ホーム創作日記

 

11/3 うまや怪談 愛川晶 原書房

 
 もうね、地味さも上手さも一段と。                

 思った通りミステリを離れるほど読ませる作品になるんだけど、「渋いね
ぇ」とあごを撫で撫で唸るよな、噛みしめる職人芸の域だね、こりゃ。 

 誰にでも瞬間的に伝わるような効果があるかといえば、そりゃあそこまで
はない。自分の感性の世界に読者を巻き込んじゃえたら勝ちってな、そんな
”時代を作る”ような作風なんかじゃそもそもないしね。       

 でも、これに費やされている努力と来たら……           

 勿論努力がありゃいいってもんじゃない。作品として面白いかどうか、基
本的にはやっぱりそこに尽きるんだから。1の努力で書き殴った作品だろう
が、99の努力で精魂込めて作り込んだ作品だろうが、読者をどこまで引き
込めるかに関しては大して関係ない。多分大抵のジャンルではね。   

 でもね、もうね、やっぱりその心意気がね。            

 本格ミステリだとか、バカミスだとかって、意外にその辺って大事。本格
者同士だからこそよくわかる、「こだわり」ってぇ感覚って奴がどこまで共
感できるかってのも、作品の評価に大いに影響を及ぼすもんだよね。  

 ただやはりまだ個人的には、努力が必ずしも100%良い方向に向かって
いるとは評価できない。落語をミステリ的に解釈して改変してるんだけど、
理に走りすぎて不粋な域を必ずしも脱却できてはいないと思う。    

 ミステリとしては変化が見られる。謎も何もないような「日常の謎」以前
という状況から、いきなり解決だけを示すような新しい結構で攻めてきた。
師匠の推理も段々神懸かりになってきたところで、探偵役にも変化を付けて
きたし、あまつさえ最終話ではこんな仕打ちまで(笑)。       

 この最終話だけでなく今回は全部真相に至ってもいずれも引っかかりを感
じるものだったなぁ。決着は全てすっきりと上手いから読後感は悪くないん
だけどね。不粋さは依然残るものの、採点はやはり
7点だなぁ。    

  

11/6 赤の女王の名の下に 汀こるもの 講談社ノベルス

 
 これまた真っ当に本格ミステリしてるじゃないか。でも、ミステリだとし
たら、なんだかありがちな構図だし、手がかりはなんだか専門的で良くわか
らんし、しょーもないんじゃないの?                

 ……な〜んてところで思考停止しちゃってると、本書のミステリ的意味合
いをすっぽりと読み落とすことになっちゃうぞ。           

 だから、このシリーズはアンチ・ミステリの魔道なんだってば! その意
味で捉え直すと、やっぱり、こいつ凄ぇぞ。             

 デビュー作では喧嘩腰で正面切って、三作目ではシカトの放置プレイで、
いずれもミステリを無効化させてアンチ・ミステリにしやがった。前作では
ミステリの限界を一歩越えることで、ってのは大袈裟でミステリの一歩先に
落とし戸を仕掛けることで、アンチ・ミステリに仕立て上げてみせた。 

 本書も当然その系譜にある。そして本書でやってるのは、これがミステリ
であること自体がアンチ・ミステリである、という離れ技なのだ。   

 トポロジー的に言えば(人間がドーナツと同一という意味では)、本書と
「虚無への供物」は同一、と言ってもあながち間違いではないはず。  

 そして、そこに更に訪れる驚天動地のホワイダニット。これだけでもまた
見事にアンチ・ミステリを形成している。本書は二重の意味でのアンチ・ミ
ステリなのだ。こんなことやる奴、そうはいないぞ。         

 これだけアンチ・ミステリを連続させてくるシリーズなんて、そうはない
はず。希有な存在価値を見出せたんじゃないのか。この観点から見直すと、
あのどーしようもなかった二作目だって、俺が読み落としてるだけかも?

 キャラ小説としての観点は誰か他の人に任せるし、赤の女王のレースや盲
目の時計職人などの蘊蓄は大勢が語ってくれるだろうから、それらに関して
はどうか他の方のレビューをご覧になって下さい。          

  

11/10 電氣人間の虞 詠坂雄二 光文社

 
 うひゃひゃひゃひゃ、この作者見損なってたよ、おもしろ〜。現代のミス
テリの書き手の中で、最も殊能に近い存在なのかもしれないなぁ。   

 いやあ、もう、ファイナル・ストロークの笑激ときたら。そうか、「そう
いう話」だったんだね、これは。採点はバカパクの9・9ってことで。 

 ってなわけで、今年の国内バカミスを語る上では、おそらく見過ごしては
ならない作品。ちゃぶ台返しが許せる、いや、むしろ好き、という捻くれた
精神の持ち主には特にお薦め(なんて表現でどれくらいの人が食い付くもん
なのかはさっぱり不明だけれど)。                 

 ただまぁ終わり良ければ全て良しってことはない。ミステリの締め方とし
ては全然褒められた出来ではない。そんなんホワイについては何の説明にも
なってないやろとか、とにかく納得できないことはなはだしい。    

 ここをしっかり仕上げてこそ、だと思うんだよね。ちゃぶ台返しを評価で
きる作品に仕立てるのは。ああ終わった、ってところからの返し。   

 何も締めていないところからの単なるちゃぶ台返しじゃ、バカミスではな
くトンミスにしかならない。本作のように、あれ、それじゃ、終わりになっ
てないやろとか、ってところからの返しじゃ技術点が足りない。    

 そのかわりバカパク度は十分だったので、採点は7点。一作ごとにカラー
を変えてユニークな飛び様を見せてくれるこの作者。今後も要注目だ。 

  

11/18 四神金赤館銀青館不可能殺人
               倉阪鬼一郎  講談社ノベルス
 
 オバカのオンパレード。アレやらコレやらソレやらの、今なら特盛りサー
ビス中。大ネタ、小ネタ、エロネタ、ご苦労様ネタ、何でもありだぞ。バカ
ミスをお求めの貴方にうってつけ(逆にそれ以外の人は手にするな!)。

 メインのネタはたしかにこれは誰かが思い付いてやるべきもの(笑)。必
ずしも完璧な使い方ではないが、これまた伏線もミスリードもてんこ盛り。
学生街の定食屋のように、腹一杯には多少のまずさは目をつぶろう。  

 バカミスといえば、それまでの全てを無効化させるような”うっちゃりタ
イプ”が多かったりもするもんだけど、本作はある意味フェアプレイにこだ
わっているとも言える作品。本格者も敬遠する必要はないかも。    

 狭義のバカミスという意味では、今年読んだ唯一の作品かもしれない。例
「電氣人間の虞」もバカ系ではあるものの、狭義のミステリに入れるのは
躊躇するから。その唯一の作品がこれだけに高純度で、自分の評価では傑作
の領域に入れたい作品だったことは非常に喜ばしいことだ。      

 過去唯一読んだ氏の作品「留美のために」の文体がとても好きになれず、
自分には相性の良くない作家だろうと思いこんでいたが、今回はほとんど気
にならなかった。                         

 またその作品では早い段階でネタが読めてしまって、全く乗り切れなかっ
たもんだったが、この作品であればたとえ途中でメインのネタに気付いたと
しても、それはそれでも楽しめる作品だったようにも思える。     

 こりゃあ勿論姉妹作も読ませていただきまっせ。それもこれだけ楽しめち
ゃったら、氏の過去作品にも手を伸ばさなくちゃいけなくなるかも。  

 まるっきりバカの本作だけど、採点は間違いなく7点にふさわしい。 

  

11/20 鷲見ヶ原うぐいすの論証 久住四季 電撃文庫

 
 おーい、「ミステリクロノ」はどこにいったぁ〜?! あとがきでの「信
じられないほどのご迷惑」という言葉から推測すると、並列進行でも打ち切
りでもなく、さてはギブアップしちゃったのかな。全体構想もないままに、
ロジックだけインフレ状態になってたからな。            

「トリックスターズ」も中途半端な締め方しちゃってるしなぁ。まぁ、その
辺のこもごもも含めて、『壊すこと』が好きだというあとがきなんだろうけ
どな。しっかしそれじゃ、開き直りにもほどがあるってばよぉ。    

 そんなことで、壊してでも始めたかった(のかもしれない)新シリーズだ
が、これまでの二シリーズに比べると、明らかに期待感が低い。    

 展開のあちこちではこの作者らしい論理性が見られるが、肝心の解決その
ものは、題名に”論証”と謳うほどのロジカルさは無い。大袈裟なフリの割
には見えやすい真相だし。光るのはホワイダニットくらいか。     

 ありがちな真相にありがちな動機(上記のホワイはもっと別の面ね)なん
だけど、それはそもそも作品の雰囲気と合ってすらいないし。     

 キャラクタ設定も甘いとしか思えないんだけどな。語り役の設定はいつも
の雰囲気。隠し能力設定だってトリスタと似たようなイメージだし。例の誤
認トリックだってやってるんじゃないのと、だいぶ警戒しちゃったぞ。 

 探偵役も自分には全然魅力的に思えなかった。優等生設定かと思いきや、
落ちこぼれ属性まで付けられて、なんだか中途半端。一見マイナス属性に見
えて実はプラスってのならわかるけど、逆はないだろ。        

 さっぱり期待の持てない新シリーズ。ここまでの人なのか。採点は6点

  

11/21 密室から黒猫を取り出す方法 北山猛邦 東京創元社

 
 可愛らしくゆるい探偵の造型と、しょーもなくて妙ちくりんな物理トリッ
ク。必ずしもマッチしてはいないんだけど、最上段から振り下ろす探偵の推
理だとバカらしく思えるから、ゆるキャラの方が向いてるのか。    

 ま、「しょーもなくて妙ちくりん」ってのは、本書の場合むしろ褒め言葉
と言ってもいいんだろう。この無理矢理感や脱力感でさえ、意図通りとすら
思えるくらいだものな(実際はそんなことはあるまいが)。      

 後半の二作品が抜群に良い。特にベストとなると異色作の「停電から夜明
けまで」だろう。名探偵の扱いようがちっても素敵。系統は全く違うけれど
コロンボの「二枚のドガの絵」のように、画期的な面白味を感じる。  

 前作同様大きく得はしないけども、損もしない作品。採点は6点。  

  

11/24 少女探偵は帝都を駆ける 芦辺拓 講談社ノベルス

 
 大正モダンな時代を描いた作品。キネマやラジオなどの風俗描写に、有名
な人物や事柄を織り込んで、通俗探偵小説のノリをも再現させる。   

 作者本人の意図は見事に実現できた作品集だとは思うが、それを読者が望
むかどうかは別物。期待の方向性さえ合えば楽しめる作品だろう。   

 でも自分の期待感はそういうとこにはないので、作者の想定通りの読み味
は味わえなかった。単に雰囲気作りだけの作品ではなくて、大胆なトリック
も組み合わせたりミスリードを仕掛けたりと、作者らしい凝りっぷりはたし
かに見られるのだけどなぁ。                    

 ベストは「78回転の密室」かな。無茶で現実味は感じられないが、「本
格ミステリ04」
に選ばれたのも納得の出来映え。ただこの作品に限らず、
ミステリとしては無茶だらけの作品集。これも古典の味わいじゃないかと主
張されれば、そうかもしれないんだけどね。             

 採点は6点。ところで装丁の寺田克也の起用は失敗なのでは。作品自体の
雰囲気にも、キャラの雰囲気にも合ってないように感じるのだけどな。 

  

11/27 時の娘 中村融編 創元推理文庫

 
 うっふん。SFの中で最も好きなジャンルだと思う”ロマンティック時間
SF”がたっぷり。帯にあるような切なさ系は少ないんだけど、フィニィ、
ヤング含めて、このジャンルの未読作品をこれだけ読めるなんて幸せ! 

 年明けには角川からも大森望編の同じようなコンセプトのアンソロジーが
出る予定。河出の奇想コレクションに長いこと予告されてる「たんぽぽ娘」
もさすがに来年は出るだろう。あまり話題にはならなかったが、映画も「バ
タフライ・エフェクト3」「きみがぼくを見つけた日」が公開された。実は
今秘かにロマンティック時間SFのブーム真っ最中なのかも?     

 ベストはヤングの「時が新しかったころ」だな、やはり。もうベタもベタ
だし、ベタベタに甘い。でもロマンチックってベタな方がいいんだってば。

 第2位はファイラー「時のいたみ」を選ぼう。肉体だけが時を遡る(理由
はあるのに本人も思い出せない)という、新しいアイデアが秀逸。ただ甘い
物好きな自分としては、ラストのビターな味わいは無かった方が良かった。

 第3位はナイト「むかしをいまに」。この着想は幾つか触れたことあるが
(最近では映画も)これが最初なのかな。技巧の語りが見事すぎる傑作。

 その他の作品も良かったよ。リー「チャリティのことづて」はまさしく王
道中の王道。切なくて微笑ましくて、読後純な心地よさに包まれる。  

 フィニィ「台詞指導」はまだこんな作品が残ってたのか、と心嬉しくさせ
てくれた。作者独特の時間旅行手法がこれまた微笑ましい作品に結実する。

 シラス「かえりみれば」は「昔に戻れたらもっとうまくやれるはず」とい
う思い込みを、ちょっぴりの皮肉とユーモアで覆してくれる小品。   

 ハーネス「時の娘」はわかりやすいが、ジャンル作品としては完璧。 

 ムーア「出会いのとき巡りきて」は作者らしいファンタジー色が素敵。

 グリーン・ジュニア「インキーに詫びる」は私には理解しがたい難解さ。

 これぞという傑作はないけど、このジャンルの未読作品がこれだけ読めて
(しかもヤングもフィニィも)、これだけ愉しめたら大満足。採点は
8点

  

11/28 金田一少年の事件簿 剣持警部の殺人(上)(下)
           天城征丸・さとうふみや 講談社

 意外な犯人として、そこそこ狙いは成功してるのかも。ただトリックは
比較的わかりやすいから、そっちの方から見破れてしまう作品だと思う。

 特に第一の事件は、これを使用したこの手のトリックは飽きるほど多い
ので(特に本よりも映像や画で表現できる媒体に多いように思う)、読め
てしまう上にこれで犯人まるわかりになってしまうのが難点。    

 ただ早い段階で犯人がわかっても、動機に関しては社会派な謎解きで説
明されないと、意味わかんなかったけどねぇ。           

 同時収録短編二本のうち、「キャンプ場の”怪”事件」はちょっとした
趣向が盛りこまれていて、それもちょっと乙だったかも。      

 フーダニットとしてだけなら評価できるが、ハウダニットがフーダニッ
トの解明に繋がって愉しみを奪われたので、採点はやはり
6点止まり。

  

11/30 グラスホッパー 伊坂幸太郎 角川文庫

 
 読み逃していた伊坂作品の落ち穂拾い。              

 氏の作品全体に連なるモチーフの一つとも思える”理不尽な暴力”を、主
テーマにしたかのような作品。これまた異世界ファンタジーであるゆえ不快
感はさほど強くはないが、だからといって得られるものもなかった。  

 元々氏の作品にはメッセージ性は無い。ありそうに見える作品も多いんだ
けど、そんなものに誤魔化されちゃいけない。単なる見てくれだけで、ただ
の材料の一部に過ぎないんだから。伊坂作品のメッセージを語るなんてのは
学校の宿題の読書感想文でない限り、無意味だ(と断言しても良い)。 

 だから伊坂作品を語るのは「自分がいかに楽しんだか」という尺度が、一
番正しいような気がする。一般的なエンタメとしての条件は充分以上に満た
しているのだから、客観的に語る意味合いも薄いと思うし。      

 その意味では私にとって本書は、語り口調以外にはあまり愉しみを感じる
ことが出来なかった作品。「何を描くか」ではなく、「どう描くか」だけが
楽しみの中心だというのは、やはり自分は評価できない。       

 ただまぁホントいつもながら思わされるのは、キャラクタの属性の付け方
が巧みなんだよねぇ。それが氏独特のとぼけたユーモア感と見事に調和が取
れてるから、語り口調の愉しさは半端じゃない。           

 本書の場合はそれに尽きたのが残念な部分。採点は6点。      

  

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