ホーム創作日記

 

10/2 9の扉 マガジンハウス
北村薫法月綸太郎殊能将之鳥飼否宇麻耶雄嵩
竹本健治貫井徳郎歌野晶午辻村深月

 たかだか単語一つの指定という緩すぎるルールに不満を感じたが、その緩
さが余裕に繋がったのか、見事な連係プレイを見せてくれる参加者が続出。
なんとも味のあるリレー短編集に仕上がっていて、これはこれでアリ。 

 たとえば三題噺よろしくお題が三つの言葉だったら、完成させるだけでき
ゅーきゅー言って、ここまで味のあるつながりは望みようもなかったはず。

 リレー・ミステリは、そもそもが縛りのある文学たるミステリであるが故
に、困難さあってこその面白さだとずっと思ってきたが、こういう例を見せ
られると、そうとばかりも言えないんだなと思わせられてしまう。   

 そういう意味でも、本書中のベストは文句なく麻耶雄嵩だろう。新シリー
ズ誕生を思わせる新しいミステリ的試みと同時に、このセンス良すぎる連携
を見事に決めてくるのだから、もう吃驚する他はない。        

 連携の仕方で云えば、がっつりと後を引き取ってみせたのが歌野晶午。こ
の中にあっては、連携もない単独作でしかも地味、浮いてしまうはずだった
貫井徳郎を救い上げた功績は第二位を与えるにふさわしい。      

 こういった流れを作り出したとも言える、二番手である法月綸太郎を第三
位に。鳥飼否宇は表面だけの引き継ぎだったし、辻村深月はきちんと連作を
締めたことは評価するが、作品自体はミステリとは離れてて惜しくも選外。

 逆にKY度の高さを示すワーストは、これまた文句なく貫井徳郎だろう。
一人だけこのリレーを理解してなかったんじゃないかとすら思える。  

 準ワーストは北村薫。全体のカラーを決めるであろう第一走者で、こんな
作品はないよなぁ。自分だけの短篇集でやってくれって感じだ。    

 結果オーライかもしれないが、意外や意外の効果を評価して採点は7点

  

10/6 密室殺人ゲーム2.0 歌野晶午 講談社ノベルス

 
 前作のようなボツネタお蔵出し感は少なく、本書のために作り込んだ印象
が感じられて、こちらの方がいい。前作とのずらし方も(ちょっと狡さは感
じるが)、なるほどと思えるだけの仕込みになっていて良し。     

 Q1「次は誰が殺しますか?」はいかにもこの作品らしい人工型作品で、
凝りすぎようを楽しむだけでネタ自体の面白味はさほどないが、前作からの
ずらしの導入部としてはきちんと作動している。           

 Q2「密室などない」はボツネタお蔵出しの小ネタ。        

 Q3「切り裂きジャック三十分の孤独」はトリックは見破れたが、この作
品らしい”過剰さ”の演出としてはOK。              

 Q4「相当な悪魔」が本書のメインの一つ。本書のような特別な設定でし
かあり得ないアリバイトリックは結構秀逸。それが別の意外性と絡まって真
相となっているので、組み合わせで秀作短編と呼べる出来となった。  

 Q5「三つの閂」は一見期待させる題名だが、機械トリックであることが
最初から明らかなので、しょうもない密室物という印象しか持てない。 

 Q6「密室よ、さらば」が本書のもう一つのメイン。これも評価できる意
外性を持った作品だと思う。個人的には見破れていたのだが、「えっ、違う
の?」と思わせる演出なんかもあって、なかなか小憎らしい作品。   

「SAW」シリーズを引き合いに出した、シリーズとしてのずらしの演出、
この設定でしかあり得ないトリックを秀作レベルまで高めたQ4,Q6の出
来映え、これらを評価すると採点は
7点以外はあり得ないな。     

 Q?「そして扉が開かれた」を見ると、次回作が登場することは明白。今
度はどんなずらしで来ることか。意外に楽しみなシリーズになりそうだ。

  

10/8 動機、そして沈黙 西澤保彦 中央公論新社

 
 取り付きやすい本質直感ロジックな明西澤から、取り憑かれたような変態
心理ロジックの暗西澤へ。着想の飛びは同じことながら、その飛ぶ舞台が全
く違ってきているのだ。                      

 暗黒面での飛びザマの歪さを面白がれるか、読者に問うよな短編集。 

 論理のロジック(重複みたいだが、心理と相対する意味合いで使用してい
るのでお許しあれ)と、心理のロジック。個人的には前者の方が圧倒的に難
しく、価値あるもののように感じるのだが、上手く使用しないと無味乾燥な
ものになってしまうことがある(たとえば氷川透みたいなもん)。   

 心理のロジックも上手く使えば素晴らしい作品になるのだが(たとえば
口安吾「不連続殺人事件」
のような)、心理のロジックとしての意外性を追
えば追うほど、歪んだ方向に踏み外しがちになってしまう。「意外な心理」
とは往々にして「歪んだ心理」であるわけだから、それも当然の話だろう。

 そして石持浅海だとか暗西澤(もしくは黒西澤)に関しては、そういう歪
さが強く感じられてしまって、どうも受け付けにくい。本書のほとんどの作
品が、ロジカルさを失う程度まで明白に歪んだ”飛び”となっている。 

 ただしかし、そういう歪んだ方向ではあっても、表題作だけはその心理の
飛びが比較的ロジカルに納得できてしまって、ずば抜けて良い出来映え。こ
れが書き下ろしで書けるってことは、氏にとってのこちらの道はまだまだ全
然、袋小路ではないということなのだろう。             

 そういう心理の歪みとは全く関係ない(デビュー直後の作品だしね)「迷
い込んだ死神」が、唯一表題作以外で評価できる作品。        

 以上のような意味で自分としては高い評点は与えられない。採点は6点

  

10/13 幽霊の2/3 ヘレン・マクロイ 創元推理文庫

 
 復刊リクエストの第1位を取るほどの「幻の作品」の代表的作品ながら、

「幻の作品」には幻になるだけの理由がある、という先入観を覆してくれる
佳品。あまりにも古典的なミステリながら、構図の面白味で全く違う作品に
色分けてくれる。題名の完璧さも含めて、とても美しい作品だと思う。 

 56年の作品なんだから、このトリックには当然先例があるのだろう。あ
まりにもさらっと書かれていることから考えても、ここは作者自身も強調し
たいところではないはず。これだけ取ればたしかに明らかに弱い。   

 本書の価値はもっと違うところにある。意外な構図の面白味。これが単純
なタイプの古典ミステリとは一線を画しているせいで、古めかしさを感じさ
せることなく、意外に新鮮な驚きを与えてくれる。          

 これが二重・三重の意味が重ねられた題名のなるほど感と見事に絡んでく
るので、非常に心地良いミステリとしての読後感が味わえるのだ。   

 本書といい、「割れたひづめ」「歌うダイアモンド」といい、サスペンス
の名手という印象と裏腹に、本質は本格ミステリ作家だったのかなぁ。 

 予想以上に楽しめたので、採点は8点としたい。          

 ところで同じく幻の作品であった「殺す者と殺される者」も、もうすぐ出
版されるはず。こちらは多分イメージ通りのサスペンスかと思われる。勿論
こっちのタイプも読んでみることとしよう。             

  

10/15 錯誤配置 藍シャウ 講談社

 
 幻想的な謎の解体法としては、正直間違ってる。だけどとんがった珍妙さ
という、いまどき味わえなくなった新本格らしい愛らしさであることよ。

 鳴り物入り(ってほどじゃない?)亜細亜本格の斬り込み隊長としては、
ちょっと飛び道具過ぎるような気も。アルテの翻訳第一作みたいなもん?

 う〜ん、しかし、このシリーズ現時点で第4弾まで発表されているが、概
要とか読む限り、かなり微妙。亜細亜のミステリ界の状況など当然全く知ら
ないせいかもしれないが、なんだか変わり種ばかりを集めてきてるようにも
思えてしまうんだけど。日本ミステリの真髄とか銘打って、メフィスト賞受
賞作品だけを訳してるようなイメージ(笑)。            

 本作なんて特にメフィストっぽいハチャメチャさだからなぁ。島田荘司
幻想的な謎をたっぷりと見せてくれて、うはうはと喜んでる読者に対しての
ひどい仕打ち。悪い意味で裏切られることさえ喜べてしまう、メフィスト賞
フォロアーな被虐趣味読者には、身に覚えある脱力感のはず。     

 強烈な不可能趣味って言ったって、引っかかりようもないミス・リードの
せいで、意外性はさっぱり感じられない。苦労して作ったことはわかるが、
うん、ご苦労様ってところで、インパクト感は一切無し。       

 かと思うと、これまたとんでもないところに大盛りのインパクト感が。こ
の犯人の属性って21世紀型本格?(いや、多分違う)。でも、こんなのを
無理から設定突っ込む必然性なんて、な〜んにも感じられんがなぁ。  

 こんな風に色んな方向に錯誤して配置されたあほらしさは、魅力的と勘違
いしちゃってもいいかなぁとも思えなくはないが(かな〜り曖昧な物言いし
か出来ないけどねぇ)。バカミスと銘打ちたいレベルでもない。    

 これだけで亜細亜本格を見通すことなんて当然出来ないが、出鼻をくじか
れた感はあるかなぁ。少なからず期待はずれ。採点は
6点。      

  

10/21 災厄の紳士 D・M・ディヴァイン 創元推理文庫

 
 うわぁ〜、これはやられてしまった。手掛かりは二つなのだが、そのうち
の一つ「犯人は何故○○したのか?」というホワイの解答が、極めて美しく
納得出来る。基本型になっても良さげなシンプルなロジックなのに新鮮!

 これって結構応用の利くロジックで、しかも単純明快。本作のように決め
手の一つとして使うことも出来るし、何故疑うに至ったかの取っかかりとし
て扱うことも出来る(古畑とかでいかにも使えそうなネタ)。     

 極めて便利なロジックだと思うのに、自分の記憶の範囲には他の使用例が
ないなぁ。無い方が逆に不思議な気がするくらいなんだけど。     

 勿論、本書の良さはそれだけでは決してないぞ。とにかく上手さ極まる。
でもってどの作品読んでも、やることやってくれるんで、初心者からミステ
リ読み巧者まで、満遍なく楽しませてくれるんじゃないのかなぁ。やってる
ことは凄いけど、何故だか作品としては地味なきらいはあるけれど。  

 個人的には割と読めてしまう気がするディヴァインなんだけど、本作では
完璧にやられてしまった(本作に関しては、ひょっとしたら私の方が少数派
なのかもしれないけど)。これだけでももう嬉しくてしょうがないし。 

 但し、リーダビリティの淡泊さは相変わらず。本書の前半は倒叙サスペン
ス的な展開なので、いつもと違って少しはわくわく読ませてくれるかもと思
ったが、やっぱりそんなことはないし。               

 仕掛けの意外さや謎解きの面白さの割にメジャーになれなかったわけは、
やっぱりこれなんじゃないのかな。単純に直球の本格が受けなかったから、
というわけではないと思う。                    

 とにかくわたしゃ犯人にもロジックにも大満足。採点は悩まず8点。 

  

10/22 ミスター・ディアボロ アントニー・レジェーン 扶桑社

 
 つかみはOKな魅力的な謎で雰囲気は抜群なんだけど、あまりにも「あま
りにも」な王道トリック二連発で、さすがに現代の目から見れば、パロディ
だとでも見紛えそうな作品だ。                   

 今で言うなら、藤原宰太郎のトリック本とか有名なトリック長編をちょい
ちょいとつまみ食いした漫画家が、自分でも書ける気になって書いちゃった
ミステリ漫画みたいな出来映えのような気がする。          

 風格や骨格は立派そうでも、実は凄くチープだった、作中のミスター・デ
ィアボロみたいなもんかなぁ。                   

 というわけで期待感が大きかっただけに、失望感もでかくなってしまった
作品。あまり語りたくないのでこれで。採点は
6点。         

  

10/24 追想五断章 米澤穂信 集英社

 
 五つのリドル・ストーリーで一つの事件の真相を浮かび上がらせる作品。
しかし、残念ながら(私の評価では)これでは趣向が完結していない。謎物
語を産み出す困難を乗り越えて、美しく閉じた趣向で読ませて欲しかった。

 途中で「ああっ!」と思ったんだよなぁ。たしかにこれなら成立している
よ。こう考えると、これらのリドル・ストーリーが基本的に二択の構造を持
ってしまっている必然性が、非常に良く理解できる。         

 ああ、なんて美しいんだ。リドル・ストーリーを創り出すのは決して簡単
なことではない。それで一つの事件を浮かび上がらせるなんてことだけで、
充分ハードルが高いはず。にも関わらず、更にそこに「こんな趣向」まで盛
り込むなんて、なんて凄い奴なんだ、米澤穂信!           

 その次の作品で成立しなかった時も、逆に「なるほどね」と思わされた。
たまたま見つかった順番で趣向が成立するなんて、あまりにも偶然すぎるも
のな。ここで一旦パターンを崩しておけば、これまで気付いていない読者は
このまま最後まで気付くことは出来ないはず。            

 しかも最後の驚愕を受けて読み返してみる読者には、完全にランダムでは
なく、最初から趣向を読み得る構造になっていることが理解できる。米澤穂
信の深謀遠慮、読み取ったりぃ〜!                 

 もうすっかり作者の共犯者にでもなった気分。こりゃあ凄いな。途中で気
付いてしまったとはいえ、この趣向なら本年度ベストいくかも?    

 

 ……裏切られた。最初からこんな趣向は考えてなかったのか、途中であき
らめたのか。まぁ私の読み過ぎだっただけで前者なんだろうけど、もしも後
者だったら悲しすぎるぞ。時間をかけてでも完成させて欲しかった。  

 というわけで私の評価では不完全作品なので、採点は6点。ところで伝わ
ってないかもしれないので、私が考えた趣向はココに書いておきます。 

  

10/28 花窗玻璃 深水黎一郎 講談社ノベルス

 
 地味×ウェルメイドな本格+芸術蘊蓄=深水黎一郎、という数式通り。

 読者との関係に自覚的な作者だから、この作中作形式だとかめんどくさい
記述だとか、絶対に意味があるよなぁとわくわくしていたら(思わせぶりな
フリもあったのに〜)、結局私には読み取れなかった(駄目じゃん)。 

 単に「読者が被害者」をやりたかったというだけの話ではないよなぁ?

 漢字表記だからこその趣向って、別に全然無かったよなぁ?     

 読者に対する要求度が高すぎる作者だから、自分が読み落としてるんじゃ
ないかと不安しか残らないんだよなぁ。               

 たとえば特に意識してなかった「シャガールの暗示」という副題の意味す
るところなんか、ネット書評で読むまで全く気付かなかったもの。でもまぁ
そういうのに合わせてトリックを構築するってのはよくある話。美しいこと
ではあるが、それほど特筆すべきものでもないだろう。解釈にまぎれのない
ように、巧みに作られているというほどでもないし。         

 それを本文中で解説せず、読者の気付きに任すって部分をどれだけ”粋”
だと感じるかが評価の分かれ道だろうか。              

 思わせぶりな形式や記述が、ミステリとして効力を発してない(少なくと
も私には見つけられなかった)ので、採点は
6点。          

  

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