冒頭の推理作家協会賞短編部門候補作から派生した短編集なのだろうな。
たしかにその「オムライス」だけは、この作者らしい”予定調和からはみ出
す心理のツイスト”が、綺麗に決まった佳品である。 .
その他の作品もそれぞれにツイストが意図されてはいるのだが、これに少
しでも拮抗する作品は無く、人情物のイメージに終始するのは残念。 .
狙ってるのが見えるだけに、本格らしさがほの見えて、本格としての評価
になってしまう。それぞれの短編自体は決して悪い作品なんかではなく、そ
こそこ完成度も高く思えるのだけど、本格として見ちゃうと物足りない。.
かえってそういうのが無い普通のミステリ短編(特に本格を意識したもの
ではなく)として読めた方が良かったかも。ちょっと狙いすぎに感じられち
ゃった。意外性を感じることを強要されてるかのような。 .
それでいて、一番出来のいい作品が冒頭にあるもんだから、なおのこと。
驚け、驚け、って言われても、そんなわけにはいきませんぜって。そんなら
最初の作品みたいなもんを見せてくれよって、言いたくなるもの。 .
というわけでベストはダントツとして、第二位は一応作品としての完結を
きっちりと見せてくれた表題作かな。後はどれもどんぐりの出来映えで、サ
イコロ転がすように「傷痕」を選択してみようかな。 .
本格っぽさがむしろ阻害となってるような作品集。採点は6点。 .
08/12 戦前探偵小説四人集
羽志主水・星田三平・水上呂理・米田三星 論創社
この貴重なシリーズの記念すべき五十巻目として編まれた、アンソロジー
でしかその名を見ることの出来ない余技作家達の作品集をまとめたもの。.
羽志主水、水上呂理、星田三平、米田三星なんだよ。ニヤニヤ笑えるマニ
アック振り。たしかにこんな企画は、この叢書でしか通るまい。この巻で一
旦休止ということだが、第6期もいつか始まることを祈念!(結局、購入し
たのは二冊だけ、という貧乏根性読者で申しわけありませんが) .
その折には楠田匡介の脱獄物以外、川島郁夫名義作品を是非ご検討を!
狩久、宮原龍雄も充分二巻目いけちゃうでしょ。こちらもお忘れ無く! .
さて本書だが、現代の読者感覚では「必読!」というようなものではさす
がになかったかなぁ。古典短編のコアなファン向けだろうな。 .
羽志主水は落雷のような結末と評された「監獄部屋」のみが孤高の傑作。
このアンソロジーの趣旨には反するが、この一作だけで充分かも。 .
水上呂理は精神分析としてはほんとに萌芽期の作品だからなという前提は
必要だが、それなりに楽しめる。木々高太郎の登場に萎縮しなければ、もっ
と読まれる作家になっていたのかもしれない。 .
星田三平はこれまたSFの創生期だからこそ評価された「せんとらる地球
市建設記録」でSFなイメージ付いてたけど、他の作品を見ると実は犯罪コ
ント(笑いの方の意味ではなくてね)がメインだったんだね。でも、コント
と評したように小芝居的な小粒な作品。長く読まれる作家ではないか。 .
完成度で言えば、「生きている皮膚」「蜘蛛」「告げ口心臓」の三作それ
ぞれが優れている米田三星がベストか。作品としての雰囲気が抜群。これら
ならその味わいを楽しめる現代の読者も多いことだろう。 .
せっかくの叢書の格別な企画だから、高く評価しなくっちゃとは思うもの
の、純粋に作品として評価すれば、7点でもおまけ気味かも。 .
若き御手洗が語る異国での物語。帯では”物語”に”ミステリー”とルビ
が振られてはいるが、さすがにそれはないな。だが、非ミステリであろうと
たしかに読ませてくれる。島荘の語りは堪能できる作品。 .
中では「戻り橋と悲願花」が出色の出来だろうな。謎の詩美性にこだわる
島荘だけど、本作は解決のその先にある詩美性って感じかなぁ。とにかく美
しい。はかない話の中から、こんな光景が飛び出してくるんだからな。島荘
版「幸福の黄色いハンカチ」とでも呼びたくなるってばよ。 .
それに続くのが「追憶のカシュガル」。この作品の内容自体はすぐに忘れ
てしまうものにすぎないが(実際もう忘れている(笑))、ここで語られる
ソメイヨシノのエピソードは、絶対に一生忘れることはないな。 .
「桜と言えば……」って前置きで、そのうち誰かに雑学として語ってしまう
のが、100%確実だよ。馬鹿騒ぎではない花見の席で披露すると、みんな
桜を新鮮に見つめ直してしまうこと必至な、実用性高い雑学だね。 .
「進々堂ブレンド1974」はプロローグ作品だからどうでもいいとして、
カッパ50周年記念で既読だった「シェフィールドの奇跡」もいい話だし、
単なる作品集として見るならば、なかなか良きもの。 .
でもね、これって御手洗物じゃないよね。主人公である必然性一切無い。
全然エキセントリックさは無いし(石岡の誘い受け性質が御手洗をそうさせ
たのか?)、推理要素なんて全然と言ってよいほど無いし。 .
外国放浪経験のある物知りなお兄ちゃんにすぎない。御手洗潔シリーズと
いう意味合いで読む価値は無いのでは。ファンブック的な扱いならばいいと
しても。勿論、採点はたかが6点(つうか採点対象外作品だよ)。 .
出版社はともかく著者本人が堂々と嘘をついちゃいかんだろ。「加賀シリ
ーズ最高傑作」だって。ちゃんちゃら(って何だ?)おかしいってばよ。.
ミステリとしての”肝”など一切無い単なるお話。東野圭吾クオリティだ
と、感動レベルもさほど高いわけじゃないぞ。ミステリの”小説”としての
部分にさほど比重を置かない自分にとっては、無駄に近い書だったかも。.
今だったら書きゃあ何でも売れるし、映画だって(映画化されるんだって
さ!)それなりにゃあ入るかもしれないけど、なんだかなぁ。読者や観客を
くらかす所業に思えるよ。騙すなら作品で騙して欲しいんだってば! .
勿論肝なんてものが一切無かろうが、謎があって、解決があって、一応隠
されてた犯人もいるんで、ミステリであることには全く疑問の余地はないん
だけど、個人的には「ただのお話」との間に境界線は引けないよ。 .
とはいえ、この「ただのお話」としては良く出来てはいるので、東野圭吾
にそれを求めて読む分には、充分な満足感を与えてくれるかもしれない。ミ
ステリを求めて読むならば、不満足感しか残らないというだけの話だ。 .
これから読もうかなと思っている人は、自分がどちらを望んでいるのか、
理解した上で選択されることをお薦めする。 .
敢えて批判的に5点とするほどではないので、採点は6点。 .
SAW形式の殺人ゲームを、きっちりと本格ミステリとしての必然性に仕
立て上げているのが、非常に好感が持てる。現代ならではの派手なトリック
って奴も、最初にやったもん勝ちでよろしいし、なかなかの出来映えかと。
特に前者の目の付けどころが個人的にはツボ。SAWやCUBEの大ヒッ
ト以来、同様のシチュエーション・スリラーが山のように作られたが、シチ
ュエーションの外枠の必然性を上手く説明した作品なんて、皆無に近いので
はないかな。何せ元祖のCUBEでさえ、続編以降その理屈を何とかこじつ
けようとして、どつぼの方向に行っちゃってたくらいだからな。 .
同様のフォーマットをミステリの中に組み込んだ作品(矢野龍王や「イン
シテミル」みたいな)でさえ、その枠内世界で汲々としてるだけで、外枠自
体にきちんと言及できていたものは無かったと思う。 .
「ライアーゲーム」もそれで迷走してたりするしな。「カイジ」のような胴
元が確実に儲けるシステムという明解さがないのが常に不満だった。 .
本作はまるでその不満点・疑問から発生したような作品のように思えてし
まう。ある意味、批判を実作化したような作品として高く評価したい。 .
後者の現代版トリックにもなると、賛否両論出てきそうだけどね。個人的
には許容できる。ただ被害者の態度が一変したところは、結構大きくキーと
なる行動なだけに、おざなりではなくきちんとわかりやすい説明を付けて欲
しかったな。ここだけはちょっと不足を感じてしまった。 .
全体的には高評価ながら、採点としてはやっぱり6点止まりだけどね。.
これは久しぶりに良かったぞ。道尾独特のミスリードや意外性があるわけ
ではないが、軽みの中でこそ生きるミステリ性がもうたまらん。麻耶くんが
得意とするホームズ・ワトソン逆転型で、仕込みがなかなかに高度では。.
失敗する探偵というのはよくある話。失敗してても成功したつもりになっ
てるというのも有名な例がある。でも、失敗してるのにそれを小細工して成
功ってことにさせてしまうってのは、結構ユニークな趣向だろう。たしかに
類型の趣向は色々とないわけではないんだけど。 .
それにこの趣向は、本当の意味での”多重解決”を実現しなければいけな
い、という縛りがあるんだよね。ミステリで多重解決といえば、一般には毒
チョコみたいな、推理が一つ一つ覆されるタイプの作品を指すことが多いけ
ど、これって正確には”複数解決”とでも呼ぶべきだよね。 .
多重解決と言うからには、本当は複数の解決が同時成立しなくちゃいけな
い。それがダミーの真相と真の真相であっても。これは先に挙げた複数解決
よりも、より手間暇が必要なのは自明。これを一つの流れの中で四編も成立
させるというのは、かなり高度な手管だと思うよ。 .
この軽みと深みの無さから、一般ファンからは評価されない作品だと思う
けど、わたしゃ支持するぞ。ミステリ的には意外に深い作品だってば。ま、
多少はご都合主義的な処理で流しちゃってる部分もあるけれどね。 .
というわけで、久々の復活感を歓迎して、おまけの7点だ! .
ただ一つ難を感じたのは、中学生への想いってのが、全然説得力が感じら
れなかった点かな(「お前が言うな!」って言うな!(笑))。 .
やたらめったらと新鋭だらけ。ってことからだけでも大方予想は付くが、
目玉のない小粒だらけのデラウェア。おいらは巨峰が好きなんだ〜い。 .
そもそも「本格」の”ベスト”って匂いが全くしないんですけどぉ〜〜.
しゃあない、各短編の短評でお茶を濁そう。 .
有栖川有栖「ロジカル・デスゲーム」は、前にも評したとおり有栖流創作
術の見本みたいな作品。タネ一つからここまで作れるという作者の自負。.
市井豊「からくりツィスカの余命」は、「舞台の原作」であることがロジ
ックの条件となるという、本格としての着想が秀逸。今回のベスト。ただ一
本道の展開ではないのに、本来の脚本とほぼ違いがないってのはやり過ぎ。
谷原秋桜子「鏡の迷宮、白い蝶」は、小粒ネタばかりだけど、複数組み合
わせてるのが好感持てる。しかし、この選集の常連ってのは不思議だな。.
鳥飼否宇「天の狗」は、トリック自体はあまり感心しないが、とんでもな
いホワイダニットで突然バカミス化するのは、作者らしいユニークさ。 .
高井忍「聖剣パズル」は普通に説得力はあるが、面白味は薄め。 .
東川篤哉「死者からの伝言をどうぞ」は、以前も書いたがバカミス的手が
かりとロジックの競演がいい出来。今回の第二位。 .
飛鳥部勝則「羅漢崩れ」はまるでブラックな落語だな。 .
初野晴「エレメントコスモス」はホワイダニットの優しさが良い。探偵役
の造型は好みではないが、短篇集でまとまると気持ちよさそう。第三位。.
深緑野分「オーブランの少女」は、ある意味今回の目玉作品かも。極端な
ホワットダニット。なんだか凄い雰囲気なので、好きな人は好きだろうな。
杉江松恋「ケメルマンの閉じた世界」は、全然ピンと来なかった。 .
全体的なインパクト不足、本格度不足で、採点は6点止まりだよなぁ。.
仮説の域を超えた世界から引っ張り出してくる妄想推理、とんでもないと
ころに着地するぶっとびのホワイダニット。予想通りの西澤保彦らしく、予
想を超える構図で魅せる。これはやはり西澤保彦以外の何者でもないな。.
中でもやはり本書のキーワードは「ホワイ」になるだろうな。 .
但し、ミステリで「ホワイ」と言った場合、二通りの解釈が出来る。一つ
はロジックに結びつくホワイ(何故犯人はこういう行動を取ったのか、など
のホワイね)。もう一つは動機そのものというシンプルなホワイ。 .
個人的には(というか本格好きの大半がそうではないかと思うのだが)、
前者のホワイの方に面白味を感じるのだけど、作者が得意なのは後者。 .
そもそも西澤保彦にはロジックのイメージが強いと思うのだけど(何せ全
編推理しかやってないように見える作品も多いわけなので)、実はそこまで
ロジカルではない。わいわい仮説出してるだけ。基本は飛びの本質直感。.
ただこの飛び幅が半端ないので、長らく人気を保てるのだと思う。先程動
機のホワイをシンプルと表現したけど、氏の場合一筋縄ではいかないぞ。.
「墓標の庭」がもろにホワイのみで持たせた作品。「お弁当ぐるぐる」にな
るとそれにフーダニットが絡んでくる。「カモはネギと鍋のなか」は更にそ
こにホワットダニットまでプラスされて、3Wの大盤振る舞いだ。 .
これだけでも充分に贅沢感はある。ところが実はこれらよりも残り二作品
の方が、もっと貪欲にホワイを追求した作品として注目に値する。 .
「対の住処」は畳みかけるようなホワイの連続に圧倒される。しかしながら
それは「狂人の論理」として、ある意味一貫した同種類のホワイであった。
ところがこれが表題作となると、複数のホワイというだけではなく、異種
類のホワイで容赦なく責め立ててくるのだ。しかも堂々とした伏線が貼られ
たフーダニットとしても機能するのだから、本書中断然のベストである。.
粒ぞろいな上に表題作のこの出来映えなのだから、採点は7点としよう。