ホーム創作日記

 

1/5 火村英生に捧げる犯罪 有栖川有栖 文藝春秋

 
 いかにも有栖川な小粒で軽い作品ばかりだが、自己パロディを含めた軽い
バカミス・テイストが漂う。引き出しの隅に残っていたトリックをこねくり
回したような気がしないでもないけどね。              

 まぁ、いつもながらの有栖の短編集ということで、全体としてさほど語る
べき内容はないと思うので、さっくりベスト3に行ってみよう。    

 どれかが飛び抜けていいわけではないので、順不同で表題作、「雷雨の庭
で」、「あるいは四風荘殺人事件」とする。             

 表題作はまさしく自己パロディ作品だね。これまで培ってきたものがミス
リードとして機能するという、ある程度ベテランになるとやりたくなってし
まう所業かと。でも、デビューすぐにやってしまう作者とかもいるか。 

「雷雨」は、これこそお蔵出しトリックっぽいよいなぁ。こんなもんまで引
っ張り出してきて、それをここまでの作品に仕立て上げちゃうんだから、や
っぱ有栖は「短編の名手(抑揚無き発音で読んで下さい)」だなぁ。  

「四風荘」は、中途半端な叙述、中途半端な物理トリック。どっちも有栖っ
ぽくないガジェットだからこそ、やってみたかったんだろうなぁ。漫画にし
かならないようなネタを頑張ってみました、の半分お遊び作品。    

 三作とも、犯人の頑張りよう、トリックの頑張りよう、作者の頑張りよう
が、それぞれバカミス・テイストを醸し出している。その辺がちょっといつ
もの作品集とは違う雰囲気は滲み出ているものの、採点は
6点。    

  

1/7 七つの死者の囁き 新潮文庫
有栖川有栖石田衣良鈴木光司、小路幸也、吉来駿作、道尾秀介恒川光太郎

 
「七つの……」って、シリーズ化されてたのね。「七つの黒い夢」同様、ホ
ラーっぽい題名だけど、全然怖くはないので安心。テーマと一番関係の薄い
道尾作品が飛び抜けて出来がいいのは、ちょっとずるい気がする。   

 そうは言ってもやはり「黒い夢」同様、全体的に均質で読み応えはあるの
で、コスト・パフォーマンスは高いと言っていいのではないかな(値上げな
のか枚数が多いのか若干高くはなってるが、他の文庫と比較するとね)。

 ベストは先に書いたように道尾秀介「流れ星のつくりかた」。二種類の年
間傑作選にも選ばれたように、やはりこれは上手い。本格自体がミスリード
とも化す意外性が、ストンと腑に落ちるのだよな。しかし、本作を「死者の
囁き」というテーマに含めるのは、やはり苦しい気がする。      

 第二位は小路幸也「最後から二番目の恋」。もう雰囲気がね。最後のもう
一つの「死者の囁き」がね。ロマンチストとしてはたまらないっすよ。 

 第三位は一応ミステリっぽさを優先して、吉来駿作「嘘をついた」。ちょ
っとまぁわかりやすくはあるんだけどもね。             

 一定の質を保った作品ばかりではあるが、道尾を除いては飛び抜けてはい
ない。テーマの扱いも曖昧で、テーマ・アンソロジーとしては非常に緩やか
な縛りになってるのも弱いといえば弱い。まぁ当然の
6点。      

  

1/14 GOTH モリノヨル 乙一 角川書店

 
 あんまし映画が話題になったようにも思えないのだけど、中編一つに映画
タイアップの無意味な写真集をくっつけただけの、ぼってる作品。   

 話やキャラは雰囲気は出てるし、ツイストはあるっちゃああるけど、幾ら
寡作の乙一とはいえ、こんな水増し&便乗商売はいただけんなぁ。   

 旧作を振り返らない乙一としては、こういう続編を書くってこと自体が貴
重らしいけどね。でも、そんなことは、ふ〜ん、どうでもいいさぁ〜。 

 しかもツイストはあると云っても、前作のそれは主に叙述系の仕掛けだっ
たのに、今回はそういうものではない。どうせ続編を出すなら、その辺の驚
きの構図も継承して欲しかったなぁ。                

 短編集の中の一作ならともかく、こういう形ではコスト・パフォーマンス
無さ過ぎ。水増し部分って、乙一にゃ関係ないしね。         

 その写真集の意味合いが全く理解できない。被写体は一人のみ。わざと赤
目だったり、ぼかしたり、姑息な手法に感じるだけ。ほぼ同じ構図で何枚も
ページを割いたり、無駄無駄無駄。まぁ私にゃあ芸術センスは全くないので
良さがわからないだけかもしれないけど。でも、とにかく無駄。    

 乙一ファンとこの女優さんの(もしくは写真家さんの)ファンが重なると
も思えないし、どっちかは(多分乙一ファンが大部分だろうけど)我慢しな
さいということか。短編の出来は悪くはないから、
6点にはするけどさ。

  

1/16 サイモン・アークの事件簿1
          エドワード・D・ホック 創元推理文庫

 オカルトを謎のベースとしたシリーズ探偵もの。そのせいかマジック系の
謎やトリックが多い印象。全般的な出来映えとしては、サム医師のような全
作集ではなく傑作集を選択してくれたのは嬉しいと云ったところか。  

 というわけでベスト3だが、まず私のベストは「悪魔撲滅教団」だな。犯
人特定のロジックがとにかく見事なものだから、犯人を背景に溶け込ませる
ことに成功している。とにかくこれは気付いても良かったはずだと思わせて
くれる、シンプルで紛れのないロジックは必見。           

 第2位は「魔術師の日」。人間消失のケレン味やマジックの謎解き、スパ
イ小説的展開と敢えて謎を残すあたりなど、作品全体としての雰囲気が抜群
にいい。いろんな要素が盛り沢山で、集中最もバランスの良い作品。  

 第3位は既読作品だったが「狼男を撃った男」。このシリーズであること
自体がミスリードとなって、ホワットダニットの意外性が成立している。

 全般的に「凄いっ!」って作品はないので、採点は7点。      

  

1/19 風花島殺人事件 下村明 桃源社

 
 山前譲氏が「硝子の家」所収の「必読本格推理三十編」に入れた(いや、
入れちゃった、が的を射た表現かも)ことで一挙に世に知られた作品。 

 でも埋もれさせたままでも何の影響も無かったよなぁ。犯人もトリックも
プロットもロジックも、特別にめぼしいものは見当たらなかったなぁ〜。た
しかに「良い/悪い」で分けたら、「悪くはない」というレベルではあるけ
れど、ここは「良いぞぉ〜」というポイントはほとんどないぞ。    

 山前さんはどこをそんなに評価したのだろう。割とずぅ〜っと一つの人間
関係の中でもやもやもや〜としていた事件が、台風を契機に事件がばたばた
ばたと一気に進んで、比較的意外な方向から解決が訪れるという構図(と書
くとものものしいが、そういうのって普通の手法だよね)だろうか。まさか
屋根を吹っ飛ばすという物理的大トリックだろうか(嘘です)。    

 う〜ん、不思議だ。埋もれている作品の中にもいい作品はあるよ、という
紹介の仕方ならば納得もするが、本書が「必読」の「本格推理」と言われた
ら、それは嘘だぞと断じても絶対に間違いではないと思う。      

 そもそも「本格」という意味合いに於いて弱いのだもの。推理の展開はあ
るのだけど、論理ではなく納得できる解答を引きずり出したという趣き。結
局、最後の〆は罠をかけて自白を引き出す、というような有様だし。  

 山前さんの「やっちまった」に引っかかってしまっただけかな。「大概の
人が知らない作品を入れちゃろぉ」という姑息な評論家魂。きっと大枚はた
いて稀覯本買っちゃった人もいるはず。うみゅー、罪なお人だぁ〜。  

 読みやすくはあったけどね。採点はな〜んてことない、ごく普通の6点

  

1/22 黒百合 多島斗志之 東京創元社

 
 ボーイミーツガールの青春模様に、精緻に織り込まれた隠し絵。「繊細な
技巧」に「瑞々しい情感」、帯の表現に納得のたおやかな佳品。    

 ほぼ全編が青春小説でありながら、最後の最後にさりげな〜い謎解きが行
われるため、あまりにも不注意すぎる読者であれば見落としさえしかねない
という、構造的には「イニシエーション・ラブ」に近い作品。     

 まぁ「イニ・ラブ」の場合は、謎解きというよりも謎そのものが最後に突
きつけられた感じではあったけどね。読者が謎を解くという要素の大きさに
おいて、ミステリとしては「イニ・ラブ」に軍配。          

 本書は中途で明らかにミステリであることが示されているから(なにしろ
複数の殺人が描かれているわけだからね)、謎解きが必要であることが明白
なため、まず見落とすことはなく、なるほどと合点がいくはず(考え過ぎる
と、某評論家みたいになっちゃうかもしれないけれど)。       

 さりげない提出の仕方が抜群ではあるのだが、ミステリとしての真相はあ
る範囲内に収まっていると云えばそうかもしれないといったところか。 

 ただし、青春小説としては、明らかにこちらが優れている。この瑞々しい
感覚に、ボーイミーツガールのほのかな甘酸っぱさ。青春小説としては糞面
白くもなかった(失礼)「イニ・ラブ」とは違って、青春小説と本格ミステ
リが、たしかに美しく融合していると言って構わないだろう。     

 だからこそ、なんだろうな。さっきミステリとしてはある範囲内と評した
けども、複層構造のミスリードは無茶苦茶上手いとも思う。      

 そしてもう一つが真相解明の後。「あっ」と思って本を閉じて、表紙を見
て「ニヤリ」。そうだったのか、こんなところから、こんなかたちで、手掛
かりは用意されていたのか。文体も装いも全てひっくるめた本全体の美しい
作りが、下世話な意識に対しての目眩ましとして機能していたなんて。 

 いやあ、これはやられちゃったな。ギリギリ8点に届かない7点とする。

  

1/28 新<パパイラスの舟>と21の短篇 小鷹信光編 論創社

 
 小鷹信光の完璧主義がイヤんなるほど凄い(実際嫌になるかもしれないか
ら要注意だぞ(笑))。本書の成立過程が示された帯なんか、秀逸なジョー
クのようにすら思えるけど、きっとほぼ真実の話なんだろうな。    

 ガイドブックとして扱うには、読者としてもそれなりの覚悟が必要とされ
るかもしれない。有名無名を問わず短編のネタバレも多数含まれているし、
とにかく数が膨大で溺れそうだよ。心してかかるべし。        

 著者の言うように、膨大な前書きの付いたアンソロジー(にしては質は微
妙ではあるけれど)として、気軽に楽しむのが文字通り気楽かも。でも、や
っぱりそれだけじゃあ、この労作の読み方としては勿体ない気がするよ。

 いや、もう、ホント、この労作っぷりったら、ただもんじゃないや。これ
を本気でしゃぶり尽くそうなんて思ったら、下手すりゃ一生かかっちゃいそ
うだよ。でも、きっとそれが叶った暁には、その人はいっぱしの評論家か、
いっぱしのアンソロジストになってることは間違いないぞ。      

 さて、では恒例のベスト3だが、まずは美食ミステリ傑作選『忘れられぬ
美味』から、ダナ・ライアン「不可能犯罪」。ナンセンス・ミステリの極致
という惹句がたまらない。いわゆるバカミスとほぼ同義だよな。    

 続いては、狩猟殺人選2『殺戮の掟』から、ハワード・ブルームフィール
ド「罠」。サスペンスの盛り上がりからの、ユーモラスな幕切れがいい。

 最後は、墓場読本『生者のための墓』から、ロバート・トゥーイ「隣家の
事件」を。MWA最優秀短編賞のフィッシュ「月下の庭師」と、ここまで極
似しているとは。こういうの見つけたら編集者としてはたまらんわな。 

 かようにマイナーな名前が連続していることからも推測されるが、アンソ
ロジーを傑作選集と理解すると肩すかしを食らう。ショート・ストーリーの
懐かしい味わいをゆる〜く試食するイメージで臨むのが吉かと。    

 そういう面では微妙なのだが、この労作に8点以下は付けられまい。 

  

1/31 儚い羊たちの祝宴 米澤穂信 新潮社

 
 帯の説明は誤解させるが、本書の「ラスト一行の衝撃」とはどんでん返し
などではない。落語のサゲに近いものだな。「落ちる」という点では確かに
納得なのだが、その要素のみに期待するのはよした方がいいかも。   

 ただ、やはり、こういう試みに挑戦しようという、米澤穂信のミステリ魂
こそが嬉しくてしょうがないじゃないか。ラスト一行で世界を完全に転倒さ
せるような神業ではないとしても、最後の一行で落とすという難行を単行本
一冊分仕上げるなんてのは、途方もない苦労だと思うもの。      

 頭の中に沸いてくる物語を文字に移し出すとか、キャラクタが勝手に動い
ちゃって、みたいな作り方では100%実現出来ない苦行だからなぁ。半端
な本格魂ではとてもやってられないことをやってのけた氏に乾杯!   

 さて、恒例のベスト3だけど、ベストは「身内に不幸がありまして」を選
びたい。フォーマットが最初に示される有利さはあるとしても、読み終えて
「はっ!」と大胆極まる伏線(以上のモノだよな)に気付く快感。   

 本書中唯一、ラスト一行でのひっくり返しを実現させている「山荘秘聞」
を第二位としよう。この転換した真相自体は好みではないのだけれど。 

 作品自体の持つ引き込む力と、ラスト一行のダークっぷりが光る「玉野五
十鈴の誉れ」を第三位とする。完成度としてはピカイチかも。     

 心意気良しの作品集ではあるが、やはり誤解していたために期待感との落
差を感じてしまったのが、一つマイナスポイント。また幻想譚として終結す
る最終話が、完結感を重んじたい私の志向とは合わずに、採点は
6点。 

  

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