組織をベースにして、醜すぎるくらいの現実(リアル)を描いてきた著者
による、非現実(ファンタジー)な設定を折り込んだ、一匹狼の物語。異色
作であるはずなのに、人情と意外性が絡まり合う様は、いつもの横山節。.
また本作は警察小説ではないとはいっても、警察内部に主人公がいないと
いうだけで、外部から描いた警察小説と言えそうな要素も満載である。手柄
を立てるための駆け引き(相変わらず氏らしいえげつなさがたっぷり味わえ
る)や、部門間の競争意識など、いつもの嫌らしさに満ちている。このあた
りも違和感を感じさせない理由の一つになってるのだろう。 .
たかだか泥棒(深夜の民家に忍び込む”ノビ師”というのだそうだ)一人
を主人公にして、裏街道ではあっても現実味のある事件を扱いながら、その
一つ一つに意外性を仕込んでいく手腕はやはり見事。 .
本格ミステリのプロパー作家という一般的イメージはさっぱりないだろう
が、この辺のテクニックはほとんどの本格専門作家を凌駕している。 .
ただ、それでも本作のミステリの出来としては、さほど優れているように
思えなかったのは、やはり一人が動く行動範囲では、限界があったのではな
いだろうか。その範囲内でのひっくり返しという条件が明確なだけに、意外
性の範疇もあるレベル以下に抑えられてしまったような気がする。 .
このことは、横山秀夫が”組織小説”という大きな枠の中でこそ、より力
を発揮できる、意外に見落としがちな一つの要件なのではないか。 .
そういう理由もあって、やはり警察小説の短編集の方が優っている。採点
は6点止まりかな。ちなみに本書中のベストとしては、何といっても一番感
動的なエピソードである「使徒」を選びたい。 .
ああ〜、面白かったよぉ〜。 .
ミステリのガジェットに「淫してみる」という作者の宣言通り、「お決ま
り」って奴やら、「いかにも」って奴やらがてんこ盛り。これまでも、マニ
ア向けの”くすぐり”を意識して挿入していたらしい氏だが、本作では遠慮
無しの乱れ打ち…… ふっふっふ、いやいやこれは”狙い打ち”だな。くす
ぐられまくっちゃって、ウヒウヒ言ってるだけじゃ駄目だぞ。 .
ロジックと伏線の量はちょっと足りなめだと感じたりはしたけど、決め手
のロジックはシンプルで明快。その上、たっぷりのガジェットをミノフスキ
ー粒子として(非ガンダム世代の方は、「煙幕」としてご理解下さい)機能
させちゃうんだからぁ〜。米澤穂信、侮りがたし。 .
登場人物達の行動にも、さほど違和感が無いのもGood! ちゃんと考
えて行動しているのが、よぉくわかる。ここが矢野龍王との決定的な違い。
ありがちな設定で固めておきながら、お馴染みの死亡フラグをポチッと立て
て、はい、デリート、みたいな安直な人減らしもありませぬ。起きた事件自
体はちょっと都合がよいものも含まれているものの、事件自体を進行させる
必然性をきちんと盛り込んでいるのも、重要なポイント。 .
ある意味もの凄くベタなわけで、目新しさはそんなになさそうに思ってい
たら、あれれ、なんだか妙な展開、妙なロジック。予定調和からのズレ。減
らないインディアン人形、妙なトリビア、多数決で決まる犯人……?! .
そうか、これってとんでもなく本格ミステリのフリをして、実はとんでも
なく本格ミステリと”ずれた”世界なのかもしれない。そしてそれがメタ展
開で証明されていく。枠から外れることで、俄然動き出す「本格」。”ずれ
た本格”を”本格”に引き戻すためには、”物語”の外枠から、”探偵”を
そして”推理(ロジック)”を、注入するしかないのだ! .
世界に本格ミステリが誕生するには、探偵デュパンの登場を必要としたよ
うに。そう、つまり本書こそが、米澤流の”本格ミステリの創世”なのだ!
(嘘です。筆が滑りました。本気じゃありません。評論家じゃあるまいし)
そんなどうでもいい戯れ言は置いといて、とぼけてて少し捻くれた、ちょ
っぴりねじれ気味の本格をありがとう。採点は今年度上位の7点。 .
長くなったので、ちょっとした不満や疑問点は、ネタバレ書評にて。 .
シリーズ初の連作短編集。それぞれは無関係ながらも(もうそれは言うま
い)、凝縮された歴史の謎と、小粒なミステリネタ。でも、主要人物四人の
初恋を描きつつ、縁(えにし)というテーマ通り一つにまとまっていく、連
作ならではの妙が味わえる。 .
シリーズの多少のファンであれば、読んで損はない作品だろう。 .
それでは個々の作品の短評をば。言葉遣いが下品で汚いのはどうか勘弁。
「九段坂の春」はエロい。歴史の謎もさることながら、この女教師はヤバい
だろう。こんなお誘い受けちゃったら、純情中学男子だろうとて、誘惑され
ちゃったよ妄想ハアハアでアブナいんじゃないかしらん。 .
「北鎌倉の夏」はズルい。こういう形で連作の流れに絡めるのは、ちょっと
エゲツナい気がするもの。キスの奪い方もちとコスいのではないかいな。.
「浅草寺の秋」はキモい。真相が、トリックが、うわぁ、ぞぞぞお〜ってく
るくらいオゾマシい。写真もキショい。女心のずるさもナヤマシい。 .
「那智瀧の冬」はコワい。知らない毒物だけどエグい。この犯人ってば、ほ
んとオソロシい。この子たち(祟くん、史紋くん)が屈折して多少オカシい
ことになってるのの、責任の一端はアンタにあったんかい! .
ホームズにとってのアイリーン・アドラーのQED版を描いたといったと
ころなのかな。キャラ萌えな本ではないが、膨らむのはまぁいいか。 .
一つ一つのネタは小さいし、これまでの派生もあるが(天狗の解釈等)、
それなりのバラエティと、キャラの意味づけと連作構成が組み合わさって、
久々に楽しく読めたかも。しぶしぶじゃない6点。 .
9/14 ザ・ベストミステリーズ2007 .
日本推理作家協会編 講談社
今年から協会賞短編部門を含めて、選考方法が変わったんだそうだ。まず
は編集者が自社の小説雑誌から推薦作を出し、そこからアンソロジー収録作
が選ばれ、協会賞短編部門の候補作が決定されるという。 .
良作・怪作の見逃しが減る方向には働くだろうが(出版社内部のお家事情
による、意図的なスルーがあるかもしれないので、一概には言えないが)、
本格度数はますます減る方向にいきそうだな。 .
そのせいってこともないだろうが、今年は「本格ミステリ07」の方に軍
配を上げたい。あちらの編集方針が真っ当な方向に戻ってくれたおかげで、
ちゃんと良質の本格として楽しめる作品集になっていたしね。 .
とはいえ、ユニーク度はやはりこちらの作品集の方が上。不知火京介「あ
なたに会いたくて」、三上洸「スペインの靴」あたりは、こちらでしか読め
ない(つまり本格ではない)秀作なので、本書も切り捨てられない。 .
特に「あなたに…」の方は、本書中のマイ・ベスト。うぉお、これはたま
らんよ。これこそ協会賞候補作にピッタリな作品だと思ったんだけどな。.
第二位はあちらの方でベストに挙げた米澤穂信「心あたりのある者は」と
する。第三位はこれこそあちらで読みたかった横山秀夫「罪つくり」。心理
のロジックで追い詰める、秀逸な”本格ミステリ”である。 .
その他に印象に残った作品として、薬丸岳「オムライス」を挙げておく。
氏独自の予定調和との真逆の路線が産み出す、独特の後味の悪さの凄み。.
バラエティに富んではいるが、年間ベスト・アンソロジーとしては、もう
一声欲しいところだ。採点は6点としたい。 .
姑息。 姑息だぞ、道尾秀介。 .
ラストの意外性なんて、こんなんで「あっ」と言わされたって、こちとら
ちっとも痛くも痒くもないんでぃ、畜生め。 .
たしかにこれは騙されるよ。騙されるに決まってるさ。だけど、騙された
快感なんて、ほとんど感じることが出来なかった。だって、ミステリに於け
る”騙し”ってのは、騙すことの必然性があるものだろう。 .
たとえ作者の最初の意図がどうあったとしても、作品としてみた場合には
”騙し”は目的ではなく、手段であるべきだろうと私は思う。”騙すこと”
自体が目的に見えてしまったら、作者の顔が透けてしまう。本書に於いての
騙しは、限りなく”目的”に近いものだとしか、私には思えなかった。 .
たしかに二段構えで押さえ込んでくるなんざぁ、てぇしたもんさぁな。.
まずは第一段階。小説でも映画でも何作か作例を挙げることは出来るとは
言っても、この世界のひっくり返しはさすがの道尾節。そりゃあ、度肝を抜
かれる。だけど、必然性だとか、伏線だとか、全然足りなすぎるよ。不安定
感を煽る映画の描写を見習って欲しくなるくらいだ。 .
そして第二段階。これまたサプライズ・マジシャンの道尾テクニックだ。
憎いねぇ、こん畜生。でもねぇ、うまくやっただろという、してやったりの
作者の顔が浮かぶだけで、騙された爽快感なんか感じられないのだ。 .
「片眼の猿」でも、意外性は本筋とは別の箇所に仕掛けられていたが、本作
になると、作品自体とは全く別のメタ次元での仕掛けに思えてしまう。だっ
て、この趣向があるのとないのとで、筋立てに変化がある? .
騙すためだけに繰り込まれた騙しなんか、私は高く評価することは出来な
いよ。伏線だって、なんだか言い訳のようにしか思えなかったし。 .
これを除いたミステリ部分なんて、前作同様薄さ極まってるしね。なんだ
か、小手先でミステリをもてあそび始めたんじゃないかと、心配になってき
ちゃったよ。なんだかなぁ。ちょっと寂しさを感じさせる6点。 .
とんでもないくらいの、着想の奇抜さや結末の意外性があるわけではない
のだが、安心して読める作品集だろう。巻を重ねる度に、小粒な作品ばかり
になってきてしまうのは、まぁ、しょうがないところだろうな。 .
今回は独立短編7編に、探偵カーデュラ・シリーズ3編、ターンバックル
部長刑事シリーズ5編という構成。ターンバックル物は、ミドルネーム違い
の名探偵バージョン(普段は迷探偵)が含まれているのが興味深い。 .
また、「殺し屋は客を見つけるのが大変」というテーマの作品が2編あっ
たのも、ちょっと印象的だった。なるほどと思わせる切り口。 .
さて、では恒例のベスト3だが、ベストには悩まず「いまから十分間」を
選ぼう。爆弾というモチーフを前面に押し出して、そこからとぼけた展開で
煙に巻きながら、予想外の方向からオチを繰り出す短編コントの秀作。 .
第2位は「未決陪審」としよう。この作品だけの価値というより、迷推理
を次々に外し続けながら、最後はたまたま真相に辿り着いてしまうという、
このスタイルが結構楽しめてしまえるものだから。 .
第3位は、結末の予想は付くものの、捻りの利いた短いスケッチのお手本
みたいな「動かぬ証拠」と、ユニークな人物造型に、なんだかほのぼのとす
るラストが楽しい「三階のクローゼット」を、同点で選出しておく。 .
全体的に安定したシングル・ヒットの職人技。多少甘めに、採点は7点。
どちらも犯人に与えられる言葉が印象的な作品だった。 .
まずは「ファラオの呪い」。これは作者の別シリーズ「C.M.B.」と
のリンク作品。主人公コンビが顔見せとして登場しているのだが、もっと興
味を持たせる書き方にしても良かっただろうに。 .
作品としての仕掛けに直結するような内容だったら、ちょっと手を出して
みようかって気にもなるのにな。この作者が、同時発売で仕込んでくるんだ
ったら、そのくらい凝ったことやって欲しかったなぁ。 .
作品としては、動機の意外性とか、歴史推理とか、推理の根拠が一言で納
得出来るあたりが見所。この一言のトーマのアップから、陰の真犯人?、そ
の真犯人に対しての可奈の台詞、この大ゴマの連続効果がGood! .
続いての「人間花火」だが、話のダークさが、このシリーズとしては異質
なくらいの重さだったなぁ。だからこそ、あの台詞が響くんだけどね。 .
本作は、QED前の燈馬ヒントの面白味はあるが、ミステリというより、
サイコ・サスペンスな趣き。しかし、この分量でサイコの深みを描き切るこ
とは困難なはず。そこは必ずしも成功しているとは思えない。 .
しかし、犯人に与えられる言葉のインパクトは、非常に重みを持って響い
た。この趣向だけは凄いと思う。これは祓いではなく、呪いなのだな。サイ
コの独りよがりな快感を貶める、素晴らしい手段だと思う。なんとなく完全
にオリジナルなアイデアではないような気もするが、どうだろ? .
いつもとは読みどころが違う二篇ではあったが、採点は6点。 .
全部既読作品だったとはいえ、山沢晴雄がまとまって本として出版された
こと自体を言祝(ことほ)ぎたい。 .
アンソロジーだけでは飽き足らず、大学時代に場末の古本屋を回っては、
置いてある「宝石」誌を漁っていたものだった。「新人xx人集」や通常号
の中に、好きな作家の作品を見つけては、驚喜して買っていたのだ。中でも
特に目的としていたのが、山沢晴雄、狩久、楠田匡介あたりだった。 .
やがて日本古典の再評価も進み、大坪砂男、大阪圭吉、鷲尾三郎あたりは
傑作選がまとまった。楠田匡介も脱獄物がまとめて出版された。天城一に至
っては、驚くべきことに「このミス」一位すら獲得。 .
そして、ようやくの本書が登場。何回も何回も通いつめた、古本屋のあの
黴くさい空気が、この一冊の中に凝縮されているのだ。本格ファンとして、
日本古典短編のファンとして、また長年の山沢ファンとして、本年度別格の
ベスト1としたい。嗚呼、ありがとう、日下三蔵氏! .
しかし、これは勿論、単純に私個人の感傷だけではない。ミステリは極論
すればミステリ・パズルであっても構わない、という私の立場から言えば、
山沢晴雄は一つの究極形でもあろう。本格を、トリックを、ここまで突き詰
めて提供された作品には、そう出逢うことは出来ないはずだ。 .
この快感が味わえれば十分という方には、是非ともお薦めしたい。特に、
もしも表題作を未読の方ならば、ここまで練りまくったトリックにまみえる
悦びは、もう滅多には味わえないことを保証しても良いくらいだ。 .
だが一方、ミステリはまず推理”小説”でなければ、というごく当たり前
な感覚のみをお持ちの方は、天城一や山沢晴雄は避けていただいた方が無難
だろう。噛み合わない評価点で論じ合ってもしょうがないだろうし。 .
恒例のベスト3だが、ベストはもう貫禄の「離れた家」。第2位は”使わ
れざるトリック”というアイデアが秀逸な「扉」とする。個人的には原型と
なった「仮面」の方が、このアイデアを紙片の密室という特異な着想に凝縮
させていて、より高く評価しているのだが。第3位は、氏の複雑性が明瞭で
なおかつぬけぬけとした手掛かりも楽しい「砧最初の事件」とする。 .
採点は、長年来の大ファンとしての感傷も加わって、9点としたい。 .
そうそう、まだ狩久、宮原龍雄のまとまった傑作選が出版されていない。
楠田匡介も脱獄物以外に真骨頂を示す作品が多い。川島郁夫がこの名義で書
いていた頃の作品もまとまって読みたい。日下三蔵様、お願いいたします!
二段構えのメタ構造が、キワモノ好きの心をくすぐるだろう。外からテク
ストを眺める比較的単純なメタ構造ではあるものの、単なる入れ子構造では
終わらない趣向がそそる作品であると言えよう。 .
個人的には、「最後から二番目の真実」が、あまりにも簡単すぎる内容だ
ったため、ちょっと気が凹んでしまった。この中盤の「ええっ〜っ!!!」
があるのとないのとでは、作品の印象がガラッと変わってしまうだろう。.
全体を通しても、やはりここがクライマックス。本書の仕掛けや意外性は
決して一つではないので、やられた感を味わうことは他にもあるだろうが、
テクニックに「すげぇ〜」と思ったりとか、「ご苦労さま」って頭下げたり
とか、あるいは単純に笑っちゃったりしちゃうというような、いろんなオマ
ケ感覚がついて回るのは、やっぱココだけなのでは。 .
もいっちょ個人的な話を重ねれば、この気取った文体(私の捉え方として
は)が、自分には合わなかった。初期段階で見破れたおかげで、疲れる作中
作を斜め読み出来たからまだ良かったものの、それ以外の部分でも辛さを感
じるところが多々あったのは事実。相性の良くない作家と言えそうだ。 .
但し、先程も「笑っちゃう」と書いたように、本書はバカミスを愛する人
にこそ、お薦めの作品ではないかと思う。メタ趣向のあれやこれやとか、く
っだらない仕掛け物とか大好きな御仁は、試す価値は有りだろう。中盤まで
作者の手腕に上手く乗せられたら、きっと嬉しくなっちゃう作品のはず。.
自分としては、中盤の意外性が全然だっただけに、採点は6点止まり。.
ところで恥を忍んで言えば、一番最後に示唆されているものは、さっぱり
わからなかった。これで何か事件の見方が変わったりするの? .