ホーム創作日記

 

10/1 着ぐるみデパート・ジャック 水田美意子 宝島社

 
 文章やキャラ設定などはとんでもなくひどい代物なんだけど、それはまぁ
わかってたことさ。それにそんなものは私の評価軸ではないしね。   

 ところがね、エレベータのロジックだとか、消失状況の謎に二段構えの解
決、更に意外な真相と、案外な掘り出し物だったりして。これを「くくった
高(たか)を吹き飛ばしたアタリ」と喜ぶべきか、「逆の意味での期待ハズ
レ」と受け取るべきか、結構微妙な心境にあったりはするのだけどね。 

 それにまた、これら脱力するような描写だとか、萎えてしまう幼稚さだと
かが、実は煙幕になっていて巧みに真相を隠しおおしてる。これが意図した
通りだとすれば、若いくせに意外なテクニシャンとも言えるかもよん。 

「糞は肥溜めの中に隠せ」(下品な表現で申し訳ない)という、定番理論の
新しいバリエーションと言えなくもない(わけがないか(笑))。   

 いやあ、でもそうそうからかってばかりはいられない、意外な実力もかい
ま見られるミステリでもあるわけで、青田買いの価値はあったのかもね。小
説としては読んでる方が恥ずかしくなる程の出来映えなんだけどさ。  

 でも、それでもそれなりに工夫されていて、哀切のエピソードなんかも盛
り込まれてて、読後感としては割と悪くない仕上がりになってるのは立派。

 良いミステリを読みたいとか、ダメなミステリを読みたいとか、どちらの
希望をも満たす作品ではないけれど、基本的には「アリ」のレッテルを貼っ
て良い作品だと思う(ちなみに前作は「ナシ」だと思う)。採点は
6点

  

10/3 踊るドルイド グラディス・ミッチェル 原書房

 
 ホワット・ダニットを中心の謎とするクライム・ストーリー(じゃないの
かな?)。本格の趣とはちと違う。どたばたとした冒険小説と表現した方が
近いかもしれないくらい。                     

 これを味のあると呼ぶか、クセのある作品と呼ぶか、個人の好みで評価が
分かれそうだな。というのも「ソルトマーシュの殺人」同様、やっぱ自分と
はどうも相性が良くないらしい、と思えてしまうからだ。       

 冒頭の謎は魅力的ではあるのだが、だからと云ってその謎を中心に、焦点
に向かって収束していく雰囲気ではなく、なんだかあっちゃこっちゃに発散
していくような印象の展開なんだな。                

 そのうちになんとなくいつの間にか解決しちゃってはいるんだけど、えっ
一体どうやってどうなったんだっけ、と爽快感なんて味わえぬまま。  

 収斂するタイプの本格を愛好する身には、ちと合わない作風に見える。ど
こに飛んでっちゃうかわからないくらいの発散型が好きな方、スラップステ
ィックな作風が大好きな方とかに向いた作者ではないかと思う。    

 オールマイティではなく、そういう風に相手を選ぶ癖の強さを感じてしま
った。少なくとも私とは合わないようなので、本書の採点も
6点。   

 その癖の強さを反映してるのか反映してないのか、巻末の彼女の翻訳書リ
ストが笑える。邦訳七冊、なんと全部出版社が違うのだ。誰もが手を出して
はみたくなるけれど、だけど誰もが長続きしない、そんな危険な女みたいだ
な。いや、作者がそうだと言ってるわけではないよ(苦笑)。     

  

10/7 妃は船を沈める 有栖川有栖 光文社

 
 さすが本格物書きの第一人者だなぁ。「猿の手」によくこんな解釈考える
わ。あきれつつの尊敬と共感のまなざしってとこだな。        

 童話とかお伽噺に関してなら、こんな趣向は珍しいもんじゃないし、ミス
テリの別解釈なんてのも良くあること。だけど、作者がわかっている別ジャ
ンルのフィクションに対してってのは、意外に新鮮だったな。     

 怪奇小説・幻想小説だけじゃなくて、あるいはショート・ショートあたり
まで手を広げれば、まだいろんな作品が俎上に挙げられそうかも。   

 ところで本作は中編二作ということもあってか、よくここで槍玉に挙げて
いる、小さな核からの単純なネタ転がしではなかった。それぞれに複数のパ
ーツが盛り込まれていて、充分に練られた良作だったと思う。     

「女王国の城」という頂点に向けて、「マレー鉄道」「スイス時計」「モロ
ッコ水晶」
「乱鴉の島」と比較的秀作を連打してきた流れは、まだ止まって
しまったわけではないようだ。単なる余波ではないことを祈ろう。   

 ただミステリとしての意外性が突出してるわけではないし、個人的にはさ
ほど妃というキャラクタにも魅力は感じなかった(せいぜい小ボスくらいの
存在だよなぁ)。解決自体がますますその感を強くしてしまってるしね。

 それでも満遍なく楽しめる出来映えには達してる。作家有栖シリーズのフ
ァンならば、手にとって問題無しの作品だろう(って、ファンに対してわざ
わざ言う必要はさらさら無いんだろうけどね)。採点は悪くない
6点。 

  

10/13 青銅の悲劇 笠井潔 講談社

 
「論理小説の臨界」が示す論理小説というものが、本格ミステリの「明日は
どっちだ」にないことを証明するが如き、どっちらけ(死語?)小説(身も
蓋もない言い方をすれば)。                    

 本格ミステリの愉しみが「方程式を解く愉しみ」に例えられることがよく
あるが、それはあまり良く本質を表していない言葉だと私は思う。   

 そもそも方程式を解くことに愉しみを見出せる人間自体が少数なわけで、
そういったごく一部にしか愉しめないようなジャンルであれば、ここまで大
勢のファンを惹き付けることなど出来なかっただろう。        

 方程式を解く、あるいは方程式を立てる(こちらの方が解くよりも数倍楽
しいとはいえ)、そのこと自体に楽しみの本質があるわけではない。そこに
至る着想、着眼点、アイデア、それらがもたらす意外性(あるいは「なるほ
ど」という納得感)こそに、”本質”があるのだと私は確信する。   

 都筑道夫が「アクロバット」と表現したもの、私個人はよく「飛び」と表
現しているもの、それこそが本格ミステリが他のジャンルと決定的に袂を分
かつ、最大の要因だろうと思うのだ。                

 犯人の意外性、ロジック、叙述の衝撃、バカミス、奇想、本格ミステリの
面白さをそういった色んな要素で語る場合があるが、それらは全てこの一点
に集約することが出来る。この「飛び」を表現するための”手法”として、
それぞれが選ばれているに過ぎないのだ。              

 本書は「方程式を解くこと自体が楽しい」人しか楽しめない作品であり、
敢えてそう意図された歪んだ作品である。ロジックだけを突き詰めた先に未
来はない。氷川透が滅びた(失礼!)要因も多分ここにある。採点は
6点

 ちなみに本書は矢吹駆シリーズ、日本篇の第一弾ということだそうだが、
直接的に本人が登場するわけではない。しかしながら、ある決定的な情報が
もたらされたりするので、ファンにとっては読み逃せない作品である。 

  

10/16 十三回忌 小島正樹 原書房

 
「こんなもんわかるか!」(否定的ではなく、肯定的な意味合いに於いて)
なトンデモ・トリックと、ワン・ポイントで組み込まれた罠の衝撃! 合作
での欠点が全てプラス方向に改善された、作者の成長著しい良作!   

 前作において、私は幾つかの不満点を挙げた。それが今回どういう具合に
改善されていたのか、ここで確認してみることにしよう。       

 一つめ。謎の美しさがないこと。今回は合格点だろう。何年にも渡る人死
にの連続という前置きがいいし、物理的にあり得ないと思えるほどの串刺し
死体や、仮面の密室での死などと装飾が整っている。薔薇の花言葉だとか、
やりすぎに感じられるものもあるが、それはそれでちゃんとロジックに組み
込まれたりしてるので、好感度を損なわずに済んでいる。       

 二つめ。大真面目に取り扱われすぎるチープなバカ・トリック。今回もチ
ープなトリックはあるものの、大技トリックはそのままでバカの領域に達し
ているばかりか、絶対に意識してるよね。本気じゃないよってレベルまで突
き抜けることで、その意思を表明してるのだと解釈しちゃった(笑)  

 三つめ。探偵役設定のぞんざいさ。あり得ないことを平気でやってた前作
と違って(島荘ってば注意してあげなよ〜)、今回はまとも。     

 四つめ。小説としての魅力の無さ。これは大きく改善されているわけでは
ないけれど(人物像の魅力なんてさっぱりないしね)、その代わりに罠を仕
込むことで全体としての完成度を一気にアップさせてくれた。     

 ただ個人的には、決定的な「あれっ?」がかなりの遅出しなだけに、そこ
までで充分読者の想定範囲内に収まってしまってるやんってところが、ちと
不満。冒頭でも、も一つ巧妙な罠が発動していればなぁ〜。      

 ただ、ほんとにワン・ポイントなので、取って付けた感はありあり。得意
の大技バカトリックとの組み合わせを今後も続けられるのか、それとも単な
るトリック小説に逆戻りしてしまうのか、次回作が鍵だろう。採点は
7点

  

10/18 フォークの先、希望の後 汀こるもの 講談社ノベルス

 
これは、こるもの版「デスノート」なのか?

 
「恋愛(ラブ)&恐怖(ホラー)」と銘打たれた本作。「これはミステリで
はない」という宣言なのかもしれないが、だからと言って、ミステリに対し
て「後ろ足で砂かける行為」なんて許してなんかやらないぞ!     

 だってさ、これって、ある意味またもや、一作目に続いてのバカヤローな
アンチ・ミステリ。しかも今回は「喧嘩」なんかじゃなくって、「シカト」
とかいう手段に限りなく近いんじゃないのか。            
. 

 
 ミステリとしてなんか決して成立させてやんないぞってな企みに(だから
こそホラーって言い張るつもりなのか?)、ミステリのガジェットを無意味
化させる放置プレイと、相変わらず本格ミステリを愚弄してやがる。  

 右手の中指立てちまうってばよ。                 

 
 とかなんとか「ええ根性しとるやんけ、てめぇ」ってなことを思わされて
るうちに、悔しいぐらいにラブなホワットダニット。         

 あまあまか。あまあまなのか。だけどなんだかロマンチストとはほど遠い
扱いされちまうしさ。好きな女に対しては、パロディなくらいにキザでロマ
ンチストなおいらにゃ、許せんぜよ。痛い雰囲気醸し出さずに、もちっとち
ゃんと感動描いてくれよってば。テレか。テレなのか。        

 
 しゃあないな。しかも今回は魚蘊蓄が少なくって物足りない割には、なか
なか楽しく読めちゃったりしてさ。こるもの国はこれでほぼ完成したんじゃ
ないのか。                            

 ぐっと盛り返しの三作目だったと思う。              

  

10/21 七番目の仮説 ポール・アルテ ハヤカワポケットミステリ

 
 相変わらずトリックはシンプルだけど無理筋で、しかも両方読めたりはし
たんだけど、「スルース」「デストラップ」を思わせるような密室スリラー
的な展開にドキドキで、結構しびれた作品だったなぁ。        

 ひょっとしたら、好き嫌いで言えば、本作は自分としてはアルテの中で最
も好きな作品かもしれない。                    

 ひたすら密室(を中心とする不可能状況)にこだわり続ける作者ではある
が、もともとトリック自体は正直ショボイのだ。マニアが高じて作家になっ
てしまったというような書き手の場合(と、勝手に決めつけているが)、
レック・スミス「悪魔を呼び起こせ」
のように細部まで綿密にこだわるほう
が自然だと思うんだけどね。その点アルテはあまりにもおおざっぱで、トリ
ックの扱いは存外にぞんざい。                   

 今回だって死体出現のトリックは大枠はこうなんだろって誰もが思うよう
な内容。だけど「これだけで上手くいきました」ってのはあんまりだから、
付帯的な小トリックやテクニックを考えたりしてた。でも結局のところ、そ
んなの考え損で、フォロー一切無しの「やりきっちゃいました」状態。 

 う〜む、と唸っちゃうけど、「カーテンの陰の死」のへなちょこトリック
に代表されるように、これこそアルテなんだよね。          

 それでもアルテがこんなに面白いのは、明らかにハウダニット以外の魅力
があるという証拠。きっとそれは怪奇趣味、不可能興味をふんだんに盛りこ
んで、ときにはメタ風味まで効かせた”プロット”にあるのだと思う。ある
いは曖昧な言い方かもしれないが、一言で”雰囲気”と表現した方が、より
ふさわしいようにも思ってしまう。                 

 とすれば、読者にとっての作品の優劣も、その雰囲気に大きく左右される
わけで、そうなると良否という客観的な軸よりも、好悪という主観的な軸が
より幅を利かすのではないかと思うのだ。              

 その意味では、本作は私にとってベスト級作品なのかも。採点は8点

  

10/29 スリーピング・ドール    
             ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋

 サスペンス・アクションでつないでいく手法で、細かいどんでん返しの連
続を次々と繰り広げる、という雰囲気ではなかったかなぁ。      

 比較的同じような展開が多く、序盤・中盤と、ちょっとダレた印象を受け
てしまった(もっとも、それは高すぎる期待度ゆえの話ではあるけど)。そ
れでも終盤のどんでん返しの連打はさすが。             

 今回は物的証拠で追い詰めるのではなく、心理で追い詰める作品。それが
ライム・シリーズとの分かれ目になるところなんだろうが、さてその特徴は
どうプラスに働いたり、マイナスに働いたりするのだろうか?     

 たとえば心理戦であるが故に、頭脳戦の要素は強まるだろう。しかしなが
ら、直接対決という場面はそうそう作れるもんじゃない。結局は第三者を媒
体としての間接対決という形がメインになったりして、ちょっともどかしさ
を感じた部分すらあったかもしれない。               

 心理がメインであれば、謎の強さだって欲しいところだ。今回だって「何
故遠くに逃げ出さないのか?」というホワイが重要かと思っていたのに、そ
こには何の意外性もないつまらない話があっただけ。作品の中に一本筋を通
すような、強烈な謎があるともっとドキドキできそうなのにな。    

 心理ベースの話であるから、名犯人や強烈な犯人像の設定は、割と期待で
きるかもしれない。今回のカルト・リーダーや、その他の人物像はおそらく
基準レベルで、これからはきっと彼らを軽く越えてくると思う。    

 という感じで、新シリーズの幕開けとしては物足りない気はしてしまった
が、現代ミステリの第一人者というイメージはやはり揺らがないなぁ(現代
作品をほとんど読まない立場で、言って良い台詞ではないだろうけどね。と
いう意味で”イメージ”って表現にしちゃっています)。       

 海外物は甘めの採点をベースにしてるので、採点は8点。      

  

10/31 ペガサスと一角獣薬局 柄刀一 光文社

 
 島田荘司の正統なる後継者は、やはりこの人なのだろう。幻想的な謎に豪
腕のトリック、それでいてそこに詩情を潜ませる。美しい作品だと思う。

 氏のミステリとしての特徴を極端に一言で言い切ってみるならば、それは
「物理トリック」ということになるだろう。作品によっては化学だったり、
生物だったり、地学だったりもするんだけど、それらはいわゆる”リアル”
な領域に大きく振れた領域だと思うのだ。(ちなみにここで言っているリア
ルは、現実的に可能か、というような意味合いは一切含んでいない)  

 だからこそ氏はファンタジーというモチーフを、好んで用いるのではない
かと思うのだ。好き嫌いの要素も勿論あるんだろうが、それ以上に”手法”
としての意味合いでね。                      

 ファンタジーの領域とリアルの領域とのギャップ、これが作品としてのダ
イナミックさを産み出している。ここにもう一つの軸として(最良のお手並
みには達していないかもしれないが)、氏は心理を置く。これが作品として
の深み方向に拡がっていく役目を果たしている。           

 ファンタジーとリアルとメンタリティ、この三つの方向をトリックという
牽引力で一つの作品として凝縮させ、ロジックで解き放す開放感と爽快感。
これが柄刀一の創作手法の根幹であり、読者としての醍醐味だと思う。 

 本作では一つ一つの作品で、ベストな状態としてこれらが提供されている
わけではないと思うが、全体として上手くこのバランスが形成されている。
氏の作品集としても、充分上位に位置できるものだろう。採点は
7点。 

 やはりベストは既読ではあったが、詩情のバカミス「光る棺の中の白骨」
とする。謎と解決の豊富さで完成度を高めた表題作が次点だな。    

  

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