ホーム創作日記

 

7/7 狩久探偵小説選 狩久 論創社

 
 長い間待ち望んでいた作品集なだけに、もう堪能。狩久を知らない読者に
コレは傑作だから読め、などというつもりはさらさら無いが、個人的な思い
入れだけで言えば、本年度のベストに挙げざるを得ない作品。     

 大学時代、古本屋の汚い棚を漁り倒して、「新人××人集」と銘打たれた
「別冊宝石」を見つけ出しては、(無言ながらも)歓喜の雄叫びをあげてい
た、青春の郷愁がここにあるのだもの(どんな青春だ?!)。     

 帯の文句は「論理と密室のアラベスク 性的幻想のラビリンス」となって
いるが、これは非常に良く狩久の特長を表現できているように思う。ただし
ちょっと狩久に付ける言葉としては高尚すぎる気がしないでもないが。 

 そう、狩久の印象を一言で言い表すならば「通俗的」。作中人物たちの言
動もそうであるだけでなく、ミステリの扱いに関してもそういう雰囲気を感
じる。これは否定しているわけではなく、全くの逆。だからこその遊びのよ
うな感覚が、もうたまらなく好きなのだもの。            

 全く方向性は違うのだけれど、方法論としては意外にラノベなんかにも通
じる話なのかもしれない。評論家やジャンル作家という高座からではなく、
読者と同じレベル・目線で作家本人も楽しんでいるのが伝わってくる。 

 さて、そんな中でも個人的なベストは、間違いなく「虎よ、虎よ、爛爛と
──101番目の密室」。初読時この逆密室という論理性にしびれて以来、
狩久がマイフェイバリットな作家の一人になったのだから。狩久としてはリ
バイバルな作品だろうが、私にとっての狩久の原体験。当時は山沢晴雄「仮
面」と並んで、自分の妄想密室アンソロジーの目玉の一つだったな。  

 第2位は何故これが初収録のなのかと、不思議に思えるほど完成度の高い
「呼ぶと逃げる犬」とする。あべこべの論理という、逆説の愉しみ。文中で
は説明されてないが、冒頭三行を読了後に読み返すべし。       

 第3位は「山女魚」。怪奇とユーモアとを結びつけるトリックの妙。 

 狩久の傑作選を!と言い続けていた身としては、本書の採点は迷わず9点
とさせて貰う。それだけ思い入れの強い作家の一人。そういうわけなので、
「比較的セックスの匂いの強い」作品群の刊行も是非是非お願いします!

あっ、それと、宮原龍雄、川島郁夫、楠田匡介の脱獄物以外も是非是非!

  

7/9 蒼林堂古書店へようこそ 乾くるみ 徳間文庫

 
「日常の謎」ならぬ「日常の解決」とでも言いたくなるような作品。  

 謎は些細でも、ロジック展開や真相の”飛び”で魅せてこそのミステリだ
ろ、と思うのだが、そんなのもなかったらどないしろっちゅうねん。いきな
り最初から「ネットで検索しました」には顎外れるかと思ったぞ。   

 ミステリ短編に仕上げようという意志自体が感じられない作品群。これは
ダメなんじゃないの? 正直、ダメミスの烙印を押したくなるぞ。勿論、ト
ンミスなんかですらない、単なるクズミスという意味合いで。     

「六つの手掛り」収録作のような精度高い本格が書ける癖に、「カラット」
や本作のような、手抜きとしか思えない軽いだけの作品も平気で送り出す。
いったい乾くるみをどうしたいんだと問い詰めたくなってしまう。   

「イニ・ラブ」の余韻が続いているうちに、書きたい作品だけでなく、商売
作品もとにかく数だけ出して、稼げるだけ稼いでおこうという魂胆か。なん
て悲しい深読みすらしたくなってしまった。             

 本作の場合、ちょっとしたミステリ・ガイドとペアなので、基本は初心者
向けだろうことと、一話の枚数が少ないこともあるんだろうけどね。  

 一応全体を通じた趣向も盛り込まれているが、”暗号の乾”(という呼称
は初めて使ってみるが)としては、馬鹿馬鹿しいほど単純な内容。   

 一応その中でベスト3を選んでみると、ベストは本編ではなく「林雅賀の
ミステリ案内」の最終話「あの人は正体不明」を選択。このセンスは良い。
残り二作は「都市伝説の恐怖」「通知表と教科書」にしてみよう。   

 まぁ軽過ぎだとは思うが、批判的に5点にする程じゃないので、6点

  

7/14 本格ミステリ10      
           本格ミステリ作家クラブ編 講談社ノベルス

 いずれも正統的に本格として評価できる作品ばかりで、質も粒ぞろい。本
書を見る限りではセレクトも納得で、年刊傑作選として充分だと思う。 

 それでは各作品の一行短評で、恒例のベスト3も発表。       

 法月綸太郎「サソリの紅い心臓」。シンプルなロジックが綺麗に決まる。

 山田正紀「札幌ジンギスカンの謎」。ユーモラスな雰囲気からの意外性。

 大山誠一郎「佳也子の屋根に雪ふりつむ」。奇想の豪腕が炸裂。第1位。

 黒田研二「我が家の序列」。家庭人情物への執着は意外なのに実際秀作。

 乾くるみ「《せうえうか》の秘密」。ここまでこだわりの暗号なら納得。

 梓崎優「凍れるルーシー」。ホワイの論理成立させる世界構築。第2位。

 小川一水「星風よ、淀みに吹け」。これまた限定状況でのホワイの論理。

 谷原秋桜子「イタリア国旗の食卓」。意外にも結構美しい本格。第3位。

 横井司「泡坂ミステリ考」。読んでその後に何か残る評論ではなかった。

 ところで初期の頃のように、漫画が選出されることはもうないのかな? 
パフォーマンス重視すぎても困るが(06のような)、そういう意外な拾い
物みたいなものもたまには欲しいよ(今回は小川一水がその枠か?)  

 これだけの品質であれば喜んで7点を進呈。毎年こうだといいのに。 

  

7/16 ミステリ愛。免許皆伝! メフィスト編集部編 講談社ノベルス

 
 与えられたテーマに対して二人の作家が競作という、今どき珍しい結構ハ
ードなガチンコ勝負。捻りこそないものの、ストレートでいさぎよい企画な
ので、是非第二弾も読みたいところ。可能ならばベテラン勝負で(というの
はメフィストでは難しいか)。一冊の中に薄まることなく1対1勝負なので
作家にとってはストレスのかかる企画だろうけどね。         

 さて、ガチンコ勝負三連戦なので、各ラウンド毎に勝者を決めていくこと
にしよう。個人的にはいずれのラウンドも圧倒的勝利という印象。   

 さて第1ラウンドは「一族」。いきなりお題に対しての使い方からしてネ
タ被りな雰囲気だったが、平山夢明「人類なんて関係ない」が勝者。冒頭は
ドキドキさせられたが、暴力やグロは無い意外に爽やかな作品。    

 第2ラウンドは「ヌレギヌ」。これはもうすっかり人情物短編作家という
意想外の地位を手に入れた、くろけんさんの圧倒的勝利。ホワイダニットを
いい話につなげたなぁ。本書中の第二位。不知火京介「マーキングマウス」
は時間物を上手く処理できたようには思えなかった。主人公愚かすぎ。 

 第3ラウンド「鍵」こそ、本書のメインイベントで間違いあるまい。倉知
「Aカップの男たち」は、ほとんど出落ちとも思える設定が全て。設定が
バカミスなだけで、ミステリとしては見るべき点は薄い。       

 というわけで第3ラウンドを制し、本書のベストに輝いたのが村崎友「鎧
塚邸はなぜ軋む」。ユーモアの味わいを上手く保ちながら、一番ミステリら
しい作品に仕上がっていた。                    

 全体としての質は必ずしも高くはないけれど、粒の破綻はなく、ストレー
トな企画も悪くないと思う。比較的満足出来るレベルの
6点。     

  

7/18 シャーロック・ホームズに愛をこめて
               ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 ホームズ譚もその形式も全然好きではないのだが、日本版のパスティーシ
ュ集として結構決定版とも思えるセレクトなので購入。中身はふざけていて
も、形式は整っているだけにそうは思わせない奥ゆかしさが日本風?  

 本書は河出文庫版「日本版ホームズ贋作博覧会」を底本として、再編し直
したもののようだ。たしか読んでるはずだと思うのだが、記憶に残ってる作
品なんかほとんどなかったのも、ホームズ譚への興味の薄さ故か。   

 まぁそういうわけなので、本書と続編の「再び」及び「日本版シャーロッ
ク・ホームズの災難」
で、決定版としても過言ではないだろう。    

 ベスト3は順不同で以下の作品を選択。              

 まずはやはり本邦のホームズ・パスティーシュとしては基本中の基本であ
山田風太郎「黄色い下宿人」を選択。これは落とせない。      

 夢枕獏「踊るお人形」も、人形の解釈はダイイング・メッセージ物的で好
みではないが、最後の一行のオチにはやっぱり吃驚してしまうので。  

 加納一朗「ダンシング・ロブスターの謎」は贋作ホームズとしてはありが
ちな動物物としては、決定版とも思える謎解きだと思うので。     

 アンソロジーとしては充分7点の価値だが、読後感はやはり6点だな。

  

7/21 ミステリ魂。校歌斉唱! メフィスト編集部編 講談社ノベルス

 
 一応学園物というテーマでまとまってるものの、「ミステリ愛」と違って
対決感は一切無いな。必ずしも出来がいいとは言えないけども、とにかく妙
ちくりんな作品ばかりなのは間違いない。癖の強い作品が好きな人向け。

 三雲岳斗「無貌の王国」を一応のベスト作としよう。かな〜り不埒な作品
なのだが、学園物のフォーマットの活かし方はピカイチだろう。    

 暗号物はあまり好みではないので個人的には第二位とするが、客観的には
これがベストなのではと思うのが乾くるみ「《せうえうか》の秘密」。”暗
号の乾”にふさわしく、手の込みようがとてもご立派。        

 第三位は学園物というよりは別世界物の要素が高いが、石持浅海「ディフ
ェンディング・ゲーム」を選ばざるを得ないな。           

 残り二作はそもそも学園物ですら無いし(学生や先生が主人公だってだけ
で学園物とは呼べないだろ)、良い意味でも悪い意味でもひどい。   

 良い意味でひどいってのは、作者側の視点で、はなっからそういうつもり
で書いてるんだろうから、それは成功してるよという意味で。     

 悪い意味でひどいってのは、読者側の視点で、作者がどういうつもりで書
いてようが、ひどいもんはひどいってことで。要するにひどい。    

 矢野龍王「三猿ゲーム」は往年のひどさ復活。単純でミエミエなネタを延
々と。史上最悪な出来映えのドリフのコント。            

 それにも増して最悪だったのが、浦賀和宏「三大欲求(無修正版)」。不
快感を与えることだけを目的とした作品。最初から最後まで不愉快。  

 どちらも珍しい作品であることは間違いないし、まともな方の三作も比較
すればって話で、いずれもどこかネジの緩んだような作品。ゲテモノ好きな
人にはお勧めもするが、一般的嗜好の持ち主にはどうか。採点は
6点。 

  

7/23 Nのために 湊かなえ 東京創元社

 
 うひゃあ〜、ほんっとどうでもいい話。まぁ、どうでもいい割に不快感だ
けが残る、という最悪さではなかったことだけが救いか。       

 いかにも逆転がありそうな書き方で、実際「なかった」とまでは言わない
が、これはミステリにおける逆転とはいいにくいレベル。ま、これで心おき
なく、湊かなえとはオサラバさ。あばよ。              

 ってだけで終わってもいいんじゃないかとも思うが、それじゃあまりにも
短すぎるので、もう少しは引っ張ってみるか。            

 まずは題名と作風の転換について。不快感を与えることだけを目的とした
ような厭話の連結、という作風から転換しようとしたのが本作なんだろうと
思う。そのためにこれまでの二文字題名を捨てたのだろう。      

 しかし、その特徴を捨てた湊かなえには何の意味もないってことを、その
第一作目で早々と暴露されてしまった。捨てるなら捨てるで、覚悟を決めて
欲しかったよ。ここには何もない。この本をどういう人が読めばいいのか、
さっぱりわかんないよ。読むべき人がいないミステリ。        

 ミステリとしての弱さも極まっている。厭話のインパクトがない分、振れ
幅はとてつもなく小さい。話としての構成は巧みに出来る人かもしれないが
既に底が知れてしまったような気がするよ。そもそもミステリとしての底は
ほんの薄いところにしか見えてなかったわけだし。          

 そういうわけなので、もう読み続けるだけの期待感を彼女に抱くことは出
来ない。二作目で切っておいても良かったな。採点は
6点。      

  

7/29 綺想宮殺人事件 芦辺拓 東京創元社

 
”本格ミステリ”に自覚的という点では、麻耶雄嵩すらも越えて日本随一な
のがこのお方。その御仁が満を持して放つ問題作。いわゆるバカミス。 

 ゲーデル問題のパロディにして、完璧なるアンチ・ミステリ(本人がいく
ら嫌おうと)。但しあまり素性の良い作品とは思えなかったなぁ。   

 まずやはり事件解決後の長いシーケンスが格好悪い。これはメタ構造では
ないよ。本書をメタ・ミステリだと評するのは間違いだと思う。    

 作者が出しゃばって、どうのこうの能書きを垂れるのは、後書きや別形式
でやるべき話だろう。氏は小説の外でも極めて精力的にミステリを語ってき
たし、それを実作の中に織り込む形で表現してきた人だと思う。これは島荘
や麻耶くんや、それら少数派しか出来ていないことだと思うのに。   

 小説世界の中で、登場人物の口を借りるのではなく、作者としての立場で
批判・評論めいたことを書くのは、氏にあるまじき不粋さだと思う。  

 それに肝心のミステリとしても、あまり出来が良いとは言えない。これが
一番残念な部分だった。パロディとして成立させるための膨大な装飾を除い
たら、事件の様相は無茶苦茶なもんに過ぎない。           

 ここもとんでもなく凄かった三大ミステリ(夢野久作はかなり異質かもし
れないけど)とは、とても比較しようのない出来映え。装飾だけでなく、ち
ゃんと骨格を作って欲しかったよ。                 

 やりたかったことは面白いし、その意味だけでは成功もしていると思うの
だけれど、やはり「だけ」では高く評価するわけにはいかない。新人や若手
であればその一点だけでも買いだとは思うが、氏への期待はそれを上回る。

 しかもその成功していると思える部分こそ、氏がスッキリと認めようとし
ていない「アンチ・ミステリとしての成立性」なんだからなぁ。    

 心余って台無しにしちゃうほどやり過ぎちゃったよね。「行き過ぎた技巧
派」という氏への命名が、自分でも的中しすぎと思えることしばしだよ。

 志は本当に素晴らしい作品だと思うが、あまりの不粋さに採点は6点

  

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