ホーム創作日記

 

4/2 モザイク事件帳 小林泰三 東京創元社

 
 ホラーなイメージの強さ故に本格偏愛者としては敬遠してきたのだが、意
外や意外の本格度の高さにびっくり。ちょいバカ親父な雰囲気にニヤニヤし
てると、予想外の方向から飛び出してくる真相に驚かされる。     

 う〜む、認識を改めるべきなのかな。驚異の快進撃を続けている三津田信
といい、ホラー畑の作者だとばかり思っていた人物が、すんごい本格を書
いてくれたりするのだものなぁ。これは正直不思議なことだと思う。  

 個人的には、ホラーと本格とは着想や志向の方向性が全く違うものだと認
識していた。あくまでも理に向かうことに意味を求める本格と、理では説明
しきれない外側の世界へと向かうことにこそ価値を求めるホラー(だと私は
思っていた)とは、相容れ無いどころか、ある意味真逆ではないかと。 

 だからこそ、本格者が怪奇を道具として使うことはあっても、ホラー者が
本格を道具として使いこなすことはないと思っていたのだ。何故なら、理で
の解決が一応でも可能ならば、本格に於いては怪奇はプラスαの要素として
使い得る。しかしながら、ホラーに於いて理での解決を可能にしてしまって
は、外側を目指している意味がないではないか。ホラーに於ける本格とは、
マイナスαとしてしか機能しないものではないかと。         

 これはジャンル意識に固執しやすい、本格者の偏見だったのだろうか?

 ホラー作家が、あくまでもホラーを捨てたわけではなく、ホラーとミステ
リとを融合させる形で、しかも本格としてとんがった作品を書いてしまうの
だからね。なんだか上記のようなことを考えてた自分が、恥ずかしくなって
しまうよ。でも、やっぱり何故だかはよくわかんないな。       

 ま、いいや。凄い本格が読めるんなら、なんだって幸せさ。     

 さて、恒例のベスト3だが、本格としての意外性抜群の「自らの伝言」が
ベストで、これまた意外にも端正なミステリだったりする「大きな森の小さ
な密室」と「路上に捨てられたパン屑の研究」で、ベスト3とする。これだ
けの本格(しかもバカ)読まされたらしゃあないよね。採点は7点。  

  

4/7 蒸気駆動の少年 ジョン・スラデック 河出書房新社

 
 バラエティに富んでいながらも、共通して奇妙奇天烈。それでいて何故だ
か妙に整然としている、そんな不思議なイメージを抱いてしまった。  

 豊富なイマジネーションが、規律良くコントロールされているという雰囲
気かなぁ。これだけほぼ全編がシュールな作品ばかりで占められているとい
うのに、思い付くまま書きましたぁ、広げて広げて、あとはご随意にぃ〜、
なんていうイメージの、”開いた”作品がないように思うのだ。    

 オチがあるというような単純な意味合いではなくって、収まるところにき
っちりと収まっているような整合性が感じられる、いい意味での”閉じた”
作品だばかりだと私には思えた。                  

 なるほどこれなら、本格を書いてしまうのもわかるよな、という納得感。
しかもこの奇妙奇天烈さと、本格志向とが結びあっちゃえば、そりゃやっぱ
りバカミス(見えないグリーン)になっちゃうのも当然だよなぁってね。

 ただし、このコントロールされちゃってる感というのは、勿論良い方向ば
かりに働くわけではなくって、逆に物足りなさに繋がったりもするかも。

 たとえばラファティみたいなおとぼけ感はないから愛嬌は感じられない。
エリスンみたいな突き抜けたパワーはない。ラッカーほどのオタッキーなこ
だわり感もない。ヴォネガットみたいな、ちょっとぼんやりとした感じのあ
るマジメバカさ加減が、一番近いような気がしないでもないな。    

 さて、恒例のベスト3だが、本格偏愛者としては礼儀のように「見えざる
手によって」は挙げとくとして、残り二作は全編の迫力を買って「血とショ
ウガパン」、バカさ具合で「ピストン式」と悩んだ挙げ句に「ホワイトハッ
ト」としてみたい。ファンタジーな雰囲気すら漂う「教育用書籍の渡りに関
する報告書」とか表題作とかもいいけどね。             

 手放しで傑作と云うには、非常に抵抗のある作品集。「凄い」とか「素晴
らしい」とか「良い」とか「いい」とかではなく、「妙」。採点は7点

  

4/9 裁判員法廷 芦辺拓 文藝春秋

 
 裁判員をテーマにした最初のミステリ作品集という、時事的な価値なんて
特に意味は感じない。もう随分前にQ.E.D.27巻を読んでいたってこ
ともあるしね。短編発表時点からはもう間が開いてしまったせいか、既に様
々なメディアで、テーマとしてあれこれと扱われちゃってるからなぁ。 

 しかしながら当然、そんなことだけで満足する氏じゃない。本格としての
質の高さだけでなく、テクニカルでアクロバティックな試みまで披露してく
れるのだもの。                          

 特に三作目の「自白」は本書中の白眉だろう。裁判員としての「あなた」
が作を追う度に徐々にミステリとして深く関わっていくという流れの中に、
こんなアクロバットを仕組んでくるのだものなぁ。          

 着想としても、サービス精神としても、テクニックとしても申し分ないと
は思う。思うんだけどしかし、見せ方としては最高ではないな、と感じてし
まうのが残念なところだ。やはりどこか氏の弱点の一つである(と私は考え
ている)、驚きの演出の弱さが出てしまっているのではないだろうか。 

 ところで、この流れだとこう来るのでは、と私が予想していたアクロバッ
トは、「
最終作の「あなた」とは、実は森江春策」というものだった。完璧
に間違っていたのでネタバレではないのだが、そう予想する人も他にいるか
もしれないので、ここは一応伏せ字にしておこう。          

 まぁ、本書のシミュレーション小説を兼ねるという意味合いからいけば、
「あなた」には誰もがなる可能性があるということが重要だろうから、そも
そも成り立つはずがなかったんだろうけどね。            

 とにかく個々の質の高さを考慮すると、採点はやはり7点だろうなぁ。

  

4/12 君の望む死に方 石持浅海 祥伝社ノン・ノベル

 
 推理マシーン碓氷優佳再登場。倒叙ミステリにてロジックを展開する新機
軸第二弾。しかしながら、期待したほどのロジックの応酬(丁々発止)はな
く、おおっと唸るほどの推理の端緒も見受けられなかったかなぁ。   

 殺す側と殺される側の論理は早い時点から明らかにされていて、これに介
在する優佳の行動は、全貌ではないものの明らかに読者には見て取れる。三
者共に行動が見えていて、その根拠も容易に推測が付いてしまう。だから、
ここから何らかの意外性を引き出すことは、出来ていないように思う。 

 このシリーズの面白さは基本的にロジックであり、前作では特に「ロジッ
クをどこから引き出すか?」という要素が興味深かった。しかし今回は、上
記したように行動と動機が事前に描かれているので、ここにほとんどアクロ
バティックな面白さが感じられなかったというわけなのだ。      

 また前作では、「密室物なのに密室が破られない」というアクロバティッ
クな趣向が中心を貫いていたが、これに相当する強みもなかった。   

 本書の白眉は、ロジックの応酬ではなく、ラストの展開にあるのだろう。
例によって氏独特の脱モラルな構図が立ち現れるのだから。特殊なクローズ
ド・サークルと共に、氏が確信犯的にこだわり続けてる趣向だ。    

 これがあるが故に、本書がリドル・ストーリーとして成立している、とい
うのが一番の趣向というわけなのだろうね。             

 これだけではやはり前作には及ばない。採点も6点とする。     

  

4/16 吹雪の山荘―赤い死の影の下に 東京創元社
   笠井潔岩崎正吾北村薫若竹七海法月綸太郎巽昌章

 笠井潔をスターターにすることで伝統的な連作展開に道を付けてしまい、
続く岩崎正吾(何故ここにいるかわからない)はKY路線で引っかき回し、
有栖は降板するも登場人物として代替可能なアンカーも見つからず、10年
以上も放っておかれたグダグダな企画。完結しただけでもめっけもん? 

 連作(リレー小説)ってのは割と好きだったりする。それぞれの作者のテ
クニックの度合いが測られる代物だから。あと状況によっては、KY度(空
気読めない度)も如実に表れたりする(本作では満場一致で岩崎正吾)。

 競作でも各作家の力量は示されるかもしれないが、連作になるとこれに加
えて、各作家の性格というか特質みたいなものまで示されてくるように思う
のだ。本編自体の面白さよりも、そういう読み方の面白さこそが、連作の醍
醐味と言ってもいいのではないだろうか(邪道ですか)?       

 さて、そんな連作だが、連作の面白さを決めるのがスターターで、連作の
出来映えを決めるのがアンカーだと私は思う。            

 本邦のリレー・ミステリは伝統的にスパイ物・組織犯罪絡みになりがちだ
が、笠井潔をスターターとした時点で早くも確定してしまった。こうなると
面白さはさして期待できない。となると、問題は出来映えだ。     

 作品をミステリとして成立させようとするならば、最重要ポジションがア
ンカーであることは自明の理だろう。これを任せられる作家はそう多くはい
まい。やはり技巧に長けた人物が求められるわけで、現在では芦辺拓の右に
出る人物はないだろう。                      

 本来はアンカーを務めるはずだった有栖川有栖が降板したことで、その重
責が専門作家ではない巽昌章に負わされることになった。しかし、「有栖川
有栖の本格ミステリライブラリー」でテクニカルな短編が披露されている氏
だけあって、上手くはまとめていたと思う。しかし、ちょっとばかし、真面
目すぎたかなぁという雰囲気。さすがに芦辺氏のようには、余裕が持てなか
ったのだろうな。結局、全体的には得られるもののが少なかった
6点。 

 ところで「前夜祭」の感想に書いたほどルール化されてるわけじゃないけ
ど、それぞれの解決予想を書かせているのは、いい試みだったと思う。 

  

4/18 鼓笛隊の襲来 三崎亜紀 光文社

 
 相変わらずの奇想が素晴らしい。しかしながら、ちょっと扱いがシンプル
すぎるような印象を受けてしまった。奇想があくまでもモチーフ(もしくは
設定)の範疇に留まっていて、次の一歩を踏み出し切れていない気がしたせ
いだろうなぁ。                          

 これは読者として贅沢な物言いなんだろうけどねぇ。だからってわけでも
ないが、ついでにも一つ贅沢な物言いをしてみたい。         

 ミステリという形式を心より愛している私としては、基本的には開きっぱ
なしの作品なんかよりも、きちんと完結した作品こそをより高く評価してし
まう。展開だけの作品でなく、オチ(結末)のある作品の方がいい。  

 それなのに、だ。この作品集を読むと、なんだかオチ(結末)が余計なモ
ノのようにすら感じられてしまったのだ。              

 たとえば「覆面社員」や「校庭」や、あるいは「彼女の痕跡展」だって、
こんな風にオチてしまった方が本当に良かったのだろうか、と思えてしまっ
たのだ。話として締め括られていることに、逆に不満を感じてしまうだなん
て、やっぱりこれだって贅沢な物言いだろうと思うもの。        

 さて、そんなわけで恒例のベスト3だが、表題作、「象さんすべり台のあ
る街」、「遠距離・恋愛」としよう。ミステリではないので、採点は無し。

  

4/21 新・本格推理08 二階堂黎人編 光文社文庫

 
 元々偏った本格観の持ち主である二階堂黎人が、「俺の趣味に合わせろ」
と言い続けてるおかげで、選者の趣味丸出しの作品集になってしまってきた
なぁ。私も偏ってるので、それはそれで結構ではあるのだが。     

 ただ、来年の素人作品掲載は一作のみなので、事実上そこでシリーズ終結
なのだろうなぁ。出来れば選者を代えて、続けて欲しいところだが。  

 しかし、そうそう引き受けてくれる人もいまい。いかにもな人物だと島荘
だろうが、それもまた違う偏りを示しそうで、あまり変わり映えはしないか
な。三人くらいの毛色の違う選者を選んで、誰に読んで欲しいか指定して応
募する、ってな感じでバラエティ色を付けるとかなんか出来たりしないかな
ぁ。下読みでそれぞれ5本くらいに絞ってあれば、労力も少ないし…… 

 ……なんてまぁ、無責任に無駄なことを言ってみましたけど。    

 さて、恒例のベスト3だが、とにもかくにもいつものことだが、今回もや
っぱりベストは、園田修一郎「シュレーディンガーの雪密室」で決定。この
シリーズに収録された作品だけでも、秀逸な本格ミステリ短編集が編めそう
だな。欠点は多いものの、それをはるかに上回る魅力は見逃せない。一般に
受ける作風なんてくそくらえ。バカミス・キワモノ大好きな人間にとっては
こういう人にこそ、世に出て欲しいものだ。是非長編に挑戦を。    

 第2位は澤本等「第四象限の密室」とする。このトリックで”第四象限”
と言い張るのは無理があるが、屁理屈・こじつけで外連を演出するのは、本
格の書き手としては重要なスキルの一つだからいいのだ(誉めてます)。

 後は別にどれを選んでも同じような感じなのだが、それぞれはあまり感心
出来ないものの(オリジナリティにも多少疑問アリ)、あれこれ詰め込んだ
よねって、努力賞として森輝喜「エクイノツィオの奇跡」を選択。   

 まぁ、園田氏以外の才能が登場しているわけでもなく、採点は6点。 

  

4/23 死写室 霞流一 新潮社

 
 とんでもない構図(凄いぞ、なバカだ)に、とんでもないトリック(吃驚
だ、なバカだ)。それでいてきっちりと張り巡らせる伏線にロジック。一本
ずれた裏通りの薄暗い露地で、真っ当な商売をする謎の商売人の風情か(だ
から、そんなわけのわからない比喩なんて不要だってば)。      

 ところで一見今回は動物シリーズではないように思えるのだが、「ししゃ
しつ」ってことで、獅子(ライオン)ということなんだそうだ。短編集とい
うこともあって、獅子まみれではないし、ちと苦しいなぁ。って、正直、そ
んなことはどうでもいいけど。                   

 映画という共通の題材があるので、東宝勤務という作者の前職が効いて、
生きのいい描写も多かったと思うのだが、それにしては全体的にワクワク読
めたという印象が残っていないような気もする。それが何故だか分析できな
いが、基本的に長編作家だということなのかなぁ?          

 さて、恒例のベスト3だが、ベストは悩む必要もなく「モンタージュ」と
したい。現象を成立させるための、だまし絵のようなトリックと謎解きは、
本格として高度なテクニックだと思う。基本的にこういうアンジャッシュみ
たいな、すれ違い言葉ネタが大好きってこともあるけれど。      

 第2位は「スタント・バイ・ミー」とする。バカミス色の強い本書中では
最もすっきりした本格短編じゃないかと思う。謎解きがスムーズ。   

 第3位としては、バカミスの中から一編を選びたいところで、色々なバカ
がある中で選択したのが「霧の巨塔」。バカ謎にバカトリック、そして世界
をひっくり返す角度に注目だ。                   

 プロット(構図)・トリック・ロジックと3拍子揃ってるので、7点

  

4/30 山魔の如き嗤うもの 三津田信三 原書房

 
 凄いなぁ、このシリーズ。あれだけのことをやってのけた前作に引き続い
て、またまたこれだけの本格作品を産み出してくれるなんて。     

 こんな絵図なんて決して描き得ぬ、そんなとんでもない構図が、またもや
読者の度肝を抜く。ホラーとミステリとの融合を果たしながら、ここまで本
格として突き抜けた地点へと到達できるなんて。           

 素晴らしい! 間違いなく本年度のベスト級の一作だろう。     

 とは云え、手放しで本書を傑作と言い放つのは、大いに躊躇する。いや、
傑作だとは言えても、好きかどうかと問われれば、「好き」とは言えない気
がしてしまうのだ。                        

 おそらく一般的に評価されるであろう部分と、私が評価する部分とは若干
ズレがあるかもしれない。部分的には逆の評価になることもあるだろう。

 実は冒頭の手記における怪異の謎解きに関しては、たとえこれらの一つ一
つがホラーとミステリとの融合という目的のために必要だと言われても、こ
ういう融合ならいらない、と正直言いたいところなのだ。       

 こういう細かい描写や伏線や謎解きは、個人的には望まない。「厭魅」
時に強く感じた「細かすぎるだけで「ああっ」と声を上げさせてくれない」
という不満を如実に思い出してしまった。              

 最後の怒濤のようなどんでん返しの連続も、なんだか自在に取り替え可能
な雰囲気を受けてしまって、それほど粋には感じられなかった。    

 しかし、やはり、トリックの解明、特にその冒頭で明らかにされたとんで
もない構図、このしびれまくる迫力は何ものにも代えがたい。これだけでも
う自分にとっては、全てOK! 連発でブラボーと叫びたくなったね。 

 勿論、オールタイムベスト級の前作に比べては大きく差を開けられてはい
るが、連続でのこれだけのパワー。やはり採点は
8点としたい。    

 ところで、60頁の童歌の歌詞の間違い、さすがにこれはいただけないな
ぁ。しかもこれをベースにしても解釈可能な展開が続いてたから、コレを根
拠にしばらく推理の展開をしてしまったじゃないか。しかも、その展開って
ば、必然的に…… 今宵はここまでにしとうございます(ふるっ!)。 

 も一つ報告。前作の「日本ミステリ百選」への登録を行いました。  

  

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