ホーム創作日記

 

2/3 球体の蛇 道尾秀介 角川書店

 
『騙し』のない道尾秀介。                     

 主人公と同じように流されるだけの作品だった。最後の最後にツイストら
しき逆転劇はあるが、計算尽くではないという結論が出ているのが物足りな
さすぎる。ここは真実だけでなく、心理も両解釈の余地を残すべきでは。

 それこそ「女は一つじゃない」ってことを含みとして残せるように。 

 これまで「人間を描くためには、本格ミステリの仕掛けが最適」という、
特異とすら思える持論を実作でたしかに示してきた作者だが、仕掛けだけに
注目されることに飽きてきてるんじゃないだろうかと思えた。     

 本作なんかは出来ないわけでなく(だって簡単に出来そうな内容だ)、敢
えてツイストの効果を外してきてるとしか思えないものなぁ。ひょっとした
ら直木賞獲得作戦の練習してるんじゃないかと深読みしちゃったぞ(完全狙
いならもっと徹底するだろうから、練習という表現にしたが)。    

 ……と、ここまで書いたところで、ちょうど「本格ミステリー・ワールド
2010」の「作家の計画・作家の想い」を読んだのだが、この作品は氏の
中では完全に非ミステリ扱いなのだな。一般的な視点で見れば充分にミステ
リだと思うのだが、本人としては徹底しているようだ。        

 しかも残念ながら今後の予定も、ほとんど非ミステリだらけ、という状況
のよう。本格ファンとしてはこれは寂しい限りだなぁ。ここまで続いてきた
干支シリーズ(自分の計算だと、本作で多分ちょうど半分書き上がったとこ
ろ)は本格のシリーズとして完成させて欲しかったよ。        

 ある意味氏の”脱本格宣言”とすらも受け取れる作品。採点は6点。 

  

2/4 ツィス 広瀬正 集英社文庫

 
 読み逃していた広瀬正作品。                   

 SFを「空想科学小説」と訳すならば、これこそSFだろう。まさしくこ
こで描かれているのは「空想科学」そのものなのだから。それこそ「だけ」
という文字を付け加えてもいいくらいにいさぎよく。         

 現代のエンタメ視点からするならば、これをパニック小説として成立させ
るために、もうたっぷりと人間ドラマを持ち込んでこようとするだろう。し
かし広瀬正はそんなことには一切目もくれない。「マイナス・ゼロ」という
情緒溢れる作品だって書ける作者のこと、決して出来ないわけではなく、敢
えてやってないだけなのだ。                    

 それだけ「空想科学」のみで作られた作品であるからには、よっぽど端正
な作品になってしかるべき。そうだよね。そして、それはたしかに間違っち
ゃいない。決して間違っちゃあいないんだけどね。          

 でも、そうでありながらもなおかつ本書が実はとってもバカミスだったり
もするあたり、広瀬正ってなんてお茶目さんなのだろう。       

 根っからのSF人種でもありながら、ミステリ好き(ということはどう考
えても間違いあるまい)という氏の本質がよく表れた作品。      

 現代作品に慣れきった人達に、とてもオススメだとして提供できる作品で
はないものの、純粋な作品とはなんたるかを知って欲しいような作品でもあ
る。極限までに純粋な空想科学小説、でありながらバカミス。採点は
7点

  

2/10 ソウル・コレクター ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋

 
『どんでん返し』のないディーヴァー。               

 勿論ミスリードによる細かいどんでんはひっきりなしなんだけどね。 

 情報小説”的”な装いをまとったSFだとは思うが、ある程度まではあり
得ると思えるのが怖いな。あの延々と続くリストは、ある意味ホラーだよ。
特に危機意識の薄かった自分なんかは、結構どきどきしてしまう。   

 さきにSFと表現はしたけれど、それはこのスケール感ゆえなので、大な
り小なりという程度差を度外視すれば、本書は充分に現在(いま)を表現で
きているという見方も可能だろう。                 

 たとえば白い使い方だけでいっても、DVDレコーダのおまかせ録画機能
だとか、アマゾンのおすすめ商品だとかの単独のサービスでも、結構ツボを
押される場合も多い。これらを複合技で攻められたら、陥落必至だろう。

 これが黒い使い方となったら、それこそキリもあるまい。破産させる、な
んてことくらいなら今でも簡単に出来ちゃいそうだ。勿論加害者側でなく、
被害者側でって話だけどさ。それ以上のこともたしかに容易に想像可能。

 とはいえ、そんなサイバー野郎にも関わらず、証拠品自分でお運びしちゃ
ったり、逆説的に驚きの情報窃盗方法使ったりと、とんでもなくアナログち
ゃん。結構えげつないことやってても犯人の怖さはないよなぁ。    

 結局この辺の誰かでしょ、の範疇で誰が犯人だろうとどうでもいい気分に
もなっちゃうし。いつものディーヴァーを期待するととっても肩透かし。

 う〜ん、いまいち。採点は7点。ところで明らかに原題そのままだろうと
思ったら、まさか違うなんてね。しかも作者自らが考えてくださるなんて、
いったいなんとアフターフォローの行き届いたお人なのだ。それにまた作者
の小説作法が作中の捜査手法そのままだってのも、ビックリだったよ。 

  

2/15 刻まれない明日 三崎亜記 祥伝社

 
 日常と地続きの奇想でありながらも、それはそれであるがままとして受け
入れた上で、きっちりとした結構で描き切る。それも抜群の雰囲気で。前提
としての奇想がある緩やかなパラレル・ワールド。これがいいのだ。  

 だからこそファンタジーであるべき奇想を、謎解きすることでSFにする
作業は自分には不粋に思えて仕方がなかった。辻褄はいらないよ。   

 不思議は不思議のままで、氏の作品世界ならばなんの問題もないのに。魔
法が解けてみすぼらしくなったシンデレラを誰が喜ぶというのだ。ミステリ
じゃないんだから、謎を残すことなんてノープロブレムさ。      

 そこまでは割と魅力的な町だったのに、急に色あせて見えて来ちゃった。
自分で自分の世界観を壊した作品として、私の中では失敗作評価。
6点

  

2/17 ベヴァリー・クラブ ピーター・アントニイ 原書房

 
「衣装戸棚の女」の作家、「スルース」「アマデウス」の劇作家、「ナイル
殺人事件」の脚本家という、曲者の作者らしい捻くれまくった逸品。  

 いかにも典型的な屋敷ミステリという舞台と脚本。いかにも典型的な登場
人物達、いかにも典型的な人間関係という配役。どこまでも定型であること
こそが意味をなすという、逆説に頭かち割られちゃうから用心だぞ。  

 いやあ、全然ビジュアル的ではないにも関わらず、「ああ、やっぱり劇作
家なんだなぁ〜」としっかりと納得できちゃったよ。このイケズ!   

 このシニカルさって、まさにバークリー様の雰囲気そのものじゃないか。
ちょっぴりビターなユーモア感も含めて、そっくりさんだと思う。   

 意地悪爺さんにヤラレタ感充分。これってひょっとしてつまんない作品な
んじゃ、と不安感を抱いていたことごとくが逆転に寄与しちゃうんだものな
ぁ。そんな作品なので、途中であきらめずに最後まで読むことが肝心。 

 ところで一人感慨にふけってみるが、この「幻影の書庫」の一番最初の書
評が、作者による密室ミステリの裏金字塔「衣装戸棚の女」だったんだよな
ぁ。あれから丸13年以上か。思えば遠くへきたもんだ、と言いたくなった
が、年月はともかくそこから一歩も動いてないような気がするのは、きっと
気のせいじゃないな。まぁ変わらぬ事に価値あることもあるさ。    

 本作はあの作品ほどのはっちゃけさはないけれど、採点は充分8点。他の
作品(戯曲の方でもいいから)も是非もっと訳して欲しいな。     

  

2/19 私の大好きな探偵 仁木悦子 ポプラ文庫ピュアフル

 
 仁木兄妹の選りすぐりの傑作選(異論無し!)に加えて、単行本未収録作
品(しかも出来が良い!)。初心者から本格マニアまで、仁木悦子ファンか
どうかに関わらず、幅広くお薦めできる作品集だろう。        

 イラストはジュブナイルすぎて好みではないが、解説に作品リストにお宝
発掘にキーワード解題と、万事卒がなさすぎる。東京創元社離れても、戸川
さん、いい仕事してまっせ。根っからの編集人なんだなぁ〜、きっと。 

 その印象の強かった本作りの方の話題。江戸川乱歩撮影の著者の写真とい
う”ひえ〜っ”感溢れるお宝発掘もいいが、何といっても「コレは良い!」
と感嘆したのが、巻末のキーワード解題。対象としている世代に、取っつき
にくさを軽減させるための工夫だろうが、これは素敵な取り組み。   

 中でも特に現在との貨幣価値の違いから、作中の金額を換算してくれてる
ところ。これはわかりやすい。なんとなくの想像でピンと来ないところが、
今の金額で表現されるとリアル感がぐっと高まる。古典作品では是非他でも
採用して欲しいもんだぞ。古典だけといわず馴染みの薄い貨幣とかも是非。
ポンドとかよくわからんし(ってそれくらいは知っとけって話か)。  

 おっと、外枠の話ばかり長くなっちゃったが、本編もホント充実してるっ
てば。丹念に作り込まれた本格で、とにかく綺麗だ。折り込まれたトリック
のちょっと微笑ましい工夫も心地良いし、ロジックにこだわる姿勢が何と言
っても素晴らしい。                        

 とっつきやすい雰囲気の本書から、是非初心者の若い人にミステリの美し
い基本形を知って欲しいし、マニアも改めてミステリの良さを再認識できる
本当の傑作選だろう。とっても素敵な作品集。採点は
8点。      

  

2/23 新参者 東野圭吾 講談社

 
 いやあ、もう達者すぎる。「器用貧乏」なんて言って、くさしていたのも
今や昔だ。しみじみしちゃうくらい上手いよねぇ。          

 ミステリらしくない普通の事件がこうなる。「ミステリで人を描く」ので
はなく、まるで「人でミステリを描く」かのよう。溜め息が出ちゃうよ。

 年間ランキング本でのインタビュー記事などを読むと、最初から全体像が
あったわけではなく、一作一作を書き繋げる中で事件やら人物造型やらが出
来上がってきたということらしい。まぁさすがに後半では、構想がまとまっ
た状態での執筆だったらしいが。                  

 だからこそ事件自体は極めて平凡なものにならざるを得なかったのかとい
う納得の思いと、それでいてこれをこんな作品に仕立てることが出来たのか
という驚きの思いが両立する。                   

 名実ともにミステリ界のトップに立っていながらも、なおもこんな挑戦的
な作品を産み出せる前向きさが素晴らしい。「白夜行」(未読だがどういう
構造の作品かは知識として知っている)にも共通するような着想だとは思う
が、これまで他の作家が思っても見なかった趣向を見出してるのだ。  

 先と同じインタビューでトリックが思い付かなくなったと書いているが、
「聖女の救済」というとんでもないトリック小説も産み出してるし、本書の
趣向などはトリックの創案以上のものじゃないか。          

 まだまだお山の大将で終わる人じゃないらしい。小手先の作品でなく、技
術のみの作品でもなく、新たな着想を組み入れた意欲的な作品が書けてしま
う人。本作も本格の目で見てさえ年間ベスト10級の作品。採点は
7点

  

2/25 モノクロームの13手 柄刀一 祥伝社

 
 しょうもない。修学旅行のバスの中ならいざ知らず、高段者なら秒単位で
読めてしまうような局面で引っ張りすぎ。他の面でも予想を逸脱するような
要素は何も無く、ましてや何も残らず。無駄な時間つぶしでしかない駄作。

 ただの偶然とも思いにくいのが「しらみつぶしの時計」もこの出版社。作
者の趣味以上に、編集者の趣味が働いているんじゃないかというのは、あな
がち邪推ばかりでもないと思うのだが、真相はどうだろうか。     

 美しさにだって圧倒的に欠けている。棋譜はよそから引っ張ってきてるっ
てこともあって、詰め上がり図は無茶苦茶綺麗なんだろうな、というのはさ
っぱり疑ってなかったよ。                     

 たとえば、四隅だけが黒四隅及び真ん中の四個だけが黒、とかだよね。
あるいは展開にも絡んできて、
一旦は白が優勢になるものの「実は黒の方が
現世で復活できる」ということに気付いて、そこからは黒を誘導するように
進み、最終的には全てが黒となって終結
、とかね。          

 なんじゃ、これ。何かの美しさに惹かれて採用された棋譜だと信じ切って
いたのにさ。何の意味もない。曲詰めの詰め将棋みたいなカタルシスがある
はずという、俺の期待感を返せ!                  

 こう打ったらこうなるでしょ、程度のものをロジックと言うならば、その
程度は皆無ではないけれど、柄刀に望むようなものは得られないだろう。人
間ドラマとしても、たいした展開はない。先に挙げた局面としてのカタルシ
スもなければ、謎解きのカタルシスもない。             

 いったい何をやりたかったんだ? 編集者の趣味だけ? 採点は5点

  

2/28 屍の命題 門前典之 原書房

 
 伝説のカルト・バカミスがここに再び降誕!!!          

 読んで驚け! 奇想に震えろ! 本当の衝撃がここにある。     

 バカミス・ファン、奇想ミステリ・ファンならば、「必読」と断言しも良
い。とんでもない密室トリック。とんでもないトンデモ・トリック。とんで
もなくバカ凄い趣向。三度驚く、三度笑える、衝撃奇想のカルト的バカミス
の傑作。とにかく歴史に残るべき作品だと、私は声を大にして言うぞ。 

 
 詳細の感想に関しては、昔書いたコレを参照お願いします。基本的には変
わっていないので。ただ手元に元本がないので、比較は出来ないのだが、最
初の密室トリックの無理さは今回は感じなかったので、その分は改良されて
いるのかもしれない。                       

 また、読者への挑戦状が最初に来てる(これは今回変わったとこらしい)
のはいいと思う。それを読んでどんなに身構えたとしても、この真相に辿り
着ける読者なんていやしないはずだからな。もしも本書のキモが読み取れた
ぞって読者がいたら、ある種の病院で受診されることをお薦めするぞ。 


 将来、こんな本がかつてあったんだぞ、俺は持ってるぞ、と年寄りの自慢
本にするという夢はついえ去ったが、名作が一般にも読めるようになるのは
とてもいいこと。残念ではなく、喜びと考えよう。          

 是非これを機会に大勢のバカミス・ファンに読まれるといいなぁ。ある種
のオールタイムベストならば考慮されて然るべきってことで、採点は
9点
(誰もが読めるようになったことを記念して、大盤振る舞いだ!)   

  

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