ホーム創作日記

 

12/2 告白 湊かなえ 双葉社

 
 厭で始まり、厭で繋がり、厭で終わる。純度100%の(笑)厭ミス。と
ことん厭の世界なのに、一度入ったら抜け出せません、ご用心。    

 も一つついでにご用心。紀伊国屋新宿南店の白井恵美子さん、あなたのお
かげで肝心の第一章のオチ、すっかり丸わかりでした(泣)。これから読ま
れる方は、書店員帯には目を通さずに読まれることをお薦めします。  

 というわけで、個人的には衝撃が随分と薄められてしまったせいで、面白
さ半減ではあったのだが、衝撃度を除いても読み応えのある作品。   

 小説推理新人賞を受賞したデビュー短編である第一話も凄いが、そこから
こんな連鎖を続けてしまうんだからね。奇矯に歪んだ心理の連鎖。それが視
点人物の独白(つまりは題名通りの告白)で繋がるのも迫力。     

 でも、「上手い」とか「巧み」だとか、きっとそういうテクニック的な問
題じゃないよね。とにかくもう、なんかあれだね、この人きっと頭で作って
るんじゃないよね。                        

 きっともう入っちゃってるよね。一人一人になりきれちゃう書き手なんじ
ゃないのかな。だからこそ、この独白形式ってのが自然に選択されちゃった
んじゃないかと。効果の狙いも勿論なんだろうけど、それ以上にね。  

 本書の最後に至っては、衝撃と云うよりもなんだね、なんて表現すりゃい
いんだろうね、なんかね、痛いんだよ。物理的な痛さだとか、心理的な痛さ
だとか、揶揄的な痛さだとか、どれでもあって、どれでもない。    

 厭ってのは本来実体を伴うわけではないはずなのに、それがまるで実体化
してきたかのようなグロテクスさが引き起こす痛み。         

 こんな『厭』を評価したくなんかはないが、境界線上の7点とする。 

  

12/3 野球の国のアリス 北村薫 講談社ミステリーランド

 
 ほんの一欠片しか(ある人物の背景考察)ミステリではないのが北村薫ら
しからぬところだけど、不思議の国での爽やかなお話と語り口はやっぱり北
村薫なんだね。こんな素直なミステリーランドって……        

(点点点の含みは各自ご自由にお考えください)

 個人的には本書のいっちばんの醍醐味って、アリスのモチーフをいろんな
形で現実(風)に実現させちゃおう、という北村オジサマのお茶目な奮闘振
りにあるんじゃないかと思うよ。                  

 男って(最近こういうジェンダーな物言いは忌避される傾向だけど、やっ
ぱり大まかな性差ってのはあると思うんで、私は使わせて貰うよ)幾つにな
ってもロマンチストなんだよ。                   

 でもって、女のロマンチックは受け身なんだけど、男のロマンチックは与
える、産み出す、作り上げるもの。だから、途切れることなくロマンチスト
であることが出来るんだと思う。                  

 そんなオジサマのロマンが溢れちゃった作品。きもいとか痛いとか言わず
に、素直に受け取ってあげるのが吉。採点は
6点以外の何物でもないけど。

 さあて、いろんなタイプの作品が並ぶこの叢書で、このちびっと愛らしい
だけの(失礼!)作品をどんな順位に置けばいいのかしらん。ミステリ要素
の高い作品を優先するから、まぁ、このあたりが妥当かな。      

 ってことで、「講談社ミステリーランド順位表」も久々に更新っと。 

  

12/9 ザ・ベストミステリーズ2008 日本推理作家協会編 講談社

 
 協会賞受賞作及び候補作の冒頭三編が図抜けていて、「こりゃあ凄いな」
と思わされたけど、あとはまぁ普通の出来に戻っていて、良かった良かった
(いや、別に良かぁないんだけど)。                

 普段本格ぅ〜しか読もうとしない自分にとっては、こういう短編(しかも
良質保証付き)がまとめて読めちゃうのは貴重でオトク。       

「本格ミステリ08」と被ってるのが、黒田法月作品の二作のみというの
もいい。でもこういうことなら、法月はこっちはこの作品でいいけど、本格
の方では別作品(たとえば「ヒュドラ第十の首」とか)にならなかったのか
な。まぁ連携してるわけではないからしょうがないけど。       

 恒例のベスト3は上に書いたように冒頭の三編、長岡弘樹「傍聞き」、蒼
井上鷹「堂場警部補とこぼれたミルク」、初野晴「退出ゲーム」で決まり。

 少なくとも短編に関しては、協会賞のセンスはいつも悪くないなぁ。これ
でノミネートされて初めて知る作品(だけでなく作家すら)って多く、それ
でいてきっちり面白い作品を拾ってくれるから、有り難いもんです。  

 この三編の満足度で言えば、「本格ミステリ08」で選んだベスト3より
も圧倒的にコチラの方が上。この印象が強いおかげで、昨年度は本格ミステ
リ作家クラブの方に軍配を上げたが、今回は日本推理作家協会の勝ち〜にし
とこう。そういうわけなので、採点は勿論
7点。           

  

12/11 造花の蜜 連城三紀彦 角川書店

 
「人間動物園」に続いて、またもや連城が誘拐劇における驚愕の構図を描き
出してしまった。一作の完結感としては、最後の章はまるまるなかった方が
良かったとは思うが、氏の構想力には改めて感嘆した。傑作。     

 前代未聞と評する向きもあるようだが、実は本質的には似たような着想の
既存作品がないわけではない。しかし、勿論本書はそういう作品を下敷きに
したわけではなく、しかもそれらよりも完成度としては遙かに高い。さすが
連城だと、思わず溜め息が出てしまうほど。             

 この種の誘拐の構図の作例としては、本書が真っ先に挙がってしかるべき
出来映えだと断じても、きっと間違いではあるまい。つまり「誘拐の一つの
型の代表例」、それが本書だと言ってもいいと思うのだ。       

 最終章もまたそれとは違う「誘拐の一つの型」ではあるのだが、この着想
は比較的容易なもの。最初のものに比べると、小説上で実現させる難易度も
極端に低く、バランスとしては弱い。                

 だから、一つの作品で二つもの誘拐の形を描き出すなんて、というプラス
の効果よりも、せっかくの驚きの余韻がすっかり薄められてしまうという、
マイナスの効果を生んでしまっているようだ。付け加えれば、この章はなん
だか妙に人工的で、香気が感じられないのだよなぁ。         

 若干の残念さを感じてしまったが、それでも作品の出来としては群を抜い
ている。採点は年間ベスト投票圏内の
8点。             

 本書最大の残念はこの出版時期だろう。あと1ヶ月(いや半月でも)早く
出版されていれば、各種年間ベストの上位に顔を出していただろうに。なん
だか敢えて外してきたとも思えるくらいだが、でも何故に?      

  

12/15 ゴールデン・フリース       
          ロバート・J・ソウヤー ハヤカワSF文庫

 コンピュータによる殺人という割とありふれた題材から、これぞSFとい
う壮大なビジョンに繋げていく。”SFミステリ”というジャンルの特異性
を見事に活かし抜いた作品だと思う。                

 これは「イリーガル・エイリアン」もそうだった。「SFという”設定”
でのミステリ」というだけではなく、しっかりとジャンルSFに帰還する、
このあたりの作品としてのバランスの取りようがお見事。       

 個人的には、本当の意味での”SFミステリ”というのは、極めて限られ
た存在であると思っている。「本当の意味」と書いたのは、「SF自体がミ
ステリとしての謎と解決として成立する」というのが条件だと思うため。謎
そのもの、解決そのものが、SFそのものでなくてはいけない。    

 これを完全に満たしていて、なおかつ傑作と呼び得る作品とは、私がこれ
まで読んできた作品の中では、ただ一作「星を継ぐもの」だけなのだ。 

 大抵のSFミステリと呼ばれる作品は「SF+ミステリ」にすぎない。別
にそのこと自体を否定的な意味合いで捉えているわけではない。ただ、その
バランスが偏った作品が多いとは感じている。SFの設定でミステリを書い
た作品か、ミステリのモチーフを用いてSFを書いた作品か。その意味でソ
ウヤーは、この二つを巧みに融合させている希少な書き手だと思うのだ。

 そういう取り柄は大きいものの、個人的に倒叙形式が好きくない(重箱の
隅をつつくようなみみっちい作業を、読者が勝手にやる分にはいいとして、
作者が作意的に用意して行うっつうのはなんだかなぁと思うのだ)ことも災
いして、採点としては危ういところでギリギリの
7点としよう。    

  

12/18 豪華客船エリス号の大冒険 山口芳宏 東京創元社

 
 冒険活劇探偵小説。しかも大正浪漫風の時代物(舞台は昭和だけど)。

 日本の古い無声映画を見てるような感覚だ(探偵達はしゃべり倒してるに
も関わらず)。女性の顔のアップから『探偵さん!』と黒い字幕画面が入り
込んでくるような。古すぎるくらいが新しいということなのかも。   

 つまりは古典ヒーロー探偵物。月光仮面だとか多羅尾伴内みたいなもん。
奇抜な探偵がピストル片手に謎を解き、悪漢を倒すという冒険活劇の図式。
要は「楽しけりゃそれでいいんだぁ〜」なんだよね。         

 リアリティの欠片も無いけど、逆に無いことが本書にとっては魅力なんだ
と思う。それだけ荒唐無稽に暴れ回れる(物理的な意味だけでなく、知能遊
戯的な意味でもね)ってことなんだものね。             

 本書の暴っれぷりを見たら、それはよぉ〜くわかるはず。解決された「事
件の構図」ときたらもう、やんちゃ過ぎて笑うしかないから。     

 まぁ本書はこの”構図”が群を抜いて面白いってことで、トリック〜だと
か、犯人〜だとか、ロジック〜だとか、勿論それぞれに工夫はされてはいる
んだけど、ちょっと霞んじゃってるかなぁ。謎はあっても解決はやっつけ仕
事、みたいなバランスの悪さ感じちゃうところもあるしね。      

 まぁ、本格ってその本質には”遊びの精神”ってのが、非常に色濃く流れ
ているもので、まるでその精神だけが抜き出してきたようなのがこの人。い
いんじゃないすかぁ、こんな人がいてくれても。採点は
6点。     

  

12/20 Tokyo blackout 福田和代 東京創元社

 
 頑張ったシミュレーション小説。一つ一つ、一人一人にドラマを盛りこむ
描き込みは巧みではあるものの、それが逆に仇になったように全体が均一化
されて冗長にも感じられてしまったのは、意地悪な見方なのかな?   

 ラストシーンが美しすぎるのも個人的にはかえって違和感。これって全然
美しい犯罪なんかじゃないもの。精神が立派(ってのとは違うが)であれば
美化も許されると思えるような犯罪では、これは決してないよ。    

 邪魔になるってだけで殺された人物もいれば、この停電が原因で命を落と
すことになった人もきっと少なからずいることだろう。病院の患者だって、
救える保証なんて何もなかったわけだし。              

 こんな犯人に感情移入なんてさっぱり出来ないし、だからこそまるでそれ
を促すような美しい光景は、自分には逆に許せないと思えてしまったな。

 犯罪の成立を追うシミュレーション小説としての役割は面白かったんだけ
どな。でも「所詮情報小説」なんて思ってしまうんだよなぁ。それはきっと
「たかが本格」とたとえ蔑まることがあったとしても(今は市民権を得てる
けどね)、偏愛してしまう者故の性(さが)なんだろうけどね。    

 エンタメとして期待してたほどには全然乗り切れなかった。普通の6点

  

12/22 踊るジョーカー 北山猛邦 東京創元社

 
 トリックはやっぱり”らしさ”のある妙ちくりん(おそらく褒め言葉)な
ものが多いが、体裁はなんだかとっても真っ当であることに、ちょっぴり違
和感(これっていいことなのか悪いことなのかわからないけど)。   

 これはあるいはシリーズ短編と云うことで、さほど特殊な舞台・世界設定
を持ち込めないという制限にあるのかもしれない。氏の作品の場合、トリッ
クは舞台や世界設定としっかりと結びついたものであることが多い。という
かそれは本来は逆で、トリックが突飛であるから、それが成立し得る舞台や
世界設定を考え出しているのだろうからな。             

 だからそういう要請を受けないトリックであれば、真っ当な作品にもなり
得るということなのだろう(あくまで北山猛邦はトリック先行という前提の
上だが、その前提自体はそう間違っていないような気はする。勿論、常にそ
うだということはないんだろうが)。                

 さて、そんな中で本書のベストと云えば、「ゆきだるまが殺しにやってく
る」かなぁ。トリックだとか、犯人だとか、ストーリーのユニークさだとか
色々と豊富な感じを受けた。                    

 残り二作を選ぶとすれば、バカミスなトリックがなんだか脱力感さえ伴っ
てくるような表題作と、意外に真っ当な理屈が付いてしまうことが逆に意外
にすら思えてしまう「見えないダイイング・メッセージ」かな。    

 大きく得はしないけども、おそらく損はしない作品。採点は6点。  

  

12/23 Q.E.D.31巻 加藤元浩 講談社

 
 偉大なるマンネリ化、とでも言っていいのかな? 2作ともいかにもQ.
E.D.的で、ズバ抜けはしないけども一定のレベルは保っている。これだ
けでも難しいことだと思うよ。                   

「眼の中の悪魔」はお馴染みの数学話。大胆なミスリードが光ってる。手掛
かりはビジュアルだからこそのものなのだが、これはわかれという方が無理
ってくらいわかり辛いものだったと思う。実写だったら、もう少しわかりや
すかったのかな(……と、こっそりと後半の話に振る)。       

「約束」はこれまたお馴染みの人情話。これにトリックとロジックを組み合
わせるという、シリーズの特徴がよ〜く表れた作品。単純なようで意外に複
雑な構図を見せてはくれるのだけど、それを成立させるために、納得しがた
い動機になってるあたりが残念。総合点は普通の
6点。        

 でもって、先程軽く振っておいた話。現在、NHKにてドラマ放送中。当
然第一回は録画したんだけど、主演の二人、イメージ違いすぎ。百歩譲って
高橋愛の大根は我慢するとしても、燈馬役の男の子、天才のイメージの欠片
さえもなくて、なおかつ大根。これはあかん。せめて、無いなら無いで童顔
のちっちゃい男の子にしてくれれば、まだましだったろうに。     

 脚本自体も特別な捻りもなく、そのまんまな雰囲気で、見続けるモチベー
ションは一切持てなかった。一話目見ただけで終了〜。        

  

12/27 地球の静止する日 ハリー・ベイツ他 角川文庫

 
 創元SF文庫の同題作品とコンセプトまで似通っていて非常に紛らわしい
が、表題作を除いては重なる作品のない全くの別物。SFスリラー系の作品
が中心なので、よりミステリファン向けかもしれないが、質は結構微妙。

 しかし、また読み返してみても、表題作ってしばらく前に世間で喧伝され
ていた映画とは、どこがどう繋がってるのやら、とても想像出来ないな。地
球大崩壊なスペクタクルなCGなんて、一体どこから出てくるんだよ。博物
館でロボットと猿がプロレスする話なんだぜー(若干、嘘)。     

 まぁ、本作はいわゆるファイナル・ストローク(最後の一撃)物なわけで
(正直そのどんでん以外は無茶苦茶いきあたりばったりないい加減な話だと
思う)、小耳に挟んだ話だと昔の映画化はそのコンセプトが生きてたけど、
今度の再映画化はそれも無くなってるとか。そりゃもう原作ちゃうで。 

 ま、それはそれとして、恒例のベスト3は「アンテオン遊星への道」「闘
技場(アリーナ)」「幻の砂丘」かな。               

「アンテオン」は定型ではあるので予測付くんだけど、それは現在の感覚な
わけで、驚けたとしたら傑作だと思える気がする。「闘技場」はソリッド・
シチュエーション・スリラーのSF版(笑)。なのに着想や展開は妙にオバ
カ。さすがフレドリック・ブラウン。「砂丘」は時間物のまるっきり定型。
開拓時代の前向きさを詩情で包んでいて、名品の香り漂う。      

 採点は微妙な6点。あんまりお薦めは出来ませぬ。物好きな方のみ。 

  

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