ホーム創作日記

 

6/3 新・幻想と怪奇 仁賀克雄編 ハヤカワポケットミステリ

 
 懐かしい「幻想と怪奇」のテイストはそのままなので、期待通りの(ある
いは予想通りの)アンソロジーと言ってもいいだろう。ここで試されている
のは、個々の作品の出来映え以上に、貴方の想像力なのかもしれない。 

 恐怖を感じるのは、そこに想像力があるから。映像で見せられるスプラッ
ターやホラーの直接イメージなんかとは、全く別次元のもの。幽霊が怖い、
人殺しが怖い、そんな当たり前の怖さを描くのに技術は不要。     

 笑みが怖い、その紙を裏返すのが怖い、自分の後ろ姿が怖い、そんななん
だかんだの思わぬものに潜む怖さ、そういいったものを感じ取れるのが想像
力ゆえであり、それを描き出すのが優れた幻想怪奇小説だと思うのだ。 

 と書いてはみたが、「怖さ」は本書のメインではないのだよなぁ。本書で
一番怖い作品は間違いなくJ・F・エリオット「銅の鋺」だろうし、この怖
さを味わうには想像力もそんなには必要としないし。         

 想像力で補う怖さという点でいえば、ゼナ・ヘンダースン「闇が遊びにや
ってきた」が最も優秀な作品かもしれない。             

 さて、そんな中で私のベスト3だが、まずは意外なつながりに妙味を見せ
てくれるフィリップ・ホセ・ファーマー「切り裂きジャックはわたしの父」
を選びたい。他の二作にはちょっとロマンチックな作品を。ロバート・ブロ
ック「スクリーンの陰に」と、選者イチオシの書き手ローズマリー・ティン
パリー「レイチェルとサイモン」とする。              

 ロバート・シェクリイ「思考の匂い」、ウィリアム・テン「奇妙なテナン
ト」、リチャード・マシスン「万能人形」あたりも好きな作品。    

 総合点としても7点には充分価するアンソロジーだろう。      

  

6/7 パラドックス13 東野圭吾 毎日新聞社

 
 SFエンタメとして終盤近くまではひどく楽しく読めたのだが、終盤の展
開に唖然(悪い意味で)。作者の意図してない方向に、読者としてどんでん
返しされちゃった気分。着地に迷走した失敗作だろ、これって。    

 東野圭吾の腕はさすがに巧み。それなりにいい作品を書いても書いてもパ
ッとしなかった時代が嘘のよう。もはやエンタメ界の代表選手だものな。

 本作でも「ドラゴンヘッド」と「漂流教室」を想起させる終末世界へと、
すぐにいざなってくれる。そこから終盤までの展開には、もう安心して乗っ
かっていけるはず。適度の山場、適度のサスペンス、適度の感動、と万遍な
く愉しみを与えてくれる。SFだっていけるやん。          

 但し、やっぱり最後をどう着地させるか、自分としてはこれは大事にした
い。いかにエンタメだろうが、途中面白かったからそれだけでいいや、とは
とても思えないのだ。話を拡げるだけだったら楽(この”だけ”だけで愉し
ませる作品も多いのだが)。拡げっぱなしじゃなくていかに閉じるかが重要
だと思う。ミステリ・プロパーとしての性(さが)なんだろうけど。  

 さて、今出てきたこの文字が重要。この展開で避けては通ることの出来な
い、セックスの問題を描き始めた途端に、ボロボロになってしまった。「秘
密」
でもそうだったが、やはり理性的なエンタメの中で、セックスの問題を
扱うのは非常な困難を伴うのだろう。今回はどう見ても失敗している。 

 女性陣ドンびき! 登場人物も読者もきっとそうだろう。ガリレオ+福山
雅治効果で大幅に増えた女性固定読者を、相当数失ったのではないか。 

 私はこれは「漂流教室」の最後に示される壮大なヴィジョンを、東野流に
表現し直したものだと思うのだが、それならそうでこういうラストにしてし
まうのは全く納得が行かない。このラストならば、あそこでほぼ全読者を混
乱させるようなヴィジョンを提示する必要など全くなかったのではないか。
もうなんだか何をやりたいのか、さっぱりわからなくなっちゃったよ。冒頭
に書いたように、着地に迷走した失敗作、というのが私の評価。
6点。 

  

6/8 六つの手掛り 乾くるみ 双葉社

 
 本格ミステリとしてはかなり精度の高い作品集。飛び抜けてはいないけれ
ど、いずれも良質の本格で丹念に作り込まれている。ついにミステリに本気
出したか、と期待させてくれるレベル。短編集としては(あまり数は多くな
いが)氏のベストであることは間違いあるまい。           

 その証拠と言って構わないと思うが、五が「事件の痕跡」、四が「本格ミ
ステリ08」
、二が「本格ミステリ09」と、年刊傑作選三冊にセレクトさ
れているという立派な実績。さすがにハットトリックは珍しいだろう。 

 それに正当派の本格と呼んでも問題ない方向で攻めてくれたのが嬉しいで
はないか。ひょっとしたら”ど本格のパロディ”という意識があったりして
という疑いはあるのだが。とにかくどの作品にもキラリと光るポイントがあ
って、どっかでは必ず「おっ」と思わせてくれたのが嬉しい。     

 まぁ、どの作品もパズル型本格なので、小説を読みたいという意識の強い
人にはとてもお薦めはしない。「イニ・ラブ」から入ったという薄めの読者
も避けた方が無難かも。本格偏愛者こそにお薦め。          

 ツイストの効いた意外性で攻めてきた道尾秀介「鬼の跫音」と並んで、今
年の短編集としては、陽と陰それぞれの代表になりそうな予感がする。 

 ベストは本格ミステリの構築度としてはピカイチの「四枚のカード」だろ
うな。第二位はアンソロジー収録作を抑えて、意外な構図のずらしにしびれ
てしまった「三通の手紙」を選びたい。第三位は真相やその推理よりも、姪
の推理過程に妙味を覚えてしまった「五つのプレゼント」としよう。  

 こういうの、どんどん書いて欲しいぞ。採点は迷わず7点。     

  

6/11 TAP グレッグ・イーガン 河出書房新社

 
「祈りの海」「しあわせの理由」に興奮した状態は蘇らないなぁ。  

 表題作は別だが、ストーリーとしての完結感に物足りなさを感じているの
かも。あるいはアイデアの洪水に凄さを感じてたのに、お馴染みのガジェッ
トやモチーフの繰り返しに、新味が感じられなくなってきただけかも。 

 本作では、初期短編も選ばれているということで、SFオンリーではなく
ホラー・タッチの作品も多く含んでいるのが興味深いところかも。   

 とにかく完成度としては頭一つ抜きんでている表題作が、悩みようもなく
ベスト1。ホラー系統からは、悪魔と子供との対決という古くからの趣向を
イーガン流に処理した「自警団」を選びたい。残り一作はわかりやすいとこ
ろから。でも「新・口笛テスト」ではあまりにもわかりやすすぎて、選ぶな
らば「ユージーン」だろうな。これが私のベスト3。総合店は
6点。  

 しかしまぁ、イーガンで興奮できなくなってしまった(贅沢な麻痺感)私
としちゃあ、やはりSFとしての期待度No1はテッド・チャンだろう。早
く第二短編集を読みたいよ! 渇望しちゃうよ!           

  

6/17 探偵小説の風景 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 
 古き良き探偵小説の味わいに出逢える作品集。自分としてはお馴染みの名
前がずらっと並んでいる割にはおそらく初読の作品ばかりで、それでいなが
らなかなか粒が揃っている。名人芸のような編纂だなぁ。       

「トラフィック・コレクション 上」と銘打たれているので、乗り物が必ず
出ては来るのだが、トラベル・ミステリってのとは違う。そのジャンル苦手
って人も(自分のことだ)OKだと思う。              

 なかなかバラエティに富んだ作品傾向であることも、飽きずに楽しく読め
る所以じゃないかと思う。本格に変格に通俗にサスペンスにスリラーにユー
モアと、探偵小説という名称の元に実はいろんなパターンが押し込められて
いたことが、改めて認識できるようなセレクションかもしれない。   

 さて恒例のベスト3だが、まずは冒頭の浜尾四郎「途上の犯人」。パロデ
ィとか批評眼とかはミステリに欠かせない要素だと思うが、この頃の作品の
ありがちなパターンであるお約束に対する揶揄り方が芸になってる。  

 続いては甲賀三郎「急行十三時間」。偽装誘拐の裏返しサスペンスから、
本格展開&探偵登場に至るあたりのユニークなプロットが楽しい。   

 メインであろう横正の中編が通俗スリラーで気が乗らなかったので、残り
一作は佐々木味津三「髭」と辰野九紫「青バスの女」と悩んだ挙げ句、後者
と同じくユーモア短編、井田敏行「彼の失敗」を選択。        

 充分に満足の出来映えではあるけれど、決定打はないので採点は6点

  

6/18 鷺と雪 北村薫 文藝春秋

 
 本年度直木賞受賞作品。どうもおめでとうございます!       

 シリーズを通したその奥で、少女の目を通して直接的間接的に描かれる、
静かなカタストロフたるラストに繋がる大きな時代の流れ。ミステリ頭で論
理を楽しむよりも、文学頭で情緒を味わう作品なのだろうと思う。   

 抑えた筆致の中に、さりげなく盛り込まれていく時代感。一つ一つはある
いは些細なものであっても、つなぎ合わせると大きなうねりとなる。  

 北村薫が敢えてこういう舞台を選択したのは、そのさりげなさをより演出
するためなのではないだろうか。一般社会とは隔絶したかのように、のどか
でのんきで脳天気な上流社会。                   

 この止まったような空気感があってこそ、静けさの中に秘められた暗示だ
けの躍動感が、読者の胸の内で鼓動し続けるのだと。         

 ……とまぁ、文学的な解釈をしてみた。一応。           

 しかしながら、貪欲にミステリこそを楽しみたい私にとっては、満足でき
るシリーズとは決してなってはくれなかった。            

「不在の父」の消失トリック、「獅子と地下鉄」の日常の謎、「鷺と雪」の
上流社会ならではの写真トリック、と一応はミステリの体裁を取ってはいる
が、それだけを楽しむにはあまりにも弱いと言わざるを得ない。中でも「獅
子」に関してなどは、「広義」という単語を引っ張り出してこなければ、ミ
ステリとも言い辛い気すらしてしまう代物だ。            

 読者が何を望むかによって、本書及び本シリーズの評価は大きく揺らぐで
あろう作品。そしてたしかなのは、私の望みとは大きくベクトルの違う作品
だったということ。採点は当然の如くの
6点。            

  

6/22 亜空間要塞 半村良 ハルキ文庫

 
 やられた。やられた。「史上最大のどんでん返し」にやられた。   

「すげえ…すげえどんでん返しだったなあ」(作中のセリフより)

 本書は「SF仲間は麻雀仲間」「日曜にはSFを語ろう」「超常現象いい
現象」と題された三章から始まり、こんな三章(「全裸の美男美女が月の井
戸の奥にいる」「刑事の名前にRがついている」「史上最大のどんでん返し
に遭遇する」)で締め括られる。                  

 最終章に注目! なんとあらかじめ予告されているという、「どんでん返
し宣言」なんだぞ。ミステリでもこんな大胆な宣言はそうそうあるまい。た
とえわかっていても、「本書は叙述トリック・ミステリである」と折原一
宣言したら、それでも「おおっ!」と驚くよな。つまりはそういうこと。し
かも史上最大だぜぇ〜。                      

 ……と煽るのはここまでとして、後はどうかご自分の目で確認くだされ。

 とにかく本書の中身と来たら、SF作家の妄想をバカ話にした、創作落語
のようなもの。もしもSFの世界が現実となってる世界があったら……とい
う、「ドリフ大爆笑」のもしもコントだと思っていただけたら(お子ちゃま
にはわからなくても結構)、いいのかも。              

 とにかく与太話大好きって御仁にはきっと堪えられない代物なので、バカ
SF、バカミス好きな人は、やられてみるといいと思うぞ。採点は
7点

  

6/24 リバース 北國浩二 原書房

 
”青春の痛み”というよりは”イタい青春物”であること、肝心のネタを一
瞬で見透かされかねない不器用な伏線(
「ほかしてください」のやりとり
など、「イニ・ラブ」との共通点は多いので、乾くるみの帯も納得。  

 しかしながらこの複層の物語構造と、それを巧みに覆い隠すようにミスリ
ードで話を引っ張るやり口などは、むしろ道尾秀介のソレに近いのではない
かと思わされた。巧妙さ、狡猾さに関しては若干引けを取るけれど。  

 とはいえ、これだけの構図を内に秘めながら、それを想起させない結構は
立派な出来映え。本年度の本格ミステリの収穫の一つだろう。     

 個人的には上記の伏線と、強く印象に残っている先例のミステリ(WHY
の観点だが)を思い浮かべていたせいで、比較的容易に最後の構図が見えて
しまったのが残念だったけど。ああ、心地良く驚きたかったよ。    

 またミステリとしての補強の観点で言えば、主人公視点だけでなく他者の
視点・心理描写を織り込むことで、もっとミスリードを完璧に仕上げること
も可能だったのになぁ、とも思えた。せっかくの複層構造なんだから、こう
いう方向でも活かせたはず。決定的とも思える描写で、読者の心理の奥に置
くことが出来たと思うんだよな。まぁ、これは私が本格偏愛派なせいであっ
て、エンタメ路線の視点からはとんでもないことなんだろうけど。   

 ただ全般的にエンタメの観点からはどうなんだろう。主人公のイタさがあ
まりにもウェイトを占めている本書のくせに、終盤のイメージの逆転展開か
ら爽やか風に締め括るのは”あり”ってことでいいのかな? いい話みたい
に勘違いして終わりそうになるんだけど、それでホントにOK?    

 でも、題名の意味がそこに浮かび上がる趣向はとっても悦。これまたある
意味ミスリードだったりもするアタリが憎たらしいわん。ていうか、まさか
そのための乾くるみではあるまいな?                

 見えてしまっていたせいで若干評価は落ちるが、それでも採点は7点

  

6/27 不可能犯罪コレクション 二階堂黎人編 原書房

 
 密室や不可能犯罪という志向性の強いテーマであることが、「密室殺人大
百科」
の時代と現在とのミステリ・シーンの違いを、期せずして浮き彫りに
しているような気がした。たかが9年、されど9年といったところか。 

 今考えると「密室殺人大百科」が編まれた2000年は、「新本格」が充
分に一周全力疾走し終えたとも言える時代だったのかもしれない。先輩達の
背中を見て、まだ存分にバトンを引き継ぐ意欲ある者達が、充分な助走を果
たした上で競争のスタートラインに立てていたのだ。         

 マイナスの言い方をすれば新本格の残滓が、プラスの言い方をすれば新本
格の心意気がまだミステリ界の空気を形成していた時代。       

 既に新本格滅びて久しい現在、もうそういう気負いや気概は受け継がれる
べき必然も相手もなく、全体として見えていた志向性も消えている。ベクト
ルは代わりに各個人に委ねられ、それぞれの書き手の特徴がより鮮明に表れ
る。良い意味でも悪い意味でもあるのだが、こういうテーマ・アンソロジー
に於いては、あまりいい方向には働きようがなかったのだと思う。   

「密室殺人大百科」は全体として本気で密室に相対していたと感じられ、そ
の点に凄みを覚えたのだが、本書にはそれはない。この書名から期待できる
凄みがなかったのはやはり残念なので、惜しくも
6点としよう。    

 個々では、捨てトリックでさえ奇想を展開させ、無茶とも思える犯人指摘
からロジックで畳み込む、大山誠一郎の豪腕が断トツ。超絶偶然は疵だが。

 岸田るり子、鏑木蓮はここに名前があること自体が不思議。岸田るり子な
んて出来なけりゃ断っちゃえよ〜。とはいえトリックは小学生レベルでも、
ある意味別の不可能犯罪に振っていて、意外に面白かったのは妙。   

 門前典之は持ち前のわかりにくさが前面に出てしまった。バカ・トリック
の期待も報われず。石持浅海は独自路線で不可能犯罪でさえ異様な倫理観か
らこしらえてしまう。ただ納得感は薄い。加賀美雅之は相変わらず独自路線
から一歩も出ずの旧本格。結局、第二位に選びたい作品は見当たらず。 

  

6/30 少年少女飛行倶楽部 加納朋子 文藝春秋

 
 もう一切の濁りのない爽やか〜な青春小説。            

 加納サマの文体でふわふわと読み終えて、にっこりと笑みを一つ浮かべら
れたら、その笑みの一つ分(ちょっと控えめ)幸せになれる物語、かな。

 本書を自分流に解釈するならば、これはきっと「魔法のない『魔女の宅急
便』」なんだと思う。ラストの大冒険なんて、もうオマージュだとしか思え
ないようなシーンだったんだもの。                 

 きっと加納サマってばマジョタク大好きなんだわ〜って、勝手に思いこん
でしまっちゃった。まぁマジョタクは単なる憶測だとしても、きっと”頑張
る女の子”大好きだろうってのは、まず外れてはいないと思うし。   

 魔法無しで空を飛ぶためには、結局やっぱりこういう手段になっちゃうの
は仕方ないところ。どういう飛び方になるのか、が肝心な謎の一つだったり
して、とちょっぴり期待しちゃってた私は悲しいミステリ人種?    

 そういうわけで本作には、一切ミステリ風味はなく、ほんと純粋な青春小
説。ただ個人的にはせっかくの彼女の作品なのだから、何かしら”謎”の要
素は欲しかった気はするけどなぁ。                 

 それと青春小説や成長小説だけの価値観から見れば、深みが足りないのは
事実だろう。彼女独特の”軽み”が、本来必要とされるジャンルに於いては
強みを発しないどころか、若干弱みにも繋がりかねない脆さを感じた。キャ
ラクタ的にもラノベ風味が大いにミックスされているのが、それに拍車をか
けているようにも思う。                      

 また一つ注目点としては、このところ彼女の作品に新たに加わってきた、
親としての視点が結構強めに感じられたことも挙げておこう。そろそろその
目線から描かれた作品も登場してくるのだろうか?          

  

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