ホーム創作日記

 

6/3 絞首人の手伝い ヘイク・タルボット
                 ハヤカワ・ポケット・ミステリ

 謎自体は壮絶なバカミス。でありながら、解決は真っ当。真っ当すぎて、
拍子抜けするほど。だけど、これだけの強烈な不可能犯罪、これだけのイカ
した(イカれた?)バカミスを、狙いすまして書いてるんだから、タルボッ
ト凄い! 読めて嬉しや、のバカ古典(勿論褒め言葉)の秀作。    

 謎があまりにも強烈すぎるだけに、こういうことしかないだろうな、と考
える他はなかったりとか、ある程度予測はつくところもあるんだけどね。で
も、不可能犯罪・バカミス好きの人ならば、こういうことを書いてくれたっ
てだけでも、もう嬉しくなってしまうことは必至。          

 わかりやすいもんなの?と思われたかもしれないが、いやいや決してそん
なことはないと思うぞ。ある怪異の正体にはすっかりやられちゃったもの。
吃驚というよりは爆笑と言った方がいいかもしれないけど、これこそまた、
バカミス好きにはこたえられない魅力。               

 私は完璧に見落としちゃったけど、ものすごくあからさまなヒントが出さ
れちゃってるので、気付いた人はその時点でわかってしまうかもしれないけ
ど、わかったってそこで笑えるだろうと思えるから、無問題。     

 探偵役の造型もなかなか。舞台を盛り上げるための怪奇趣味も満タン。不
可能犯罪の不可能ぶりって来たら、史上最大クラスだろうし。もう趣味の人
(自分が含まれてることは否定しない)は、読んでてたまらんでしょ。 

 一般的な意味での”傑作”には絶対になり得ない作品だろうけど、一部の
人なら読んでて悶絶できるかもよん。潔い作品なので
8点付けちゃえ。 

  

6/6 ジョジョの奇妙な冒険”The Book” 乙一 集英社

 
 さすがにこれだけの年月をかけたことだけある作品が読めて、充分に堪能
したと言わせて貰っていいだろう。ノベライズとしてジョジョ4部の世界を
小説上に具現化するだけでなく、乙一としての世界をもきっちりと描き込ん
でいるあたりが、作品としての質感を高めている。          

 その乙一流ホラーの手管が冴え渡る、ビルの隙間で一年間生かされてしま
う女の物語は、恐ろしく、そして悲しい。荒木飛呂彦だけではあり得ないこ
のコラボレーションが、パスティーシュやオマージュの枠を越えた、本書の
白眉だと思う。長らく待たせられたけど、いい仕事してまっせ。    

 ジョジョを知っていれば知っているほど、愉しめるディテールの書き込み
具合も(この手の作品では欠かさざるを得ないものだとはいえ)、存分に味
わえるはず。                           

 とにかく何より、ここまでジョジョの世界を、小説上で再現させているの
は驚くべき出来映えと言っていいだろう。ほんっとにジョジョなんだもの。
好きじゃなきゃ出来ないし、好きでもここまで出来やしないってば。  

 但し、ラストバトル以降の書き込みは、ちょっと重すぎるような気もしな
いでもないな。スタンドバトルの挙げ句の死を描くには、描写が具体的すぎ
てちょっと気持ちが冷めてしまったほど。              

 割とコミカルに流したり、ぼかしたりするのが荒木流ではないかいな?
しかも読者の共感をも抱かせるほどに、敵役の背景をここまで丹念に描いて
おきながら、明確にジョジョに”殺し”(極めて意図的に)を行わせるって
のは、ちょっと筆が滑りすぎではないのかな?            

 乙一世界(ビルの隙間の女の物語)とのバランス感として、こういう結末
が必要だったのだとしたら、強く評価していた部分の認識を改めなくちゃい
けないかもしれないぞ。                      

 とはいえやっぱり、ここまでの作品が読めるとは正直思っていなかった。
見事なコラボに称賛を送りたい。採点対象外だが、軽々と
7点高め。  

  

6/9 ミステリクロノ3 久住四季 電撃文庫

 
 なるほど、こういうロジックで来たか。しかもこの着想を、こういうミス
リードの構成に組み上げてくるあたりに、作者のミステリ・センスが感じら
れて良いぞ〜。                          

 しかし、これは自ら難度を上げてしまった結果にはなってると思う。これ
から先も常にこのロジックを念頭に置いた解決策が必要とされるもの。見落
としの危険性(読者により良い策を指摘されてしまう可能性)もぐっと増え
てくるわけだからなぁ。                      

 まぁ、でもこういう作品の枠を作った以上は、このロジックはやはり通る
べき道なのだろう。考えないで済む回避策を設定することも簡単だったのだ
が、作品としてロジックに組み込むことを作者は選択したわけだ。一旦これ
を選んでしまったからには、もう逃げられないぞ。作を追う毎に難易度も増
してくるとは思うが、こうなりゃ作者と読者の知恵比べだね。     

 作者よりも良い解決策が見つけられたら、きっとネットで挙げられてしま
うだろう(ラノベ系の情報は自分の巡回先にはあまりないので、私の目に付
くところには出ないかもしれないけれど)。時間物って結構いろんな手が考
えられるだけに、ちょっと意地悪な楽しみ方が出来ちゃうかもね。   

 ところでロジックの道具としてのクロノグラフとしては、今回のリグレス
トはさほど面白味はないのだが、現実の物として捉えてみれば最高の物と言
ってもいいかもしれない。だって、これって人類の永遠の夢である”不老”
(どころか”若返り”)を実現させちゃうアイテムだものね。     

 ロジックと構成の組み合わせテクには感心したが、採点はやはり6点

  

6/12 日本版シャーロック・ホームズの災難
                       北原尚彦編 論創社

 ホームズのパスティーシュ&パロディを集めた国内物アンソロジーとして
は、「日本版ホームズ贋作展覧会」以降の決定版であることは間違いない。
それだけの網羅された作品集でありながら、そんなには面白く感じられなか
ったのが残念。                          

 基本的にホームズ物語の構造自体が特に好みではないため、パスティーシ
ュの類はもともとそんなに面白く思えた試しはない。         

 期待するのはパロディ作品ということになるわけで、だとしたら「いかに
ふざけてるか?」がポイントになってくるとも言えるだろう。しかし、この
ふざけ方の方向性がどうも違うように感じられてしまったんだなぁ。  

 日本人ってやっぱ基本的に生真面目なのかなぁと思えてしまった。まとも
すぎるって意味じゃなくて、パロディやるにしても頑張ってパロディやっち
ゃうというイメージ。全力でやりすぎてるってばよ、な感じ。     

 パロディって結構フッと力が抜けてる具合が絶妙だったりするじゃない。
これでもか、これでもか、これでもかじゃなくって、センス良い洒落のめし
方。イカレタ作品にはなってても、イカシタ作品になってないんだよなぁ。

 そんな中で第一位と云えば、作品の質的にはダントツで山口雅也「カバは
忘れない」だな。だけど、果たしてこれがホームズ・パロディと呼べるかど
うか。ホームズもどきの存在価値は一切無いものね。キッドが主役。  

 続いては、北原尚彦「殺人ガリデブ」かな。正典の題名から着想される親
父ギャグを、ミステリらしいロジックに結実させた作品。       

 第3位はパスティーシュとしての趣向の一つ、「新たな解決」に挑戦した
林望「「名馬シルヴァー・ブレイズ」後日」としよう。ラストが爽やか。

 自分の好みなので、ミステリ色の強い作品ばかりになってしまったかな。
作家や題名眺めてた限りでは、最低でも7点は堅いと思っていたのに、意外
に乗れなくって楽しみを逸してしまった。残念ながらの
6点としたい。 

  

6/18 凶鳥の如き忌むもの 三津田信三 講談社ノベルス

 
 例の傑作シリーズの読み逃していた二作目。いやはや、なんとまぁ、聞き
しにまさる怪作というか、間違いなくバカミス。           

 とはいえ、現実的な妥当性があまりにも感じられないから、すげぇぞ、す
げぇぞ、と踊り回りたくはならないわな。ふざけてるなぁ〜と笑っちゃうに
は、なんだか生真面目に書かれてるしね。              

 もしもこの一作だけを読んだとしたら、この人はバカミスという意識など
さらさらなくって、ホラーを書こうとして結果的にそうなってしまっただけ
のトンミスにすぎないんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。    

 それにまた、「厭魅」に続いて読んでいたとしたら、「ああ、じゃあ、あ
の作品だって、怖さの効果を狙ったが故に、たまたまああいう手法を選んだ
だけなんだろうなぁ」と思えて、一作目の良ささえ減じていたかも。  

「首無」「山魔」とトリックの構図に驚かされたが、基本的にはやはり自分
とは合わない作風の人なんだなと再認識させられてしまった。「厭魅」での
伏線の感覚に対する違和感が、「山魔」でも感じられてしまったように、ど
うしても書き様のセンス(あるいは方向性)が感覚的に違うようだ。  

 バカミスは大好きなんだけど、バカミスにふさわしき書き様があると思う
のだ。私がなんとなくこうだと体得している書き様と、氏の書き様には明ら
かに差違がある。だから私には本作がいい意味でのバカミスに思えない。

 その一つには、「バカは突き詰めていなければならない」というものがあ
る。バカをやるなら半端じゃいけない。本作のトリックはこれだけでは無理
がある。そういう突っ込みを容易に許すようでは、突き詰められた作品だと
は思えないし、そのままで提供する姿勢には馴染めないのだ。     

 ちなみにわたしゃ、真相はグライダーじゃないかと思ってたよ。その程度
の下らないバカミスじゃないのは安心したけど、今度は逆に行きすぎ。 

 採点は6点。シリーズの順位を付ければ、首無>山魔>厭魅>凶鳥、に決
定。それぞれ明確な差が付いていて、自分としては紛れのない順位だな。

  

6/21 流星の絆 東野圭吾 講談社

 
 オープニングで入ってしまって、「うわぁ〜、これ何やられても泣いてし
まいそう」ってな感じに持ってかれちゃったんだけど、このウェルメイドっ
ぷりでかえって冷静に読み終えられてしまった。           

 よく出来すぎていて白けてしまうってのは贅沢な物言いなんだうけどね。
でもなんだか、「ああ、東野圭吾って王道になっちゃたんだなぁ」という感
慨を覚えてしまったんだよなぁ。                  

 堂々とした風格。読者を引き込む小説としての魅力。引き出される感動。
それでいて見事に組み込まれているミステリとしての意外性。     

 隙がないんだよね。ちゃぁ〜んと良く出来ている。誰だろうとある一定水
準以上の評価は与えられるはず。うん、いい作品だよね。たしかにいいよ。
別に文句付けたいわけじゃない。文句なんか無いよ。         

 だけどさ。なんか空隙があるんだよね。満たされない。       

 追っかけてたわけじゃないけど、何となく気にはしてたインディーズ・バ
ンドがメジャー・デビューして、たしかにいい曲なんだけど売れる曲を書き
始めちゃったなぁっていうようなイメージなのかなぁ。        

 なんだか寂しいんだろうね、きっと。”代表作のない器用貧乏”なんてレ
ッテル付けて、くさしてた頃が懐かしいやってところなのかもしれない。

 ロジックだとか密室だとかそういうしちめんどくさいもんなんか全然望ん
でいなくて、でも、ミステリなんだからビックリはさせて欲しくってぇ〜、
出来ればドキドキもあって、笑えたりとか泣けたりなんかとかして〜、でも
って最後にはやっぱ、ああ〜面白かったぁ〜って閉じることの出来る本。

 ごくごく一般的なミステリ・プロパーではない読者層がミステリに期待す
るのって、きっとそういうもんじゃないのかな。           

 だったら、そういう本がここにあるよ。       私の採点は6点

  

6/25 本格ミステリ08       
           本格ミステリ作家クラブ編 講談社ノベルス

 なんだか妙に渋めの作品ばかりだと感じられてしまった。      

 考えるに、「死体」イクォール「犯人は誰だ?」じゃなくって、WHYだ
とかWHATだとかの謎の提示が工夫されてる作品ばかりなんだな。本格ア
ンソロジーとしては、なかなかにツボを突くセレクションではないか。 

 誰もが考えるド本格じゃなくって、でもでもでも、これって魂が本格なん
だよぉ〜、と胸を張って言えそな作品達。狙いすぎて失敗することの多かっ
たこのシリーズだけど、今年はなかなかセンス良い選出だったと思う。 

「傑作!秀作!」と持ち上げるほどずば抜けた作品はないのだけど、少なく
とも私はすっきり満足しちゃったよ。四年ぶりに
7点復活だ!     

 さて、そんな中での本年度のベスト3だけど、ベストには米澤穂信「身内
に不幸がありまして」を選びたい。フィニッシング・ストローク(最後の一
撃)をまさしく最後の一行で実現させておきながら、実はもっともっと驚く
べき大胆さを秘めているという、この仕掛けの構造には脱帽だ。    

 第2位も悩まず、乾くるみ「四枚のカード」を選択。なんだかパロディみ
たいに思えるくらいの(氏だからこそ、そういう深読みをしてしまうのだろ
うか?)、端正なロジックが魅力的な作品。             

 第3位が悩みどころ。いずれも魅力的な謎もしくは謎解きが描かれていて
甲乙付けがたい。なんだか消去法的にばたばたと両者相打ちで倒れてしまっ
て、唯一残ったのが人情物、黒田研二「はだしの親父」。長編の作風は敢え
て変えてきている(と思える)氏だが、短編で見せるトリッキーな部分とう
まく噛み合って、いい作品になっていると思う。           

  

6/26 賢者の贈り物 石持浅海 PHP研究所

 
 推論に推論を重ね尽くす、まさに推論のみで構成された短編集。   

 そういう意味では、西澤保彦のチョーモンイン・シリーズのノリに近いか
も。しかし、厳密なロジックとは言い難い”推論”の積み重ねって、たしか
にこういう日常の謎に使う方が正解だと思う。            

 う〜ん、でも、現実の世界を考えると、ちょっとくどいのかもなぁ〜。こ
んなんに、こんな議論ふっかけてたら、そのうち絶対敬遠されちゃいそうだ
よなぁ。良かったね、ミステリの登場人物達で。           

 お伽噺をモチーフにして、日常の謎を描き出した短編集という趣きなのだ
が、まんまお伽噺になっちゃってる作品まであったり、結末のない作品があ
ったりと、コンセプトが若干統一されていないようだ。        

 また「Rのつく月には気をつけよう」と同様、心情のロジックを描いた作
品が多いため、納得度や出来映えに大きく差が付いているようにも思う。

 そういうわけで、どれをベスト3に選ぼうかななんて考えたら、するっと
決まっちゃったばかりか、全作品自分の中での順番付けが出来ちゃった。

 自分としてしっかり満足できたのは5作品。第1位「泡となって消える前
に」、第2位「賢者の贈り物」、第3位「ガラスの靴」と、ほのぼのとして
るハッピーエンドで、恋愛物でってのが上位を占めるようだ。     

 残る満足2作品は、順に「可食性手紙」「最後のひと目盛り」となる。

 これ以降は不満感が若干残る作品ばかりで、それぞれ順に「金の携帯 銀
の携帯」「最も大きな掌」「玉手箱」「経文を書く」「木に登る」となる。
これが全十作品に対しての私の順位。                

 意外性のあるロジック(推論だけど)が引き出されて、いい話だったりし
て、と高ポイントも多いのだが、減点もある。総合的には惜しくも
6点

  

6/30 モンスターズ 山口雅也 講談社

 
 う〜ん、山口雅也に失望しか覚えなくなって久しい。話として楽しめるも
のはあっても、作者独特の稚気や智的なカタルシスはほとんど感じることが
出来なかった。                          

 もうリハビリなんて段階ではなく、すっかり終わってしまったのか、と嘆
いてしまったくらい。キッド・ピストルズの最新刊はさすがにまだ面目を保
ってくれて、かろうじて一安心だったけどね(そっちはまた後日)。  

 言いたいこともあまりないので、早速ベスト3ってことで。     

 ベストは群を抜いて表題作。アイデアが楽しく、とにかくお話しとして愉
しめる(という表現を、山口雅也の短編集のベストとして挙げる作品に、付
けざるを得ないところが悲しいじゃないか)。            

 第2位の段階で既にどうでもいいような気分になっているけれど、強いて
挙げれば「もう一人の私がもう一人」かな。ドッペルゲンガー話として、特
に鋭利でも斬新でもないが、工夫は見られてちょっとユニーク。    

 第3位になるともう選びたくもないんだけど、無理して挙げれば「半熟卵
にしてくれと探偵は言った」。どうでもいい逆転だけど、まだかろうじてそ
ういう意志が残っているんだねってところで。ちと痛々しいけど。   

 個人的には5点にしたって構わないかな、くらいの悲しい6点。   

  

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