程度以上の
もんとは思えなかった。                      

 趣向と作品と二物を望んじゃいかんということかな。しかし「四神金赤館
銀青館不可能殺人」
なんかは、ちゃんと趣向が作品と綺麗にカップルになっ
てて、いい感じの相乗効果が描き出せていたと思うのだけど。     

 本作ではそこがバラバラ。最後の最後の趣向も、これまたバラバラな破片
の一つ。笑いどころではあるんだけどね。でも事前に気付いちゃったという
こともあってか、乖離感の方が気になってしまった。         

 やろうとしていることはとっても好きなんだけど、やってることにはあま
り共感できない。書き方になるのかな。この筆致、もしくはタッチみたいな
のが、どうしても好きにはなれないんだよな。            

 それでもこれだけのことをやっちゃった、という点は評価して7点。 

  

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