ホーム創作日記

 

3/4 モダンタイムス 伊坂幸太郎 講談社

 
「モーニング」での連載なので、意識された読み所が満載。従って表面の密
度はとても濃いのだが、それぞれの奥行きが薄っぺらく感じられる。これま
で読んだ伊坂作品の中で、最もつまらなかった作品。         

 これにはやはりこの形式が起因するものが大きい。毎回の読みどころ、毎
回の引きを上手く構成するためには、目一杯を上回るだけの様々な要素を必
要とするわけだ。                         

 しかも、それらはあらかじめ設定されていたものではない。大まかな筋立
ては決まっていても、毎週の担当編集者との打ち合わせによって、細かな筋
立てが決められていったということなのだから。           

 つまりはそれだけ莫大な要素がばらまかれているわけで、さすがにそれら
を全部収束するなんてことは出来ないだろうし、事実出来ていない。  

 段々と拡散していく前半に比較して、折り畳んでいってるはずの後半が明
らかにつまらなく思えてしまったのは、きっとそういう物足りなさが大きく
影響しているのだろう。                      

 個人的には「暴力」が扱われていたのも好きになれない要因の一つだった
しなぁ(ヘタレですまん)。なんだかこれだけはお腹いっぱい。    

 ミステリ的な観点からは、「魔王」の続編という形式でもありながら、覚
醒する能力がアレというのも(敢えて、だろうということはわかっていても
なお)芸がないように思えてしまったし、回収されない伏線のもやもや感が
なんとも気色悪いし……と、欲求不満感も満載。           

 食べた満足感というよりは、ガスの充満感でお腹膨らんじゃっただけの、
不健康な読後感でもやもや。伊坂読み終えた気分じゃない。採点は
6点

  

3/7 無貌伝 望月守宮 講談社ノベルス

 
 設定はいかにもメフィスト賞的な奇をてらった世界観だが、ミステリとし
てはまぁ普通で、あんまりとんがったところはない。独特であるが故に、馴
れ合いのキャラ世界にまとまっちゃう人になりそうな予感。      

 根本的にやりたいことの志向性が、私の期待する方向とは違っているよう
に思える。たしかに設定は非常に魅力的なのだが、この設定からどんなミス
テリ的興趣を引き出してやろうか、うふふふふっ、みたいな雰囲気は感じ取
れなかった。割とあっさりと無難にこなしたな、というイメージ。   

 まぁ、この線でキープしておけば充分だからと、賞向けの最低レベルが確
保できたら、あとは思う存分自分の世界を構築することに嬉々としている。
どや、これが俺の世界だ、という匂いがプンプン。ここまで書くのは偏見だ
ろうとは思うが、どうしてもそう思えてしまうのだ。         

 こういう世界観はそれなりに読者に受け入れられるだろうし、そうなると
ますますミステリとしてはなおざりになっていきそうな予感。本格という意
味合いで化ける作者ではないように思う。              

 こういうマイナスの予想は当たってもちっとも嬉しくも何ともないので、
是非覆して欲しいものだ。そういう世評を見るのでなければ、二作目以降は
手にすることはないように思う。                  

 馴れ合いの世界にちっちゃくまとまっちゃわないで、どうかもっととんが
ってください。採点は
6点。あっ、あんま内容を語ってないな。まいっか。

  

3/13 幻影城の時代 完全版 本多正一・講談社BOX編 講談社

 
 そう、「幻影城」の時代はたしかにあったのだ。私でもまだ乗り遅れては
しまったのだけど、その航跡(功績)を辿って国内古典の国へと旅立つこと
は出来た。そんな旅仲間達の年齢無用の同窓会、それが本書なのだろう。

 この本について何か書くには、やはり自分語りが欠かせない気がする。こ
のサイトが「幻影の書庫」であることからもわかるように、明らかに私もそ
の影響下にあるのだから。乱歩の「幻影城」「続幻影城」があり、この雑誌
「幻影城」があり、それを受けて命名した名前なのだから。      

 小中学生時代の発行なのでリアルタイムに経験してはいないのだが、大学
時代に海外古典から国内物に移行しようとしていたときに、頼りになったの
がこの雑誌だった。                        

 当時は好きな国内作家といえば、泡坂妻夫連城三紀彦の名前を筆頭に挙
げるくらいだったし、とにかく国内古典短編に心惹かれてもいた(これは今
も)。新旧両面を見事にサポートしてくれていたのだ。        

 本書にも引かれているが、島崎博の「創刊のことば」がそれを巧みに示し
ている。「作品発掘のほかに、出来うれば新しい推理小説の方向を、指し示
すような作品をもあわせて紹介したい」 見事な有言実行ではないか。 

 古本屋の奥をひっかき回すようにして見つけ出す、宝石誌の「新人○○人
集」、鮎川哲也を代表とする編者の手による古典アンソロジー、そしてこの
「幻影城」、これらこそが私を国内古典の世界へと導いてくれたのだ。 

 この感想で私も同窓会の仲間入り(末席だけど)を果たせた気がする。同
窓生には嬉しい本書だが、それ以外の人にはどうかな。個人的には島崎個人
に対する語りが多過ぎるのも気になった。価格も高すぎるので採点は
7点

 なお、新作としては連城三紀彦「夜の自画像」がピカイチ。今更ながら花
葬シリーズの新作が読めるなんて思ってもみなかったよ。これで泡坂妻夫が
智一郎ではなくて愛一郎だったら、この価格でも”買い”だったのになぁ。

  

3/16 Q.E.D.32巻 加藤元浩 講談社

 
 ファンであればあるほど楽しめる、新たな意外性を提供した作品と、ファ
ンでなくとも楽しめる、このシリーズのとある一面が突出した作品とのカッ
プリング。相変わらずの高レベルさが素晴らしい。          

 まずは「マジック&マジック」。これはファンにとってこそ、より楽しめ
る作品だろう。こういう展開って珍しいよなぁ。つか、初めてなのでは?

 トリック自体は単純なんだけども、こういう見せ方でまたまた違った意外
性を演出してくれるなんて、それだけで嬉しくなっちゃう作品。    

 ある一つのテーマを取り上げて、それをわかりやすく描いてくれることも
本シリーズの魅力の一つ。得意の数学ネタばかりではなく(こちらは最近難
解になりすぎてんじゃないのぉとも思うけど)、裁判員制度だとかを描いた
作品など記憶に新しいところ。                   

 そのいい見本が「レッド・ファイル」だろう。「漫画経済入門」とでも言
っていいんじゃないだろうってくらい、この短さの中にわかりやすくぎゅっ
と凝縮された情報漫画として、見事に成立している。         

 皮肉な落ちや可奈の恫喝などもピタリと決まった作品。       

 但しどちらもミステリとしてコレぞって決め手はないので、採点は6点

  

3/20 エドガー賞全集1990〜2007
        ローレンス・ブロック他 ハヤカワ・ミステリ文庫

 犯罪を通じて人生の断面を描く、というような価値はあるのかもしれない
が、ミステリとしての興趣を期待してると、さっぱり面白味はないわなぁ。
特に本格という意味では、皆無に等しいからな。           

 現代の海外ミステリはホントにごくごく一部を除いては読んでいないのだ
が、本書などを読むとやっぱり読まなくても構わないか、なんて気になって
しまうよ。興味や目的の方向性が、自分の望んでるものとは全くの別。 

 本格原理主義者の偏向視点から見れば、アルテ〜だとか、ディーヴァ〜だ
とか言っときゃ充分なんじゃないだろうか(わ〜い、偏見だ、偏見だ〜)。
偏った見方でも、見えてる世界で満足できてるんだから、それでいいかな、
なんてね。どうせ読める数限られてるんだから、拡げなくてもいいや。 

 ……というあきらめの観点から選んだベスト3。まずはドナルド・E・ウ
ェストレイク「悪党どもが多すぎる」だな。展開が面白すぎるもの。小気味
よい読後感まで含めて、これがベストに決定。            

 第二位はローレンス・ブロック「ケラーの治療法」。ミスリード的な話の
展開から、意外な動機に落ちていく筋立ての妙が、実にいい雰囲気で語られ
る。もう一作選ばれている「ケラーの責任」も全く同じ感想が成り立つ。

 さて第3位は悩んだ挙げ句、同点で次の二作を。一番本格らしい謎解きが
見られる(でも、それが主眼ではない)アン・ペリー「英雄たち」と、この
長さにコン・ゲームの面白味を凝縮させたロバート・B・パーカー「ペテン
師ディランシー」。総合的には期待に反し、7点にも達しない
6点。  

  

3/25 廃墟建築士 三崎亜記 集英社

 
 建物をモチーフにした奇想の四編。相変わらずこの作者の奇想は、実に柔
らかく現実との境界を乗り越えるものだ。寓話ともエンタメともつかぬ独自
の世界観の表現力が、もの凄く巧みだと思う。            

 奇想を核とするにしても、そこからの物語の可能性は多岐に広がり得る。
中でも、奇想は容易に”奇妙な味”を喚起できるため、その味だけで読ませ
ようとするタイプの作品は限りなく多い。個人的にはこういった作品の形式
を”雰囲気小説”とでも名付けたい。                

 特にSF、ホラー、ファンタジー、広義のミステリーなどでは、そういう
傾向の作品が多いように感じる。それは単にそういうものしか私が読まない
ということもあろうが、ワン・アイデアさえあればそれが通行手形として通
用し得る、ジャンル文学だからという側面もあるのではないか。    

 しかしながら三崎亜記は、これだけの奇想という武器を持ちながらも、そ
れだけに頼ることなどはしない。きっちり物語としての結構を持った形で提
供してくれるのだ。完結感を求める向きも満足させてくれる。放り投げの奇
想ではなく、きっちりと手元に戻ってくるブーメランの如き奇想。   

 それでいて勿論、雰囲気も抜群なんだよな。技術点、芸術点、いずれの得
点も稼いでくれる。奇想の物語をつむぐ者として、高く評価したい。  

 ただ今回の場合、物語としての”結”がきちんと付いてしまうことが、必
ずしもベストの解ではなかったようにも感じられたのだけど。     

 それは個人的ベストである「図書館」、第2位である「蔵守」の両方とも
そうだったなぁ。ベールが剥がれる前の方が良かったかなぁって。それでも
やはりこのままの姿勢は貫いていってもらいたい。今回は
6点。    

  

3/27 秋期限定栗きんとん事件(上) 米澤穂信  創元推理文庫
3/28 秋期限定栗きんとん事件(下) 米澤穂信  創元推理文庫

 
「夏期」を受けて、読者が完全に身構えているという条件の下でのコレだか
らなぁ。上手いよ。きっちりといい仕事してくれたぜ。        

 いやあ、しかし、このシリーズってば、辛辣だよなぁ。この「身も蓋も無
さ」ときたら、もう…… こんなラノベな雰囲気を身にまとっておいての、
この仕打ちだからね。「ボトルネック」同様の青春残酷物語にこちらの身も
細っちまうよ。米澤穂信のダーク・サイド、恐るべし。        

 それにまたこれがファイナル・ストロークまで決めてくれるんだからね。
フーか、ホワットか、ハウか、ホワイか、ここでは伏せておくけれど、この
最後の一行の?ダニットには、しびれましたわん。          

 身も細る、そして身も凍る、夏に向かうダイエットに最適な本だけど、そ
れでいて出てくるスイーツに食欲も増進。プラマイゼロ?       

 ただ、このシリーズは連作短編集的な側面もあったはずなのに、それに関
しては本作はますます小粒。座席争奪に盗まない泥棒という二つの日常小ネ
タは、短編ネタとも呼べないくらいの緩さが甘いぞ。         

 こんな弱さも要因の一つだろうが、地味な展開で終盤に至るまでさほどの
盛り上がりが感じられなかったのはマイナス。謎解きからの小山内スパーク
は必殺技としての威力は抜群だったけどな。というわけで採点は
7点。 

 さて残るは冬。横に立っての対決から、間に挟んではいるが向き合っての
対決に至った今回。再び戻るわけにはいくまい。ときたら、最後はやはり直
接対決しか残ってないのではないか?                

  

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