ホーム創作日記

 

11/1 遠まわりする雛米澤穂信 角川書店

 
 相変わらずみみっちい日常の謎が緩ぅ〜い雰囲気ながらも、のほほんとし
た空気感を振り払う、青春小説としてのほろ苦さまでもが描かれてしまった
んだな。しかし、このことは、個人的には是(ぜ)としないなぁ。   

 ミステリにリアルを持ち込むことは、必ずしも良い場合ばかりではない。
特に自分にとっては、ミステリとはある種、SFやファンタジーなどと同様
に、異境の文学ではないかと思えるのだ。              

 現実とは違う世界。だからこそ、人死にであろうと、冷静に捉えることが
出来る。ゲーム空間と同じ空気感で接することが出来る。その感覚を紙文化
内で更に押し進めたものが、ラノベや漫画になるのではないか。    

 このシリーズは、ミステリの中でもそういったものに近い空気感に包まれ
ていたと思うのだ。決してラノベのレーベルが出身という理由ばかりではな
く。計算尽くの(ここ大事ね)緩さや、とぼけた味わい。それなのに……

 さんざん一緒に遊び尽くした挙げ句に、最後に「帰って宿題やんなきゃ」
と隣で呟かれちゃったみたいな、急に現実に引き戻されて、そりゃないだろ
な感覚。舞台に感激してたら、舞台装置ひっくり返って、文字通り舞台裏が
すっかり見えちゃったよ、みたいなシラケ感覚。           

 この「手作りチョコレート事件」から「遠まわりする雛」への流れが、こ
こを評価する人も当然多いのだろうが、私的にはどっちらけで(いつの時代
だ?)、なんてことすんだよぉー、米澤穂信めぇ〜、ってな感じ。   

 ついでに、女の子みたいな(性差別ですみません)生理的感想を臆面もな
く書いてしまえば、「手作り…」の心理がはっきり言って「嫌い!」  

 なんだか庄司陽子の「生徒諸君」がコメディからシリアスに変化してしま
ったときの、やるせなさをちょっと思い出しちゃったよ(って、そんなこと
リアルタイムに体験した人間がどれほどいるってんだよぉー)     

 愚痴だらけ&意味不明比喩ばかりで申し訳ない。ミステリとしての評価だ
とか、恒例のベスト3だとか書けなかったな。採点は
6点。      

  

11/3 ジョン・ディクスン・カーを読んだ男
                ウィリアム・ブリテン 論創社

 このシリーズがまとまって読めるなんて嬉しいなぁ。        

 表題作のバカミスっぷりが印象深いため、単なるユーモア・パロディ系か
と思われがちだろうが(なんて他人事のように書いてるけど、自分もね)、
意外に本格度も高いシリーズだったんだなぁ。            

 しかもこれが嬉しいことに、パロディ+本格性という横の広がりを持って
いるだけではない。作品それぞれの練り込み具合や質という、縦方向への伸
び度合いも素晴らしいのだ。                    

 この感覚は結構読み手の間で共有されているのではないだろうか。今年の
本ミスで第5位という、非常に高いポジションを得たのもその現れだろう。

 表題作だけであれば、バカミスとして愛好する人は多くても、本格として
挙げるのは躊躇するはず。それがこの順位なのだ。本格としても非常に品質
の高い作品であることの、証明の一つになるかと思う。        

 ちなみに正直に言えば、私自身は初読時に(いったいいつの話だか、遠い
昔々のことだけど)表題作読みながら「あれっ、これって?」と気付いてし
まったこともあって、必ずしも傑作だと思ってるわけではない。    

 一つのパターンとして、いわゆる「定型」を産み出したことを、客観的に
評価しているという要素が、最も大きいのだと思う。         

 とはいえ、恒例のベスト3となれば、さすがに表題作を落とすわけにはい
くまい。これまたユーモアの要素が強いが、地口落ちがシンプルで見事に決
まっている「コナン・ドイルを読んだ男」も落としたくない。もう一作は作
品の出来以上に、題名のセンスで「読まなかった男」を選びたい。それでネ
タがばれるということもないだろうから、「エドガー・アラン・ポーを」っ
てのを、先に付けても良かったんだろうけどね。           

 採点は8点。ストラング先生シリーズもまとめて読みたいなぁ。   

  

11/7 雲上都市の大冒険 山口芳宏 東京創元社

 
 いっろいろと無茶で無理な作品なのだが、島荘曰く「本格おとぎ噺」(原
文は”話”)と受け取れば、楽しく読める作品だと思う。その意味では「怪
事件」から「大冒険」への改題は成功だろう。            

 あくまでも、「怪事件の謎を解いてやるぜ」という方向性で読み進めてし
まうと、満足できるか満足できないかは、その人の属性に大いに左右されて
しまうだろう。間違いなくあちこちに無理はあるわけだし。      

 だから、「大冒険を楽しんでやるぜ」という方向性で読み進めた方が、き
っと各人の心の平和のためには、無難な方向性だと思うのだ。明らかに奇天
烈系の匂いがプンプンしている本書を手にする人ならば、多少のおふざけや
やり過ぎは想定の範囲内だろうから。                

 ライダーマン探偵VSキザなV3探偵(アオレンジャーとか快傑ズバットの
イメージの方が近いかも)という図式からして、とても漫画ちっく。ちょっと
古めかしさも感じさせるわけだし、全体的な雰囲気としては”紙芝居”っての
が一番近いのかもしれない。                     

 そういや、この解決シーンは実写版ではあんまし見たくもないが、紙芝居の
画なら結構イケルかも。劇画や漫画よりも雰囲気出せそうじゃなぁい?  

 ま、そんなことはともかく、ミステリとしては大無茶なんだけど、途中の推
理だってあれやこれや無茶で楽しませてくれる。とにかく”バカミス”っての
が大好きって人ならば、読んでそうそう損はあるまい。         

 まだまだこれからもバカな作品を書きそうな御仁なので、バカミス愛好家の
はしくれとしては名前にレ点付けて、これからも要注目としておこう。  

 ただ、やっぱり無理矢理がありすぎるだろってことで、採点は6点。どの辺
がそう思ったかってのは、ネタバレコーナーにて。           

  

11/9 サム・ホーソーンの事件簿V
              エドワード・D・ホック 創元推理文庫

 何せ今回でついに60話。このシリーズもなかば惰性で……なんて思った
ら、とんでもない。おお、なんだか急に持ち直したような質の高さじゃない
かいな。不可能犯罪に捧げる人生、格好イイぜい、ホックさん!    

 ところで、キャラ読みというわけではないのだけれど、ここまでお付き合
いして読んでいればやはり情も移るわけで、ホーソーン先生の恋模様だって
ついつい気になってしまうのも、これまた人情。           

 せっかく若いナースとの雰囲気が、いい感じになってきたところで、なん
と本巻では新たに美人獣医が登場。入れ替わるように去ってゆく看護婦メリ
ー。う〜ん、ロマンスの種尽きず……                

 なんてことを思いつつも、ふと、あることに気付いてしまう、裏読みなミ
ステリ・ファンがここにいるよ。このシリーズって、そもそもどういう構造
だったか? 不可能犯罪の……って、いいや、そんな中身の話じゃ無くって
さぁ。どういう形式だったのか、思い出してみて。          

 そう、これって、サム先生自身からの聞き語りなんだよね。しかも飲んだ
くれの(なんて言っちゃいかんか?)。ほぅら、どこにでもいる寂しい爺さ
んの、とてもホントのこととは思えないような自慢話って……     

 サム先生の名誉のために、これ以上の想像は止めておきましょう(笑)

 というわけで恒例のベスト3だけど、ベストは断トツで「動物病院の謎」
としたい。意外な犯人にトリック、ポオのミスリード、おまけにシリーズと
しての新展開まで含んで、盛り沢山の秀作。残り二作品は、「黄色い壁紙の
謎」と「田舎道に立つ郵便受けの謎」とする。            

 ここまで来て、こんなに楽しく読めるなんてなぁ。満足度高い7点。 

  

11/12 ピーナツバター作戦 ロバート・F・ヤング 青心社

 
 現在の視点で見てしまうと、純朴でちょっと古めかしいファンタジーだと
思えてはしまうが、これまた今風の観点から言えば、”癒し”だったりもす
るわけで。宗教色が付いてはいるものの、ヤングのほんわか感はやはり気持
ちよかったりもするわけで。                    

(なんで語尾が「北の国から」の純くんになってしまってるんだろ?) 

 ストリップ&トリップな話でサンドイッチされた、ちょいとステキな作品
集。懐かしく、優しい作品に触れたい人向け。            

 短編集「ジョナサンと宇宙クジラ」の記憶など、とっくに風化してるくせ
に言ってみるのも何だが、この”トリップ”というモチーフは、ヤングに取
っては結構重要なモチーフなのではないだろうか?          

 これは氏の最良の作である(少なくともその一つであることは間違いある
まい)、「たんぽぽ娘」でも重要な役割を果たしている。       

 これは私だけの感覚なのかもしれないのだけど、同じ旅を意味する言葉で
も、”トラベル”と”トリップ”はなんとなく違うニュアンスが感じられる
のだ。私の感覚だと、”トラベル”は必ず行き帰りが出来る旅であり、”ト
リップ”は行ったきりもあり得る旅というイメージ。         

 だから、ヤングの描く旅は”トラベル”ではなく、”トリップ”でなくて
はならない。そして、だからこそ、ファンタジーの優しさの中に、切なさが
あって、それがヤングの魅力に繋がっているんだと。         

 とこうして、”トリップ”について熱く語ってみたが、では、もう一つの
”ストリップ”について…… 書こうと思ったが、う〜ん、もう熱く語るス
ペースはなさそうだ。ここまでとさせて貰おう。           

 装丁の雰囲気も素晴らしく、総じて心地良い作品集。採点は7点。  

  

11/15 なみだ学習塾をよろしく! 鯨統一郎 祥伝社ノン・ノベル

 
 鯨お得意のライト・ユーモア・ミステリ。前作を読んでないので事情が掴
めてないせいだろうが、研究所所長のセラピスト、特捜班のプロファイラー
ときて、一気に学習塾の事務員さんとスケールダウンしてるのが、ちょっと
なんだかな気分になってしまった。                 

 まぁ、スケールはともかく、これからもさまざまな職業物として、進化し
たり退化したりしながら、ゆるゆると読ます緩いシリーズ展開をしそうだ。
まぁ、緩くない鯨って、過去に一作でもあったかなって気はするが。その辺
は大人だから、これ以上突っ込まないでおこう(笑)         

 スケールダウンの目的は、日常の謎への回帰なのかなぁ? たしかに主人
公のキャラクタ的には、それが分相応なんじゃないかと思う。     

 学習塾がベースだから、謎自体はやっぱりみみっち〜い日常の謎。ただ、
その謎の割には、妄想とこじつけは充分に炸裂してるかもしれないけどね。
ただし、「基本的人権と涙」の全員が83点を取ってしまう謎なんかは、さ
すがにちょっとやり過ぎかなぁとも思ってしまったな。        

「確率と涙」とか「路線図と涙」とかの蘊蓄系謎解きなんかが、一番鯨らし
い作品なのかもしれないな。「清少納言と涙」の謎解きくらいだと、あまり
普通すぎて面白味が足りないと思う。                

 そんな中で一応本書のベストとすれば、氏にしては意外なことに、本格ら
しいトリックが発動した「月の満ち欠けと涙」にしておこう。     

 ゆるゆるとだらだらと読めるミステリ。採点はあったりまえの6点。 

  

11/16 不思議の足跡 日本推理作家協会編 カッパノベルス

 
 2004年から2006年に発表された作品を対象に、「広い意味で幻想
的・超自然的要素を帯びた短編」を集めたアンソロジー。テーマ別に3種類
のアンソロジーが編まれているようだ。               

 総合的な読み味としては面白味は感じられるのだが、ジャンル・ミックス
にならざるを得ないテーマ故なのか、どうしても中途半端な作品ばかりとい
う印象を受けた。                         

 そういうわけで平均的には興味深く読めはしたのだけど、作品単独として
強い印象を与えてくれる作品はなかった。              

 あまり語りたい内容はないので、早速恒例のベスト3でも。ベストは伊坂
幸太郎
「吹雪に死神」とする。「死神の精度」という作品集の中では一番つ
まらないとすら思えた作品なのに、こういう本格にこだわらないアンソロジ
ーの中では、異彩を放つ作品として光ってくるのだから、よくわからない。

 残り二作も、やっぱり本格味が高めの作品を選んでみたくなるもので、
持浅海
「酬い」、米澤穂信「Do You Love Me?」とする。

 でも本格へのこだわりを捨てれば、ひょっとしたら一番良かったのは、
田よしき
「隠されていたもの」だったかも。これ、秋放送の「世にも奇妙な
物語」で、上手く映像化してたなぁ。総合採点は中途半端な
6点。   

  

11/17 島田荘司のミステリー教室 島田荘司 南雲堂

 
 意外に実用的なミステリ創作ハウツー本。日本ミステリの歴史理解、「ミ
ステリー」と「探偵小説」との違いを、日本人論をベースに読み解いていく
講演も非常に興味深い内容だった。                 

 というより、後書きを読むと、元々の出版目的はこの講演録にあったらし
い。また、講演会とは別に、デビューを目指している新人を集めて、質問会
というのも行っていたのだそうだ。ホームページ上でも創作上の質問を受け
付けていたらしい。                        

 これらが資料として充実していたため(実際に本書を読めば、それは良く
納得できる)、質問会記録の方がメインになったのだそうだ。     

 この後書き自体「未来の作家たちに」と題されているように、本書は本当
に”書く”ことを目指している人達にとっては、良い指針になるのではない
かと思う。                            

 普通こういう企画に大御所が登場する場合には、創作に対する心構えだと
か、自分自身の方法論のごり押しみたいな形になりそうなものだが、本書は
決してそういうものではない。                   

「漢字をひらく」ってどういう意味?という質問から始まっているように、
本当に細かい創作のノウハウ(それも本当に実用的な内容)がびっしり詰ま
っているのだ。どういう質問に対しても、氏は真摯に答えているし。  

 新本格の初期に顕著であったように、後進の育成、推挙にここまで力を入
れてくれる作家なんてそういない。それでいて、自己の提唱する理論を実作
に於いて表現するという、先導役としての責も果たしている。     

 最前線での切り込み役と後方支援を同時に果たす氏にとっては、ミステリ
という戦場全てが氏のフィールドなのだろう。唯一無二の存在として、この
まま活躍し続けて欲しい。採点は
7点としておこう。         

  

11/20 ミステリ・リーグ傑作選(上) 飯城勇三編 論創社
11/22 ミステリ・リーグ傑作選(下) 飯城勇三編 論創社

 
 トロイ遺跡か、はたまたアトランティスかってくらい(いや、それは勿論
大袈裟だが)、”伝説”なのか”真実”なのか疑わしくさえ思えてしまう、
正真正銘の「幻の雑誌」がここに復活した。             

 これだけのものをホントに二人だけで作り上げていただなんて、いやあ、
恐れ入る。クイーンの情熱と自信とが、これだけあからさまに発揮される様
を見ているだけで、心から嬉しくなってしまうじゃないか。      

 クイーンとバーナビー・ロスとの二人二役を、リアル進行形で見て取るこ
とが出来るのも、非常に興味深い部分だと思う。           

 とにかくクイーンのファンならば、もう絶対に買って読むしかない作品だ
ろう。これだけ熱いクイーンに触れられるだけでも、もうホットな気分にな
れること間違いなし。上巻は冬向けの一冊かもしれない。       

 一方、下巻はちょっとお寒い? ほとんどが長編で占められているので、
上巻に比べれば愉しみ所が随分減ってしまってるのが悲しいところ。  

 その長編「角のあるライオン」だが、ユニークなプロットや意外性は、そ
れなりに良かったと思う。ただやはり現代の目から見れば、ホワイや伏線が
弱いよねぇ。密室の必然性なんか、とてもあるとは思えないもの。カーみた
いに、ラブ・ストーリーへの展開がありそうに思わせてくれたのに、実は肩
透かしだったのも、ストーリー的には残念だったし。         

 全体的にはこの二分冊くらいで、ちょうど良かったんじゃないのかなぁ。
完全復刊だと読むのが大変そうなんだもの。長編掲載ってのがやはりネック
だと思う。クイーンの眼鏡に適った作品だとはいってもねぇ。     

 この熱気という”雰囲気”が感じられるのが、本書の一番の良さだと思う
ので、このくらいの分量で(特に上巻)、充分なんじゃないのかなぁ。まぁ
コアなクイーン・ファンには心残りはあるのかもしれないけれど。   

 この企画だけでも8点確保の作品だが、少なくとも上巻はその期待に充分
答えてくれる内容だった。ご祝儀ではなく、採点は
8点としたい。   

  

11/28 ミステリ講座の殺人 クリフォード・ナイト 原書房

 
 うん、渋い作品だなぁ。                     

 巻末に「手がかり索引」が付いた、黄金時代らしい作品。キング同様、心
理的伏線が主体ではあるものの、たしかに手掛かりらしきものも含まれては
いる。とは言っても、やはり現代の感覚では、これを”売り”にするには物
足りなさを感じてしまうだろう。                  

 ネタ的な仕込みやひっかけまでを期待するのは、現代の新本格系の着想に
毒されている故の無謀だろうが、「なるほどね」とぽんと手を打つような、
紛れのない手掛かりはやはり欲しかったかなぁ。           

 ストーリーは若干冗長気味だと思う。作家(あるいは作家志望)が何人も
いる割には、途中の推理もあまり行われない。保安官だって完全に放置プレ
イで、捜査らしきことなどほとんど行わないのだが、一体これでいいのだろ
うか? 実は利口なことを考えていたんだという設定が来たかと思いきや、
まんまとしてやられたりもするしなぁ。すっきりしない感が残る。   

 ロジックの展開も大いに甘いが、ミスリードを一つ取り外しただけで、す
るすると解けていく感触は良い。ホワイやハウが巧く結びついていたりと、
地味にいい仕事はしてまっせ。                   

 油断してると意外なケレン味が襲ってきたりするし、作者の狙いなのかど
うかは不明だが、最後までいったい誰が探偵役になるのかもわからないって
のも、取りようによってはちょっと妙味かもしれない。        

 うん、地味だけど、やっぱり渋い作品ではあるかなぁ。採点は7点。 

  

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