ホーム創作日記

 

9/2 影踏み 横山秀夫 祥伝社文庫

 
 組織をベースにして、醜すぎるくらいの現実(リアル)を描いてきた著者
による、非現実(ファンタジー)な設定を折り込んだ、一匹狼の物語。異色
作であるはずなのに、人情と意外性が絡まり合う様は、いつもの横山節。

 また本作は警察小説ではないとはいっても、警察内部に主人公がいないと
いうだけで、外部から描いた警察小説と言えそうな要素も満載である。手柄
を立てるための駆け引き(相変わらず氏らしいえげつなさがたっぷり味わえ
る)や、部門間の競争意識など、いつもの嫌らしさに満ちている。このあた
りも違和感を感じさせない理由の一つになってるのだろう。      

 たかだか泥棒(深夜の民家に忍び込む”ノビ師”というのだそうだ)一人
を主人公にして、裏街道ではあっても現実味のある事件を扱いながら、その
一つ一つに意外性を仕込んでいく手腕はやはり見事。         

 本格ミステリのプロパー作家という一般的イメージはさっぱりないだろう
が、この辺のテクニックはほとんどの本格専門作家を凌駕している。  

 ただ、それでも本作のミステリの出来としては、さほど優れているように
思えなかったのは、やはり一人が動く行動範囲では、限界があったのではな
いだろうか。その範囲内でのひっくり返しという条件が明確なだけに、意外
性の範疇もあるレベル以下に抑えられてしまったような気がする。   

 このことは、横山秀夫が”組織小説”という大きな枠の中でこそ、より力
を発揮できる、意外に見落としがちな一つの要件なのではないか。   

 そういう理由もあって、やはり警察小説の短編集の方が優っている。採点
6点止まりかな。ちなみに本書中のベストとしては、何といっても一番感
動的なエピソードである「使徒」を選びたい。            

  

9/6 インシテミル 米澤穂信 文藝春秋

 
 ああ〜、面白かったよぉ〜。                   

 ミステリのガジェットに「淫してみる」という作者の宣言通り、「お決ま
り」って奴やら、「いかにも」って奴やらがてんこ盛り。これまでも、マニ
ア向けの”くすぐり”を意識して挿入していたらしい氏だが、本作では遠慮
無しの乱れ打ち…… ふっふっふ、いやいやこれは”狙い打ち”だな。くす
ぐられまくっちゃって、ウヒウヒ言ってるだけじゃ駄目だぞ。     

 ロジックと伏線の量はちょっと足りなめだと感じたりはしたけど、決め手
のロジックはシンプルで明快。その上、たっぷりのガジェットをミノフスキ
ー粒子として(非ガンダム世代の方は、「煙幕」としてご理解下さい)機能
させちゃうんだからぁ〜。米澤穂信、侮りがたし。          

 登場人物達の行動にも、さほど違和感が無いのもGood! ちゃんと考
えて行動しているのが、よぉくわかる。ここが矢野龍王との決定的な違い。
ありがちな設定で固めておきながら、お馴染みの死亡フラグをポチッと立て
て、はい、デリート、みたいな安直な人減らしもありませぬ。起きた事件自
体はちょっと都合がよいものも含まれているものの、事件自体を進行させる
必然性をきちんと盛り込んでいるのも、重要なポイント。       

 ある意味もの凄くベタなわけで、目新しさはそんなになさそうに思ってい
たら、あれれ、なんだか妙な展開、妙なロジック。予定調和からのズレ。減
らないインディアン人形、妙なトリビア、多数決で決まる犯人……?! 

 そうか、これってとんでもなく本格ミステリのフリをして、実はとんでも
なく本格ミステリと”ずれた”世界なのかもしれない。そしてそれがメタ展
開で証明されていく。枠から外れることで、俄然動き出す「本格」。”ずれ
た本格”を”本格”に引き戻すためには、”物語”の外枠から、”探偵”を
そして”推理(ロジック)”を、注入するしかないのだ!       

 世界に本格ミステリが誕生するには、探偵デュパンの登場を必要としたよ
うに。そう、つまり本書こそが、米澤流の”本格ミステリの創世”なのだ!
(嘘です。筆が滑りました。本気じゃありません。評論家じゃあるまいし)

 そんなどうでもいい戯れ言は置いといて、とぼけてて少し捻くれた、ちょ
っぴりねじれ気味の本格をありがとう。採点は今年度上位の
7点。   

 長くなったので、ちょっとした不満や疑問点は、ネタバレ書評にて。 

  

9/11 QED九段坂の春 高田崇史 講談社ノベルス

 
 シリーズ初の連作短編集。それぞれは無関係ながらも(もうそれは言うま
い)、凝縮された歴史の謎と、小粒なミステリネタ。でも、主要人物四人の
初恋を描きつつ、縁(えにし)というテーマ通り一つにまとまっていく、連
作ならではの妙が味わえる。                    

 シリーズの多少のファンであれば、読んで損はない作品だろう。   

 それでは個々の作品の短評をば。言葉遣いが下品で汚いのはどうか勘弁。 

「九段坂の春」はエロい。歴史の謎もさることながら、この女教師はヤバい
だろう。こんなお誘い受けちゃったら、純情中学男子だろうとて、誘惑され
ちゃったよ妄想ハアハアでアブナいんじゃないかしらん。       

「北鎌倉の夏」はズルい。こういう形で連作の流れに絡めるのは、ちょっと
エゲツナい気がするもの。キスの奪い方もちとコスいのではないかいな。

「浅草寺の秋」はキモい。真相が、トリックが、うわぁ、ぞぞぞお〜ってく
るくらいオゾマシい。写真もキショい。女心のずるさもナヤマシい。  

「那智瀧の冬」はコワい。知らない毒物だけどエグい。この犯人ってば、ほ
んとオソロシい。
この子たち祟くん、史紋くん)が屈折して多少オカシい
ことになってるのの、責任の一端はアンタにあったんかい!      

 ホームズにとってのアイリーン・アドラーのQED版を描いたといったと
ころなのかな。キャラ萌えな本ではないが、膨らむのはまぁいいか。  

 一つ一つのネタは小さいし、これまでの派生もあるが(天狗の解釈等)、
それなりのバラエティと、キャラの意味づけと連作構成が組み合わさって、
久々に楽しく読めたかも。しぶしぶじゃない
6点。          

  

9/14 ザ・ベストミステリーズ2007  
                  日本推理作家協会編 講談社
 
 今年から協会賞短編部門を含めて、選考方法が変わったんだそうだ。まず
は編集者が自社の小説雑誌から推薦作を出し、そこからアンソロジー収録作
が選ばれ、協会賞短編部門の候補作が決定されるという。       

 良作・怪作の見逃しが減る方向には働くだろうが(出版社内部のお家事情
による、意図的なスルーがあるかもしれないので、一概には言えないが)、
本格度数はますます減る方向にいきそうだな。            

 そのせいってこともないだろうが、今年は「本格ミステリ07」の方に軍
配を上げたい。あちらの編集方針が真っ当な方向に戻ってくれたおかげで、
ちゃんと良質の本格として楽しめる作品集になっていたしね。     

 とはいえ、ユニーク度はやはりこちらの作品集の方が上。不知火京介「あ
なたに会いたくて」、三上洸「スペインの靴」あたりは、こちらでしか読め
ない(つまり本格ではない)秀作なので、本書も切り捨てられない。  

 特に「あなたに…」の方は、本書中のマイ・ベスト。うぉお、これはたま
らんよ。これこそ協会賞候補作にピッタリな作品だと思ったんだけどな。

 第二位はあちらの方でベストに挙げた米澤穂信「心あたりのある者は」と
する。第三位はこれこそあちらで読みたかった横山秀夫「罪つくり」。心理
のロジックで追い詰める、秀逸な”本格ミステリ”である。      

 その他に印象に残った作品として、薬丸岳「オムライス」を挙げておく。
氏独自の予定調和との真逆の路線が産み出す、独特の後味の悪さの凄み。

 バラエティに富んではいるが、年間ベスト・アンソロジーとしては、もう
一声欲しいところだ。採点は
6点としたい。             

  

9/19 ソロモンの犬 道尾秀介 文藝春秋

 
 姑息。   姑息だぞ、道尾秀介。                

 ラストの意外性なんて、こんなんで「あっ」と言わされたって、こちとら
ちっとも痛くも痒くもないんでぃ、畜生め。             

 たしかにこれは騙されるよ。騙されるに決まってるさ。だけど、騙された
快感なんて、ほとんど感じることが出来なかった。だって、ミステリに於け
る”騙し”ってのは、騙すことの必然性があるものだろう。      

 たとえ作者の最初の意図がどうあったとしても、作品としてみた場合には
”騙し”は目的ではなく、手段であるべきだろうと私は思う。”騙すこと”
自体が目的に見えてしまったら、作者の顔が透けてしまう。本書に於いての
騙しは、限りなく”目的”に近いものだとしか、私には思えなかった。 

 たしかに二段構えで押さえ込んでくるなんざぁ、てぇしたもんさぁな。

 まずは第一段階。小説でも映画でも何作か作例を挙げることは出来るとは
言っても、この世界のひっくり返しはさすがの道尾節。そりゃあ、度肝を抜
かれる。だけど、必然性だとか、伏線だとか、全然足りなすぎるよ。不安定
感を煽る映画の描写を見習って欲しくなるくらいだ。         

 そして第二段階。これまたサプライズ・マジシャンの道尾テクニックだ。
憎いねぇ、こん畜生。でもねぇ、うまくやっただろという、してやったりの
作者の顔が浮かぶだけで、騙された爽快感なんか感じられないのだ。  

「片眼の猿」でも、意外性は本筋とは別の箇所に仕掛けられていたが、本作
になると、作品自体とは全く別のメタ次元での仕掛けに思えてしまう。だっ
て、この趣向があるのとないのとで、筋立てに変化がある?      

 騙すためだけに繰り込まれた騙しなんか、私は高く評価することは出来な
いよ。伏線だって、なんだか言い訳のようにしか思えなかったし。   

 これを除いたミステリ部分なんて、前作同様薄さ極まってるしね。なんだ
か、小手先でミステリをもてあそび始めたんじゃないかと、心配になってき
ちゃったよ。なんだかなぁ。ちょっと寂しさを感じさせる
6点。    

  

9/23 ダイアルAを回せ ジャック・リッチー 河出書房新社

 
 とんでもないくらいの、着想の奇抜さや結末の意外性があるわけではない
のだが、安心して読める作品集だろう。巻を重ねる度に、小粒な作品ばかり
になってきてしまうのは、まぁ、しょうがないところだろうな。    

 今回は独立短編7編に、探偵カーデュラ・シリーズ3編、ターンバックル
部長刑事シリーズ5編という構成。ターンバックル物は、ミドルネーム違い
の名探偵バージョン(普段は迷探偵)が含まれているのが興味深い。  

 また、「殺し屋は客を見つけるのが大変」というテーマの作品が2編あっ
たのも、ちょっと印象的だった。なるほどと思わせる切り口。     

 さて、では恒例のベスト3だが、ベストには悩まず「いまから十分間」を
選ぼう。爆弾というモチーフを前面に押し出して、そこからとぼけた展開で
煙に巻きながら、予想外の方向からオチを繰り出す短編コントの秀作。 

 第2位は「未決陪審」としよう。この作品だけの価値というより、迷推理
を次々に外し続けながら、最後はたまたま真相に辿り着いてしまうという、
このスタイルが結構楽しめてしまえるものだから。          

 第3位は、結末の予想は付くものの、捻りの利いた短いスケッチのお手本
みたいな「動かぬ証拠」と、ユニークな人物造型に、なんだかほのぼのとす
るラストが楽しい「三階のクローゼット」を、同点で選出しておく。  

 全体的に安定したシングル・ヒットの職人技。多少甘めに、採点は7点

  

9/25 Q.E.D.28巻 加藤元浩 講談社

 
 どちらも犯人に与えられる言葉が印象的な作品だった。       

 まずは「ファラオの呪い」。これは作者の別シリーズ「C.M.B.」と
のリンク作品。主人公コンビが顔見せとして登場しているのだが、もっと興
味を持たせる書き方にしても良かっただろうに。           

 作品としての仕掛けに直結するような内容だったら、ちょっと手を出して
みようかって気にもなるのにな。この作者が、同時発売で仕込んでくるんだ
ったら、そのくらい凝ったことやって欲しかったなぁ。        

 作品としては、動機の意外性とか、歴史推理とか、推理の根拠が一言で納
得出来るあたりが見所。この一言のトーマのアップから、陰の真犯人?、そ
の真犯人に対しての可奈の台詞、この大ゴマの連続効果がGood!  

 続いての「人間花火」だが、話のダークさが、このシリーズとしては異質
なくらいの重さだったなぁ。だからこそ、あの台詞が響くんだけどね。 

 本作は、QED前の燈馬ヒントの面白味はあるが、ミステリというより、
サイコ・サスペンスな趣き。しかし、この分量でサイコの深みを描き切るこ
とは困難なはず。そこは必ずしも成功しているとは思えない。     

 しかし、犯人に与えられる言葉のインパクトは、非常に重みを持って響い
た。この趣向だけは凄いと思う。これは祓いではなく、呪いなのだな。サイ
コの独りよがりな快感を貶める、素晴らしい手段だと思う。なんとなく完全
にオリジナルなアイデアではないような気もするが、どうだろ?    

 いつもとは読みどころが違う二篇ではあったが、採点は6点。    

  

9/26 離れた家 山沢晴雄 日本評論社

 
 全部既読作品だったとはいえ、山沢晴雄がまとまって本として出版された
こと自体を言祝(ことほ)ぎたい。                  

 アンソロジーだけでは飽き足らず、大学時代に場末の古本屋を回っては、
置いてある「宝石」誌を漁っていたものだった。「新人xx人集」や通常号
の中に、好きな作家の作品を見つけては、驚喜して買っていたのだ。中でも
特に目的としていたのが、山沢晴雄、狩久、楠田匡介あたりだった。  

 やがて日本古典の再評価も進み、大坪砂男、大阪圭吉鷲尾三郎あたりは
傑作選がまとまった。楠田匡介も脱獄物がまとめて出版された。天城一に至
っては、驚くべきことに「このミス」一位すら獲得。         

 そして、ようやくの本書が登場。何回も何回も通いつめた、古本屋のあの
黴くさい空気が、この一冊の中に凝縮されているのだ。本格ファンとして、
日本古典短編のファンとして、また長年の山沢ファンとして、本年度別格の
ベスト1としたい。嗚呼、ありがとう、日下三蔵氏!         

 しかし、これは勿論、単純に私個人の感傷だけではない。ミステリは極論
すればミステリ・パズルであっても構わない、という私の立場から言えば、
山沢晴雄は一つの究極形でもあろう。本格を、トリックを、ここまで突き詰
めて提供された作品には、そう出逢うことは出来ないはずだ。     

 この快感が味わえれば十分という方には、是非ともお薦めしたい。特に、
もしも表題作を未読の方ならば、ここまで練りまくったトリックにまみえる
悦びは、もう滅多には味わえないことを保証しても良いくらいだ。   

 だが一方、ミステリはまず推理”小説”でなければ、というごく当たり前
な感覚のみをお持ちの方は、天城一や山沢晴雄は避けていただいた方が無難
だろう。噛み合わない評価点で論じ合ってもしょうがないだろうし。  

 恒例のベスト3だが、ベストはもう貫禄の「離れた家」。第2位は”使わ
れざるトリック”というアイデアが秀逸な「扉」とする。個人的には原型と
なった「仮面」の方が、このアイデアを紙片の密室という特異な着想に凝縮
させていて、より高く評価しているのだが。第3位は、氏の複雑性が明瞭で
なおかつぬけぬけとした手掛かりも楽しい「砧最初の事件」とする。  

 採点は、長年来の大ファンとしての感傷も加わって、9点としたい。 

 そうそう、まだ狩久、宮原龍雄のまとまった傑作選が出版されていない。
楠田匡介も脱獄物以外に真骨頂を示す作品が多い。川島郁夫がこの名義で書
いていた頃の作品もまとまって読みたい。日下三蔵様、お願いいたします!

  

9/27 留美のために 倉阪鬼一郎 原書房

 
 二段構えのメタ構造が、キワモノ好きの心をくすぐるだろう。外からテク
ストを眺める比較的単純なメタ構造ではあるものの、単なる入れ子構造では
終わらない趣向がそそる作品であると言えよう。           

 個人的には、「最後から二番目の真実」が、あまりにも簡単すぎる内容だ
ったため、ちょっと気が凹んでしまった。この中盤の「ええっ〜っ!!!」
があるのとないのとでは、作品の印象がガラッと変わってしまうだろう。

 全体を通しても、やはりここがクライマックス。本書の仕掛けや意外性は
決して一つではないので、やられた感を味わうことは他にもあるだろうが、
テクニックに「すげぇ〜」と思ったりとか、「ご苦労さま」って頭下げたり
とか、あるいは単純に笑っちゃったりしちゃうというような、いろんなオマ
ケ感覚がついて回るのは、やっぱココだけなのでは。         

 もいっちょ個人的な話を重ねれば、この気取った文体(私の捉え方として
は)が、自分には合わなかった。初期段階で見破れたおかげで、疲れる作中
作を斜め読み出来たからまだ良かったものの、それ以外の部分でも辛さを感
じるところが多々あったのは事実。相性の良くない作家と言えそうだ。 

 但し、先程も「笑っちゃう」と書いたように、本書はバカミスを愛する人
にこそ、お薦めの作品ではないかと思う。メタ趣向のあれやこれやとか、く
っだらない仕掛け物とか大好きな御仁は、試す価値は有りだろう。中盤まで
作者の手腕に上手く乗せられたら、きっと嬉しくなっちゃう作品のはず。

 自分としては、中盤の意外性が全然だっただけに、採点は6点止まり。

 ところで恥を忍んで言えば、一番最後に示唆されているものは、さっぱり
わからなかった。これで何か事件の見方が変わったりするの?     

  

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