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4/1 宮原龍雄探偵小説選 宮原龍雄 論叢社

 
 山沢晴雄狩久、宮原龍雄、長年求め続けてきた作品集がこうして読める
ようになるなんて、感涙の思い。大坪砂男、大阪圭吉鷲尾三郎あたりは比
較的早く編まれていたのに。天城一なんてあれだけフィーチャーされたのに
(不思議なほどだが)。個人的には楠田匡介の脱獄物以外(傑作が沢山)、
川島郁夫(藤村正太ではなくこの名義時代の短編)を更に絶賛希望!  

 ここで挙げた中でも、ガッチガチの本格派、トリック派の雄とでも呼びた
いのが、この宮原龍雄。奇想というほどではないにしろ(いや、奇想と呼ぶ
べきものもある)、全編に込められたトリックの厚みには圧倒される。 

 

 こんな作家もいたのだ。こんな時代もあったのだ。         
   素晴らしきかな、国内古典短編! 回帰せよ、とも思えるほどに。
 

 その乾きが、でも、新本格を産んだのかもしれないけどね。そういう意味
では彼ら(上で名前挙げた小さな巨人達)も直接的ではないにしろ、新本格
の父だったのかもしれないよ(直接的でない父ってどんなのだ?)   

 さて、そんなトリック満載の本書なので、ベスト3はその日の気分でどの
作品を選んでも良いかと思えるほど。ホント、どれも凄いんだって。  

 比較的マイナーな作品を優遇して、メジャー系前半四作(メジャーといっ
ても、ほんのごくごく一部の国内古典ミステリファンの間ではってことだろ
うけどね)の中からは一作のみ。シンプルさが鮮烈な「新納の棺」を。 

 残る二作は、状況の妙味を複雑トリックで実現させる「瓢と鯰」と、バカ
ミスに限りなく近い着想の凄さの「世木氏・最後の旅」。       

 やはり狩久に引き続いて嬉しさに心震える。同じく9点にさせて貰おう。

  

4/5 ミステリ★オールスターズ
            本格ミステリ作家クラブ編 角川書店

 
 これだけの面子がこぞって読めるんで悪くはないが、「短いがこれぞ本格
ミステリといえるミステリを持ち寄ろう」という主旨で読むには、物足りな
さ全開。おまいら本格じゃなさすぎだろ、と誰か言ってやれ。     

 状況説明と伏線と解決があれば、たしかにミステリであることは間違いな
いとは思うけれど、少なくとも「これぞ本格!」ではあるまいに。   

 まぁ本格ミステリ作家らしく、捻ってナナメから攻めてきたらしい作品も
チラホラとあるが、そういうのに限って成功してるとは言い難い。後はごく
普通にお茶を濁してたり、そもそも本格に挑む気すらないのが大多数。 

 やろうとしたテーマは完全に空回りしちゃってるので、採点は6点。 

 数だけは多いので、ベスト選びは趣向を変えて、各部毎に1位と2位を。

 まずは1部のベスト、村瀬継弥「星空へ行く密室」。ありがちだけど必然
性のある仕掛け。次点は氏ならではの正攻法、山沢晴雄「深夜の客」。 

 2部のベストはファンタジー風味に感激の松本寛大「最後の夏」。フィニ
ッシングストロークの飛鳥部勝則「羅漢崩れ」が次点。        

 3部のベストは叙述形式が秀逸の柄刀一「ある終末夫婦のレシート」。次
点はそこに伏線入れるのか(気付いてたけど)の辻真先「密室の鬼」。 

 4部のベストはもっとバカミス要素を強くして欲しかったけど、門前典之
「神々の大罪」。次点は斎藤肇「つまり誰もいなくならない」。先程挙げた
ナナメから攻めた本格の中では、これが一番成功しているかも。    

  

4/8 サイモン・アークの事件簿II
 
           エドワード・D・ホック 創元推理文庫

 本巻はさほどマジック系という感じはしなかったかな。しかしながらオカ
ルトがベースということで、バカミス・テイストが香ばしかったかも。 

 というわけで匂いだけではなく、真相もオバカだったものから順位を上に
したくなる。そういう意味で本書のベストは「吸血鬼に向かない血」。いや
いやいやいや、現実にこんな真相聞かされたら、その場で豚死、ちゃうちゃ
う、頓死しちゃいそうな顎外れの驚愕トリック。           

 続いては「真鍮の街」。珍しくも結構な分量の中編。しかもホックにして
はとっても珍しい、意外なエンタメ風味の面白さ。そんなパルプ・マガジン
風の軽味を楽しんでると、最後の真相に腰を砕かれちゃうぞ。     

 その他はバカっぽさというレベルで止まってる感じかな。「宇宙からの復
讐者」は設定はバカだったけど、凝らずにそのまんまなトリックだったし、
「マラバールの禿鷹」の鳥葬だとか、「百羽の鳥を飼う家」とかも、舞台に
は期待持てたけど、まぁ真面目な作品だったかな。          

 残り三作品はいずれも謎の設定が魅力的。「墓場荒らしの悪鬼」はわかっ
てしまったんだけど、ホワイダニットが秀逸。「過去のない男」はトリック
はありきたりだけど、非常に上手く状況が作り込まれてる。      

 というわけで残る「死を招く喇叭」をベスト3の最後の一角に。トリック
自体は単純なんだけど、不可思議度合いがずば抜けていた。      

 全般的には、謎の割にはトリックがありきたりなので、6点止まり。 

  

4/13 林の中の家 仁木悦子 ポプラ文庫ピュアフル

 
 50年以上も前の本格だけど、心地良い溜め息と共に読了できる佳品。

 トリックや伏線の一つ一つはとても小さいものだけれども、それがほんと
に丹念に張り巡らされていて、全体としての美しさに酔えてしまう。  

 特にさほど気に留めてなかったシーン(冒頭の電話)の意味合いが、解き
明かされる鮮やかさが本書の白眉ではないだろうか。数々の伏線がほんとに
一点に収束して、なるほどと大きくうなづける心地良さよ。      

 著者自らが本作を語った「悠久のむかしのはなし」が併録されてるのも、
ますます興趣を増す工夫。彼女の創作手法が(ある意味根源的な手法ではあ
るのだけど)、ほんと素直に表出された作品なんだなと感じられるよ。 

 唯一残念に感じたのは、犯人特定のロジックがこじつけめいて感じられた
点かな。四つのポイントが挙げられてはいるが、最後の一つを除いては、こ
の人しかないという決め手としては弱かったような。         

 ドラマとしても美しいんだから、もっとドラマティックに演出して欲しか
ったかも。これだけ理詰めで追いつめる割に犯人指摘シーンはあっさり。ま
ぁ、それも味なのかな。心地よさは抜群だが、採点としては
7点。   

 ところで本書を読んだのは訳がある。「日本ミステリ百選」を選んだ際に
やはり仁木悦子は落としたくはないなということで、無難に「猫は知ってい
た」を挙げてみた。すると複数の人から、どうして「林の中の家」じゃない
の、と訊かれてしまったのだ。                   

 たしかに単品の出来映えとしてはこちらの方がいいのかも。といっても猫
を覚えちゃいないのだよなぁ。新版を買って読み返せよってことかな。取り
あえず歴史的価値も加味して、現状維持ってことで。         

  

4/15 十二人の手紙 井上ひさし 中公文庫

 
 ミステリの手練れというわけではないのに、これは素晴らしきミステリ。
これだけ有名な作品を読み逃していたのは恥ずかしい限り。      

 こういう形式の作品は当然他にも多いが、一冊丸ごとをこれだけの質と量
で読ませてくれる例はそうはあるまい。おそらくは皆無か。      

 書簡のみで構成された十二編。ツイストを利かせた作品、この形式の中で
更に形式の趣向を凝らした作品、それらのバリエーションのかけ方も見事。
それぞれの趣向を楽しませてくれる上に、十三編目の仕掛けけだものなぁ。
本格の稚気に笑みがこぼれてしまうよ。いい作品だ。         

 こうやって様々な書簡形式で一冊を俯瞰すると、一人称、二人称、三人称
のそれぞれを包含しつつ、そのどれとも違う叙述の面白味が感じられた。特
に一般の形式では二人称を使いこなすのは難しいが、それが自然な形で導入
できる。比較的自在に組み合わせが効く便利な形式でもあるのだな。  

 さて、なかなか選びようの難しい恒例のベスト3だが、やはりミステリ読
みとしては人生の機微や哀切で読ませる作品よりも、ツイストの利き具合が
ぴしっと締まった作品を選びたくなる。               

 この観点から、ベストは「鍵」かなぁ。それぞれにミステリの仕掛けを凝
らした二段落ちにやられる。それに続いては「ペンフレンド」を選ぼう。こ
れまた二段構えの謎解き。どちらも痛快な読後感が心地良かった。   

 最後の一作は、作品自体の面白さは度外視して、とにかく趣向が頂点まで
高まった「玉の輿」を選びたい。全部の手紙を文例集からのみ抜き出して、
これだけの波瀾万丈を描き得るとは。いったいどんな文例集やねん、と突っ
込みたくはなるが、これはやっぱ凄いよなぁ。            

 滅多にはないというより、孤高の高みだと思う。採点は8点としたい。
本ミステリ百選
に入れても然るべき作品かもしれない。        

  

4/19 ライオンハート 恩田陸 新潮文庫

 
「ジェニーの肖像」に始まり「たんぽぽ娘」に終わる、時を巡るラブ・スト
ーリー。ただその巡り方は、夢を媒介に時代や人を隔てている。素敵な話で
はあったけど、主人公固定でないだけに、完結感が若干薄かったかも。 

 とはいえ、たしかに時間物のパターンにバリエーションを付けるには、固
定主人公では難しいのも理解できる。一つの方法論としてはしょうがなかっ
たのだろう。「火の鳥」と近似した手法という解釈も可能かも。    

 五編のタイトルは全て実在の絵画から取られていて、各作品の冒頭にその
挿画が(勿論カラーで)添えられているという、文庫にしては贅沢な装丁が
素敵。この絵画のイメージがあるのとないのとでは、作品の印象自体も結構
変わりそうなので、これは金をかける価値のある趣向だったと思う。  

 ただ一方、全体のタイトルとしてはぼんやりしすぎていて感心できない。
ケイト・ブッシュの2枚目のアルバムと言われても、知らない人には全然ぴ
んと来ないものな。解説なけりゃ当然SMAPだと思うわな。     

 恩田陸自身にとっては着想の元にあるのかもしれないが、読者には伝わっ
てこないよ。そして、そこからの着想を元に主人公達の名前が決定し、同時
に「天球のハーモニー」という作品に繋がったのだと思うが、ぴんと来てな
い私には唐突感があって、この作のみ存在意義が感じられなかった。  

 一番好きなのはちょっと強引気味ではあるけれど、やはり「記憶」ってこ
とになるのかな。続いては甘さとしては一番の「春」かな。時間物としての
導入にふさわしい「エアハート嬢の到着」もいいし、「イヴァンチッツェの
思い出」のラストシーンも洒落ている。               

 この四作はいい作品だったと思えたな。それぞれに軽いツイスト風味を効
かせてるのも、いいスパイスになっている。「天球のハーモニー」さえなけ
れば、もっと全体の印象も良くなったのになぁ。これだけマイナス点。 

 時間物としての換骨奪胎ぶりを評価して、採点は一応7点にしておこう。

  

4/21 眠り姫とバンパイア 我孫子武丸 講談社ミステリーランド

 
 一年半ぶりにミステリーランドが帰ってきた。ウィキペディアによると、
配本が途絶えていたのは「装丁に使用していた用紙が製造中止になった為」
となっているが、ホンマかいな? 今後の執筆予定者は井上夢人恩田陸
北村薫京極夏彦となってる。どれも楽しみだな。で、本書の感想っと。

 ジュブナイル・ミステリとしては、意外にとっても正統派。     

 ……ってことは、ミステリーランドとしてはむしろ異色、ということにも
なるんだけど、それに文句のあろうはずもない。いいじゃない、これ。 

 ファンタジーとミステリの狭間で揺れ動くような読み心地を、見事に終盤
まで持続させてくれる。痛みもある真相ではあるけれど、非常に美しく画が
描けているのではないだろうか。結構やられちゃったよ。       

 ここで「痛み」と表現したように、これは「毒」ではないのだよな。それ
が良い。この叢書は「かつて子どもだったあなたと少年少女のため」がコン
セプトになってるはずなのに、ホントに「少年少女」も対象に入ってるのか
なと疑問に思うくらい、「毒」の強い作品が多いんだよな。      

 執筆陣の話を読んだりすると、故宇山氏がそれを大いにあおってた節があ
るからな。甘チャン路線の私としては、宇山色が薄れるのは歓迎の方向。

 そんなわけで、本書の採点は7点「講談社ミステリーランド順位表」
久々の更新。第7位と好位置に付けてみた。             

  

4/26 Anniversary50 (アニバーサリーごじゅう) 
綾辻行人有栖川有栖、大沢在昌、島田荘司田中芳樹
道尾秀介宮部みゆき、森村誠一、横山秀夫 カッパ・ノベルス

 カッパ・ノベルス50周年記念ということで、並々ならぬ編集部の押しが
あったことを想像させる、非常に豪華かつ良質のアンソロジー。    

「50」という緩いテーマが上手い具合に効いていて、おそらく調整された
ことも伺える。鮫島、棟居、倉石、火村、若き御手洗とオールスターキャス
トなのも、明らかに編集の希望を押し通した故だろう。よく頑張った! 

 とにかく全ての作品が例外なく水準以上の出来映えと言っても過言ではな
いと思う。その代わり飛び抜けた作品は無いんだけども。でも、これだけの
アベレージの高さは、書き下ろしアンソロジーとしては出色かと。   

 そんな中でも、ベストは横山秀夫「未来の花」で決まり。頭一つ抜きん出
てるな。やはり短編の精度は現代作家の中では随一だな。       

 それに続くのが道尾秀介「夏の光」。こうしてこの二人が並ぶと、やはり
現代のミステリ界を象徴してるように思えるな。           

 三作目は私にしては珍しく非ミステリを選択。ホラーの綾辻作品も良かっ
たんだけど、それを抑えて時代物の宮部みゆき「博打眼」を。時代物なんて
好みではないはずなのに、これは話に引き込まれたぞ。        

 ずば抜けた作品ではないけど全て水準以上のアベレージという、これこそ
7点以外の何物でもないというような、ずっぽしの
7点。       

  

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