ホーム創作日記

 

7/3 霧と雪 マイケル・イネス 原書房

 
 えっとぉ〜、結構笑えたかも(笑)                

 とにかく終盤の怒濤の告発合戦が、面白くってしょうがない。    

 たかだか軽いお約束みたいなもんで、別にちっとも気になってなかった程
度のWHYに、よってたかってみんなで小理屈をこねくり回す。    

 これって、ある意味”逆不可能犯罪”と名付けてもいいかもしれないぞ。
不可能なことをいかに可能にしたかを論じるのが不可能犯罪で、これは可能
なはずのことがどうして不可能だったのかを延々と論じてるんだものな。

「えっ、この事件ってそこがポイントだったの?」って、吃驚しちゃうくら
いのしつっこさ。いやもう、そりゃ、これでもかってくらい、さっまっざっ
まっなっ(……っとちっちゃい”っ”を一杯付けたくなるくらい)こじつけ
が飛び交っちゃうんだってば。                   

 こういう流れになっちゃうと、自分から告白しなければならなくなっちゃ
うキャラなんかも現れてね。シェイクスピアをお遊びにしちゃう、お高尚で
ちょっと退屈かもしれない前半部分をぶっ飛ばす面白さだったと思う。 

 でもって、散々やり尽くした挙げ句がコレだよ。アプルビイもとてもお茶
目では済まされない、やんちゃっぷりだし。             

 え〜い、もう、イネス、あんたにゃ、こう言いたい。        

この愛らしい偏屈ジジイめ!

 ねっ、この感覚って、やっぱりバークリーと共通するよねぇ。アプローチ
としては結構違うような気もするんだけど。ノックス司祭様にしろ、評論家
気質が滲み出てる作者ほど、実作になるとスパイスの効いたおちょくり方を
してしまうってのは、もう古典の法則みたいなもんなのかな。     

 とにかく後半の怒濤の流れがたまりませんな。8点付けちゃお。   

 ところで一つだけ、原書房様に注文が。ヴィンテージ・ミステリ・シリー
ズには登場人物表を付けていただけないでしょうか? 本作、前半部分苦労
したのは、このせいってのがかなり大きな要素を占めてると思うな。  

  

7/7 聖域 大倉崇裕 東京創元社

 
 作者渾身の山岳ミステリ。物語として力強く、読み応えが高い。   

 ただこの作品の雰囲気では、ミステリとしてはさほどではなくても、感動
的なラストが待ち受けるものだとすっかり期待してしまってた。逆にミステ
リとしてはなるほどと思える構図だったのに、感動としては削がれる解決だ
ったように思えてしまったのだ。                  

 期待感の方向性を、きっと私が間違えたらしい。          

 今年は「流星の絆」もそうだったんだけど、これは来たぞ来たぞぉ〜って
思ってたのに、あ、あら、予感してた読後感じゃない……と、ちょっと勝手
に期待感を盛り上げすぎちゃったなという罠にはまってるようだ。   

 こういう場合って、やっぱり一般の高評価に比較すると、どうしても自分
の評価には差が付いちゃうんだよな。前作が素晴らしかったからと事前の期
待感を盛り上げ過ぎちゃった「君の望む死に方」とか、前評判は凄かったけ
ど(今も凄いが)、こんなベタな手法は読めちゃうじゃんよぉ〜な「完全恋
愛」
とかも、今年の期待感上げすぎ失敗事例に入っちゃうんだろうな。 

 さて著者の日記は、ほとんどドラマ日記(+介護愚痴日記)と言ってもい
いくらいだけあって、本書のドラマ作りはかなりの域に達している。かなり
限定された状況しか作り得ず、意外性をもたらすのは困難であろう山岳ミス
テリの世界で、よくこれだけの構図をものにしたと思えるのだ。    

 真相に辿り着くまでの紆余曲折も拓実に構築されて自然だし、それぞれの
登場人物達の背景と様々な動きに対する動機も見事に構成されている。 

 サスペンスでぐいぐい引っ張るような作品ではないが、ドラマとしてここ
まで構築されていれば、エンタテインメント性は充分と言って構うまい。

 惜しむらくは、最初に書いたように、真相の意外性が逆に感動を削ぐ方向
に働いたように自分には思えたこと。だけど一応、
7点としてみよう。 

  

7/9 キッド・ピストルズの最低の帰還 山口雅也 光文社

 
 シリーズ中では”最低”の出来映えだろうと思うが、取りあえず”帰還”
を果たしてくれたことには感謝しておきたい。            

 このシリーズの最低レベルであっても、マザーグースからの展開を独自の
世界観の中に馴染ませミステリを構築している様は、いずれも水準以上の出
来。特に最近の三作の方がより工夫されているのが嬉しい点だ。    

 次回は堂々と「キッド・ピストルズの復活」とでもして欲しいよね。 

 さて、ベストは「教祖と七人の女房と七袋の中の猫」としよう。トリック
小説であり、そのトリック自体はまぁ大したもんではないのだが、そのトリ
ックを成立させるがために、様々な小道具や状況をこれでもかってほど詰め
込んであるのが凄いよな。マザーグースからの着想が上手く絡んでるし(と
書きながらふと考えてみたが、猫に関しては始めにマザーグースありきで、
現実路線で見てみると強引なような気がしないでもないような……)  

「誰が駒鳥を殺そうが」と「鼠が耳をすます時」は、どっちを第二位に置い
てもいいのだが、この二作の組み合わせはちょっと洒落ている。ただその作
品の置かれる順番としては、一体どうなんだろうなぁ?        

 個人的には逆になっていて、「鼠」の予言が「駒鳥」のミス・ディレクシ
ョンに効いてくるって構造の方が、よりショッキングで良かったんじゃない
かなとは思うんだけどな。ただミステリの仕掛け的な観点ではそうだけど、
作品集の冒頭にああいうシーンが欲しいってのもあるしなぁ。     

 順番を逆にするなら、作品集としての題名は「キッド・ピストルズの最後
のほにゃらら」にすると、ますます良いのか……って、そこまで盛り上げる
ような騙りじゃないな。私も悪乗りしすぎ(反省)。         

 勿論、7点を付けられるほど良いわけでは全然無い。悩まず6点。  

  

7/14 氷の華 天野節子 幻冬舎

 
 06年8月に幻冬舎ルネッサンスから自費出版されて、07年3月に幻冬
舎より商業出版、そして08年6月文庫化って、ペース早っ。これが幻冬舎
流ってもんなのかねぇ。独特の商法は昔の角川を彷彿とさせるな。   

 でもって実は読み終わってから知ったのだが、この作品、米倉涼子主演で
テレビ朝日開局50周年記念ドラマスペシャルになるんだそうな(最近CM
も始まったね)。うひゃあ〜、凄い出世(?)だね。         

 いやあしかし、還暦の記念に自費出版されたものとは思えないくらい、非
常に巧みな作品であることには驚かされたよ。            

 倒叙形式なのに、サスペンスを継続させながら、ミステリ的興味を繋いで
いくのは難しい仕事だと思うもの。本格として云々という作品ではないけれ
ど、ミステリとしてはご立派だと思う。               

 ミステリーとかサスペンスーとか2時間ドラマーとか(何でも伸ばせば周
辺をも含んでいく擬似的なものに成り代わるわけではないのだよ⇒自分)の
要素を、いっぱい組み合わせて”ドラマ”を作り上げているんだよな。TV
ドラマになるのは至極納得の、堂々とした”ドラマっぷり”だもの。  

 しかも、ドラマにふさわしい悪女物だしね。敢えて原作の犯人を変えてで
も、女優がやっぱり犯人でなくっちゃ、という我が国のお家事情では、元々
が悪女物であれば手間いらずで重宝されちゃうってもんだしな。    

 倒叙物だけど、罠があって、謎があって、推理があって、意外な犯人があ
って、意外な展開があって、でも最後にはやっぱり倒叙物としての醍醐味が
待っていて。そういうミステリ構造もいいんだけど、動機一つだけ取っても
女の意地とドラマを描き込んでいく、小説としての魅力もあって。   

 ほらね、ご立派でおよろしいんじゃないかしらん。普段ごちゃごちゃとし
たミステリを読み慣れない人には驚きの作品かも? 私の採点は
6点。 

  

7/16 腕貫探偵、残業中 西澤保彦 実業之日本社

 
 う〜ん、やはり西澤保彦は凄い。何が凄いって、ロジックでは追いつけな
いほどの構図の凄さだ。こんなことまでよく考えるよなぁ、と呆れるほどに
凄いので、推理の展開が突飛に思えてしまう。            

 一応根拠を拾ってはいるものの、チョーモンイン・シリーズ同様の「こう
考えたらどうだろう」的な、頂点からの作者視点推理に思えてしまうのだ。
でも、ここまでぶっ飛んでたら、そういう推理展開にならざるを得ないんだ
よね。弱点になり得るほどの強烈な長所だということなのだろうな。  

 そういうミステリ以外の要素で言えば、没個性が個性だったはずの腕貫さ
んに、こんな風に個性を付けちゃうのはいかがなもんなんだろう?   

 前作では、知らぬ間に意外な場所に出張っている謎の存在っぽくて、ちょ
っとファンタジーっぽい雰囲気を身にまとっていたのにな。今回は完全に地
に足が付いちゃったね。天から降りてきて、ただの普通の名探偵に成り下が
っちゃった感じで、個人的にはこの方向転換は失敗だと感じられた。  

 どうせ個性を付けるなら、逆に多個性にすることによって、没個性と同じ
効果を出すくらいの方が良かったよ。こんな一貫した個性なんて不要。 

 シリーズ物ではあっても、一作ごとに雰囲気をガラリと変えてくるっての
は、氏の場合良くあることではあるんだけど、これはどこまで意図してやっ
てるんだろな? 全編書き下ろしってわけじゃないんだから、なんとなく自
然にそうなっちゃってるだけってのが、一番あり得そうな気はするんだけど
ね。う〜ん、それだとあんまり考えちゃいないってこと?       

 さて、恒例のベスト3だけど、やはり構図の凄さが評価の決め手となる。
「流血ロミオ」がベストで、「雪のなかの、ひとりとふたり」が第2位、厭
ミスだけど「夢の通い路」が第3位。                

 キャラ的には前作だが、ミステリ的には本作の方を買う。採点は6点

  

7/23 ケンブリッジ大学の殺人 グリーン・ダニエル 扶桑社

 
 本格好きな人にはたまらないが、それ以外の人にはさっぱり面白さが伝わ
らない代物だろう。複数の脳内推理を延々と書き留めたようなのが全編続い
てるって雰囲気。デクスター好きな人とかじゃないとついて行けないかも。

 そんなもんなんで、とにっかくずぅ〜〜っっと謎解き。ある意味密度は濃
いと言えるし、全編にそれだけ分散してるという意味では、密度が薄いとい
う言い方さえ可能かもしれない。                  

 だけど、そうだな、ちょっと言葉を換えてみて、濃密度とでも云うならば
これは明らかに”濃い”だろうな。ぎっしりとミステリ。       

 という具合に、謎解きの過程自体が大好きというミステリ人種にとっては
全編楽しめる作品ではあるのだが、但しそれだけなんだと覚悟しておいた方
がいいかもしれない。                       

 いかんせん結末が弱すぎるのだ。「いかにもレッド・ヘリングだろう、コ
レは」ってのが、そのま〜〜んま解決だったりする。これだけはなんだか出
来の悪いパロディ読まされたような感じ。              

 ん? パロディ? イネスの感想にも書いたが、批評精神豊かな人の方が
実作ではおちょくりをやってしまうってのは、古典の法則。古典の方がおふ
ざけしてみたり、本格を洒落のめしたりやってくれてる。       

 最後の軽いうっちゃりといい、本作もその例に漏れず、本気でパロディ意
識してたんじゃないだろうな。なんだかそう考えると、このつまんない解決
にも意味合いが感じられてきたりしてね。              

 とはいえ、やはりミステリは解決が肝心という、途中が面白ければ何でも
いいやという享楽主義には絶対に首肯し得ない人間としては、高い評価は付
けちゃいけないと思ってしまうな。採点は
7点としよう。       

  

7/27 新世界より 上 貴志祐介 講談社
7/31 新世界より 下 貴志祐介 講談社

 
 強大な想像力で描かれる新世界の光景に圧倒された。呪力が支配する日本
古来の世界観が、見事に構築されていたと思う。伝奇・ホラー・SF・ミス
テリなどの要素をうまく融合させた、壮大なエンタテインメント。ジャンル
を問わず、本年度を代表する一本足り得る作品だろう。        

 ただ、ちょっと長すぎるようには感じてしまったけどなぁ。それと個人的
にはしっくりとは満足しにくい締めくくりだったような気がした。   

 もっと明日への希望を見せて欲しかったような気がしたんだよね。どう変
わっていくかのイメージだけでも知りたかった。特に最後に主人公が到達し
た”真実”が、いったいこれからにどんな意味を持ち得るのか、これがない
とどうしても何か欠けているように思えちゃうんだよなぁ。      

 あっ、ひょっとして「To Be Continued」ってことじゃな
いよね? まぁ、たしかにこれだけの作品だからなぁ。この世界観を一作だ
けで終わらすのは、勿体ないように思えちゃうのかな。        

 ただやはり個人的には、続編を感じさせる内容ではなく、この一作だけで
世界を閉じて欲しかった。ビジョンとして過去・現在・未来が見通せるもの
であって欲しかった。この題名にある”新世界”が、そのうちのどれをさす
のかは自分でもきちんと解釈できてはいないのだけど、それらを総合しての
言葉であった方が格好良かったんじゃないかなぁと。         

 長々とラストについて不満を書き連ねてしまったが、これだけのエンタテ
インメントを読ませて貰えたことには、充分な満足感が感じられる。本格作
品と交えて評価することは難しいが、採点は
7点としておきたい。   

  

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