まずは「エレファント」から。題材として数学を扱うことが多いこのシリ
ーズだが、ポアンカレ予想の説明には頭がポア〜〜ン(とてもついて行けま
せぬ、ぐふっ)。わからなかった私がいけないの? .
しかし、ここまでとは、ちょっとやり過ぎなのではないのかな? モチー
フとして必要だから、説明しておかなくっちゃってとこかもしれないが、こ
の難度では別にスルーされてもあんまし変わんないような気もする。 .
トリックは単純でいいが、ミステリのトリックとはちと違うよね。それに
「防犯ビデオ、もっと見るだろ、普通」だよなぁ(笑)。まぁ、警察が介入
してるわけじゃないんで、話成立させるためには許容範囲なのかな。 .
話自体は良かったと思う。それに「コーヒーカップで金庫を盗む」という
惹句は上手いなぁ。ちょっとだけ小ずるい気がしないでもないけど。 .
続いては「動機とアリバイ」。さすがに、このトリックは漫画でしか許さ
れないほど無理があるだろう。これじゃTVドラマでも描けないだろうな。
あまりにも綱渡り的で現実味が薄すぎる。 .
しかし、これは意外に証明難しいトリックだよなぁと思ったら、見事に証
拠とするやり口が用意されてたのはさすが。こういう細かいポイントを稼ぐ
センスが、なかなか優れてたりするので、このシリーズは止められない。.
総合的には、まぁシリーズ平均レベルってとこかなぁ。採点は当然6点。
3/6 完全恋愛 牧薩次 マガジンハウス
本格の掌(たなごころ)の上で、恋心の切なさと清々しさとを、ころころ
と転がした作品。 .
やたらと評判は良いが、この真相に関しては、比較的ベタな手法でわかり
やすかったと思うのだけどなぁ。三つの事件も派手な演出の割には比較的わ
かりやすく(最後の事件は結構バカだったけど)、期待ほどには楽しめなか
ったのが残念。 .
ちなみにここで”ベタな手法”と書いているのは、全体を通しての手法な
どではなく、「暗闇の中で相手を勘違いしてしまう」というピンポイントを
差しているのだけどね。 .
だって、これって、ホントにホントに、”いかにも”だったよねぇ〜。謳
い文句がなければ、「あっ、自分の思い過ごしだったか」と、すぐにその線
は捨てて、作者の手の内のままになっていたかもしれないのだけどもなぁ。
しかし、この謳い文句があることが、本書の価値を大きく高めているわけ
だし、痛し痒し。わかってしまった我が身が不幸ってことなんだよね。 .
題名に通じるこの最大の一点が除かれてしまうと、三つの事件をどう評価
するかという話になるわけだが、これがいかにも作者らしい話の膨らまし方
(悪い言い方をすれば大言壮語っぷり)だと感じられてしまったのだ。 .
第一の事件はトリックや凶器の謎も地味なんだが、ホワイの謎も組み合わ
さってテクニカルな印象もあるので、さほど不満は感じられなかった。 .
第二の事件が特に先程の印象が強いのだ。単純なタネに、まぶしたものだ
けが多量。”衣だけが分厚い天麩羅”とでも言おうか。そしてこういう食感
は辻真先作品には多いのだ。しかも口に入れる前に見て取れちゃうし。 .
第三の事件も一つのタネで説明が付いてしまう。しかも昨年度の某大作を
思わせるように、やはり強引。なんだか読んでワクワクしちゃうような、バ
カミスにはなりきれてはいないと思う。これがもっと本書全体の仕掛けに対
するミスリードにでもなっていれば別だが、分離してたと思うし。 .
作品としてはともかく、ミステリとしては物足りなさを感じてしまった。
装飾は全く違うものの、あくまでミステリという視点から見れば、一皮剥け
ばいつもの辻真先作品。装飾をどう評価するかの差かな。採点は6点。 .
ネタ自体が特に優れているということはないのだが、その使い方やら全体
の構成の仕方などが、なかなかスマートでセンス良く感じられる。心地良く
読める本格ミステリの書き手として、これからも期待できそうだ。 .
前作はメフィスト賞らしい色物作品だった。色物の部分では、その作者の
ミステリ的な実力を推し量ることは困難だろう。しかしながら、実は意外に
も色物以外の部分に、しっかりと構成されたミステリが隠れていた。 .
今回も肝心のネタ自体は、割とどうでもよかったりする。特殊な知識を必
要とするものだってあるし。作中作の中に手掛かりを仕込むなんてのは、い
わば常套手段とすら言っても構わないだろう。特別なことなどない。 .
ところが、なんだな。それらの使い方がスマートなので、不満言いたい気
分にならずにいられるのだ。 .
たとえば事件の構造自体だって、実は意外性に満ちたものでは全然ないの
に、決定的な手掛かりを与えるタイミングが上手いのか、容易には気付けな
いようになっている。ここまで引っ張るか、という不満も感じない。 .
作中作にしても、それ自体が魅力的な内容で、仕込みの薄さなんて全然気
にならない。美術論なんて読まされたらたまらんな、と思ってたが、興味深
く読み込んでしまった。表紙に一部が描かれてはいるが、記述されてる画の
カラー口絵ページが欲しかったよ(価格上がるから無理?)。 .
ただし、前代未聞だとか、そういう大言系の台詞は止した方がいいんじゃ
ないかと思う。作者が自負するほど、読者にとって目新しいもんでもない。
年間ベスト級の作品を期待する感じではないものの、7点クラスの作品は
充分生んでくれそうな予感。本作では、まだまだ採点は6点。 .
古い村に根付く奇妙な因習を描く伝奇小説。クトゥルフのようなスタイリ
ッシュな下品さを持つホラー小説。ボーイミーツガールを爽やかに描く青春
小説。そんな幾つもの布を、バカミスというぶっとい針で強引に結び合わせ
た、奇妙な衣装だ。美しいのか、醜いのか? .
この作者の作品は初めてだったのだが、どうも個人的には合わない気がす
る。ただのホラーよりも、自分としては気分が悪かった。読み続けるの止め
ようかと思ったほど、不快さを感じてしまったなぁ。 .
ミステリとしても、整合性は二の次という姿勢が、どうにも強烈に違和感
を覚えてしまうのだ。自分の中のバカミススキーな部分でさえも、これじゃ
いけないと言っているような気がする。 .
たとえば捩れた死体の事件。アレをちゃんと描いてるんだから、この解決
でいいだろってのは、ちょっと乱暴過ぎるのではないか。本格にもこの種の
トリックは使われるが、これは明らかに範疇を逸脱している。 .
親娘首斬り事件だって、(予想通りではあったけど)これなら不自然さは
一目瞭然のはず。鑑識で切り口見りゃこんなことだろって、すぐわかっちゃ
うと思う。悪魔を扱ったこの作品でやりたい意味はわかるんだけども。 .
背筋も凍るよな残忍大胆な殺しだって、凄みはあるんだけどね。行き当た
りばったり感や、たまたま上手く行きすぎ感もありありだぁ。 .
捨てネタのバカ推理も含めて、見るべきところは沢山あるんだけれども、
全体的にはもの凄くいびつな作品。好みの問題だろうが、私の採点は6点。
相変わらずのぶたぶた。今回はいつもの連作構成になっているので、前作
の長編で感じてしまった弱さは、幸い感じられなかったな。やはり、こうい
う形式の方が、ゆったりと安心して読めるようだ。 .
会員制の秘密の喫茶店という設定も、このシリーズにピッタリ。一話目で
は主人公と共に読者もまた、客として迎えられるのだ。そして二話目以降で
は、読者は迎える側に立ち、次の主人公を待つことが出来る。 .
これって、このシリーズの縮図と捉えることも出来るだろう。初めて手に
するこのシリーズで、読者はぶたぶたと出逢うことになる。そしたらもう既
に、ぶたぶた世界の住人だ。次の作品からは逆に、世界の住人として、新し
い主人公を迎えることが出来るようになる。 .
だから設定は一つでも、複数の主人公が入れ替わる連作方式の方が、本シ
リーズにはふさわしい形式なんだと思う。 .
また、このシリーズって、お伽噺なんだけど単なる夢物語じゃない。それ
はきっと、癒しの物語には、「癒される理由」があるからってことじゃない
のかな。そこに多分リアルがある。 .
ただ、時々リアルが一歩入りすぎてしまうのは、興ざめしちゃう部分もあ
る。今回の「化け物発言」もそうだな。時々チラリチラリと、毒のように妙
な現実味を与えてしまうのは、意図してのものなのだろうか? .
トリックそのものや消滅島の謎解きに関しては、さほど心惹かれなかった
が、伏線とその怒濤のような回収がなんとも驚異的。何気ないようなところ
がことごとく伏線なんだもの。メタ風の趣向の凝らし方まで含めて、謎解き
の快感に充ち満ちた快作。 .
とにかく、この伏線の質量が秘めたエネルギーとその隠匿の巧妙さは、ス
テルス戦闘機に搭載された核弾頭のようなもの。これに匹敵できる作品は、
ここ数年で私が読んだ範囲だと「骸の爪」くらいしかないように思う。 .
あちらは”すれ違いネタの波状攻撃”という、新規の芸風で魅せてくれた
が、こちらだって負けちゃいない。”RPGのメタ風味”というこれまたユ
ニークな芸風で、創り込まれた笑いを、じゃなかった、本格ミステリをこれ
でもかってくらいに魅せつけてくれたぞ。 .
「天才龍之介が行くシリーズ」なんつうなんだか幼稚なシリーズ名称、ラノ
ベ風味の装丁、と敬遠してきたシリーズだったんだけど、失敗だったかな?
でも、今回は大胆な消失トリックだってことで手にしちゃったわけだけど、
そうでもなけりゃなかなか、「長編痛快ミステリー」なんて惹句のミステリ
に、手を伸ばす趣味はないものなぁ。しょうがないよ。 .
正直に言えばトリックも犯人もどうでも良かったが、この伏線の絶技に私
の本格魂はもうメロメロよ。当初の予想に反して、高評価の7点。 .
版を改める度に増補されていくこのシリーズだが、厚さ的にももうこれで
決定版だろうか。開発者自身の秘話という書き下ろしも、最後を締め括るに
はふさわしいものだろうから。 .
せっかくいい作品集なんだから、あんまり商業主義が見え透いたものには
なって欲しくないなぁ。とは言っても、もしもまだこのシリーズが書き続け
られるとしたら、続編だけで一冊まとまるまで待たされるのも辛い。 .
それにまた、今回の書き下ろし「野方耕一の軌跡」は、オールスター・キ
ャストでまさしく集大成にふさわしい内容。たしかに単独で掲載されるより
も、こういう形式で一冊にまとまるのがふさわしい。 .
くぅ〜、商業主義プンプンだけど、認めざるを得ないかぁ。編集者の狙い
通りってとこなんだろうな。でも、この手を安直に続けて欲しくはないぞ。
さて、本の作りだけにこだわってちゃいけないな。本書は時間物を知り尽
くした、カジシンらしさ溢れる作品集。大甘路線から切なさ系まであるんだ
けど、たとえ100%でなくてもどれもがハッピー・エンドなのも、心地良
い読後感を提供してくれている。 .
とにかくベタなんだけど、時間物のラブ・ストーリーはベタでいいじゃな
い。むずむずするような人は読まないでよろし。ちょっとこそばゆくても、
そういうの大好きって人ならば、安心してお薦めできる作品集だろう。そう
いう人は既に以前の版で読んでるかもしれないけどね。採点は7点。 .
3/28 道化の町 ジェイムズ・パウエル 河出書房新社
ユーモアとファンタジーとミステリとの幸福なる結婚(って、三人で結婚
しちゃいかんだろ)。 .
結末のツイストってのは存外になかったりもするが、展開や着想のバカっ
ぷりやユーモア感はたっぷりと堪能できて、満足満足ぅ〜。傑作選だからな
のか、概ねそうなのかわからないけど、とにかく「基本的にバカ」というき
っぱりとした姿勢がとってもたまりませんわぁ〜。 .
しかしながら、ただ楽しいバカだとか、脳天気なバカだというわけではな
く、結構な黒さもあったりするので、手放しでバカミスファンに薦められる
ものではないかも。個人的には結構はまっちゃんたんだけどね。 .
さて、恒例のベスト3だが、実はこれこそ間違いなく当確ってほど、図抜
けた作品はなかった。短編のオールタイムベストで、思い浮かべるような作
品は皆無といってもいいだろう。 .
それでも一つとして同じような作品はなく、それぞれに特徴的で、個性的
な作品ばかりなので、選ぶのも楽しいんだよね、これが。 .
というわけで、何故かファンタジー色が強い作品ばかりになっちゃったん
だけど、ファンタジー世界を舞台に本格を展開した「魔法の国の盗人」、お
伽噺としての練られた解決が巧みな「詩人とロバ」、独特のユーモアとペー
ソスが見事にコラボした表題作、これが私のベスト3。 .
作品としての雰囲気では、「オランウータンの王」や「愚か者のバス」な
んかも捨てがたかったんだけどね。かと思えば、「アルトドルフ症候群」み
たいに、きっちりと本格としての解決を見せてくれたりもするし。 .
冒頭に挙げた三要素が、全編に渡ってこれだけ愉しめるのは、とにかく格
別の味だと思う。採点は、個人的には凄く高評価の8点。 .