ホーム創作日記

 

11/5 カラット探偵事務所の事件簿1 乾くるみ PHP研究所

 
 軽い、軽い、軽いぞ、乾くるみ。軽快の軽さではなく、中身が軽い。 

 こんな軽々と書けそなお手軽な軽ミスでいいのか? なんだか気軽で明る
い軽オチは軽く気持ち良かったりもしたけどもさ。          

 たしかにテクニカルさやロジカルさは、いかにも乾くるみ的。語り口にし
たって、コミカルさにほんのちょっぴりのリリカルさが乗っかって、それで
いてほのかなアイロニカルさが漂うってのも、やっぱり乾くるみ的。基本は
たしかにそうだよねってのは、よ〜くわかるさ。           

 でもでも、そんなぜ〜んぶが薄っぺらい軽さ。空気ポンプで膨らましたよ
うな、あるいは吹けば飛んでいっちゃいそうな軽さ。         

 初期の頃のラジカルさやクリティカルさなんて、ここにはひとっかけらも
ありゃしない。決して暗黒面が欲しいってわけじゃないんだ。いろんな方向
にチャレンジする、寡作でも多彩な、そういう光る作品が好きだったかるさ
(あっ、間違えた。「好きだったからさ」が正解だね)        

 だから、こういう脳天気な明るさから軽はずみで生まれちゃったような作
品を、軽々しく出して欲しくないような気がしちゃうんだよなぁ。   

 ああ、それもこれもきっと、あの「イニ・ラブ」の大ヒットの影響なんだ
ろうか。一時的ブームに乗っかった、薄いミステリ者のにわかファン向け?
便乗商法表紙ではないだけましってところなのか。採点は軽〜〜い
6点

  

11/7 老ヴォールの惑星 小川一水 ハヤカワ文庫JA

 
 短編の名手による優れた作品集には、その底辺に一つのテーマが横たわっ
ていることが何故か多い。壮絶な「環境」とその中における「人間性」の固
持(あるいは誇示)を力強く描き出した本書も、その例に漏れることない傑
作である。                            

 複数のアイデアがごっちゃりと盛りこまれているというわけではなく、一
つの設定から比較的手の届き得る範疇での展開だと思えなくはないのに、一
編一編が実に長編を構成するかのようなダイナミックさに満ちている。 

 最も短い表題作にしたってそうなのに、「ギャルナフカの迷宮」と「漂っ
た男」に至っては、読後にふぅ〜っと大きく溜め息をつきたくなるほど。

 それでいて、それは決して重たい溜め息ではないのだ。読み心地は意外に
軽いし、いずれもが人間賛歌とも言えるようなポジティブさに満ちているの
で、読後感も心地良い。                      

 ベストは「漂った男」。絶望的な状況としては乙一「失はれた物語」
想起してしまったが、そこからのアプローチが180度違っているところ、
それぞれの作家性が現れているのかもしれない。           

 過去作品や映画などに着想の元が感じられたりして、とびっきりのセンス
・オブ・ワンダーというわけではないかもしれないが、一作毎の力強さ・完
成度は非常に高いレベルで構築されていると思う。傑作。採点は
8点。 

  

11/10 Rの刻印(問題編) ふじしろやまと 講談社

 
 まだ解答のない犯人当てなので、一回読んだだけではさっぱり。そういう
性格の本なので、読んでてさっぱり面白くないのはしょうがないところなん
だろうかね。                           

 暗号ばっかしイヤって程いっぱいあるし、物理トリックだし、答える項目
多いし、解いてさっぱりしたいけど、こりゃあ前途多難だね。エジプトグッ
ズ狙うほど、熱心には取り組めそうもない気がする。         

 と、ここまでブログに書いて既にほぼ一ヶ月経ってるわけだけど、やっぱ
りその後一度も開いたことさえないな。解答編送ってもらうためには提出し
なくちゃいけないし、せめてある程度の暗号は解いて、大体の犯人の目星く
らいは付けて送りたいところだな。気を抜いて最低限だけ頑張ろう。  

 当然まだ採点なんかは出来るわけがないんで、それは解答編が送ってきた
後だな。でも、
6点以上を付けること無いような気はしている。    

 こうして考えてみると、「ロビンズ一家」シリーズの二作は偉大だったよ
なぁ。まぁ、推理力以上に想像力が必要とされるものだったし、個々の事件
はかなり苦しかったり(時には「そりゃないだろっ」って奴もあったり)も
したけれど、挑戦意欲が沸いたし、取り組んでて楽しかった。     

 たしかにこういう問題であっても、限定された空間と時間で一気にやっち
ゃうミステリー・ナイトなら楽しいんだろうけどね(でもホテル泊まるのに
夜寝られないのが不満。昼企画にしてくれて、夜はそれを肴に酒でも飲んで
ゆっくりお泊まりできるようなものだったらいいのに)。時間をかけて取り
組む書籍媒体なら、違う方向に質を振り向けて欲しかったかも。    

  

11/12 時砂の王 小川一水 ハヤカワ文庫JA

 
「時間物SF」や「ラブ・アクション」として捉えるより、やはりこれもま
た「壮絶な環境」とそれに屈しない「人間性の顕示」とを、描いた物語だと
受け取った方が良さそうに思えた。                 

 まだ短編集一冊とこの長編一作しか読んでないので、わずか二作だけでの
印象だが、人物造型は比較的魅力的。「比較的」と猶予を置いちゃったのは
ライトノベル風味がわずかに感じられたせい。            

 書き込みは意外にあっさり系。しつっこさ、ねちっこさは全然感じられな
くて、さっくりと読みやすい。                   

 また嬉しかったのは、きちんとストーリーを折り畳んでくれるところ。ア
イデア出しっぱなしで満足するようなSFって多いんだけど、そうではなく
作品としての完結感を重視してくれているように感じられた。     

 全体印象はこれだけにして、本作に限っての話に移ろう。      

 本作を手に取った最大の要因は、これが時間物でしかもラブ・ストーリー
が絡んでいる雰囲気が見られたせい。この組み合わせには目がないのだ。

 しかし、そういう期待感だけで見れば、さほど満たされなかったかも。最
近の時間物の流行なのか、同じ時間軸への帰還を行わないタイプの作品だっ
たんだよね。タイム・パラドックスを無意味化するこの方向性は、個人的に
はあまり歓迎できないのだ。                    

 パラドックスをこねくり回す、時間のロジックが大好きなんだものなぁ。
それが回避出来るってのは、ちっとも利点だとは思えない。ラブに関しても
時間の壁に隔てられる切なさってのとは、全く無関係だったし。    

 とはいえ、魅力的な作品であることは間違いない。採点は7点。   

  

11/14 ひとりっ子 グレッグ・イーガン ハヤカワSF文庫

 
 積ん読崩しはSFからってことで、久しぶりのイーガン。      

 なんだけど、今回は妙に乗り切れなかったなぁ。イーガンお得意のモチー
フの繰り返しに、既知感だけを覚えてしまうような感触。       

 多少乱暴かもしれないが、本書は三つのタイプの作品群に分けられるので
はないかと思う。                         

 一つは精神のコントロール(「行動原理」「真心」「決断者」「ふたりの
距離」)。もう一つは機械の人間化(「オラクル」「ひとりっ子」)。最後
の一つは数学SF(「ルミナス」)。                

 第一のタイプが結論としてもたらすのは常に”アイデンティティの脆さ”
である。人間の意識だけではなく、無意識の領域すら簡単に制御できてしま
う。人間の精神に”確からしさ”というものはないのだと、イーガンは常に
主張している(と私には思える)。                 

 それを逆からのアプローチで示しているのが、第二のタイプ。外的な力で
簡単にコントロールできるものであるのなら、外的な力のみで作られたもの
と、どう区別することが出来るのだろうか。そこに”確からしさ”がない以
上、それを区別することは出来ないもではないか。          

 この二つのタイプの作品は、作品としてのベクトルが違うだけで、結局は
同じテーマを扱った作品と言っても過言ではないと思うのだ。ただ第二のタ
イプの上記の結論は悲観主義的だとも考えられるのに、作品の結末としては
楽観主義的な雰囲気が感じられるのは、一つ指摘しておきたい。    

 人間に”確からしさ”が求められないから、”確からしさ”の拠り所とす
べく、彼は数学に救いを求める。そうして作られた第三のタイプなのに、や
はり作品としてはそれすらも”脆さ”につなげてしまっている。    

 イーガンはこれからもマゾヒスティックにもがき続けるのだろうなぁ。ち
ょっと付き合うのに辛さを感じ始めてしまったかも。なので採点は
6点

  

11/18 北村薫のミステリびっくり箱 北村薫 角川書店

 
 ミステリだとかSFだとかを愛好する人物というのは、もう元々からして
”好事家”気質が丸出しだと思うのだ。読者であってもそうなのに、まして
や書き手となると尚更。  ……ってぇのが如実に感じられる対談集。 

 とはいえやはり、お宝音源のCDがいっちばん嬉しいよなぁ。特にこれだ
けの数の探偵作家の声が(しかもこれからもう決して聞くことの出来ない声
ばかり)集まった文士劇「びっくり箱殺人事件」は、古の探偵小説ファンな
ら随喜の涙を流すほどの絶品だろう。対談いらないからこの台本載っけて、
この声が誰かって対照しながら聞けるようにして欲しかったぐらい。  

 これだけでなく、乱歩の人柄を直接感じ取ることの出来る、「文壇よもや
ま話」の乱歩インタビューも必聴の内容。このCDだけで充分買い。  

 まぁ、本編の方も懐かし話がメインだったりもするので、どっちにしても
オールド・ファンには嬉しいけど、それ以外の人には大して価値がないとい
うように、極端に二分裂しそうな作品だけどね。           

 個人的に興味を持ったベスト3は「将棋」「嘘発見器」「映画」だな。

「将棋」は棋譜から乱歩の蒐集癖が透けて見えたり、時を越えて乱歩と同じ
悪手を逢坂剛が指そうとしたりした出来すぎな偶然がもう圧巻。    

「嘘発見器」は馳星周の北方謙三への暴露話満載質問票が爆笑。有栖川有栖
の北村薫へのつま〜んない質問票がアホみたいに思えちゃうぞ。    

「映画」はもういろいろと見たい気分にさせてくれるんだけど、でも到底観
られそうもない作品ばかりなのは、ちょっとフラストレーション溜まっちゃ
うかも。でも、たとえそうでも名作語りはやっぱり嬉しい。      

 対談自体が高価値ってわけでは全然ないけれど、お宝音源CDだけでもう
充分に
7点の価値あり。一度聴けば充分だけど、嬉しさはひとしお。  

  

11/19 沈黙のフライバイ 野尻抱介 ハヤカワ文庫JA

 
 このいかにも今でもあり得そうな気がしてしまうくらいの、「上手に嘘を
付きました」系のハードSFってのは、そんなに乗り切れなかったかも。

 やはり自分がSFに求めるのはセンス・オブ・ワンダーの感覚なんだと思
う。でも、いったいぜんたい『センス・オブ・ワンダー』って何?、って問
われたら、うまく答えることなんて出来ないと思う。基本的にはあくまでも
感覚の話なんだから、定義なんておそらくしようがないしね。     

 このいかにもすぐに実現できてしまいそうなリアリティに、逆にセンス・
オブ・ワンダーを感じるという人もいるのかもしれないが、私は違う。 

 奇想ミステリやバカミスと同じように、やはりどこかに大きな”発想の飛
び”がないと私には驚きが感じられないし、そういった”驚き”にこそセン
ス・オブ・ワンダーがあると思うのだ。私の感覚としてはね。     

 だから本書のような比較的現実と陸続きの世界には、その感覚はちっとも
呼び覚まされはしないのだ。なんだか面白く工夫された科学解説本を読んで
いるような感覚になってしまう。というわけで採点は
6点かな。    

 一番好きなのはやはり表題作。ファースト・コンタクト物としてハードS
Fの領域にしっかりと踏みとどまった科学性を見せながら、ラストのビジョ
ンでロマンの領域に大きく視界を開かせてくれるのだもの。      

  

11/21 ターミナル・エクスペリメント
          ロバート・J・ソウヤー ハヤカワSF文庫

 展開が神。フーダニット興味で読むには必然性も説得力にも欠けてはいる
が、そんなことがちっとも不満になんて感じられない、センス・オブ・ワン
ダーなSFエンタテインメントなんだな。              

 とにかく”魂の発見”という、いかにもSF的なモチーフから、こんな後
半の展開を導き出せる、その神経回路が理解不能(当然、いい意味で)。脳
内のシナプシスがどう繋がってるんだろ……って、読者であるこちらの方が
作者の脳のシミュレーションしたくなるほどだってば。        

 着想の原点自体はイーガンと同じであるにも関わらず、二人の方向性が全
然違うあたりも面白かったなぁ。                  

 二人ともミステリ的な展開を見せることもあるのに、クライムノベルやハ
ードボイルドな志向性が感じられるイーガンと、明らかに本格志向のソウヤ
ーという傾向が感じられちゃったな。その辺の違いも興味深い。    

 ってなわけで、本格偏愛派としては断然ソウヤーかと言うと、一概にそう
とばかりも言えないかもね。たとえばイーガンの超越ロジックは、ミステリ
のロジックと同種の悦びをもたらしてくれるモノではないけれど、ぶっとび
度合いの激しさはバカミスのソレと同じ味わいもあるからね。     

 でも、とにかくソウヤーはミステリファンにも見逃せないSF作家だとい
うことが(今更私如きが言うことではないけれど)、遅ればせながら自分で
も確認できた本作。これもやはり採点は
8点にしておきたい。     

  

11/23 退出ゲーム 初野晴 角川書店

 
 日常の謎をベースとする青春ミステリの佳作。謎から予想される範囲以上
の解決が待ち受けてるのと同時に、それが「うるっ」な人間ドラマを描き出
すのだから、とっても素敵な読み心地。               

 ベストはやはり協会賞の候補にもなった表題作。作中で行われる即興劇対
決がもうたまらないほど面白い。TVゲームやボードゲームといった枠では
なく、ロールプレイングを対決型のゲームに仕立て上げて秀逸。    

 それだけでももう喜びまくっていると、意外や意外のバカミス的解決にビ
ックリ仰天させてくれるのだもの、こりゃまたたまらん。       

 でもってそれがまた冒頭に書いたように、青春で、「うるっ」で、と来ち
ゃうわけだから、ね、そりゃもう、やっぱりすっかりたまらんでしょ。 

 爽やかなミステリが好きな人だって、げてもんなミステリが好きな人だっ
て、みんなござれの大判振る舞いと言って間違いはないはず。     

 私が次に選ぶ作品は「クロスキューブ」。”六面全部が白いルービックキ
ューブ”という謎に、「このあたりだろ」って予想し得た範囲を越えて、き
っちりと満足出来る解決に導いてくれただけでも、ミステリ的満足感。でも
ってやっぱり冒頭に書いたように(以下同文)。           

 自分としてはミステリ的満足感はこの二作に及ばなかったが、「エレファ
ンツ・ブレス」も「退出ゲーム」より更にスケールアップさせた作品で、作
品としての完成度は抜群に高い作品であることは間違いない。     

 本格好きな人だとかバカミス好きな人だとかが、とても手に取ってみよう
などと思えるような装丁ではないが、そういう売り方を選んだ編集側の意向
など無視して手にする価値ある作品集ではないかと思うよ。採点は
7点

  

11/26 ガーディアン 石持浅海 カッパ・ノベルス

 
 空想力による”設定”の着想から、ロジックによる”展開と着地”の(比
較的デジタルな)着想を拡げる、石持浅海らしい作品だと言えるだろう。

”デジタル”という表現は、おそらく説明の必要があるだろう。まずはちょ
っと寄り道になるが、ロジックという側面について考えてみたい。   

 石持浅海という書き手はロジックに対する思い入れを持っていて、そのロ
ジックは極めて特殊であったり、一部の人間関係の中でしか成立し得ないも
のだったりするが、それは絶対で完全に0と1を切り分けるものなのだ。

 わかりやすい例を挙げれば、「セリヌンティウスの舟」においての「彼女
が自分達を巻き添えにすることは絶対にあり得ない」という論理は、無条件
の絶対性を持っていて、最後まで覆されることはない。        

 このような0,1の発想(もしくは感覚)はロジック自体だけではなく、
ロジックの引き出し方やその他の着想にも感じられる。        

 本書に於いては、それを良く見て取ることが出来ると思うのだ。まずこの
”設定”ありきで考えた場合、最後の解決としてここに落とし込むぞという
”着地点(
自殺・他殺・事故からの単純な三択)”からの着想が前半部であ
り、”展開(逆利用)”からの着想が後半部であると思う。      

 そこからはテクニカルなアナログ領域の話となるが、この基本構造の発想
自体は非常にデジタルなものであると言っていいのではないか。    

 ただそう見えてしまうと、作品として多少薄さが感じられてしまうのと、
後半部のいつもの倫理観の歪みも減点要素となって、採点は低め
6点。 

  

11/28 七つの海を照らす星 七河迦南 東京創元社

 
 日常の謎らしいと言えばらしい、ちんまりとした短編のつながりだと思っ
ていたら、おっと、こんなところまで辿り着いちゃいましたか。題材選択で
ちょっと違う畑の人かとも思いがちだけど、本格者としての心意気良しの新
人さんなんじゃないかなと思うよ。                 

 そう云えば、「新・本格推理」の6巻と7巻で採用されているんだけど、
どちらも自分のベスト3に選んでいる。単に”筆が立つ”というような書き
手じゃないことの証明だろう(というのは、あくまで”自分にとっては”、
という意味だからね。一般論と言い張るほど神経図太くありませぬ)  

 ただ気になるのは、この人の志向性の問題。本作では社会派的題材を選ん
でいるが、この面では決して巧みだとは思えない。切り込み方としては薄い
ままで扱われているから、”いい話”にもなりきれていない中途半端さが感
じられて、すっきりとした感動には結びついていない。        

 こういう志向の人で、本格は手段であるとしたら、あまり芳しくないよう
に思えてしまう。おそらく無機質な本格を書きたい人ではないのだろうが、
題材に引きずられてどっちつかずな作品になってしまうような道だけは選ん
で欲しくないなぁ。                        

 一編一編は薄いけれど、よくぞここまで辿り着いたな(それなりの苦しさ
はあるが)、という着地点の見事さを評価して、採点はギリの
7点。  

  

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