ホーム創作日記

 

2/6 虎の首 ポール・アルテ ハヤカワポケットミステリ

 
 真っ当なミステリのようにも思えなくはないのに、捻くれた構成が実にマ
ニアック。複数の事象が織りなす事件の構造を、構成でミスリードに仕立て
上げる小技が炸裂する快作。                    

 相変わらずの部分は相変わらずだけどね。しょぼいトリックメーカーの面
目躍如(この表現、使い方間違ってる?)たる、へぼさ極まる密室トリック
は、やはりアルテならでは。なかなかこんな風に堂々とは書けない。  

 最初の密室も最後の密室も、何にも工夫はないのかよ、と言いたいくらい
そのまんま放り投げるよな解決がいかにもアルテ的。こう言われて、そうか
三つも密室があったのか、と思い出す人もいるだろうな、くらいのどうでも
いい密室トリック。でも、アルテは基本、トリックの人じゃないから〜。

 本作の優れたところは、この構成で生みだしている複数のミスリードだと
思う。犯人の正体だとかなんだとかもその一つではあるんだけど、やはり動
機にも繋がるとある意外性だよなぁ。これはあっと言った人が多いはず。

 こだわるところにはこだわるアルテさんなんだもん、トリックは投げやり
でも、この「あっと言わせるための工夫」は怠りまへんでぇ(関西弁ではな
いだろうけど)、とばかりにせっせせっせと仕込んであること。    

 へぼくて凄いアルテ節、を味わうには今回も充分であったことよ。ってわ
けで、決して傑作ではないけれど充分な良作だと思うので、採点は
8点

 でもって今回の目玉の一つは、ラストシーンの決着のさせ方ではないのか
と。いくらなんでも、と思えるくらい、えげつないわぁ〜。      

  

2/10 あわせ鏡に飛び込んで 井上夢人 講談社文庫

 
 一番新しい作品でも14年前という、すっかり今更ながらの短編集。時代
を先取りするような発想も多い筆者なだけに、時代に逆転されるとすごく貧
相に思えてしまう作品もある。出るべき時期が違うよね。       

 内容的にも、本人も書いてるように奇妙な味系のショート・ストーリーば
かり。現代の読者に格別のインパクトを与えるような作品は、そうそうない
だろう。いったい何がきっかけで、今本書なのか?          

 最も懐かしかったのは表題作(と云っても内容は全く覚えてなかったけど
も)。このジグソーパズル本、昔買ったよなぁ。ジグソーを組み立てること
で謎が解けるって趣向だったと思うんだけど、あんまり意味を感じなかった
ような記憶がある。この短編がイラストもなくこれだけで成立してるってこ
とは、実際そうだったんだろうな。                 

 自分の乏しい記憶だと、岡嶋二人の片割れである徳山諄一(田奈純一)も
この企画に参加してて、お手並み拝見でこの二人の作品買ったはずだったん
だけどな。ネットで検索してみたけど、連載されただけで単行本化されてな
「キャット・ウォーク」って作品があるだけで、氏の作品が刊行されたこ
とはないらしい。どうも記憶改竄してしまったらしいや。       

 さてベスト3だが、ベストは悩まず「書かれなかった手紙」。本書唯一の
本格ミステリだしね。上手くはまらないと意外性はさほどではないかもしれ
ないけれど、書簡形式の必然性を産み出す構図は巧みだと思う。    

 残り二作はホラー系統から「あなたをはなさない」「私は死なない」を選
択。どちらもこれをホラーと呼ぶのかどうか微妙な気もするけれど、ホラー
と呼ばれる作品よりよっぽど怖いと思えるから、きっとホラーなのだろう。

 あまり存在価値の感じられない作品集なので、採点は平々凡々の6点

  

2/14 チェーン・ポイズン 本多孝好 講談社

 
 講談社創業100周年記念出版「書き下ろし100冊」の第一弾というこ
とで、気合いの入った作品。充分その役を担える作品なんだろうけど……

「驚愕のミステリー」という帯の謳い文句が無かったら、本多孝好の文章に
もっと心地良く身が委ねられたのかもしれないのになぁ〜。      

 悪くない作品だと思うんだけどな。いや、たしかにいい作品だよ。感動を
覚える人も多いだろう。「おおっ」と意外性に声を立て、溜め息を漏らす人
も絶対に少なくはないはずだ。                   

 しかしなぁやはり個人的には、収まるところに収まっちゃった(当社比)
ラストに、なんだか尻すぼみな感触を抱いてしまったのが残念。    

 何も知らずに読みたかったな、とは云うもののさ。たとえ氏の文体が結構
好みだといっても、自分としては無条件に手に取るほどの作者ではない。ネ
ットでの評判だとか何だとかを見て読もうと思うわけで、始めっからそれだ
けのバイアスがかかっちゃってる。                 

 ミステリのジレンマだよね。情報が無い方が絶対に良いのに、情報が無け
れば読むこともない。作者買いとか表紙買いとかインスピレーションだけで
勝負して、それが当たった場合は無茶苦茶嬉しいだろうけどね。でも、それ
だけの時間もお金も費やせないし、何より他の作品を読み落とす。   

 その前提のもとであっても驚かしてくれる作品が欲しいわけで、本作の場
合は割とストレートに、”その路線に乗っかってる”というのが見えるよう
に思えてしまったのだ。そういう作品であることを知ってるとね。   

 読んでる間は良かったんだけどなぁ。でも、”こうなるよね”のところか
ら、もう一つだけでいいから違う感動を引き出して欲しかったな。   

 心地良さのテンションのまま読み終えたかったよ。だから採点は6点

  

2/16 訪問者ぶたぶた 矢崎存美 光文社文庫

 
 シリーズ10作目にして、発売10周年。             

 意識したわけではないそうだが、それを記念したかのように、初期バージ
ョン・モード全開。作者曰く”シリアス無しの全編コメディ”ってことで、
ほっこりにっこりな短編集になっていますことよ。          

 色んな職業てんこもりってのも、ひょっとしたら久々だったのかな。短編
集としてぶたぶたがいろんな顔を見せてくれるってわけで、このシリーズの
定番のように感じてたけど、最近は連作ばっかりだったからなぁ。   

 ベストは「神様が来た!」だなぁ。コメディとしての楽しさが最高。これ
が幕開けということですっと入っていけるだろうしね。        

 続いては「ふたりの夜」を。癒しというか気付き、救われるというよりは
(自らが自らを)救うという、これぞ癒し系ぶたぶたの基本形。    

 最後は「気まずい時間」。自分以外は普通に扱っているという、デフォル
トのフォーマットをネタにするという、自己パロディギリギリの作品? 

 ぶたぶたって、一種の秘密サークルみたいなもんじゃないかと思う。一度
入ったら、秘密を共有できる。するとね、次の新人さんが入ってくるのが楽
しみになっちゃうんだよ。どんな風にこの特別な秘密に驚いた顔を見せてく
れるんだろ、そしてどんな風に秘密を受け入れてくれるのかなって。でもっ
て、途切れずに入ってきてくれるんだよ、今回もまた、ほら五人もね。 

 ひょっとして、これを読んでるあなたも、次の新人さん?      

  

2/17 北野勇作どうぶつ図鑑〈その1〉カメ
2/17 北野勇作どうぶつ図鑑〈その4〉ねこ
                  北野勇作 ハヤカワ文庫SF

 全六冊のうち、面白そうな気がした二冊を選択。とにかく一冊が短いのが
特徴の本シリーズ。でも、ちょっと短すぎやしないか。タイトルの動物が折
れるおりがみ付コンパクト文庫なのだが、勿体なくて切り取って折るなんて
出来ないものなぁ(あっ、カラーコピー取って折ればいいのか!)。  

 タイトルの動物毎に分けるために、こういう細かい巻割りにしたんだろう
なと思ってたけど、全然タイトル通りの動物ばかりじゃないじゃないかぁ。
書き下ろしというわけではないので仕方ないのだろうけど、なんだかちょっ
と騙されたような気がしないでもないぞ。短編集2冊を小分けして売りまし
た、という商法じゃないかと。ま、愛らしい形態ではあるけどもさ。  

 では感想を。作品のモチーフとして昭和のノスタルジーな雰囲気を漂わす
ネコの方が、作品集としての完成度は高いと思うが、全般にダーク。とぼけ
たファンタジー系でまとまったカメの方が、読後感は良い。      

 単独短編しか読んだことのない作者なので、普段がどういう作風なのか良
くは知らないのだけど、いずれも作品としての整合性よりは、とぼけた不条
理感が魅力という印象を受けた。                  

 ただ個人的には”イマジネーションと雰囲気だけ”(と決めつけるのは失
礼なのかもしれないが)で見せる作品というのは、凄さを感じることが出来
ない。構築のロジカルさみたいなものを求めてしまうんだよな。    

 というわけで採点はあっさりとした6点。ちなみに、2冊通じてベストを
一作だけ選ぶとすれば、「手のひらの東京タワー」かなぁ。      

  

2/18 ぽんこつ喜劇 浅暮三文 光文社文庫

 
「実験小説 ぬ」に続く、結構期待だった実験小説集第二弾。     

 のはずなんだけど、実験小説と呼べるだけの実験性の高度に欠ける。「無
節操に変な話を書いただけ」との明確な差が感じられなかった。    

 基本的に画のあるもので遊ぶパターンなのだが、前作では実在の物や非常
に一般化したものを使用していたと覚えているのだが、本作では自分で作成
したものばかり。適当に作って、適当に合わせりゃ、そりゃなんでも出来ち
ゃうよなぁ〜、という難易度の低さが感じられたのだ。        

 前作でセンスを感じたのとは逆に、本作ではほとんどマイナス面が強調さ
れて感じられてしまったのは何故だろう。上記のように前作という比較対象
があったせいか、そもそも実験小説に二作目という存在が無理だったのか、
いや、やっぱり実際に質の低下が……むにゃむにゃ。         

 とにかく、酒の席での戯言レベルだと私には感じられちゃったな。  

 その中でベスト3を選ぶとすれば、ベストは「第八話 こちら相談室」。
さりげなさ感がユーモラスで楽しい。さりげない感触で云えば「第五話 星
を巡る言葉」もなかなか。読みにくさがマイナス点。もう1作はご苦労様の
意味合いで「第十一話 或る発明史」としよう。採点は低めの
6点。  

  

2/19 亡き妻へのレクイエム リチャード・ニーリイ 早川書房

 
 サプライズのためだったら何でもやるニーリィだけど、これは何だか意外
に大人しくて、普通の本格ミステリっぽい展開と意外性で逆に新鮮。  

 でも、やっぱり必然性もロジックも何にもない、単なる”っぽい”だけな
あたりが、本格者ではないニーリィ仕様。ここに「おお〜、なるほど、なる
ほど〜」な納得感とか、「ああ〜、あれが〜」な伏線だとかがないのが、勿
体ない気がしてしまうのは、読者としての本格魂ゆえ。        

「驚いたでしょ、へへへ」な子供っぽさがニーリィの持ち味なのだろうな。
きっとそれさえ出来りゃ満足なんだと思う。どろどろした大人な作品ばかり
なわりには、そういう幼児性みたいなものが感じられちゃうのだ。   

 ミステリよりはマジック、理よりは感覚、そんな楽しみ方の方がいいのか
も。地味な意外性ではあるけれど、ちらりとは驚いたので採点は
7点。 

 でもって、「サプライズのためだったら何でもやるニーリィ」の真髄を知
ってみたい方は、是非是非「心ひき裂かれて」を読んでみそ、と言おうと思
ったら、現役ではないのね。古本屋か図書館で是非是非。       

 但し「何でもやる」とわたしゃ言ってるからね、「なんてことをするんだ
ぁ〜!」って言っちゃダメよ。いや、言ってもいいけど、怒っちゃダメ。

  

2/24 天外消失 早川書房編集部編 ハヤカワポケットミステリ

 
 伝説のアンソロジー「37の短編」の中から、他の作品集では入手しにく
いものだけを残した復活版。というわけでそうそう既読作品が多いはずもな
く、完全復刊でなくともお得感の高い作品集と言えるだろう。     

 そもそもこのオリジナル版のクオリティがもの凄すぎる。巻末の収録リス
トを見てるだけで、ケンシロウにやられた敵役みたいな、わけのわからぬ呻
き声が漏れて出ちゃいそうだよ。                  

 そんなスゴリストの中から容易に入手可能な作品を除いたってわけで、い
わば二軍リストではあるのだろうけど、それでもやっぱりそれぞれに「あっ
これが味だな」というポイントのある作品が選択されている印象。傑作だら
けってわけでは全然ないが、面白味のあるアンソロジーだと思う。   

 さて、そんな本書からベスト3を選ぶとなると、既読作品4作中2作(ス
トックトン「女か虎か」、ロースン「天外消失」)が入ってきてしまうので
(残り2作はブラウン「後ろを見るな」とバー「最後で最高の密室」)、こ
の2作は別格と云うことで除外することにしよう。          

 さて、そうなると悩みどころだけど、まずは叙述のテクニックで魅せてく
れたブレット・ハリデイ「死刑前夜」がベスト。続いては、これこそ奇妙な
味のイーブリン・ウォー「ラヴデイ氏の短い休暇」を。最後は意外な作風か
らロジカルな解決、ジョン・D・マクドナルド「郷愁病のビュイック」。

 復活版を寿いで採点は8点。14作で1400円。シンプルに完全復刻版
37作で3700円で出てたら、そっちの方が嬉しかったけどなぁ〜。 

  

2/26 聖女の救済 東野圭吾 文藝春秋

 
 ハウダニットというたった一つの謎だけで、これだけの作品が成立するな
んて。たかだかそのたった一つの解決だけで、これだけ心が震えるなんて。

 異様なエゴが創り上げた世界の異様さが、異様な論理でほどけてしまう。
異様な心理が異様な論理を導き出すのだ。この異様な論理でなければ決して
解き明かせない謎。                        

「虚数解」という言葉すら納得できてしまう、不快感と快感とがせめぎ合う
この解決には、見事にやられてしまった。乾杯の気分にはなり得ないが、そ
れでも完敗であることは間違いない。                

 最初から最後まで謎はたった一つなのに。解決もそのたった一つなのに。
それでこれだけ打ちのめしてくれるのだからなぁ。スゴ厭(なんて変換を見
せてくれるのだろう、私のATOKは)ではなく、凄いや。      

 まさかこんなワンポイント作品に、という全てを覆して、採点は7点

 う〜ん、実は本作と着想の根本で非常に似ていて、個人的には一推しなの
に一般的にはさほど認知されてない作品がある。その作者の手による他の作
品があまりにも優れているだけに、今更誰も語ろうとしない作品。読んだこ
とがある人も、多分ほとんどの人がミステリとして認知していない作品。

 この名前を挙げてしまうと、ひょっとしたらその作品を読んだことがある
人は、本書のネタの方向性に気付いてしまう可能性があるかもしれない。し
かし、本書を先に読んだことがある人が、その作品を読んでも驚きや感動は
さほど減じられないんじゃないかと思う。              

 だから本作を読んで「こういう着想が大好き!」という人にだけ、この作
品をお薦めすることにしよう。それが私の隠し球の一つ、
荒木飛呂彦「ゴー
ジャス・アイリン」第二話「スラム街に来た少女の巻」
。       

  

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