ホーム創作日記

 

6/1 法廷ミステリー傑作集 判決 山前譲編 徳間文庫

 
 法廷ミステリとは、証拠や証言を元に判定を下す法廷という場面を描いた
もの。だとしたら、もっとロジカルな展開であってもいいと思うのだが(実
際海外古典の作例ではそういうタイプのものが多いように思うのだが)、明
らかに心理の機微に寄ってるのがいかにも日本物らしいなぁ。     

 ただ法廷物というフォーマットだと主な舞台が固定されてるだけに、似た
ような雰囲気の作品が続きそうなものだが、それぞれタイプの違った作品が
選ばれており、バラエティさは感じられるアンソロジーになっている。 

 ベストは唯一の既読作品でもあった横山秀夫「密室の人」だろうな。横山
秀夫の中では特に秀でた短編でもないのだが、こういうアンソロジーを組む
と明らかに上位に来てしまう。アベレージの高さの証明だろう。    

 導入のユニークさから、組織のドロドロの世界や出世欲のしがらみを嫌み
たっぷりに描きつつ、意外な真相に落とす。やはり上手いのだ。    

 第2位は中嶋博行「鑑定証拠 使用凶器不明」としよう。読者の知らない
知識だけれど、ロジカルな追い詰めようが法廷物らしく圧巻だ。    

 第3位は小杉健治「手話法廷」。ほんのちょっとしたツイストなんだけど
それが人情話に直結して綺麗に収まるのが心地良い。         

 アンソロジーとしてはそつなく編まれた作品集だろう。採点は6点。 

  

5/27 きみがぼくを見つけた日(上) オードリー・ニッフェネガー
6/3 きみがぼくを見つけた日(下) ランダムハウス講談社文庫

 
 彼女は彼と6歳で出逢い、彼は彼女と28歳で出逢い、そして結婚した、
というロリコ……ちゃう、タイム・トラベラーとその妻とを、丹念にかつ膨
大なエピソードで描き上げた作品。                 

 とにかく本当に最後まで徹底的なまでの積み上げで描かれた物語だった。
それでいて短い言葉で要約することだって可能な物語。だけど、これだけ重
層的だからこそ、響いてくるものが多いのだと思う。         

 たとえば本作は映画化されてるのだが、さすがに本作の味を出すまでには
至っていない。二人の関係だけに絞り込んで、なおかつすごく無難にまとめ
上げたという雰囲気の作品になってる。カップル向けのロマンチックな小品
仕立てだが、やはり別の作品と言うべきだろう。           

 特にこの原作と映画版とでは、結末の違いが決定的。ある意味、真反対。
更に原作批判とも受け取れるような台詞まで盛りこんでいる始末。しかし、
そうまでしても結局は「無難に処理した」でけに過ぎず、観客に気持ちの高
まりを与えるには至ってないと思う。ここは圧倒的に原作の方が良い。 

 ただ、気になるのはそのいずれものバージョンも、同姓である男としてち
ょっと”ずるい”と感じてしまったのだが、このあたりは女性の視点から見
るとどうなんだろうなぁ?                     

 おそらく女性読者の方が多い作品だろうと思うのだが、そういう意味では
男性読者の方こそ思い入れを抱き得る作品なのかもしれない。     

 パートナーが更にいっそう愛おしく思えるラブ・ストーリー。だって本当
に一生を捧げてくれているようなものなんだもの。男性目線で
8点。  

  

6/7 攪乱者 石持浅海 ジョイ・ノベルス

 
 石持浅海の手にかかると、やっぱり何でも変になる。たしかにテロの理論
そのものが元々変なものであることは宿命だとは思うが、手法も変。元々が
変なだけに、変なロジックでもそれなりの説得力があるところが不気味。

 ただ、その変なりを三部構成で組み立てるあたりの、やり口は巧妙かと思
う。特に二部の趣向の統一は結構難しいことやってると思うので、好感度高
し。ミステリ的にもこのパートの完成度がずば抜けているだろう。   

 1部は顔見せ興行しながら、こんなふわりとしたテロがあるんだと、読者
を世界に誘い込む。2部はそれとバランスを取り得る方向性を示すことで、
意外に爽やかな印象を読者の心に植え込んでみせる。そして、それらを全部
ひっくるめて、中編仕立てでカタストロフに落とす第3部。      

 2部があるからこそ、この3部の気持ち悪さが引き立ってるんだろうな。
でも、それより何よりラストのビジョンの不気味さがもうなんとも。イデオ
ロギーの時代なんて、とっくに終わってるというのに。共産主義の幻。 

 比較すれば2部はまともではあるけれど、ミステリとして楽しむ以上に、
一風変わった雰囲気や歪んだロジックを味わう作品か。採点は
6点。  

 しかし、作品が作者を描き出すものだとすれば、石持浅海を表現すればす
なわち、”異様な倫理観をベースに持つテロ好きの男”ってことになるので
は。せんせ〜い、あぶないおじさんがここにいま〜す!!!      

  

6/10 貴族探偵 麻耶雄嵩 集英社

 
 流石の麻耶クン(愛情表現)。意外に地味だったけど、本格としてはいつ
もの如く良質。それだけならまだ普通の作品なんだろうけど、圧巻は「こう
もり」。これこそ麻耶クンにしか書けない神懸かり的作品。      

 とにかくこれほど自覚的に”本格”をやろうとしている作家はいない。そ
の過程で新たな”手法”すら産み出していく。常に本格ミステリの最先端を
突っ走る、それこそが麻耶雄嵩が”本格の驍将”たる所以なのだ。   

 これは”本格”としての本質の捉え方がきちんと出来ていなければ、決し
て成し得ることではない。奇をてらったパフォーマンスの作家として麻耶雄
嵩を捉える人もいるかと思うが、その認識は明らかに間違っている。本格の
形式や様式を踏まえた上で、単にその上っ面だけを捻ってみせているだけで
はない。本質をしかと見極めた上で計算尽くの所業で魅せているのだ。 

 この「こうもり」は「螢」の手法を更に一歩進めた作品だと私は思う。あ
の作品は、登場人物視点と読者視点とを、その”本質”の部分にまで分析し
得てこそ産み出せる作品であった。                 

「登場人物視点」「読者視点」、特に現代においては書き手も読み手も非常
に自覚的であったはずだと思うのに、片眼ずつでしか見てこなかった。麻耶
雄嵩だけはそれを両眼で捉えることが出来ていたのだ。これが本質を捉える
眼。だからこそ誰もがこれまで届かなかった新たな手法を産み出せた。 

 そして、この「こうもり」はこの二つの視点に加えて、更に新たに「神の
視点」をも加えた作品なのだ。このことによって、再び全く新しい”手法”
を産み出すことに成功している。                  

 ただ残念なのは、手法が即効果に繋がっているかというと、そこまで成功
しているとは思えない。「螢」のわかりやすさに比べれば、この作品は難し
い。読者が意識的に解析する行為を必要とするだろう。ひょっとすると、き
ょとんとしただけで流してしまった読者も多いかもしれない。     

 全く推理をしない探偵、麻耶独特の皮肉な様相だけがクローズアップされ
るかもしれないが、本格としての精度は非常に高く、更に最先端の作品をも
読める作品集。ちょっぴり贔屓は入るかもしれないが
8点としよう。  

  

6/16 蝦蟇倉市事件1 東京創元社
道尾秀介伊坂幸太郎大山誠一郎福田栄一伯方雪日

 二巻に比べると、こっちの方が全然出来が良いではないか。本筋とは関係
ない部分だとしても、前の作品を踏まえてのお遊び描写も入ってたりして。

 企画がなってない分を作家がフォローしている。これがホントに上手くい
くと「9の扉」のような成功作になるんだが、連携に対する縛りが全く無い
状態ではさすがに無理。結局のところダメ企画なのが全てに祟っている。

 それでは、各作品をミニ・コメント付けでランク付けしてみよう。  

 1位は文句なしの大山誠一郎。二巻通じてダントツ過ぎて他の作家連中が
霞みきって忘れられそうなくらいの、完璧すぎるMVP。おらおら、こんな
のを”不可能犯罪”と言うんだってば。みんな、しっかりやろうよ。こんな
企画にも一切手を抜かない全力投球さが、とってもステキだ。     

 2位は伊坂幸太郎。ツイストが効いてはいるんだけど、これって何度か読
んだことのあるパターンの奴やぁ〜。                

 3位は道尾秀介。ツイストはあるけどあまり効果はない感じ。リドル・ス
トーリー仕立てなのもあまり意味はない感じ。            

 4位は伯方雪日。一応不可能犯罪ではあるんだけどミエミエ。    

 最下位は福田栄一。全く意味のないツイストが一つ。この企画でこういう
題材を選ぶこと自体、どうかと思うし。               

 大山誠一郎の一作だけは読む価値のある作品だったが、それだけで7点は
付けられない。企画のダメっぷりに足を引っ張られて、採点は
6点。  

  

6/18 この国。 石持浅海 原書房

 
 世評も高い既読作品「ハンギング・ゲーム」&「ドロッピング・ゲーム」
が収められてるだけでも、充分品質保証の一品。ただ残念なのは、残る三作
品には、これらに匹敵するものがなかったこと。ちと惜しい。     

 しかしながらこういう異世界設定を敷いているにも関わらず、意外に石持
浅海の倫理観の気持ち悪さが目立たない作品だったのは高評価。    

 というか、ひょっとして異世界設定だからこそ、なのかな。現実がベース
になっていれば、やはり自分自身の倫理観と照らし合わせをせざるを得なく
なり、そうなるとどうしてもその差違が明らかになってしまう。    

 これが別世界であれば、その世界のロジックということで、ある程度まで
は自分と切り離した別視点で見られる。だから許容度が増すのだろう。 

 その効果を狙っての小サークルやカルト集団という制限状況だったのかも
しれないが、それらよりこういう異世界設定の方が向いているのでは。 

 ベストはダントツで「ハンギング・ゲーム」。というか個人的に好きな作
品はこれしかない、と言ってもいいいかも。一編の短編の中に、小さな謎と
ロジックと解決との小ミステリ世界を積み重ねて、なおかつサスペンスフル
に魅せてくれる名品。これは見事な出来映えだろう。         

 これに呼応する最終話にも期待したのに、こちらは一転して単なるアクシ
ョン物になりさがっていた。次々に次の一手が出ては来るものの、そこには
何らロジックが見られないだけに、ミステリとしての興奮は一切無し。 

「ドロッピング・ゲーム」のホワイダニットに関しては、感心もしない代わ
りに不快感や違和感もあまり感じなかった。こういう心理に関しては、倫理
観の気持ち悪さとは違って、逆にすっきりしてるように思えてしまう。但し
ハウダニットがあまりにも上手く行きすぎだろと感じての低評価。   

 その他の二作品は印象度としては引けを取る作品。総合としては6点か。

  

6/25 ポーカーはやめられない オットー・ペンズラー編
                    ランダムハウス講談社海外文庫

 そう言われてみると、たしかにポーカーだけをテーマにしたアンソロジー
ってなかったんだなぁ。テーマがテーマだけに、ブラフや駆け引きが愉しめ
る小洒落た作品が多く、書き下ろし集とは思えないくらいの質の高さだ。

 書き下ろしでこれだけ愉しめるのだから、誰か過去の傑作のアンソロジー
も編んでくれないかなぁ。ギャンブル漫画がこれほど隆盛を誇っている現在
ならば、充分に需要はあると思うんだけど。でもそういう漫画の読者層が、
海外ミステリの読者層とどれだけ重ねってるかを考えると望み薄か。  

 また全体的に「小洒落た」と表現したのは、最近コチラでは主流のロジカ
ルな面白さを主眼とした作品(「ライアー・ゲーム」や「カイジ」などの福
本伸行作品など)とは、別物の雰囲気の作品ばかりだから。      

 個人的に先程のアンソロジーで期待してるのは、「堕天使の冒険」や「悪
党どものお楽しみ」
収録作品みたいなタイプだからなぁ。編むなら是非とも
日本人アンソロジストのセレクションに期待だな。          

 さて恒例のベスト3だが、ベストはダントツでルーパート・ホームズ「ヴ
ィクトリア修道会」とする。修道会の設定自体の面白さも飛び抜けていたが
そこからのオチも見事で、短編小説の理想型とも思える逸品。     

 第2位も悩まずジェフリー・ディーヴァー「突風」。さすがのツイスト。

 第3位は結構悩みどころだったが、ジョイス・キャロル・オーツ「ストリ
ップ・ポーカー」ということで。展開も機転も読ませる出来映え。   

 充分な面白さと意外に盲点だった着眼点を評価して、採点は8点。  

  

6/28 51番目の密室 早川書房編集部編 ハヤカワ・ミステリ

  
 さすがに前作のように未読作品が多いというわけにはいかず、お得感の低
下は否めないところ。やっぱり独特の味・読み応えのある作品が多い。その
分逆にすっきりしない不思議な読後感の作品もあるので、比較的新しいミス
テリ読者にとっては、オトクだけどちょいと癖はある作品集かも。   

 未読作品(ひょっとしたら読んでるかもしれないが、少なくとも記憶には
一切無い作品)は四編。「うぶな心が張り裂ける」「少年の意志」「燈台」
「選ばれた者」だが、ライスを除けば妙な読後感の作品ばかりで、さすがに
ベスト選びには絡んでこないものばかりか。             

 というわけで既読作品から選ぶベスト3。さすがにこういうアンソロジー
だから、選ばれるのはオールタイムベスト級の作品ばかりだぞ。    

 ベストはやはりこれを選ばざるを得ないな。クリスチアナ・ブランド「ジ
ェミニイ・クリケット事件」だ。本格ミステリ短編の極北とも思えるロジッ
クの超展開もさにありながら、それでいてこんな不条理さをも感じさせる結
末に落とす。極端な振れ幅をも持つ恐るべき凄みの傑作。       

 というわけで第二位に追いやられてしまったのが、カーター・ディクスン
「魔の森の家」。カーの短編最高傑作と言っても、そう異論はないだろう作
品。中編も含めれば、個人的には「第三の銃弾」がベストだと思うが。 

 さて第三位で悩んでしまう。ホックは別作品だったら候補に入ったろうが
よりによって妙な読後感の異色作品「長方形の部屋」だからな。フィッシュ
「アスコット・タイ事件」も別作品の方が良かったと思う。マクロイ「燕京
綺譚」は自分には良さがわからない。ヴィカーズ「百万に一つの偶然」はネ
タとしては面白いが、ミステリとして読んで面白いかは別。      

 残る二作品で悩んだ挙げ句、パロディ感の面白さのアーサー「51番目の
密室」を抑えて、倒叙物としての基本型が綺麗に決まったウールリッチ「一
滴の血」を選択してみる。                     

 未読の中にめぼしい作品が無くお得感が薄かったので、総合採点は7点

  

6/30 ふたりの距離の概算 米澤穂信 角川書店

 
 史上最も緩いタイム・リミット・サスペンス……てぇのは冗談としても、
それでもやっぱり緩い雰囲気で描かれる、緩い緩い日常の謎。シリーズ最緩
をマークしてんじゃないか。それでいて推理の飛びも感じる。イマイチ。

 なにせ全編を通す縦筋が「後輩が部を辞めたのは何故か?」という、せせ
こましい謎だからなぁ。そこからいつものように小ネタ推理が短編形式で挟
まっていく構成だけれど、その縦筋からじゃたいした広がりは期待できず、
実際特に印象に残るようなロジックも解決もないまんま。       

 縦筋の解決もちょっと迂遠すぎるように思えたんだけどなぁ。あまりにも
もって回りすぎて、現実味がとてつもなく薄く思えるんだけど、どうだろう
か。みんなこんなロジックを素直に受け付けられるかなぁ?      

 更にその先に関しては、既に推理でも何でもないように思えてしまった。
推測にしてもここまで読めないのでは。飛びだと思えたのはそのところ。普
通なら真っ先に
援助交際を疑うんじゃないだろうか。         

 ところでひなちゃんてば、「推理がお好き」「深読みがお好き」「思い込
み激しそう」な性格だってのは間違いあるまい。だから「
千反田さんはホー
タローの家に通って、一緒に電気を”消す”間柄なんだ
」と、勝手に深読み
して勘違いしているもんだと、ずぅ〜〜っと思っていたぜい。     

 自分の読みがまるっきり外れてたせいもあるかもしれないが、上記したよ
うに全体的にもユルユルな上に、肝心の解決自体にもすっきりした納得感が
無いため、どうにもこうにも欲求不満な一作。            

 話の形式の面白さはクドリャフカに匹敵するもので、期待感が高まってい
ただけに残念。このシリーズ、クドリャフカを頂点に落ちていくだけ? 

 採点は残念な6点。ただこの装丁の雰囲気は良いなぁ。そのせいで中三の
息子がこのシリーズに嵌ってしまった。ただ「ボトルネック」とか「秋期限
定」
なんかは、いたいけな中学生には読ませたくない作品だなぁ〜。  

  

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