ホーム創作日記

 

10/6 隻眼の少女 麻耶雄嵩 文藝春秋

 
 ロジックの迷宮。                        

 突き当たりに設けられた扉をいくら開けようが、そこはまだ迷宮の中。

 後期クイーン問題に対する麻耶クンなりの変奏曲かとも思うのだが、どう
だろうか。ここには解はなく、また新たな方法論というわけでもないが、問
題自体を無効化するようなやり口は、ある意味麻耶流とも言えるのでは。

 勿論いつもながらメッセージ性があるわけではない。声高に主張すること
はせず、あくまでも作品として提出されるだけで、一切の付加的な説明は行
われない。ストイックなまでに、読者自身の評価に任されるのみ。   

 繰り返しの主張になるが、本作は「螢」のような最先端ではない。先に書
いたように新しい解が示されているわけではなく、どちらかといえば古い方
法論にすら近い。しかし、それを後期クイーン問題と絡めて、シニカルに見
せるのが麻耶流。これはパロディではないかと見紛うほどだ。     

 見紛うと表現したのは、本作はパロディとしては成立していないように思
えるせい。パロディの成立要件は何をパロディしているかが明確に伝わると
いうところにある。また、パロディならではの効果が望まれるはず。  

 そのどちらもここでは薄い。たとえば本書を視覚化してみるならば、「真
っ直ぐな本格」という素材をねじりにねじって組み合わせ複層化したものだ
と思う。しかし少し離れて見ると、全体に真っ直ぐにしか見えない。  

 騙し絵のような、あるいはフラクタルのような本格。やっぱりとにかく本
格なのだ。どうしようもないくらいに”本格”。           

 結局はやはり麻耶雄嵩ならではの本格作品というわけか。採点は8点

  

10/8 サニーサイド・スーサイド 北國浩二 原書房

 
 青春の厭話のごっちゃりとしたかたまり。             

 その割には比較的後味は悪くなく爽やかでさえあるのが救い。    

 ところで本書のキモは、”笑っちゃうくらい壮大なミスリード”ってこと
でよろしあるか?(何故に似非中国人?)              

 前作に続いて、都合の良い超能力から始まるミステリ。作者にとってはあ
まりにも使い勝手の良い便利の極みなので、今後もこのシリーズでいくんだ
ろうな。読者に無条件の受け入れを強いる謎出しが出来るんだもの。  

 超能力探偵というわけではなく、単なる謎の提示のきっかけにしかすぎな
いのが楽なんだよね。変な苦悩は描かずにすむし。          

 とはいえ、その他の部分はとにかく”苦悩”だらけ。よくもまぁこんなに
と思うほどの”厭”のオンパレード。間接的にイタかった前作と違い、今回
は直接的なイタさが全編を占める作品。               

 カタルシスを求めてミステリを読んでる人間にとっては結構な苦痛だった
かも。まぁ最初から最後のどん詰まりまで徹底的にどん底のままという、
かなえ
体験の後では苦笑いで済むレベルなのかもしれないけれど。   

 本当の構図を覆い隠すというミスリードは前作同様だが、本作の場合ほぼ
全編がソレという極端なもの。大胆といえば大胆だが、ミステリとしての爽
快感というところまでは達していないか。伏線はあちこちに張ってはあるも
のの、テクニカルなものではないよな。               

 前作の題名のようなワンポイントが欲しかったところ。採点は6点。 

  

10/13 Sの紋章(問題編) ふじしろやまと 講談社

 
 読者謎解き企画本なので、一読しただけでは全く意味のある感想の書ける
作品ではない。解答〆切後、もしくは正解発表後に加筆します。    

 現時点ではとにかく一回読んだだけで、一切何も挑戦してない。暗号解こ
うかな、という行動すら起こしてない段階。でも、今回も賞品取るぞ、じゃ
ないな、今回こそ湖水地方ゲットするぞ(いつも前向き!)      

  

10/19 写楽 閉じた国の幻 島田荘司 新潮社

 
 物語としては不完全作品。裏の物語の伏線がいつ回収されるかと思ってた
ら、全くないまま終結。これらについては続編にて描かれることになるよう
だが、写楽の謎という求心力のない続編なんて、とても読む気が起きないの
だけれど。これ以上検証の過程読まされてもしょうがないしなぁ。まだ何か
あっと驚く隠しネタを残してるということなのか。でもちと望み薄。  

 一方、写楽本としてはこれは完璧。素直すぎる読者かもしれないけど、笑
っちゃうくらい説得力ありすぎで、これこそ本当の決定版なのでは?! 

 自説に都合の良いように謎の整理がなされるのが常だろうから、島荘も写
楽に対する謎の一部(自説と符合するもののみ)しか挙げてないのかもしれ
ないが、少なくともそれに対する解答としてはエレガントで美しすぎる。

 正体について誰も口を開かない理由、習作も何もなく突然現れた理由、無
名の新人への破格の扱い、写楽という名前の意味、これらのことごとくがも
うたしかにこれしかないと納得できてしまって、心震えてしまった。  

 これを検証していく中で明らかになった「日程の一致」に関しては、もう
これで「Q.E.D.」と書いてしまっても良いよと思えたくらい。自分の
中では写楽の正体は(少なくとも大元の方は)これで「確定」でOK! 

 ただ歴史側の方だけで、本書に凄い高評価を付けるわけにはいかない。そ
れだったら過去の歴史ミステリの書き手達が、なんあであんなに苦労してた
のかバカらしくなっちゃうものね。大抵は歴史側は魅力的だけど、現実側が
いまいちってことで評価落としてるのが常だからな。         

 というわけで写楽の謎解きとしては完璧だし、歴史描写の部分もさすがに
読ませてくれるけれど、採点はどう頑張っても
7点より上は付けられない。

  

10/21 再会 横関大 講談社

 
 本年度の江戸川乱歩賞受賞作。                  

 簡明な文章で、淡々と読ませる。独白が変わる度に、少しづつ隠された真
実が露わになっていく……んだけども、だからってどうってことない話。

 応募歴も長いし、最終審査もこれが四度目。そこそこな話をそこそこ書け
るそこそこちゃんなんだろうな。自分の読書傾向とは無縁の人のようだ。

 おそらくはこの時点で既に完成しきってる人なのだろう。文章に癖はなく
簡明なので、誰だって抵抗感なく読める。文体も内容も嫌みがない。適度な
軽さ・重さを上手くバランス取る術も身につけているように感じられた。

「お話」を作って、大多数に提供する、ということに関しては、何ら問題無
く巧みにやってくれそう。二時間ドラマを見る感覚で読める作家。   

 ただし「ミステリ」を作って、我々ミステリ愛好者に提供するという点で
は、さほどの期待は持てない。                   

 デビュー作にはその作者の”志”が表れているのが普通。本書に於いての
ミステリとしての”真相の意味の無さかげん”を見ると、その”志”は容易
に見て取れる。                          

 お話としての転がし方がどんなに巧みでも、簡単に手の届くところにある
終着点では、ミステリを読み上げた醍醐味が感じられないのだよなぁ。 

 乱歩賞対策という雰囲気の無さは良かったけどね。でも当然採点は6点

  

10/25 パニック・パーティ アントニイ・バークリー 原書房

 
 武闘派(笑) 探偵もそうなら、ましてや作者においてをや。    

「純粋な本格(意訳)を書いてみろ」と言われて、「純粋な非本格」を差し
出す天の邪鬼っぷり。探偵することを徹底的に拒否する探偵(笑)   

 ホント、喰えないオヤジだよ(褒めてます。褒めてますってばっ!) 

 異色作といえば異色作なのだが、反骨精神というか、批評色・パロディ精
神みたいなものは常に変わらずある。底に流れるのは一緒なんだよね。 

 とにかく誰もがやることなんか、やりたくないってことなのかもしれない
な。だからこそそれは自ずと反骨になるわけなんだよな。そして「誰もがや
ること」と「誰もやってないこと」に線引き出来るってのは、批評精神がな
いと出来ないってこと。そうして提出された作品ってのは、見掛け上パロデ
ィになるのも当然ってもんなんだよな。いわば必然。         

 しっかし本書なんかちょっとやり過ぎな感も否めない。とにかく徹底的に
本格を拒否することで、本格を浮き彫りにするような作品なのだからな。で
も、これって結局バークリーがとんでもなく”本格野郎”だってことを、逆
に証明してるような気がしないでもない。              

 非本格で本格を表現する芸樹作品。そう評価しても当たらずとも遠からず
のように思えるよ。そういう意味でたとえ非本格だろうが、本質は本格作品
だとしか思えないのだ。逆説の本格。そういう意味合いを評価して
8点

  

10/27 キッド・ピストルズの醜態 山口雅也 光文社

 
 映画シリーズですかい。それぞれどの映画が下敷きになっているか、はっ
きりとわかっちゃう作品。そうなるとやっぱ安っぽく感じられちゃうな。三
編全部にちらりと光る手掛かりやロジックはあるんだけども。     

 一応どの映画かを書いちゃうとネタバレになってしまうのもあるので迷彩
で書くけど、多分その映画を見たことがある人なら読んでる途中で「ああ、
これはあれだな」とわかってしまうんじゃないかと思う。       

 ちなみに「メメント」「羊たちの沈黙」「アイデンティティー」ね。 

 二作目はともかく、一作目はそれに気付いてしまうと犯人までわかってし
まう。三作目もこれでフーダニットは解けないとしても、本作の一番のキモ
であるホワットダニットがわかってしまう、というていたらく。こりゃあ安
っぽいどころの話じゃなくて、失敗と評しても過言ではないかも。   

 そういう消去法でなくても、本書のベストは迷いようなく「《革服の男》
が多すぎる」に決定。見えていた構図ががらりと切り替わるあたりは、その
ロジックも含めてなかなかに秀逸。                 

 そのあたりの小技は一応、三作共に見られたので、「腐っても鯛」といっ
たところなのかも(と少し持ち上げたようでいて、暗に「腐ってる」と貶め
てるわけでもあるんだけど)。                   

 前作の感想で「キッド・ピストルズの復活」とでもして欲しいと書いたけ
ど、「復活」と謳えるようなようなもんじゃなかった。まぁ「山口雅也の醜
態」というほどでもなかったのは救いだけど。採点は
6点。      

  

10/29 なぎなた 倉知淳 東京創元社

 
 16年間に発表されたノンシリーズ作品の集成ということだが、「その割
には……」というのが正直な感想。セレクションじゃないからしょうがない
のか。作品としてはホワイダニットを扱ったものが多く、ミステリらしいロ
ジカルなお愉しみが少ないのも、その要因かもしれない。       

 なので、あんまりこれぞって作品はないんだけども、その中でも取りあえ
ず恒例のベスト3だけは選んでおくか。               

 まずベストは「闇ニ笑フ」だな。ファイナル・ストロークの魅力。短編と
しての完成度は本書中ではピカイチだろう。             

 第二位は「眠り猫。眠れ」。まるでくろけんさんの家庭人情物。ただし、
後からなるほどと思えるワン・エピソードは欲しかったよなぁ。    

 第三位は「猫と死の街」。理由は「ねこちやん」。これに尽きる(笑)

 ところで「タイトルは内容と一切関係ありません」っても、ほんとうに意
味が無さ過ぎだよなぁ。ナンセンスがセンスというつもりかな。まぁつかみ
どころのない倉知淳に似合ってると言えば、そうかもしらんけど。   

 編集方針についても明確には書かれてないが、一冊ごとになんとなくカラ
ーを合わせて、若干毛色の違う二冊組にしたという雰囲気なのかな。  

 そんな風なので、どちらの作品集が好きかでその人の好みが読めるかも。
こちらの方が好みなのは、はちゃめちゃ系よりもまとまった話の方が好き、
という人かもしれないな(つまり私は逆だということだ)。そういう人が好
んで倉知淳を読むかどうかは別だけど。採点は
6点。         

  

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